17話「強き者、弱き者①」
「あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛?!」
「村長さん!」
エルがすぐさま駆け寄り、《星の奇跡》の力を使う。
しかし、それでもアラーニェの悲鳴は止まらない。
「村長さんの身体自体に傷がついているわけではない...…」
「それって、どういう、」
「里の周辺にあった白繭。あれを通して村長さんは外の様子を見ていたんです。自分の視界と、白繭を繋げて。恐らく、その白繭が破壊されたのだと思います」
エルの言葉にリン達は驚愕の表情を浮かべた。
そんなことが魔法では可能なのか、という疑問と誰がその白繭を破壊したのか、という不安感が頭を苛む。
「聖女が言ってること…ただしい…。白繭…どんどんこわされてる…」
眉を顰め、娘はジッとどこか遠くを見つめていた。
ピクピクと指を震わせるその姿に、リンもその破壊している誰かを探しに行こうと武器を握ったその時。
悲鳴がまた響いた。
今度はアラーニェではなく村の入口、娘が睨みつけている方角から。
連続して破裂音と何人もの村人の悲鳴が轟き、リンは駆け出した。
「ありゃ?来るん意外と遅かったなぁ」
ゆらりと垂れるしっぽ。
灰色の短髪。
額から伸びる二対の角。
メガネの奥から見える瞳は焦点がぶれており、こちらを見ているような見ていないような、そんなイメージをリンは抱いた。
「今代の勇者くんはびっくりするぐらい優しいって聞いとったとけどね、ちょっと初動遅ない?」
「おま、おまえ、何して……!?」
「何って、見たまんまやけど」
目の前の男は足で子どもを踏みつけており、手には子どもの母親らしき女の首を掴んでいた。
周囲の建物は嵐が過ぎ去った後のように破壊されている。
「その手を離せ!」
「はいはい。そがん怒らんとって?返したるから。そー、れっ!」
「っ!」
手に掴んでいた女をリンに投げつけ、足元の子どもを蹴り上げる。
リンは咄嗟に空中へと放り投げられた二人を捕まえたが、その体はどちらも冷たく、もう生きていないことは明白だった。
「っ、なんなんだ。お前は!」
「ん〜?わからん?わからんかぁ」
わざとらしい程に笑みを深め、両手を広げる。
そして紳士かの様に恭しく礼をした。
「僕はトゥーラ。魔王猊下直属至厄舟が一人、《終拍》のトゥーラ。よろしゅう」
「至厄舟...…!」
トゥーラの名乗りにリンは剣を抜き、駆け出したがその動きを見て尚、トゥーラは微笑む。
まるで、避けずとも問題ない、とでも言うかのように。
「挨拶代わりに受けていってや。僕の”力”」
にっこり笑ったトゥーラが手を振るった。
《月の魔法》を使い、身体能力を強化していたリンにはゆっくりに見えるその動き。
しかし手が動いたその瞬間、リンの目の前に閃光が走った。
「は?!...…い”あ”ッ?!?!」
爆音。
爆煙。
爆炎。
爆熱。
その全てがリンを襲う。
「あはは。本当に思ってたより弱いやん。これならたしかに僕でも殺せそうとけど」
クスクスと楽しそうに笑うトゥーラとは対称的に、地面に転がるリン。
リンの服は焼け焦げ、顔には酷い火傷を負っていた。
「く……」
「あれ?まだ動けるんや。よかったわぁ、こんくらいで動けんなっとったら、本当に拍子抜けやったもん。聖女がおらんとなんも出来んゴミと戦いたくなんかなかし?」
「あ”あ”あ”あ”ッ!!」
剣を握り締め、どうにか立ち上がろうと動くリンの手の甲を、トゥーラは踏みつけた。
トゥーラは踏みつけたまましゃがみ込み、全体重をリンの手の甲にかけながら話し続ける。
「ねぇねぇ、勇者くん。僕、聖女を殺せばいいって言われてんけど、聖女ちゃんってどこおるん?いやぁ、マジで女の子って怖いんよねぇ。聖女ちゃんが映像に映るたびに暴言のオンパレードやで?」
「先に死ぬのは、!」
「オメェだぁあああ!!!!」
「え?うぉわ!?」
シータとチカが破壊された建物の上から飛び降り、戦斧と短剣でトゥーラに攻撃を仕掛けた。
チカの魔法でギリギリまで存在を隠されての奇襲は効果的だった。
トゥーラは防御することも叶わず、二人の攻撃によってリンの上から弾き飛ばされる。
何度か地面にバウンドし、そして数m先で血を流し、動かなくなった。
「リン!生きてるか?!」
「リン様、そんな、なんて…...。遅くなってしまい、申し訳ありません……」
リンに二人は駆け寄り、リンの顔の傷に目を伏せた。
包帯は焼け落ちており、蛇のような瞳孔が見えている。
「チカ、シータ、、」
「リンさん!ああ、なんて怪我を…...。あれは、至厄舟の《終拍》のトゥーラ、ですね」
リン達が最初集まっていた広場から走ってきたエルは、倒れ伏しているトゥーラを睨みながらも《星の奇跡》の力で治療を始める。
キラキラと星の光が瞬き、リンの傷を癒していく。
治っていくリンの視界に、娘に支えられながらこちらへ来るアラーニェが見えた。
「ぃ……ぃ……ぉ」
爆炎に焼かれた喉はすぐには治らず、掠れた音を漏らすことしか出来なかった。
「さえずらんでも良い。勇者よ、そこで寝転んでおれ」
痛むのであろう目を抑えながら吐き捨てたアラーニェは、数m先に未だ倒れているトゥーラに向き直った。
「いつまで狸寝入りをしておるつもりか。此方の村を、民を、里を壊そうとした汝が寝転んでおるなど、此方は許さんぞ。起きよ、そして惨めったらしく命乞いし、死ぬがいい」
リン達の前でも一度しか使わなかった此方、汝、という言葉を、トゥーラに対し使っているアラーニェ。
殺意と敵意を言葉の端々に滲ませながら、手をすぃっと動かした。
リン達と戦ったときと同じ様に、倒れていたトゥーラは見えぬ糸に四肢を絡め取られ、宙に浮く。
見えぬはずの糸が血の色でどこにあるのか分かる。
血の色の糸が ギチギチとトゥーラの身体を締め上げていく。
そしてトゥーラへと伸びている糸の元となる場所は——。
「ぃ……ぃ……ぉ」
「だから、さえずらんでもよいと、」
「に、げろ!」
「なに、?!」
リンが叫んだのとほぼ同時、またも閃光と爆炎が周囲に轟いた。
「くっ……娘よ、防護を!」
「あっ…きゃっ…!」
トゥーラに近づいていた娘とアラーニェは特に酷い怪我を負っている。
ゆらり、と爆炎と煙の向こうで、影が動いた。
「あは、あはは、よかやん。さいこー。いたい、つよい、おもしろい。弱いもんいじめ好きやないから、この村に来んのあんま気乗りせんかったけど、最高やん」
ふらふらとしながら近寄ってくるトゥーラに、怯えてしまっていたチカとシータが前に走り、盾になろうとする。
二人の背後ではエルがアラーニェ達三人の治療を行っていた。
「君達も強かったしなぁ。なんや、前見たのより強いし、ええねぇ」
「前ってなンだよ……」
「んふふ、なんやろねぇ」
血を大量に流しながらも楽しそうに微笑むトゥーラに、恐怖と寒気が背中を駆け上がる。
「さぁ、戦おうや。僕、強いヤツと戦うん好きなんや」
ニタリと歪んだその瞳には、歪な感情が滲んでいた。
◇◆◇
「ねぇ、母さん、この人達だれ?」
幼い子どもは一つの絵画を指さした。
太陽の色をした髪の青年を中心とし、白銀色の髪の美人、虚ろな目をした女など、様々な人物が描かれている。
子どもの可愛らしい疑問に、母は微笑んで答えた。
「この人達はね、母さん達のご先祖様を助けてくれたすごい人達なのよ。奴隷だった貴方のひいひいお祖母様や、村の皆のお祖母様達を助け出してくれて、この村を作ってくれたの」
「へぇ、強かった?」
「ええ、とっても」
母は楽しそうに話を聞く子どもの頭をよしよしと撫でる。
「この女の人はね、奴隷の身で目も見えなくなったのに彼らに助けられた後、魔砲という武器を作ったすごい人なの。奴隷であった身分も関係なく成り上がり、へパイ・ストス工房を作ったのよ。
目が良かった、なんて話だけどどう良かったのかは分からないの。ああ、もしかしたら貴方みたいに不思議な力を持っていたのかもね?」
「ふーん、すごいね」
「でしょう?だからね、わたしは貴方に強くなってほしいの。あの人達みたいにね」
慈愛の瞳で微笑む母の胸へ、子どもは飛び込んだ。
母が望む強い人になろうと、そう思いながら。
その数カ月後だった。
白銀の鱗を持つ竜の巨体に潰され、その子どもの住んでいた村は壊滅し、子ども以外の全ての村人が死んだのは。
子どもは理解した。
この竜こそが絶対の強者で、その強者からすれば自分達のようなか弱い存在など気にする価値もないのだと。
尚更強く思った。
強くならねばならない。あのバケモノを倒せるくらいに。
三千字程が読みやすいそうなので、少し短めにして投稿を続けようと思います。




