15話「答えの先」
「ふ、ふはは。此方が敵か、だと?」
ビリビリと静電気が身体に纏わりつくような感覚を、リン達四人は覚えた。
リンに向けて威圧しながらもニタニタと口角を歪ませ嗤うアラーニェの姿に、リンは未だ剣に触れる手を離せない。
そして、チカはそんなリンの様子に困惑していた。
いつもと違う。ナニかが違う。でも、ナニが違うンだ?
頭を回してチカは考える。
チカ自身、あまり頭が良くないことは自覚があるが仲間が変になっている。
否。
変にされているのにバカだから分かんねェなんて、言ってはいられない。
ナニが、なにが、何が。
不意に、チカの視界にほんの一瞬だけノイズが走る。
明滅する視界の中で、チカはリンに纏わりつく羽根を見た。
イヤな色の羽根だ。なぜか、そう思った。
バチン、という破裂音が部屋中に響く。
まるで拍手したかのような音。しかし二回のみ。
「わっ!い、った……。チ、チカ?どうしたんだ?!」
「ひ、はは。娘子よ、其方はほんに、ほんに面白いのぉ。くくくっ」
「ふん…いい気味…」
「いい気味?!なんかさっきからすごい冷たくないですか?!」
いつもの談笑のような雰囲気が戻ってきたが、皆の視線がチカに集中していた。
シータなど驚愕しすぎて腰を抜かしている。
そう、チカは今、破裂音がするのとほぼ同時か少し前程にリンの下に駆け寄り、両手でリンの頬を包み込んでいたのだ。
いや、正確に言うと包み込んでいるのではなく、叩くように勢いをつけて両手で挟み込んだのだ。
つまり、両手での平手打ちである。
「ゴ、ゴメン!ちが、アタシそんなつもりじゃ…」
リンの後ろで喚くシータを無視して、謝りながらもチカはリンの顔を覗き込んだ。
...…消えた。変な感じが。
でも、チカには何故消えたのかが分からない。
それに、変な感じは消えてもイヤな感覚は消えていない。
チカがどうしようと思い悩んでいるとアラーニェの声が響いた。
「娘子、何があったのかは知らんがもう安心してもよい。あまり気にしすぎるな」
「はぁ?!気にしすぎるなって、アタシの仲間が変になってンだぞ?」
「今は治まっておるでな。ふむ、其方の平手のお陰か...…」
『星の使者が何ぞしたな。変に過保護よなぁ、彼の者は』その呟きは空に消えた。
さて、とアラーニェが咳を一つ。
「答えてやろう、勇者よ。此方は、妾達は敵ではない。この凡そ人とは思えぬこの身、そしてモドキについて優しい妾が教授してやろう」
今度は先程のニタニタした笑みでは無かったが、どこかドヤ顔のような、言葉を選ばないならとてもムカつく笑い顔でアラーニェはこちらを見つめた。
「さて、モドキとは其方らの中では、動物のような特徴を持つ者ということで間違いはないな?」
「はい」
「その前提から覆そう。モドキとは、人から生まれ人外的な特徴を持つ者のことを指すのだ。本来はな。まあ、動物的な特徴を持つ者が多いのも勘違いされている要因であろうがな」
ほら、と言われ脳がスッキリとしたリンもアラーニェをしっかりと観察してみる。
当初、出会った時と同じような八脚二碗、布で隠された目元。
何も変わらないが、たしかに人外的と言われれば八脚二碗はそうだ。
だからこそリンも魔族なのではないかと疑ったのだが。
そうしてリンが頭を捻らせていると、
「いやん、勇者のえっち♡」
「ッはぁ?!」
思っても見なかったアラーニェの言葉に、リンも思わず驚愕の叫びを上げた。
「まあ冗談だ。気にするな」
「き、気にするなって言われても……」
いたずらっ子のような笑みを浮かべながらアラーニェは無理やり話を続ける。
「妾はなぁ、生まれも育ちもこの村でな。今年で齢は二百と少しで、生まれてこの方この村から出たことがない。この村を守るために生まれ、そして死ぬのだ。故にこの村が壊滅するかもしれぬ可能性を持つ其方らの敵になるなどありえぬのよ」
リン達がこの村を壊滅させる可能性。二百年の間この村から出たことがない。そして、村の為に生きて、あるいは死ぬと言うアラーニェ。
激重な話のオンパレードに、リンだけでなくシータやチカも目眩がしそうな勢いだった。
思い悩んでいる様子の四人にアラーニェは笑いかける。
「そこまで悩まんでも良い。其方らが敵になるのであれば、妾もこの村を守る為に戦うが、そんなつもりがないことくらいは分かる。さぁ、今日はもう遅い。寝るが良い」
たしかに、カーテンの隙間から見える空には星が輝いている。
それに、今日知った内容を少し自分の中で整理したい気持ちだ。
リン自身、変な違和感が身体に纏わりついているし、もう寝よう。
そう思って口を開いた。
「お、お言葉に甘えさせてもらいます…」
「お、オォ。おやすみな」
「失礼いたします」
「それではまた、村長さん」
「うむ。また明日」
「はやく…ねろ…」
存外優しいアラーニェの声と、対極的にリンに対してのみ厳しい言葉の娘に見送られながら、四人は各々の部屋へと帰った。
◆◇◆
暗い空間の中に女が一人。
その女はこの村にリン達が入った時に、リンに対して質問を投げかけた女だった。
長い茶髪を一纏めにポニーテールし、側頭部と腰から羽根を生やしている彼女は、気に入らないことがあった様子で、聖女然とした表情を歪めている。
「はぁ、最悪ね。あのまま傀儡にでもなっていれば良かったのに。あーあ、あの使えないゴミヘボ天使が変に介入するからよ。あのゴミ、なんで今も世界に干渉し続けているワケ?」
女は体育座りをしてくるんくるんと空間の中で回り、思考を巡らせた。
時に地団駄を踏み、時に欲しいおもちゃを買ってもらえずに癇癪を起こした子どものようにバタバタと床で暴れ回っている。
「ムカつく。ムカつくムカつくムカつく。あー、イヤ。イヤよ。とってもイヤ。似ているのがイヤ。似ていないのがイヤ。あの使えない仲間共もイヤ。
……いえ、あの狸の娘は良かったわね。目が良い。というかあの感じ、オンロスにいた技師に似ているわね。子孫とか?いえ、ならなぜあんなラベライトみたいな国にいるのか整合性が取れないわね」
突如として空間が切り替わる。
女の周囲に広がるのは桑の木で出来た個室。
そして、目の前のベッドに寝っ転がっているのはリンだ。
そう、つまりここはアラーニェによってリンが与えられた私室である。
詠唱の力やアラーニェから与えられた驚愕の情報の数々に疲れたのか、泥のように眠るリンの頬を女はつつく。
しかし、貧相な身体に見合った力なのか頬が動くことは少しもない。
「ふん。ムカつく寝顔だわ。ひん剥いて縛り上げて窓から吊るしてやろうかしら」
冗談とは思えなそうな声で呟く女は、自分の言葉にクスクスと笑みを浮かべた。
「いいえ、このまま殺してやるのもまた一興かしら?どうせあの女がいるのよ。殺したくらいでは死なないでしょ」
女の手が、再度リンに伸びる。
しかし、今度はその手がリンに届くことはなかった。
「ッ?!最悪ね、本当に」
リンに触れる瞬間、女の手がキラキラと星のような輝きと共に指先から消えていく。
その様子を見て女は手を伸ばすのを止め、また空にふわりと浮いて不機嫌そうな顔になった。
「もういいわ。アタクシ帰る。あそこまでして斬りかからないようなヤツ、どうでもいいもの。あのまま斬り殺せば少しは認めてあげたのに」
ふん、と最後に息を吐いて女は部屋から消えていった。
あとに残るのは普通の部屋と、眠っているリンのみ。
誰も知らぬ二度目の会合は、リンにすら知られずに終わったのだった。
腱鞘炎が酷いので本日は短めです。




