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天体の勇者~魔族《モドキ》は勇者足り得るか~  作者: 雨模様
第4章「苦しき道を歩む者」
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1話「死した者、生き残った者」

第4章「苦しき道を歩む者」開幕。

八百年前の北の大地は、今よりももっと魔境であった。


数歩道を歩けば魔物に遭遇する、そんなレベルの魔窟であり、だからこそ今もなお魔族達の住まう魔の国は北の大地にあるのだ。


だが、そんな魔境を開拓したのは、八百年前の三人の勇者であった。


三人とも身体のどこか一部に羽を持ち、その姿を見た者達からは天からの御使いと呼ばれていた。


しかし、三人とも羽の色が黒いこともあり、天からの御使いではなく、地に堕とされた堕天使と称されることも少なくはなかった。


そう称していたのはその代の光星教会教皇。


天使達によって生み出され、未だに天使蔓延る教会からすれば、堕天使など敵としか言えぬ存在であるはずだったが、北の大地という神聖カリオルデ国からは遠く、魔物蔓延る特異な土地が、勇者達を守っていた。







その勇者達は、灯火を消す者《イリーガル・エクリプス》という一団を結成していた。


その中でも特に名を残したのは、


団を立ち上げ団長として人々を率いた、太陽の勇者にして”魔術”の天才《パエトーン》


副団長であり、月の勇者でもある《イシュタム》


星の勇者でありながら初代星の聖女として人々を救い続けた《アリイム》


そして、新樹の竜《リュミエール》


この四名が特に有名であろう。


天使すらも仲間にし、後世に多大なる影響を及ぼした預言者とも呼ばれた太陽の英雄エレミヤも、太陽の勇者パエトーンに師事していたと聞く。


それだけでパエトーンがいかに才覚ある存在だったかは理解できよう。


北の大地以外では名も、存在すら残っていないようだが、彼らは北の大地では英雄として語り継がれるような存在なのだ。


だから、私の名前なんて残っていなくていいし、残っていてほしくないのだ。







地を駆ける。空を翔ける。


魔物が四方八方を囲んでいるが、イシュタムの周囲に浮かぶ無数の剣が、その全てを断ち切った。


遠くから攻撃を仕掛けてくる魔物は、パエトーンの四つの熱球が燃やし尽くした。


傷を負えば、それはアリイムが即座に癒した。


何より、灯火を消す者《イリーガル・エクリプス》の団員達の周囲にはリュミエールが生み出した草木が生い茂り、魔物の猛攻を防ぎ続けていた。


「おい、リュミエール。木が邪魔だ。もう少し低木のは出せないのか?」


「……。団長殿、木々は育つものだ。そんなことも分からないのか?」


リュミエールの言葉に、パエトーンの米神には青筋が立った。


索敵に邪魔だからもう少し密度を減らすか低木を出せ、という指示だったが、竜からすれば生命の植生の方向性を操作するというのは信じられないことだったようだ。


リュミエール自身も、馬鹿にしているわけではなく、本当に意味が理解できていないだけであった。


「わかった、やる気がないんだな。イシュタム、全部たたっ斬れ。剪定しろ」


「しかし兄上、上からの攻撃は?」


「俺が全部弾く。というか、お前一人でどうにかできるだろう?」


「妹扱いの粗いお人だね。さぁて……」


イシュタムは腰に下げた大太刀に手をやり、腰を深く落として構えた。


しかし、構えたかと思うと次の瞬間、


「《ルナ・クレシエンテ》」


三日月型に大太刀を振るった。


その剣を振るう速さは、居合とはまた違う速さを持っていた。


その剣撃は周囲の木を切り倒し、そしてイシュタムの周囲に浮かぶ無数の剣がまた、大太刀に呼応するように三日月型の斬撃を繰り広げ、団員達に向けて降り注ぐ枝木を切り裂いていった。


「さて、兄上。これでいいのかな?」


「及第点だな。おいアリイム、違和感を感じたらすぐ言え。そうやって隠すな」


パエトーンが見つめた先には地面にうずくまり、口を押さえ咳込んでいるアリイムの姿があった。


「ケホッ……。いいえ、お兄様。


皆(みな)が命を賭しているというのに、アタクシだけが甘えたことは言っていられないわ。アタクシの身体が弱いのは昔からのことだし。


それに、魔力の少ないお姉様の代わりに魔力供給できるのは恵まれたお役目なんですもの。止めないでちょうだいな」


力なく微笑む聖女のような女。


兄と呼ぶパエトーンの持つ羽は風切羽の目立つものであり、姉と呼ぶイシュタムの持つ羽は美しく広がる尾羽である。


しかし、アリイムの羽は数が多く、顔を隠す小さい羽、腰から生える羽と、二人がそれぞれ持つ羽の二倍の数を持っていた。


その容姿だけでアリイムの持つ魔力量が多いことが伺える。


そして、アリイムの魔力供給という言葉や、イシュタムの持つ武器から、周囲に浮かぶ武器に使用する魔力をアリイムが肩代わりしていることは明白であった。


「人間はか弱い生き物なのだから、我が身を一番にしろアリイム。自身を省みず周囲を思うお前の高潔さは美徳だが、行き過ぎればただの醜悪さへと成り下がることを、そろそろ理解したらどうだ?」


「旦那様ー、言い方がそのっ、ぐす、少々酷いかもしれませんー……。アリイム様ー、旦那様はその、アリイム様を思って仰られているのですー、ひぐ。お、おこらないでくださいー!」


アリイムに説教するかのように口を開いたリュミエールの背後から、ひょっこりと小さな身体が顔を覗かせた。


目を隠す前髪、深緑色の髪を持つリュミエールと似た新緑色の髪の幼い少女。


旦那様と呼ぶリュミエールを庇った彼女の身体は、怯えに怯えて震えていた。


「ローパー、アンタねぇ……。アタクシがそんなことも分からない存在だと思う?


安心なさい。アタクシはこの程度じゃ怒らないわよ。怒るほどのことでもないし、事実だもの。


それに、そんなに怯えられた方が悲しいわ」


「ふにゃにゃにゃにゃぁー!ほっぺたモチモチしないでくださいー!ぴゃぁあー!」


「ふふ、モチモチでかわいいわねぇ、アンタは。アタクシのこの貧相な身体とは大違いよ」


アリイムはローパーの頬を両手で覆い、その弾力を味わうように堪能していた。


「ふにゃっ!?だんなさまー?!」


「あら、リュミエール」


アリイムに好き勝手されていたローパーの身体を、リュミエールは抱え上げ、自身のローブの内側へと隠した。


その顔は少しむくれており、明らかに面白くなさそうである。


「ワレの嫁だ。遊ばないでもらおう」


「はいはい、わかったわよ。もう、酷い男だわ」


「ワレは別に男というわけでもないが」


「旦那を名乗っているなら男だろうが、馬鹿者め。俺達の時間は有限なんだ。行くぞ」


茶番を繰り広げていた三人を横目に、パエトーンはマントを翻し歩き出した。


それに連れ立つようにイシュタムも立ち上がり、また次、そのまた次と、団員達もそれに連なる。


「俺達は灯火を消す者。


この世の灯火を全て穢し、■■を殺し、破滅の娘を手に入れる者だ。


さぁ、お前達、世界に見捨てられた存在達よ。■殺しの旅を続けようではないか」


太陽と数十万の魔物の軍勢を背に笑うパエトーンのその姿は、悪魔にも天使にも見えた。




◆◇◆


貴方が死んだあの日から、私の世界は止まってしまった。


貴方達のお陰で進み始めた世界を、終わらせたのは私だった。


私が殺した貴方の事を、貴方を殺したあの日を今でも夢に見る。


貴方と共に過ごした幸せだった日々を、私は今でも夢想する。


きっと誰よりも、何よりも幸せだった。


だから私は、ずっとずっと死にたかった。


◆◇◆




「まぶ……しい……」


目に刺さる程の太陽の光に包まれ、リンは目を覚ました。


知らない天井、どころか目の前に広がるのは鬱陶しいほどに明るい青空。


リンは現在、一応と言わんばかりに敷かれた茣蓙(ござ)の上に転がされている。


周囲には硝煙と削り木の香りが広がり、現状の異常さをリンに伝えていた。


さすがにこんな天上を見る日が来るとはなぁ、と思いながら起き上がろうとするリンの腹に、鋭い痛みが走り、リンは顔を顰めた。


「ッた!」


思わず手で腹を押さえ、転がるようにしてどうにか起き上がり、腹を見る。


服を捲った先に広がっていたのは、三日月のように白く凹んだ幾つもの傷跡。


傷の周囲は若干赤く腫れ、なぜ痛みが走ったのかすぐ分かる有様であった。


「……これ、は。あ——」


リンの脳に駆け巡ったのは、


トゥーラとの戦い


勝利


ソーレとの会敵


敗北


そして、


「ッ、エルさんッ!っいた”ッ!くそ、」


エルの死。


引きちぎれたエルの首が、血に染まった聖服が、返ってこなかった返事が、痛みに喘ぐリンを奮い立たせた。


動くだけで引き攣れたようになる腹を抱え、よたよたと歩く。


リンの転がされていた広場には同じ様に横たわっている人々がおり、皆一様に服を血に染め、苦しそうな顔をしていた。


「える、さッ。えるさ、ん。エルさんッ!」


エルはどこだ、どこにいる。死んでいるわけがない、死んでいてほしくない。


まだ、答えすら聞いていないのに。


そんな思いから、現実から目を背けてリンは歩き回った。


金の髪。違う。


緩く巻かれた髪。違う。


しなやかな手。違う。


白磁の肌。違う。


違う違う違う。


どれだけ探しても、同じ要素を持つ存在を見つけても、エルではない。


いるわけがない。だって、


「聖女は死んだのだ。理解せよ、勇者よ」


「アラーニェさ、ん」


降り注いだ声にリンが振り返ると、そこには面布を外したアラーニェが佇んでいた。


目を引くのは若干色味の違う顔の皮膚。


何より、四対の瞳にリンは面食らった。


「なんぞ。そのように女の顔をまじまじと見るでない。不敬ぞ」


「え、あ、ごめ、なさい……」


「そこまで意気消沈されてはからかう気も失せる。はぁ、勇者よ、話をしようではないか」


先導するアラーニェを前に、リンは進めないままでいた。


だが、リンのその様子にアラーニェは振り返り、わざとらしいほどに長いため息をつく。


そしてズカズカと歩み寄り、そのままリンの頬を叩くように包んだ。


「其方(そち)は聖女に選ばれた勇者であろ!であれば前を向け!


其方(そち)がそこまで沈みきっていれば、生き残った仲間達も生きる意味を見失う!いかにお前が辛くともお前が前に立たなきゃ、立ち上がれない奴らが何人もいる!


笑えとは言わん!だが、進み続けろ!立ち止まるな!


仲間を大切に思うならば、聖女を愛しているのであれば!なおのこと勇者として生きろ!


娘が死んだ!だが、私とて、いや妾とて、導く者として、神として立ち上がっているのだ!其方(そち)だけが辛いと思うな!」


その言葉はリンからすれば厳しく、苦しい言葉だった。


初めて心から愛した人だった。


初めて生きる意味をくれた人だった。


初めて——。


家族になりたいと、そう思った人だった。


そんな相手が死んだというのに、立ち上がれと、進めとアラーニェは言う。


アラーニェ自身も涙を滲ませながらだというのに、進み続けろと。


だが、その厳しい言葉だったからこそ、リンは涙を拭えたのだ。


リンはアラーニェの手を取り、アラーニェの胸元に押し返した。


「あの、めっちゃ痛いです」


「ふん、痛くしたのだ馬鹿者。ほら、行くぞ」


そうしてまた、リンは歩き始めた。

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