2話「歩む方向」
「まず其方以外の二人、たしかチカと……シータか、は生きておる。チカは未だ目の前がちらつくようであるが、視力には問題ない。
シータの方は若干腕力が落ちたようだな。まぁ、それもすぐ治る範囲であるようだ。治療した者が言うには、一度破壊された神経が治るのには多少ラグがあるだのなんだの」
「……らぐ?ですか」
「ああ、ラグだ」
見知らぬ言葉に首を傾げたリンを無視し、アラーニェは話を続けた。
「一先ず、其方らは王都に戻り、聖女の死を報告するのが良いだろう。
国にとって聖女とは存在しなければいけないもの。それが死んだとなれば、まぁ其方らも面倒なことになるであろうな。心して向かうがよい」
「……はい。それは、俺達、いや、俺の責任ですから……」
「はぁ……。其方は少し自罰的過ぎるな。アレとの戦い、はっきり申すが普通の存在が勝てるものではない。
この”眼”を持つ妾が言うのだ。嘘ではないぞ」
アラーニェの四対の青瞳がリンを貫いた。
しかし、自信ありげに胸を張るアラーニェとは対照的にリンはまたも首を傾げる。
「アラーニェさんの目が凄いのは薄々分かってはいたんですが、アレはそのアラーニェさんから見ても、強かったんですね。あの見えない糸の魔法が効かない程に」
「ん?」
リンの発言にアラーニェは思わず素っ頓狂な声を上げた。
そう、リンはあの糸の魔法が白い娘のものであり、アラーニェの能力ではないということを未だ知らないのだ。
「勇者よ、言っておくがあの糸の魔法は妾の魔法ではないぞ。あれは娘の魔法だ。妾が指示を出しておったが、まさか今の今まで勘違いしているとは思わなんだ……」
「へ……?」
呆れ顔のアラーニェは、ほんの少し顔を歪め、呟いた。
「一度でも、名前を付け、呼んでやればよかったな……」
「アラーニェさ、「まぁ、そんなことは良いのだ」そんなことって……イエ、ナンデモナイデス」
アラーニェに睨まれ、リンはすぐに口を閉ざした。
リンの目は雄弁過ぎるほどに反論の言葉を向けていたが、アラーニェはそれに見ないふりをして話を変えた。
「いっぱい目があるのに見ないふりされた」
「なんぞ言ったか?」
「いえ……」
「さて、問題は胴体のみとなった聖女の運搬に関してだ。其方の為を思って見せぬが、まぁ王都までの長旅に耐えられるとは思わん。疫病の元にもなろう」
「胴体、だけ……っ」
リンは襲い来る吐き気に口元を押さえた。
胴体だけ。
つまり、意識が途切れる前に見た、エルの首を抱えて消えていく子どもの姿は、幻想でも幻覚でもなく事実。
その姿にアラーニェは目を伏せ、尚も話すことを止めなかった。
「人々を救う存在である聖女が疫病の感染源となるのは、本人も望まぬことであろう。と、いうことでな、とある医者を呼んだ。お前達も知っている奴だ」
「そう、我が来たのであるー!!!!!」
「わぁああああ!?」
「ピオニー、其方!! 人様の家の戸を壊すような勢いで開けるでない! 落ち着け!」
扉を勢いよく開け、部屋に飛び込んできたのはピオニーこと芍薬であった。
芍薬は両目から大粒の涙を流しながらリンを抱きしめた。
リンの服を、芍薬の出す体液が汚していくが、リンは離れろと言うことはできずに受け入れている。
「うぉぉん、リン殿ぉぉ! なんと、なんと可哀想なのであるぅ! まさかエルさんが死ぬとは我も思っていなかったのであるぅ! 人間はなんとか弱いのか……。ズビッ!」
「おい、ヤク中。勇者の服に鼻水が着いておるぞ。汚いであろうが」
「っ、すまなんだ。いやぁ、我は、ぐす、コーター殿に呼ばれて急いでアンシナ村に参ったが、ズビッ、なかなかに破壊され尽くしているようなのであるぅ。チーンっ!」
芍薬はハッとした顔でリンからすぐに離れたが、悲しきかなリンの服には芍薬の顔の形の痕ができていた。
何度も鼻を噛んでいる芍薬はリンを横目にアラーニェと親しそうに、しかし深刻な話を続けている。
「民も半数近く死んでおる。正確な数はまだ数え切れておらんが、村として維持していくには少し厳しい数になってきたな。もはや集落という数か……」
「うーむ、ここに来るまでに少し見て回ったが、生きている存在は傷がほとんどなかったのである。恐らく、治療した者は《星の奇跡》持ちだとは思うが、だいぶ損切りしたみたいなのである。
四肢が切断されている者は見捨てられ、治療に酷く魔力を使わないレベルの傷の者だけを治療したように見受けられるのである。
傷を治療した者はなかなかに合理主義というか、判断が早いというか...…。いや、リン殿達の傷を見るに、これは合理主義というより……」
「ふん、ただのクズであったというだけよ、あの女は……。いや、半数を、しかも妾のことも生かして貰ったのだ、クズというのは少し言い過ぎたか……?そんなことはないな。クズだ、死ね」
「えぇ?口悪すぎるのであるぅ、怖いのであるぅ、珍しいのであるぅ」
「あ、あのぉ」
「「ん?」」
恐る恐る手を上げたリンの元へと二人の視線が突き刺さる。
しかし、ここで話に混ざらなければ一生俺のしたい話はできない、そう腹を括りリンは口を開いた。
「その、エルさんの身体を持っていくのに、なぜ芍薬さんを呼んだの、でしょうか?」
「ああ、それは我が防腐処理を施すことができるからなのである。詳しいやり方は……」
「言わんほうが良いだろう」
「だそうである。まぁ、めっちゃ簡単に言うと溶かし蝋に浸した布で遺体を覆ったのである。安心して王都まで運ぶがいいのである!」
「なる、ほど……。ありがとう、ございます」
目を伏せたリンの頭に、ぽんと手が置かれた。
視線を上げた先には、先程までの泣き顔とはまた違った表情の芍薬。
そして、そのまま芍薬はリンの頭を鷲掴みにし、ワシャワシャと撫で始めた。
「よく、よく頑張ったのである。人の身で、まだ幼い君が、よく戦ったのである。今は、今だけは泣いてもいいのであるよ?」
「っ、でも、おれは、おれ、おれはっ」
抱き寄せられた芍薬の身体からは優しくて甘い香りがして、リンはごくんと喉を鳴らした。
泣けない、泣けるわけがない。だって、俺より辛い人は沢山いる。
家族が死んで、大事な村が破壊されて、大事な民が殺されて、そんなアラーニェさんがいるのに、俺が泣くわけには——。
「妾は何も見ておらんぞ。あー、いやー、ちょっと忙しくてそっちは見れんなー」
「わざとらしすぎるのである。……まぁアラーニェ殿もそう言っていることだし、好きに汚すといいのである!」
更に芍薬の腕の力が痛いほどに強まった。
リンが見上げた先にある芍薬の金の双眸がどこか懐かしくて、覚えていないはずの母を幻視した。
いや、昔こうしてくれたのは母じゃなくて、
『リンさん』
『大丈夫ですよぉ~。ほら、——さんの前では沢山泣いてもいいんですからねぇ~』
「……ッぁ、ぐす、エルさ、みんな、ごめ、ごめん。まも、まもれなかった、おれ、おれが、つよくなったと、おもってたのに……!っぁぁぁああ、」
その泣き声は、小さく、だが確実に部屋の外にまで響く声であった。
「なぁ、シータ」
「なんだバカ狸」
「アタシら、もっと強くならなきゃだな」
「ふん、何を当たり前のことを」
「ウッセ」
リンが起きたと聞き、会いに来たチカとシータは部屋の中から聞こえる泣き声に佇んだまま、一つの決意を固めていた。
もう二度と、こんな思いはしない、させないと。




