14話「歪な思考」
更新が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。今後も少し更新時間が開く可能性がありますが、更新は続けていきますのでご安心頂けたらと思います。
二度目の戦いは苛烈だった。
村人達の動きはそのまま、リン達の戦法もそのまま。
だが、アラーニェの指示が的確で、そしてあの目に見えぬ糸がリンの四肢を拘束する。
「ほほほ。弱い、弱いわ雑魚共!」
「ざこども...…!」
「クッソ!」
嘲笑うかのようなアラーニェの言葉に、リンも普段は言わないような粗暴な言葉がついつい出てきてしまう。
空中に吊るし上げられたリンのことは倒したものとして考えているのか、村人達はチカとシータの方へ駆け出していた。
せめてこの糸の拘束から抜け出したいのだが、あまりにも糸が硬すぎて千切ることも動くこともできない。
それでもどうにか抜け出そうと指先をピクピクと動かすリンを嘲笑うアラーニェの笑い声に、流石にリンの米神にも青筋が立つ。
「あはははは。誠、滑稽よなぁ。のう?娘よ」
「うん…こっけい…」
「リン様は滑稽などではありませんが?!」
「だぁああ!もうメンドクセー!追いかけんのヤメロよ!」
全く見えないが、シータとチカも苦戦しているようだ。
手助けしたいが、何度も言う通り糸が邪魔で何も出来ない。
『本当にどうすればいいんだ』、そうリンが思ったときだった。
「リンさん!」
糸に絡め取られて身動きを取れないリンの遥か後方から、エルの声が響いた。
「ヒヨドルと戦った時の力を使って下さい!」
普段は叫んだりなどしないエルが、大きな声でリンへと助言を叫んだのだ。
その事実に一瞬、リンの頭が驚愕に染まり思考が止まったが、すぐに気を取り直し、ヒヨドルとの戦いでしか使わなかったあの”詠唱”を唱え始める。
口だけは塞がれていなかったのが不幸中の幸いだ。
「美しき黒夜に輝く白き月。優しく照らすその傲慢さを忘れずにあれ。そして今一度世界の時を止めてみせよ」
全身に力が漲る。
全身が痛みに軋む。
それでも、全身を夜空色に染め、肉体に人外的特徴を更に増やして現し、
「うぉぁあああああ!」
リンはついに糸を引きちぎった。
リンはボテッと音を立てて地面に落ちた。
大変間抜けな音であったが、村人達はリンが糸の拘束から抜け出せると思わなかったのか、元々素人じみた戦い方だったのが更に酷くなり、そして生まれた隙をチカとシータは素早くついた。
決着がつく。
今回もリン達の勝利だ。
「よしっ!リン様、勝ちました!」
「いやぁ。マジでギリギリだったぜ」
汗をかいてへたり込んでいる二人に、リンも駆け寄る。
「ごめん。俺、何もできなかった…」
「いえいえ、最後にこの村の人々の隙を作ったのはリン様です!」
「前の時も思ったけど、なンかスゲー黒いな、お前」
詠唱の効果を残したまま談笑するリンに、必死な形相のエルもすぐに駆け寄ってきた。
はぁ、はぁ、と肩で息をするエル。
「リ、リンさん!体調にお変わりはありませんか?前の時のように熱っぽいとか、そういうのです」
「え?特にないと思います…けど...…?」
「わー!リンさん?!」
「リン?!」「リン様!」
言葉の途中に地面に倒れてしまったリン。
エルが額に触ってみると、前回と同じ様に高熱が出ている。
夜空色の肌も元に戻り、人外的特徴も消えていく。
「そ、村長さん、私達は部屋に戻ります!シータさん、すみませんがリンさんを背負って頂けますか?」
「リンー、ダイジョウブか?ま、また五日間とか寝たりしないよな?」
「リン様少し失礼します」
エル達があたふたと部屋に帰るのを眺めながら、アラーニェは笑っていた。
正確に言うと、リンを見ながら。
「ふは、ふはははは!まさか、この糸の拘束から抜け出すものがいるとは思わなんだ。いやぁ、良い。良いな。星の使者が気にかけるのも理解できる」
「……。」
「なんだ娘よ。立腹しておるのか?其方はほんに愛らしいな」
「べつに…おこってない…」
怒っていないなどと言いつつも、アラーニェの隣に立つ娘はリンを嫉視していた。
優しい香りがリンの鼻腔をくすぐる。
若干の体のしびれ、痛みに呻きながらもリンは目を覚ました。
幸い前のように五日間眠るなどはなく、今回は直ぐに目を覚ましたのだが、
「おきた?…なら…くえ…」
「あっつぅう!?」
起きたばっかりのリンの口に、熱々のパン粥が匙に乗せられて突っ込まれた。
混乱するリンを余所に、娘は次々に匙にパン粥を乗せ、口に運ぶ。
ふーふーして冷ます、なんて夢のようなことは起こらず事務的に、いや確実に敵意を持ってリンの口に突っ込まれていた。
「あの、凄くあっち!あついんですけど...…?」
「しらない…くえ…ほら…はやく…」
「い、いや、自分で食べられますから!」
「しるか…いいから…だまって…やけど…しろ」
「悪意しかない…!」
喋った側から開いた口に次々と入れられていくパン粥。
というか、パン粥はやけどするほどに熱々に作るものではないはずなのだが、今オーブンから出してきました。とでも言いたげなほどにぐつぐつと煮えている。
不味くはない。
不味くはないのだが、いかんせん熱すぎてそれどころではない。
リンには、なぜ娘がこんなに悪意を剥き出して嫌がらせをしてくるのか理解できないし、思い当たる節もなく、どうすればいいのか頭を悩ませるしかなかった。
どうにかこうにか熱々のパン粥を食べ終え、二人は一息ついた。
「よく…食べた…」
「あ、ありがとうございます?」
「むかつく…だまれ…」
「なんで?!」
あまりにもな発言を娘に繰り返され、リンは混乱するしかない。
皿や匙、そして半強制的に流し込まれた粉薬の器を回収し、娘は立ち上がって振り向いた。
「アラーニェ様…呼んでる…いくよ」
「は、はい」
会話もなく娘の後ろをついていく。
まだ身体が怠いし、関節が軋んでいる感覚がする。
やはりあの力は上手く使えないな、そう思いながらついたのは、最早見慣れたアラーニェの部屋。
しかし、いつもと違うのは四人の笑い声が聞こえているところだった。
「入るよ…」
娘に背中を押され、部屋の中へと入る。
部屋の中には座って談笑しているチカとシータにエル、そして部屋の主であるアラーニェがいた。
「リン!目ェ覚めたンだな?心配したンだからな!」
「だ、大丈夫ですか?どうぞこちらにお座り下さい!」
パタパタとエルは駆け寄り、リンの額に手を当てる。
そして、ほ、と息を吐いて胸を撫で下ろした。
「良かったぁ。熱も下がっているみたいですね」
「ははは、随分と其方らは過保護であるな。まぁよい、座れ」
「あ、あはは……?」
よく分からないが、言われるがままに座る。
いつものようにリンはエルの隣に座らせられたが、いつもとは違い拳一つ分の間があった。
その隙間をちらりと見て、アラーニェはケラケラと笑い始めた。
床でも叩きそうな勢いだ。
「ふ、勇者と天に連なる者よ。其方ら前々から思っておったが、痴話喧嘩でもしたのか?なんだその隙間」
「ち、わ?!ち、違います!」「そうですよ」
肯定するエルの言葉と否定するリンの言葉に、他の四人の間でざわめきが広がる。
チカとシータはいつものエルのからかいだろう笑い、アラーニェと娘はニヤニヤとした顔をしていた。
しかし、そんなアラーニェの雰囲気はすぐにすん、としたものに戻る。
顔のニヤケはそのままだが。
「まあ、そんな話はどうでもいい。今、妾達は其方の魔法の話をしておったのよ」
「俺の、ですか?」
「ああ」
扇でニヤついた顔を隠しながら言葉を続けるアラーニェ。
「其方の力、あの詠唱は恐らく月の魔法特有である強化の力を大幅に強化するものだ。特に其方の場合は魔力回路の強化が得意なのであろうな。まあ、つまりは魂の強化だな」
「魂って強化できるんですか?」
「いや、よく分からん。多分そんな感じだろうな、って感じだ」
分かんないのかよ、という思いがリン達四人の中で一致した。
お手上げ、とでも言うように両手を上げ、まだアラーニェは話し続ける。
「妾も月の魔法の詳しい話など知らんわ。ここ八百年の間、勇者は表に出ておらんしその様子では聖女達の中でも他の勇者が見つかっておらんのであろ?
ただ、八百年前に北の大地にいた月の勇者は、其方とは違い反射神経の強化が得意であったそうだがな」
反射神経の強化、という言葉にリンは思わずポツリと溢す。
「感覚機能って強化できるんですか?」
「反射神経も結局は身体にある筋肉だのなんだのの集合体みたいなものだからな。身体強化とほぼ同じことよ」
「なるほど......」
魔法というものをリンは未だに理解できていない。
何が出来て何が出来ないのか。普通の魔法とリンの使う月の魔法の何が違うのか。
それでも、月の魔法が異質であるということは理解できたし、昔の勇者という存在に少しだけ興味が沸いてきた。
聞けたらエルに聞こうと思うリンを余所に、チカも納得したような声を上げる。
「ふーん、おもしれェな」
「とても興味深い話ではありますね。バカ狸と同じことを言うのは癪ですが」
「は?」
喧嘩を始めそうな二人を無視して、まだまだアラーニェは話しを続ける。
今までの中で一番話している気がするのは間違いではないだろう。
いや、普段から饒舌ではあった。
一番最初に出会ったときからすごく話す人だなぁ、とリンは思っていたし、今日はそれが更に酷いだけかと思い直す。
「あの強化は、モドキは魔力の最大量を増やすものとは恐らくだが別の理だな。妾の目でも読み取れん。
あぁ、そうそう。目といえば其方、チカと言ったか?」
「おう、そうだけど」
アラーニェは素直に答えたチカを見てニタリ、と口元を歪めた。
「其方は本当に目が良いなぁ。普通のモドキにしては目が良すぎる。妾のように魔法の力ではなくそういう体質だな?いやぁ、面白い」
「え?!アタシの目ってなンかスゲェーのか?!」
キラキラした目でチカが前のめりになった。
アラーニェの言葉にシータは少し暗い顔をしていたが、それは誰にも見えなかった。
チカ以外見えていないとでも言いそうな雰囲気で、ケラケラと楽しそうにアラーニェは会話を続ける。
酒でも飲んでそうなくらいに舌と会話が回り続けるが、娘は何も言わずにただ隣に侍っていた。
いや、何も言わずとも、リンへと向けられる目線が酷く憎悪を抱いたものではあったが。
これこそ正に目は口ほどに物を言う、であろう。
リンはなぜそんな目で見られるのか未だに理解してはいないのだが。
「言っておくが、魔力の流れや動きなど普通は見えんのだ。見えるのはおかしい」
「...…そうなのか?!ア、アタシ普通だと思って...…」
「あぁ、だからお前の魔法の説明は下手くそなんだな」
「ダレのナニがヘタだって?」
「事実しか言ってないが?」
「はい、二人共もう喧嘩は止めですよ。リンさんも何か聞きたいことがあるみたいですし、ね?」
「ハイ……」
リンに向けられたエルの微笑みに、すぐさまリンは目を逸らした。
『私と家族になりませんか』
その言葉が未だに耳から離れない気がするのだ。
どうにか頭を振るってその音をかき消し、アラーニェに向き合った。
「質問をしてもいいでしょうか」
「よかろう。許す」
ピンと張り詰めた空気が部屋に染み渡る。
地味に抓り合いをしていたチカとシータも、この空気にその小さな喧嘩を止め真面目な顔でアラーニェを見る。
緊張のせいか、熱が上がっているのか、リンは手を震わせながらも口を開いた。
「俺は、モドキとは動物的特徴を持つ存在だと教わりました。そして、魔族はそれよりも人間には見えないのだとも言われて育ちました」
アラーニェは相槌すら打たずにリンを見ている。
だが、面白そうに口元は歪んでいた。
「大変失礼なことだとは理解していますが、貴方のその姿はモドキというよりは魔族のものに近しいと、そう思います。貴方は、俺達の、」
声が震える。
もし、もし、今から言う言葉が真実であればそれは皆を危険に晒す可能性があるのだと分かっている。
それでも、知らずにこのままいるのはもっと問題だろう。
だから聞くのだ。
「俺達の敵、ですか?」
ピタリとアラーニェと娘が動きを止めた。
先ほどまでのニタリとした笑みも消え、真顔でこちらを見ている。
リンの手にも汗がじわじわと出てきているが、左に置いた剣をしっかりと握り、二人から目を離さない。
あの糸を千切る方法も知った。
糸は強くとも戦闘能力自体が低いことも分かっている。
勝てる。
そんな、普段のリンであれば思い浮かばないような考えが、リンの中には浮かんでいた。
この村に来たときから、リンはどこかおかしかった。
普段ならばこんな風に敵対しそうな存在でも喧嘩を売りにはいかない。
ガイアの時もそうだった。
言葉を選び、敵対しないようにと努力した。
しかし、この村に来てからは異常だった。
エルに近づいたアラーニェの首筋に剣を翳し、今も何かあれば斬り殺すつもりでいる。
そのリンの変な様子に気づいたのは、先程目が良いと言われたばかりのチカだけであった。
リンは剣を握ったまま、アラーニェの返答を待っている。
その答えの先に何が起こるのか予想して。
新しいヒロイン(?)な娘です。




