20話「強き者、弱き者④」
目の前を白い閃光が埋めつくした。
リンの視界が戻った頃、目の前に広がったのは
「なんでや!? はぁ!? ふざけんなよ、こんなっ、お前もか! お前も…あいつらと同じっ、」
「オレは……なぜ生きて……?」
無傷でトゥーラを地面に縫いとめているシータと、トゥーラを縫い止めながらも酷く狼狽しているトゥーラの姿だった。
◆◇◆
約500年以上前、オンロス帝国と北の大地との国境線にて。
勝てん。勝てん勝てん勝てんっ!
なんで、なんて考える意味もない。こいつは死ななない。死という概念すらない。
相手がこんな化け物だと思いもしなかった。
「だから言ったじゃない。アンタ風情が竜に喧嘩売っても勝てないわよって」
うるさい。
「夢を見たいお年頃なんですよー。可愛い後輩ちゃんの頑張り、応援してあげましょうよーアリイムさん」
黙れ。
夢を見るようなお年頃なんてとうに過ぎた。
「うるさいわよローパー。てかアンタ今日はデカい方で来たの?珍しいわね」
「たまにはー、このボインでボロンなー、ダイナマイト・ボディを見せつけなきゃかなと思いまして〜」
「は? キショ」
「え?嫉妬ですかー? まぁアリイムさんはド貧乳でつるぺたですもんねぇー。太ももとか~ローパーさんの太ももの二分の一くらいしかないじゃないですかー。ほそーい」
「殺すわ。今すぐお前を殺すわ」
こっちが死ぬ気で目の前の化け物と戦ってんのにあの女共はきゃいきゃい乳繰り合っとる。
ふざけんな、と言いたい気持ちはあるがこの戦いに手を出すなといったんは僕なんで飲み込むことにした。
僕は血と汗を拭いながら地に横たわる白き怪物へと向き直る。
白き鱗、巨大な肉体。トカゲのような体つき。鋭い爪。
その竜の肉体を、僕は決して強靭とは言わない。
もう何度も僕の魔法による爆発で傷をつけ、殺している。
なのに、殺しているのに、瞬きをする間に爆散したはずの身体はまるで怪我などしなかったかのように地面に寝転がっている。
それをもう何度繰り返したことだろうか。
僕のこの、流した血を媒介に、脈が拍打つのと同じタイミングで爆裂させる魔法。
決して最強とは言わない。
アリイムとローパーにも至厄舟になってから何度もボロ負けした。
というかあの二人には負けるという概念がない。
何度身体を爆破しようと新しい身体を生成し、斬り掛かってくる女。
身体は脆いがどんな攻撃をくらおうとも、無限に再生し続ける女。
この二人には負けるという概念がないために勝てないし、最終的には血を流すことを強制される僕が負ける。
それ自体は別にいい。
まだあの二人の力の異常さは理解できる。
だが、この目の前の竜はなんだ?
物理法則だのなんだのっていうのは気にせん。
魔法を使っていたらそんなものは意味がないと理解してしまうから。
でも、おかしい。
あの巨体を再生させるには多大な魔力を使う。
だというのに魔力を使った様子も、枯渇の兆しを見せる様子も一切ない。
何よりあいつは”一度たりとも目を覚ましていない”
ただ微睡むようにごろごろと寝転がり、攻撃することも、僕のつけた傷や爆裂など気にする様子もなく眠り続けている。
気持ちが悪い。
吐き気がする。
「こっちを見ろ、見ろよぉッ! 寝続けとんとちゃうぞデカブツ!」
そう言いながらアイツの顔に蹴りをかまし、血をかける。
瞬間、竜の顔面を全て覆うように爆発する。
こいつとの戦いでイライラしとるのもあって今日は爆発のスピードが早い。
このスピードで顔面にあの規模の爆発を受けたのだ。
今度こそ効いた。そう思った。
「あー、駄目ね。あれ、死ぬんじゃない?」
そんなアリイムの声が響いた瞬間だった。
ごしゃ、という音と共に目の前が赤く染まる。
息ができない。
痛い。
痛い?
「うわっ、顔面なくなってませんかあれー? え、息できてますー?」
「できてないから死ぬのよ。普通の理解力があれば確認の必要なないと思うけど?」
「ひーん、アリイムさんがいじめるー!」
焼けるように痛い、なんてもんじゃない痛みが顔面全体を襲う。
風が顔に当たるだけで痺れるような痛みが響くが、声を出すことすら叶わない。
アリイムとローパーがいるはずの方向へと思わず手を伸ばした。
「あらまぁ、可哀想ですねぇ。とっても痛そう」
不意に、真上から見知らぬ声が響いた。
甘く蕩けたような声。
「優しく照らす星の光。永遠に見守るその慈愛を忘れずにあれ。そして今一度世界の時を戻してみせよ」
そして、暖かなナニかが顔に降り注いだ。
「あら、珍しいわね。今の名前は? アル・スハイル・アル・ムーリフ一世? グルアール? トロバイリッツ? ■■■■? ......ふーん、今はバルドって名前なのね」
「あと数百年くらいはバルドさんで通すつもりですよぉ~! アリイムちゃん♡」
「キモ」
「辛辣っ!? 酷いですよ?! ねぇ、ローパーちゃん!」
「本当酷いですー。そんなんじゃモテないですよー」
どんどん痛みが引いていく。
そして完全に傷が塞がった時、目の前にいたのは人間とは思えぬ美貌の持ち主だった。
白銀の髪に金色の瞳。
優しく垂れたその目尻に、僕は無意識に安堵を覚えていた。
「ふふ、トゥーラさんってば貴方程度の強さの人が竜に挑むだなんて無茶ですよ~! 死んだりしなくて安心しました~! 」
「なんで……名前を……」
「さぁ、なんででしょ~? ほら、竜を見てみてください」
そう目の前の女が指さした方向へと視線を向ける。
その先にはやはり無傷の竜がいた。
そして寝転んでいたはずの奴の爪には、赤黒い塊がこびりついていた。
「永遠に蘇生し続ける竜相手に戦うのは止めたほうがいいですよ~。ね? 」
女のその《永遠に蘇生し続ける》という言葉に、僕の意識は暗転した。
◇◆◇
「お前もっ、お前もかッ! あの化け物と同じッ!」
明らかに動揺しているトゥーラの姿に、リン達は混乱していた。
あの広範囲高威力の爆発で一切傷を負わず、無傷で立っているシータに、過去恐怖を覚えた竜を重ねてしまっているなど、リン達には知る由もないのだ。
しかし、トゥーラのその動揺は過去最大の隙だった。
「っぉおおおおおお!!」
なぜ無傷なのか自分でも理解できていないシータがその隙を見逃さなかった。
地面に押さえつけたまま羽交い締めにし、自身の身体でトゥーラの身体を抑え込む。
そして叫んだ。
「リン様! トドメを!」
「っ、ああ!」
シータの言葉にリンはすぐに駆け出した。
《月の魔法》の詠唱の効力ももう切れそうな感覚がするが、それでも足を踏み出す。
「娘、あの死に損ないに身動きさせるでないぞ!」
「うん…わかった…かみさま!」
トゥーラの身体がすぐに締め上げられた。
苦悶の表情と呻きをトゥーラが上げる。
そして、アラーニェ達の動きに乗じてチカもトゥーラの方へと走り出していた。
「アタシのことを忘れンじゃねェぞ!」
チカの短剣がトゥーラを更に地面へと縫い付けた。
「セイジョ様! コイツの怪我治してくれ! 血が止まれば爆発しねェはずだから!」
「は、はい!」
エルが返事をした瞬間、光が降り注ぎトゥーラの傷が治り始めた。
そうして何度も小規模の爆発をシータがその魔法と力で留めながら、視線をリンのいる方向へと向けたその時。
「《月ッッッ花ぁああッ!》」
リンがトゥーラの首元へと剣を振り下ろした。
「あッぐ……」
「リン様! チカ! 離れろ! 」
ゴトリ、と音をたててトゥーラの首が落ちた。
シータはリンとチカに向けて叫び、その声にリンはチカを連れてすぐに離れた。
飛び退き、後退しながらもリンはシータの方へと振り向いてしまった。
シータが何を考え何故叫んだのかは、まだチカと同じ世界の見え方をしているため、リンにも分かる。
だが、分かるからこそ不安であり、心配だった。
先ほどの大爆発で、何故シータが生き残ることができたのか理解できていないリンの顔には、憂慮が浮かんでいた。
リンとチカが離れたのを確認したシータは、そのまま血を吹き出すトゥーラの身体を包むこみように抱き留める。
地面に溢れる血がキラキラと輝き、最後の爆発が起こった。
「う、ぐぅぁあああ!!! 」
シータは身体の下、血と密着している部分で弾ける感覚を何度も、何度も感じた。
土埃と数度の爆発音が落ち着いた頃、離れていたリン達の開けた視界には、
「リン様! 聖女様! チカ! ……勝ちました!」
服は破れ、エルが途中までしか治せなかったケロイド状の火傷を残したままだが、それ以外の傷を一切負っていないシータ、そして首と胴体が別れ、完全に活動を止めているトゥーラの姿があった。
「ッ! シータ! ハハ、オマエさぁケガだらけじゃねェか! ハッ、ハハ、あ、アタシ、オマエが死んだかと思ってぇ ……グス」
「なっ!? まさか泣いているのか?! あのバカ狸が?! これは天変地異の前触れか?!」
「ウルセー! まぁ、い、生きてて……ぐす、良かったぜ! 」
「ふっ、オレもリン様のように“詠唱”を手に入れたからな」
「え、オマエもなんかよくわかんねェポエミーなこと言うのか?」
「なんかよくわかんねェポエミーなこと、とは何だ!? リン様の詠唱はかっこいいだろうが!」
「エー? そうか?ぐす、」
最初は煽るように話しかけたチカだったが、次第に安心したのか泣き出していた。
「かみさま…いっぱい…しんだね…」
「そうだな。ざっと半数か……。ふん、妾も勇者が来て気を緩めてしまっていたか……」
「かみさまの…せいじゃ…ないよ…」
「いいや、妾はこの里の神であり、この村の長なのだ。全ての債は妾にある」
皆思い思いに話していたが、リンは自身の手を見つめ、身体を震わせていた。
しかし、すぐにエルの方へと向き直る。
「リンさん、ご無事で本当に……本当に良かったです……」
エルは涙を一筋流しながら、リンへと駆け寄り抱きついた。
「エルさん……!え、あの、ちょ!?」
所在なさげにリンは手を動かしたが、エルの身体が小刻みに揺れているのを感じ、そっと腕を得るの身体へと回した。
詠唱の効力が切れ始め、全身が筋肉痛を何倍にも酷くしたような痛みが走るが今優先すべきはエルだ。
「その……迷惑と心配をかけました。すみません」
「いいんです、謝らなくて。リンさんが生きていることが嬉しいのです」
涙ながらにリンを見上げ、心の底から嬉しいという顔で見つめるエルに、リンは意を決した。
「あの……エルさん!」
エルの肩を掴み、リンは自身の身体から引き剥がした。
声を張り上げ、エルの名前を読んだリンにアラーニェ達は怪訝そうに視線を向ける。
皆の視線が向いていることに気づかないまま、固く目を瞑ったリンは口を開いた。
「その……俺と、」
リンが唾を飲む音が響く。
エルも、他の皆もリンの言葉の続きを待っている。
「俺と、けっ、結婚してください!」
それは、あの日エルが言った「結婚して頂けませんか?」への回答だった。
目をつむり、俯いたままのリンの顔に暖かい液体がかかった。
もしかしたらエルは泣いているのかもしれない。
意外と涙もろいところがあるからな、なんてリンは思いながら答えを待つ。
断られるかもしれない、なんて恐怖を抱きながら、エルの肩を抱き続けていた。
「は゜い゜!」
肯定の声に目を開け、前を向いたリンの視界に映ったのは——。
「……は?」
噴水の様に血を吹き出すエルの胴体と、牛の耳を持ち、両耳からカウベルを垂らした女だった。
あまりにもトゥーラがあっさり死にましたね。
よってもう一人あっさり死んでいただきました。




