22話「見捨てる私を許して下さい」
倒壊した建物と、人々の血と、硝煙。
それのみがアンシナ村を構成していた。
約半数生き残った村の人々も、トゥーラ達の戦闘があった村の中心部には近づけず、皆それぞれの家で震えるばかり。
そして、ただ一人、アラーニェのみが燃え殻となった娘の死体の前でうずくまっていた。
「なぜ…なぜだ。なんで…なにが…わらわは……わたしは…なにか……悪いことを…したのか?なぜ……神よ」
アラーニェは自身も目に酷い傷を負いつつも、ただただ娘の身体に縋り付いて泣き叫ぶことしかしなかった。
まだ、リンもチカもトゥーラも、辛うじてではあるが息があるのに。
何もアラーニェはしなかった。
「
天から、地から、我らを優しく照らす星の光よ。永遠に見守るその慈愛を忘れずにあれ。そして今一度世界の時を戻してみせて。
——さぁて、できる限りの救命活動していきますよ~!」
そんな能天気そうな声が天から響いた。
いつものように笑いながら廃墟の瓦礫の上へと着地するその存在は、誰しもが見知った存在であった。
声のした方へと驚き、そして視線を向けたアラーニェはぽつりと零す。
「バルド……様……」
白いローブを纏ったバルドは、もはや廃村と見紛うほどに荒れたアンシナ村へと降り立った。
ソーレが詠唱した言葉と似た文を詠唱しながら。
詠唱が終わると同時に天からキラキラと輝く星が降り注ぐ。
その輝きはソーレが撒き散らした光と似ていながらも、何かが違うと見る者に感じさせた。
チカの焼けえぐれた顔面に光が降り注ぎ、すぐにチカ本来の姿へと治っていく。
チカ自身の呼吸も少しずつ安定し、ゆっくり眠りについた。
シータの失われたはずの両腕も少しずつではあるが肉が盛り返し、新しく両腕が作り出されていく。
止まってしまっていた汗も再び吹き出し始め、肌の血色感も少しずつだが取り戻していった。
そして肝心のリンだ。
「……生きて、いますね。よかったぁ。いえ、良いと言える感じではあんまりありませんねぇ~。うんうん、すぐ治しますからね!ふふーん、このバルドさんにお任せあれ~!」
地に伏し、おびただしいまでの血を垂れ流しているリンにバルドは駆け寄り、すぐに容態を確認した。
生きている。
生きてはいるのだが、ここまで内蔵がまろび出ている状態だと、死んでいたほうがマシだったのではないだろうかと、バルドは少し思案してしまう。
いやいや、そんなわけないと頭を振り、リンの内蔵を腹の中に仕舞いながら、バルドは《星の奇跡》の光を両手に集めた。
「傷は……まぁ、残るでしょうねぇ。男の傷は勲章なんて言いますけど、傷なんてない方が良いですよ~」
そう言いながらもリンの腹に手を当て、傷を治していく。
リンの傷を治す片手間ではあるが、バルドは勿論アラーニェの焼けた四対の目も治していた。
癒えた目でアラーニェはバルドを見つめる。
「バルド様……どうか、この娘も……。どうか……どうか……」
懇願するアラーニェの言葉に、バルドは視線を向けた。
地面に倒れ伏す炭化した人型。
呼吸などしているはずもなく、子どもでも死んでいると理解できる有様だ。
それになにより——。
もう、魂が吸収されている。
あの身体にはもう魂は宿っていないのだ。
「無理ですねぇ~。もう死んでます。それに、死んでいるその娘に使う魔力が惜しいです。大人しく寝といて下さい、アラーニェ様」
「なぜ...…。いえ、貴方ならできるはずだ!お願い……お願いですから……。妾は……この数百年約束を守り続けました。貴方様との約束通りに神になり、この村を守り、勇者を迎え入れました!」
「ええ、ええ。そうですねぇ。とっても偉いことです」
柔らかに笑いかけたバルドのその表情に、アラーニェは目を輝かせた。
「であれば! どうかこの娘をっ!」
「まぁ、それとこれとは話が別ですねぇ。貴方が望むことはバルドさんには叶えられません。そこにいるのが聖女様ならやりますけど、その娘ならやる必要性はないですからねぇ~」
「は……? なぜ……」
「なぜと言われましてもねぇ~。バルドさん的には限りある魔力は、生きとし生けるものに使うべきかな~、と思ってるのでぇ~」
縋ろうと伸ばされたアラーニェの腕は、バルドの言葉に力を失った。
目を見開き、バルドを見るアラーニェ。
その瞳には涙が滲み、溢れんとしていた。
「恨むならお好きに恨んで下さい。これは私の罪で、貴方からの憎悪は私への罰です」
その言葉に、アラーニェは甘んじて憎悪の瞳でバルドを睨んだ。
娘を守るように広げられた手は地をかき、その力の強さに爪が剥がれ血が滲んでいる。
睨んだその瞳から溢れる涙は、止まることを知らないまま溢れ出ていた。
「知って……いたのだな? こうなることをッ! 知っていたのだなッ!?」
その問いに、バルドは口角を上げた。
リンの治療も終わり、アラーニェの目の前に降り立つ。
逆光でバルドの表情はよく見えないが、それでもその口角が上がっているのだけは、アラーニェの目にはよく映っていた。
「ええ。最初から、全て知っていました。ですから、恨んでくださいとそう申しているのですよ」
もし、アラーニェがあの不可視の糸を操る魔法があれば、今頃バルドは八つ裂きにされていただろう。
しかし、それができないのは、あの糸の魔法を持っていたのはこの白い娘であり、娘が死んだ今では使うことができない、ということであった。
だからこそ、アラーニェは睨み続ける。
自身を神に仕立て上げた母とも呼んだ存在を、ただ睨み続けるしかなかった。
「外道めが。もう、この村には金輪際……近寄るでない。此方は、汝のことなど...…知らぬ。この、人殺しっ!」
「人殺し……? あは、ふふ、あははははっ! ええ、ええ。かしこまりました。さようなら、私の作り上げた神モドキ。お前の行く末に幸多からんことを」
そうして、バルドはリン達勇者一行とアラーニェの傷を治すだけ治し、またどこかへと世界に溶け込むように消えていった。
そうして一人残されたアラーニェは、娘の死体に縋りつき、泣き叫ぶことしかできなかった。
「幸など……この娘が死ねば...…全て消えたも同然よ。死ね、死んでしまえ。何もできなかった妾も、全てを知っておいてなお、見捨てた貴方も……」
バルドの笑い声が耳から消えぬまま、村人達が近寄ってくるまで泣くことしかできなかった。
◆◇◆
倒せなかった。
結局、僕はあの竜を倒しきれんかった。
皆の敵討ちする言うて、なーんも叶えきれんかった。
ただ、あの竜を殺せば、そうすればまた母さんがひょっこり帰って来る気がして、その為だけに努力したのに。
あの竜に一矢報いることすらできずに、僕はあんな奴らに負けて死んでしもたんや。
だからきっと、もう母さんには会えないとそう思ってたんやけどな。
「トゥーラ、偉かったわね。よく……よく、生きていてくれたわね」
そう、僕を抱きしめて泣く母さんの声に、僕の身体は震えが止まらんかった。
涙が溢れて、声が震えて、ただ子どもの頃みたいに母さんに縋り付いて、泣きわめくことしかできんくて。
だから、ただ抱きしめて頭を撫でてくれるその手が、何よりも暖かかった。
母さん、母さん!
僕、なんてもできんかった。
僕だけ生き残って、僕がやらなあかんかったんに結局倒せんくて。
とに、なんで怒らんと?
怒ってよ。
そうしてくれたら、きっとマシなのに。
「怒らないわよ。ごめんね、一人にしちゃって。寂しかったよね」
その言葉に、涙も嗚咽も止まらなかった。
ヒヨドルみたいな高尚な思いなんかいらん。
ローパーみたいな苦しみの人生なんかいやや。
アリイムみたいなイカれた精神なんて持ちとうない。
ただ、母さんが愛してくれたら、それで良い。
そうして真っ白な空間で温かな光に包まれ、トゥーラは自分の人生を思い返した。
◆◇◆
「馬鹿ね、本当に馬鹿」
燃えカスとなった白繭が地に落ちている森の中、女の笑い声が響いた。
木々を踏みしめ王都へと向かうバルドを、その女は追いかけていた。
「はぁい、■■■■。アタクシよ。この間はよくも邪魔してくれたわね」
「おやまぁ、夢の女主人様じゃないですかぁ?久しぶりですねぇ。貴方、こんな所にいたんですか」
バルドのその言葉に、女は腰から生えている羽根をばたつかせながら、頬を膨らませた。
「知ってたくせに、嫌なことを言うわねアナタは。アタクシ、アナタのそういうとこキライよ」
「いやいや~、全然貴方がいたなんて気づきませんでしたよぉ。まぁ、あまり私の側に長居するのはおすすめしませんけどね」
普段の朗らかな表情とは打って変わり、珍しく冷厳な顔つきで女を見つめていた。
「それはそうね。アンタに吸収されちゃたまったものではないわ。でもね、一つ言っておきたいことがあるの」
クラゲのように浮いている女は、バルドに対峙し、そしてその身体に艶やかに指を滑らせた。
「アイツにアタクシがかけた洗脳を解かなければ、あのセイジョサマはきっと死ななかったわよ」
「ええ、そうでしょうね。でも、それでは意味がありません」
「はぁ?」
心底ワケが分からないという顔をして、女はバルドから離れた。
不機嫌そうにばたついていた羽根が更に暴れている。
周囲に羽根が撒き散らされているが、羽根の色が黒のため全くと言っていい程に神々しさがない。
逆にどこか堕天した雰囲気さえ感じてしまう。
しかし、それでも女の顔を聖女のようだと思ってしまうのだから、異常であった。
「彼は勇者なんです。甘っちょろい勇者なんですよ。あそこで敵を倒した後も周囲を警戒するだなんて、経験不足な甘っちょろ勇者にふさわしくないんですよ。
強くてニューゲームならまだしも、彼はまだか弱くて、優しくて、そんな人じゃないと駄目なんです」
「うわキモ。え、流石にちょっと理想の話し過ぎてて気持ち悪いわ。ホントに、破滅の乙女の話しているときのお姉様達くらいキモい」
「酷くないですか!?そんなに言うほどキモいですかねぇ?!」
ただでさえ離れていた二人の距離が、更に広がっていった。
「てか、破滅の乙女の話する存在は大体キモいですよ!あれはそういう運命じゃないですか!あれと一緒にしないでいただけます?!」
「はぁ?お姉様達が気持ち悪いと言うの?死にたいのかしら?」
「貴方の方がヤバイ奴じゃないですかぁ~。も~、酷いんですからぁ」
がっくしとバルドは肩を落とした。
哀愁漂う姿だが、慰める存在は誰一人としていない。
なんなら女は更に貶そうとすら考えているほどだ。
「ま、いいわ。アナタとはここでお別れ。アタクシ、自分にできることしないアナタのこと、とっても、とーってもダイキライよ」
聖女のような顔で微笑み、女は霞の中に消えていった。
後に残るのはただ森を歩くバルドのみ。
森のざわめきだけがバルドの周囲を包みこんでいた。
「わかってますよ。私にだって、事情はあるんです。許して、なんて言えないんですから……」
そう呟き、バルドはまた王都への道を歩き始めた。
第三章「子の心、親知らず」時間はかかりましたが無事閉幕。
これで話の半分程が終了しております。
ここからは更に世界を掘り下げていくと思います。
拙い文章ですが、これからもよろしくお願いいたします。




