16話「もえて、燃えて」
「朝ぞ~!起きんか寝坊助!」
「ひゃぁあああ!?なんですか!?」
「妾だ」
「急にスンってならないで頂けますか!?」
アラーニェの屋敷中にエルの叫び声が響いたのとほぼ同時刻、
「うぉわぁあアアアア!?」
「リンさん!?」
「ああ、娘が起こしに行っておってな」
リンの叫び声も屋敷に轟いていた。
何がおかしいのかクスクスと笑うアラーニェの姿にエルは怒りを禁じ得ない、がそれを表に出すほど馬鹿ではない。
「それで、わざわざ乙女の部屋に侵入し何の御用でしょうか?」
「ここは妾の家ぞ?今は其方らに貸し出しているだけ。好きな部屋に好きなように入って問題あるまい。のぉ?」
思わずエルは冷ややかな目、いや、もはやゴミを見る目で見てしまっていたが、深く、本当に深くため息をついて気を取り直した。
「で、何の御用か、という質問にお答え頂けませんでしょうか?」
ベッドの上で身を縮こまらせていたエルモ少し落ち着いてきた様子で、辛辣さをどうにか隠しながらアラーニェを見ている。
その冷ややかな視線を受け、アラーニェはくすくす笑った。
「いや何、少しばかり案内をと思ってな?本格的な修行の前にこの里を紹介したいのだ」
「……紹介?」
「そうだ。この愛おしき妾の村を、其方らに」
今度はいつものような不敵な笑みではなく、可愛らしい少女のような顔で、アラーニェは微笑みかけた。
◇◆◇
朝食をいつものようにアラーニェの部屋で食べ、リン達四人はアラーニェに連れられて村へと向かった。
アラーニェの屋敷は里のある森の中でも山側にあり、村を見下ろせる位置にあった為、村の様子は遠目に見えていたのだが、村の中に入るのはこの三日間で初めてのことだ。
「あ、かみさまだ〜!」
「おやまぁ、アラーニェ様。そちらの方々が噂のお客人ですかな?」
「うむ。丁重にもてなせ」
アラーニェを先頭にして、村の中を巡り歩く。
家はどちらかと言うと、オリエントの方の建築に似ており、リン達からしたら物珍しいものだった。
大きな平屋からは煙突から湯気が溢れ、人々の活気ある声が村中に響き渡っている。
「活気が凄いですね」
「そうであろう、そうであろう?妾の村だからなぁ」
感慨深い表情で、楽しそうに遊ぶ子ども達を眺めるアラーニェを、リンは横目で見ていた。
ああ、この人は本当にこの村のことが、ここに住まう人々が好きなんだな。
なんで昨日までの俺はあんなに疑っていたんだろう。
そう思いながら視線を子ども達に戻すと、子ども達はきゃーきゃー楽しそうな声を上げながら、チカとシータに追いかけ回されていた。
「すぅー……あの、エルさん。一体何が……?」
「気がついたら子ども達に囲まれていらっしゃられて、そのまま……」
「なるほど」
楽しそうに笑いながら駆け回る子ども達とチカとシータを、エルとリンはどこか幸せそうな目で見守っていた。
初日までのあの気まずい二人の雰囲気はなくなり、今まで以上に距離が縮まった気がする。
するのだが、
「いやぁ、なんだ其方ら。やはり夫婦なのか?そうなのか?」
ニヤニヤと笑いながらからかいの言葉を放ったアラーニェの所為で、すぐさま距離が物理的に離れた。
「ちが、違います!俺達はそんな、夫婦とかじゃ。お、俺なんかが旦那だなんて、分不相応です!」
「まぁ、まだそんな事を仰っていらっしゃるのですか?私はずっと、お返事を待っているのですが」
距離を取ったリンに擦り寄り、笑みを深めるエル。
エルもエルでリンをからかっているのは明白なのだが、返事、つまり「結婚しよう」とエルが行ったことに対する返答を、と言われるとリンは更にタジタジと狼狽えてしまう。
「ふーん、ほーん。いやぁ良い酒の肴だなぁ。式を挙げるなら早めに言うと良い。妾達総出で其方らの婚礼衣装を仕立ててやろう」
「あらまぁ。とても嬉しいです」
「いや、あの、お、俺の意見は……?」
何故かアラーニェとエルの中でだけ話がトントン拍子に進んでいく。
そのまま、リンの虚しい疑問は空に消えていくのだった。
◇◆◇
村中を紹介され、遂に夜になった。
蚕という虫から糸を取り、加工する工場や織物の工房。
それ以外にもデザイナーをしている村の職人のところへ行き、そこでまたもアラーニェ主導で婚礼衣装のデザインの話になったり、寺子屋というオリエント特有だという幼い子ども達の学びの場を見学したりと、とても興味深い場所が多くアンシナ村にはあった。
「では、今から行く場所で最後だ」
子どものような顔で笑うアラーニェに連れられ、リン達四人が向かったのはアラーニェの屋敷から下手にある山近くの川。
少し肌寒いその場所は、村の中やアラーニェの屋敷と違い明かりが一つもなく、アラーニェの持つランタンがなければ足元もおぼつかないような暗さだった。
「さぁ、ここぞ」
アラーニェがランタンの火を吹き消す。
すると、リン達の目の前に広がったのは、
「うっ、わぁ!キレー!」
「これは……なんと...…」
「まぁ、素晴らしい景色……」
「冬の星空みたいだ……」
暗い川辺に灯る小さな星の瞬きのような光。
幻想的なその風景にリン達は思わず感嘆のため息をついた。
「これはな、オリエントに生息する”ホタル”という虫だ。綺麗な川にのみ生息し、この夏の夜、今日のようにジメジメとした日のみにしか光らんのだ」
思わず見惚れてしまい、何も言えなくなったリン達を横目にアラーニェもしみじみとその光景を見ながら話し始めた。
「この村を作り上げた星の使者はオリエントの文化が好きなようでな。あの寺子屋も蚕の養殖も家々の作りも、そしてこのホタルも全てその使者が作り上げたものなのだ」
「あの方はそんなことまでしていらっしゃったんですね……」
「其方、知らんかったのか?いや、星の使者が秘密主義というかなんというか」
リン達には理解の出来ない会話がアラーニェとエルの間で交わされるが、リン達はもう慣れたことかのようにホタルを見ている。
「本当に美しいですね。こんな雨の多い季節に星の瞬きを見れるとは……」
「オマエ、相変わらず言う事がなんかムズいよな」
「そうか?星の瞬き、太陽の温もり、月の静けさはよく使うことわざだと思うが……」
「いや、古臭い」
「なん…だと…?」
皆それぞれ美しい風景に酔いしれる。
そうして一時間程楽しんだ後、リン達は明日に備えて眠りについた。
明日から本格的に修行をする、というアラーニェの言葉に怯えながら。
◇◆◇
次の日から、リン達は本格的な修行が始まった。
初日、オリエントに古代から伝わるという滝行。
「な、夏だから涼しいけど、意外と痛い!」
「アババババ!」
「故郷での海を思い出します...…!」
「皆さん頑張ってくださーい!」
川の上流にある滝から落ちる水を全身で受け止めるのだが、これが魔力操作のどういう修行になるのか、一切分からないままその日は終わった。
二日目、山登り。
「正式名称は峰入りなどと言うのだがな、まあ分かりづらいから山登りでよかろ」
「かみさまが…そう言うから…山登り…」
アラーニェと娘に連れられた先は山の麓。
よくよく聞いてみるとアンシナ村の敷地というのはとても広大で、目に見える範囲の山全てなのだそうだ。
山登り、というのだから頂上まで行けばいいのかと思ったのだが、
「では、夜になるまで彷徨ってこい。武器は持っていくといい」
「もってけ…」
「「え?」」
そう言ってリン、シータ、チカの三人は本当に夜、しかも深夜になるまで村に入らせては貰えなかったし、何より夏といっても夜の山中は寒い。
はっきり言って、たかが山登りと侮っていたのを後悔していた。
元々、武器を持っていけというアラーニェの言葉で嫌な予感はしていたのだが、予想していた通り山中には魔物が多数群れを成しており、何度も休憩中を襲われるはめに。
それに、休憩中を襲われていること以外にも三人はエルの《星の奇跡》の力がない状態で戦わなければならず、いつものパフォーマンスを発揮できずに苦戦も苦戦、大苦戦していた。
負けるわけではないのだが、普段がいかに無謀な突撃をしていたのかがよく分かる。
「キッツ……シヌ……マジで……」
「いつもエルさんに俺達は甘えてたんだな……」
「まだまだ未熟でした……」
「おぉ、よく帰ってきたな」
「皆さん!よくご無事で……!」
その日のご飯はいつもより美味しかったのが一番のハイライトだ。
三日目、アラーニェの屋敷の大掃除。
「ん?大掃除?」
「なんだ、文句でもあるのかや?」
心底不思議そうな顔のアラーニェに、リンは思わず面食らったが負けずに自分の疑問を口に出す。
「いや、あのもしかしてこれって、別に修行じゃないんじゃ……?」
「いいや違う。この雑巾がけなるものこそ、オリエントの修行の最高峰なのだ!」
「へ、へぇ……」
「信じておらぬな?」
とりあえずやってみろ、というアラーニェの言葉に、リン達三人は雑巾を敷いて床を駆け抜けて行った。
「ウドリャァアア!!!」
「い”っ”て”ぇ”!?!?」
「おぅわぁあ!!」
軽やかに床を駆けていくチカとは対称的に、リンとシータはなぜか雑巾が上手く前に進まず、引っかかってしまうことで何度も何度も顔面を地面に叩きつけている。
チカは最初から最後まで一息で綺麗に拭けているのだが、リンとシータは何度も地面に激突するので蛇行運転のようにしか拭けておらず、チカの二倍近く時間がかかっていた。
「いたい。めっちゃ鼻が痛い」
「クソ...…なんでバカ狸は綺麗に拭けるのだ?」
鼻を抑えてうずくまるリンとシータを笑ってみているチカと娘。
娘は羽根を嬉しそうに羽ばたかせ、チカも楽しそうに身体を揺らしておりシータの米神に青筋が立っている。
「エ?技術力の差じゃね?」
「ふふ…ぶざま…」
四日目、湖へ飛び込み潜水訓練。
その名の通り湖に飛び込む、のだがその飛び込み台となっている崖の位置があまりにも高い。
「え...…こっから飛ぶんですか?」
「そうだが?」
「イヨッシャァ!行くぜー!」
「バ、バカ狸ー!」
本当にこの崖からあんなに遠い下にある湖に飛び込むのか、と不安になっているリンを余所にチカは勢いよく飛び込み、綺麗に潜水して水から顔を出した。
「リンとシータも早く来いよー!」
「う、うぉりゃぁ!!」
ぶんぶんと手を振るチカに、リンも意を決して飛び込む。
湖の中でパチっと開けた瞬間、目に痛みが走ったがそれよりも湖の下の景色はとても綺麗で、リンは少し見惚れてしまった。
小さな魚の群れ、水の中にまで差し込む太陽の優しい光、そして何より濁っておらず遠くまで見通せる湖の水の美しさ。
少し水から上がるのが心苦しいと思うほどには綺麗だった。
水から上がり、崖上のシータに手を振る。
「おーい!シータ!すごい綺麗だぞー!」
崖上のシータは、リンの言葉に焦っているような顔で右往左往していた。
「はよ行け。男だろう」
「え?!……うわぁぁあああ!!!」
「シータぁぁあああ?!」
アラーニェに背を押され、シータが湖の水に叩きつけられる。
そう誰しもが思ったその瞬間、リン達の目の前に広がったのは、
「たっ、てる?」
「ソ、ソレ、どうなってンだ?!」
湖の上に立つシータの姿だった。
シータ自身もよく分かっていない様子で混乱した表情をしており、動いた拍子に水の中にドボンと音を立てて落ちていく。
「シータぁ?!」
「いやぁ、素晴らしい。修行のせいかだな。まさか硬化という力で水面に立つとは……」
「妾のお陰だな」などと言いながら何度も頷いて結果を確かめているアラーニェにドン引きしながらシータをチカと二人で湖の中から引き上げた。
「オレは、あんなこともできたのですね!アラーニェ様、ありがとうございます!精進します!」
「うむ。期待しておるぞ」
それで良いのか、という言葉が喉から出かかったが、どうにか飲み込んだリンとチカであった。
そんな修行を約七日、他にも様々な修行をしてきたリンが最後に思ったことが一つある。
「ねーねー、にいちゃん、もっとたかいたかいしてー!」
「おれは鬼ごっこがいいー!」
ぐいぐいと両腕をそれぞれ別の子どもに引かれながらリンはアラーニェに向けて一言放った。
「これ、実は修行じゃないですよね?」
「ああ、そうだな。今更か?」
何を当たり前のことを、とでも言いたげな様子のアラーニェにリンはため息をつくことしか出来なかった。
日が落ちるまで子ども達と遊び倒し、子ども達のいなくなった村の広場で休んでいるリン達一行。
楽しそうな表情のアラーニェに対し、疲れたのか少しやつれた様子のリンが身体を解しながら問いかけた。
「なんで修行だ、なんて嘘をついたんですか?」
「嘘ではないぞ。妾は大昔に同じ事を星の使者にさせられたからな」
「もしかして、その星の使者って方はすごく、その...…」
「変なヤツだったさ。言葉を選ばんくても良い。事実なのだから」
遠い目をしているアラーニェに、リンは『他にも色々されたんだろうな』と思ったが口には出さなかった。
アラーニェは手慰みに娘の白くて細長い、絹のような髪を編みながらも懐かしむように語る。
「星の使者は妾を神にするためにこの村を作ったのだと言っていた。いつの日か現れる勇者を育てるためにと。ああ、変に同情するでないぞ?その長い人生の中でこの娘にも会うことができたしな」
「うん…かみさまと…あえた。しあわせ…」
「ふふ、其方は本当に愛らしのぅ。この娘は50年程前だったか、里の外で倒れていてな、村の者共が妾への献上品として持ってきたのだ。それからは妾の愛玩よ」
艶やかな指使いで娘の頬を撫でるアラーニェ。
愛玩、などと言っているがアラーニェの娘を語る口調は、声色は、とても暖かいものでまるで母子のようだ、なんてリンは思っていた。
そんな事を口に出せば、ただでさえ最近娘からヘイトを買っているというのにもっと酷くなりそうだから言わないが。
「ああ、今日も幸せだった。妾はほんに幸せ者だ」
こちらを見るアラーニェと目が合った気がする。
アラーニェの目元は布に覆われていて見えないはずなのに。
「明日からは本当に修行をしよう。魔力は使えば使うほど上手く操作できるようになる。さぁ、屋敷へ帰ろうか」
いつもと違う雰囲気を纏ったアラーニェに言われるがままに、リン達は立ち上がった。
今日もいつものようにアラーニェの部屋で食事をし、リンの部屋に皆で集まってワイワイと話をするのだと、そう思っていた。
いや、もう当たり前になっていて思いすらしていなかった。
だが、当たり前とはいつの日か壊れるものだという知識がリン達には足りなかった。
歩き出したアラーニェを追いかけようとしたその瞬間、
「あ”?!あ”ぁ”ぁ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!!」
「かみさま......?!」
アラーニェが目元を抑えうずくまってのた打ち回り始めた。
リン達はすぐさまそれぞれの武器を構えて駆け寄る。
エルが《星の奇跡》を使っても悲鳴は止まない。
なぜ、なぜ、何が一体起こっている。
不穏な嵐はすぐそこまで迫っていた。
「星の瞬き、太陽の温もり、月の静けさ」・・・信じられないほど美しいものを見た時に讃える言葉。




