3話「無様な姿」
今話は趣味ツメツメですので、無理だと感じたらブラウザバッグ推奨です。
「キャハ、キャハハハハ!! あ”ー、最高だわ! ふは、あははは、無様極まりない姿ね! これが聖女? こんなのが星の聖女を名乗るだなんて、なんて身の程知らずなのかしら!」
ゲラゲラと下品な笑い声が色とりどりな花々の咲く美しい中庭に響く。
嗤いながらエルの頭を蹴り転がし、遊んでいたのはアリイムであった。
ボール遊びをしている犬かのようにしっぽを振り、楽しそうな様子である。
エルの頭から垂れていた血も乾いたようで、アリイムの靴にも、床にも一切の汚れはなく、魔王城という悪の巣窟であるというのに、中庭には神聖な場所のような空気が漂っていた。
しかし、その中庭のベンチにて伏せっている姿が一つ。
「アリイム……少し声を抑えて……くれ。頭に響く……」
そう、リンを一方的に蹂躙したはずのソーレであった。
顔を青ざめさせ、だるそうな様子で椅子に寝転がっている。
そしてよく見てみると、自身で治療した右腕は勿論あるが、同じ様にリンに切り落とされたはずの右角は欠け、失ったままであった。
「はいはい。アンタねぇ、そうやって角の魔力探知に頼って生きてるからそんな風になんのよ。あ、目が悪いんだったわね? その分厚ーい眼鏡、よく似合ってるわよー? あははは」
「殺すぞクソアマ」
「ガチギレじゃない。ウソでしょ、マジで?」
「うそじゃないんですー、ぐす。ソーレ様がー、まさか反げきされるとはー、ぴぅ」
甲斐甲斐しくソーレの汗を拭い、お茶を渡してやり、としているローパーは普段よりも涙目であった。
上司が反撃を受けた際、庇うこともできず、ただ見ていることしかできなかった自分に対し、責任を感じているようだ。
「あのねぇ、ローパー? アンタが責任を感じる必要はないのよ。ソイツはここでの最強、一番強い存在なの。それは慢心することも油断することも許されない立場ということよ。
強さとはそういうモノなの。だから、今回そうやって怪我をしたのはソイツの責任。わかっているでしょ?」
「……ああ、そうだな。反論の余地もない」
アリイムから向けられた視線に、ソーレは力なく頷いた。
ソーレからしてもそれは事実であり、反撃を許してしまったことは汚点なのだ。
リンと戦った際には色々と言いはしたが、本人的には負け惜しみに近い言葉だったのだ。
そう思いながらも、しかしとソーレは続ける。
「それはそれとして、お前が持って帰ってこいと言ったから持ち帰った頭をいらないと言われたことにキレている」
「いや、生きたままじゃないとアタシの能力範囲外だから」
「本当に死ね、お前」
まぁ、つまるところ、アリイムは持ち帰れとは言ったが生きていることを指定していなかったので、ただの嫌がらせである。
その嫌がらせの被害者が多数出ているのだからソーレの怒りも妥当であろう。
「はぁ、それにしてもあんな甘っちょろ勇者に負けるだなんて、アンタも落ちぶれたものね」
「負けてはいない」
「負けてるわよ。アタシはそう判断したわ。アタシはアンタがまだまだ豆粒くらいの大きさの頃からアンタのことを知ってるの」
「私がお前に初めて会ったのは十一歳の頃だ」
「ものの例えよ、バカね。そしてアンタが今の最強になるまでの年月を知っている。だからこそ分かるのよ。ふん、仲間が二人死んだからって、そんな風に弱っちゃ負けよ。技術ではなく心が、ね」
ソーレ自身も、ヒヨドルが死に、トゥーラを守ることができずに死なせてしまったことに対し負い目を感じている自覚はあった。
あったからこそ何も言わないが、まぁムカつくものはムカつくのである。
というかアリイムに負けたと言われるのが嫌なのだ。
「えー?それ暴論じゃないですかー?」
そしてムカついたからこそ、ソーレはアリイムに教えなかった。
「はぁい、ローパーさんですよー」
久しぶりに帰ってきた大きいローパーがアリイムの背後に立っていることを。
まさかそのローパーが思いっきりアリイムの胸を鷲掴みして揉むとは思ってもいなかったが。
「きゃぁああああ!? あ、は?! アンタ! アンタ!? ちょ、殺すわよ?!?!?!」
「いやいやー、これちゃんと理由あるんですよー?」
「理由を聞いてるんじゃないのよ! 揉むなって言ってんの!」
「そう、それはローパーさんの仕えるー、第一王子様の寝室の掃除をしていた時のことー。ベッドメイキングをしている最中にー、ローパーさんは気づいたのですー! ベッドの下に隠された官能本にー!」
ローパーのその言葉を聞いた瞬間、アリイムとソーレは言葉を失った。
ここからどんな理由が言われようとも一ミリたりとも聞きたくない、それが二人の総意であったが、そんなことを知ってか知らずかローパーは話を続ける。
アリイムの胸を揉み続けたまま。
そろそろアリイムも手が出そうである。
「その本にはこう書いてありましたー。『胸とは育てるものなのである。そう、愛情を込めて育てれば、その愛に答えてくれるのだ』とー! 他にもローパーさんの見てきた世論(官能本)的にはー、胸が大きい女性は優しくてー、母性溢れる存在な傾向がありましたー! つまり、」
「アタシの胸がデカくなれば優しくなる、って言いたいのね?」
「そのとーりですー! いやはやー、さすがアリイムさんー。天才的ですねー! いやー、ほらー、ローパーさんとアリイムさんの違いってやっぱ”そこ”のデカさだと思うんですよねー」
青筋を立てているアリイムを完全に無視し、ローパーは偏りに偏った知識を自慢気に披露してドヤっている。
事実、成人の見た目のローパーは全体的に豊満な肉付きであり、上背もそこらの男を優に越す大きさであった。
貧相で小柄なアリイムの隣に立てばその差は歴然な程に正反対な二人。
ワチャワチャと茶番を繰り広げる二人に、幼いローパーが話しかけた。
「お、大っきいローパーさんー……ぐす、そのー」
「はいはいー、小さいローパーさん何でしょー?」
「そのー、アリイム様がかわいそうだとー、ぐす、思いますー、ひぐ」
「はぁ? 可哀想って何よ可哀想って」
「あ、タイトルとか気になりますー? 『王宮、侍女とのヒメゴ「いい加減にしないかお前達ッ!」』ッたぁぁぁ!?」
収集がつかなくなり始めていたこの場を鎮めたのは、やはりソーレであった。
大声を出したのも頭に響いたのか、頭を抑えながら成人ローパーの頭に拳を叩きつける。
デカいローパーは痛い痛いと喚きながらうずくまり、わざとらしい程に身体を震わせながらソーレに対し泣きわめいていた。
長い前髪の隙間から見える金色の瞳が、ソーレを射抜く。
「痛いですよー! 暴力はんたーい!」
「うるさい黙れ。はぁ、だからデカいお前のことは苦手なんだ。ほら、さっさと報告すること報告して帰れ」
「あいあいさー! さー、小さいローパーさんー。ささっとセッティングしますよー」
「は、はいー! ぐす、わかりましたー!」
ということで幼体と成体、それぞれのローパー達が協力しテーブル、椅子、紅茶、クッキー等の茶菓子という茶会セットが中庭に用意された。
「とりあえずー、一番優先順位が高い報告としてはー、ラベライト王国から南西にある海洋国家《コーストケイプ共和国》が滅びましたー。今のところ犯人は不明ですー。
まぁ軍部に議会に元首その他諸々のえらーい人々が軒並み暗殺されただけなんでー、まぁその内立ち直るかなー?って感じですー」
「ふーん。逆にアンタが犯人を知らないって言うのに驚きよ」
「ローパーさんにだって知らないことくらいありますよー。ねー、小さいローパーさん?」
「は、はいー! し、しらないことー、たく山ありますー……ひぐっ」
「……はぁ」
「あらー、ソーレさんってばー、ため息ばっか付いてると幸せも消えちゃいますよー? ほらほらー、美味しい紅茶でもお飲みになってくださいー」
そう言いながらローパーは紅茶を注ぎ始めた。
高い位置に上げられたティーポットから注がれてくる紅茶は美しい螺旋を描いており、しかし高い位置から注ぐと香りが立つというのを抜きにしても、ティーポットの位置があまりにも高く、明らかにパフォーマンスとしての注ぎ方であることがよく分かる様子であった。
心なしかソーレを見つめるローパーはにんまりと口角を上げ、ドヤ顔しているように見える。
「美味いな」
「ふふーん、そりゃー、ローパーさんは諜報部隊の部隊長ですからー! 古今東西全国各地のお作法とかー、給仕とかー、学んできましたからねー。褒めていいんですよー?」
「ふん、お前の実力自体は否定はせん。だが、セクハラは止めろ」
「それはちょっとー……。ローパーさんのアイデンティティーが消えちゃうっていうかー」
「はぁ? その程度で消えるアイデンティティーならいらないんじゃない? アタシはもうこれ以上あんなコトされたくないし」
「なんとー?! 泣いちゃいますよー!
とまぁ、一旦茶番はここまでにしてー、ソーレさん如何なさいますー?」
「如何、とは?」
「あの甘っチョロ勇者達への対応、でしょ」
「そうそうそれですー!」
アリイムのその言葉に、ソーレは喉を詰まらせた。
無意識の内に欠けた右角へと手を伸ばし、その切り落とされた断面を指でなぞる。
ふとした瞬間に、ソーラは思い出してしまう。
あのトゥーラの苦悶の表情、葬儀に並んだ兵士達のあの泣き叫ぶ声。
私が後数分早くあの場所についていたらと思わない瞬間はない。
アンシナ村は魔の国からは遠く、何よりあの足が何本もあった女の力のせいで隠密しながらでないと村に近づけなかった、というのは言い訳だ。
だが、それでもただ、仲間を守れなかったという事実だけがソーレを蝕み続けていた。
「我々の目的である聖女の殺害は終わった。あの勇者の性格を鑑みればこれ以上進むことはないだろう」
「つまり、無視でいいってこと?」
「ああ、わざわざ会いに行く必要はない。もしここに来るようなことがあれば、それこそその時対処すればいい。他の聖女を伴うことができそうには見えなかったしな」
「おやおやまぁまぁー、ソーレさんは随分と人間を知らないと見えるー。ああいう奴が暴走したときがいっちばん怖いんですよー?」
「ま、でもアイツが進めるとは思わないっていうのにはアタシも賛成ね。アイツには意思が足りないもの。他人に言われて進んでるような奴が、前に立つ存在を失って進めるとは思えないわ」
「それは予測ですかー?」
「ええ、勿論。アタシの予測に間違いはないわ。……変数がない限り」
「あのー、予防線張るの止めませんー?ふらぐってヤツですよー」
「はぁ、藪を突く必要はないだろう。それに、人数が減った今、無駄に人員を減らしたくない」
「それはそうね。ま、政はアタシがするからいいけど、軍はソーレ、アンタに任せるわ」
「ああ、お前に軍事ができるとは思えんからな」
「殺すわ」
「は?」
「はいはいー、喧嘩しないでくださいー」
今度はソーレとアリイム間で売買され始めた喧嘩を止めたのは、成体ローパーであった。
二人の中心にどデカいケーキを置き、無理やり二人の口に突っ込む。
甘く美味しいケーキに二人の口が閉ざされている間に、成体ローパーは満足気に笑いながら話し始める。
「ま、ローパーさんはしたいようにしますのでー、お二人もしたいようにしてみてくださいー! ね、残りは三人なんですからー、仲良くしましょー?」
「ふん、それもそうね」
「はぁ……頭が痛くなってきた。帰る」
「ありゃまー、後でお薬持って行きますねー」
席を立つソーレを見送り、成体ローパーは幼体ローパーの前にしゃがみ込んだ。
「はぅ……あぅ……ぐす、ぴぇぇぇ」
二つの長い前髪、金色の瞳と血色の瞳が見つめ合う。
成体ローパーの金の双眸がニンマリと三日月のように細められた。
「たとえソーレさんのご命令とはいえー、勇者の監視用のローパーはー、勇者から離れるべきではありませんでしたねー。何が起こるか分かりませんしー、この場に残るローパーさんがー、大きくなっても意味はないんですよー」
「ひぐ、ぐす、ごめんなさいですー。もう必要ないと思ってー、ひっ、ひっ」
事実、幼体ローパーは今までの八歳程度の身体より少し成長し、十二歳程度の大きさにまで大きくなっていた。
泣きじゃくる幼体ローパーの頭を、成体ローパーはあやすようによしよしと撫でる。
「まぁまぁ泣かなくても大丈夫ですよー。これからもローパーさん達の目的達成の為に頑張ってくれればそれでいいのでー、ねー?」
「は、はいー! ローパーさんもー、がん張りますー!」
泣き腫らした目を擦りながら、幼体ローパーも笑った。
「そう!アリイムさん著のー、団長様・副団長様との蜜月小説を探す旅に出かけ「そんなもんないわよ! このおバカ!」
「ありゃまー、怒られちゃいましたぁー。でもまぁ、聖女様が死んでくれたのでー、よわよわなローパーさん的には結構助かりましたねー」
成体ローパーは蹴り転がされたままのエルの頭を掴み上げ、その虚ろな瞳を覗き込む。
「あお、青かぁ。青はあんまり好きじゃないんですよねー……あー、むっ」
成体ローパーはエルの頭に齧り付き、そのまま噛み砕いて飲み込み始めた。
髪は麺かのように啜り食べ、骨は少し硬いのか若干顔を顰めつつも歯で砕き、脳汁はスープ、脳髄はデザート、と笑いながら食べ、少しずつ、少しずつエルの頭は消えていった。
全てを食べ終わった後、血に汚れた手を舐めながら、成体ローパーは汚れていない方の手指を鳴らす。
その瞬間、成体ローパーの周囲には幾つもの水泡が浮かび上がった。
「あー、美味しかったですー。さぁてさてー、一旦国に帰りましょうかねー。さーて、小さいローパーさんー、後のことは任せましたよー」
「は、はいー!」
「ふん、バカなことしないでよね」
アリイムの言葉に、成体ローパーは目を見開き、そしてクスクスと笑った。
「ええ、勿論ですよー。まぁ、ちょっと勇者さん達と遊ぶかもですけどー!」
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