13話「糸を紡ぎ、音を紡ぎ、世界を紡ぎ」
ツィー、とアラーニェの左手が動く。
気だるげに座るアラーニェの横には娘が侍っており、アラーニェに寄りかかっていた。
娘はレースを編み、アラーニェは何かを見ながら悩んだ様子。
どこか背徳感すら感じる姿の二人は、特に会話するでもなく、それぞれの作業をしていた。
不意に、アラーニェが目元を隠していた布を外した。
「森が何やら騒がしいな。なんぞあったか?」
じとりとした視線で、何も無い空中を見ている。
空を見るその瞳は美しいまつ毛に縁取られているが、問題はそこではなかった。
目の数が一対ではないのだ。
四対、計八つの瞳が顔の上部にある。
恐ろしさすら感じる姿だが、娘は特に気にした様子もなかった。
その四対の瞳が空を見てはいるが、明確に何かを捉えて見ているようではない。
しかし、手を動かすと同時に瞳も少し動き、また時に眩しいものでも見たかのように、ぱちくりと瞼を閉じる。
疲れたのか目を閉じ、呟く。
「ふむ、監視の目も増やすかのぅ」
呟いたアラーニェに、娘は視線を向けた。
「かみさま…わたしも…手伝う…」
「無論。其方が手伝うのは当然のことよ」
アラーニェはくすくすと笑いながら、娘の頬を撫でた。
娘もその手を大人しく受け入れ、子猫のように手に擦りつく。
またもアラーニェがツィーと指を動かすと人知れず里外の森に、白繭が垂れ下がった。
最初、リン達が来たときよりも白繭は数を増やしていき、ある種の結界のようになる。
「さて、これで侵入者がいれば探知できはするが…...。まあ、問題はないか」
「ん…かみさまがいうなら…ただしい」
「そうであろう、そうであろう。愛しい娘よ。其方は本当に可愛らしいのぉ」
「わぁ…」
娘を抱きしめ、よしよしと撫でつける。
その二人の姿は、仲良しな母子のようであった。
いつものように朝の暖かな日差しがリンの顔を照らす。
今日も太陽の日差しで目が覚める。そう思ったのだが、
「朝であるぞ!!客人よ!」
「うわぁああああ!?」
リンを起こしたのは、老婆の大きな声だった。
昨夜、アラーニェが言っていた通り今度こそ老婆がリン達を起こしに来てくれたのだが、そんな記憶は頭からさっぱりと抜け落ちていたため、リンは驚愕の叫び声を上げてしまう。
その叫び声にエル達も部屋に駆け込んできたのだが、ベッドの上で縮こまっているリンと呆れた様子の老婆を見て、構えていた武器をすぐに下ろした。
「びっくりしましたよ、リンさん」
「ホントだぞ!なンかヤベー敵がいンのかと思っただろ」
「お怪我がないようで安心しました」
「ご、ごめん」
リンの部屋に駆け込んできた三人を見て、老婆は感心したように、いや、呆れたように頷いた。
「随分と過保護な仲間じゃな、客人。まあ、たしかにナヨナヨした見た目じゃが、」
「ナヨっ?!」
リンの身体を舐め回すように老婆は見た。
実際、リンはこの数ヶ月で鍛えて筋肉をつけたとはいえ、まだまだひょろい。
特にシータの横に立つとその差は顕著に現れた。
「まあ、全員が集まったならよいの。朝食じゃ!我らが神の元まで着いてくるといい」
そう言い放つと、老婆はリン達には目もくれずに歩き出した。
今日も飯はアラーニェの部屋で食べるのか、と少しだけ気が遠くなるが、とりあえずついていくことにした。
余談だが、リンは服を着替えられてはいないままだ。
「おうおう。其方は随分と眠そうだな、勇者よ」
「あ、あはは。ゆっくりは寝れたんですけど」
「そこなババアに叩き起こされたな?いやぁ妾も覚えがあるぞ」
アラーニェはくすくすと笑い、からかうようにリンへと耳打ちしたが、老婆には聞こえていたようだ。
「誰がババアじゃ!主の方がババアじゃろうに!」
「見た目の話だババア。随分と皺くちゃになりおってからに。昔はあんなにも美しかったのになぁ。のう?娘よ」
「うん…昔のほうが…美人だった…」
「きぃー!これだから桑食いは。まあよい。食事を運んでくるとしよう」
食事を厨房へと取りに消えた老婆を横目に、アラーニェと娘はくすくすと笑い合っている。
昔は、という言葉から、二人は見かけよりもとても長生きであるのが伺えるが、リン達は空気になるしかなかった。
混ざれない身内ノリの会話ほど、辛いものはないだろう。
リン達四人はそれぞれ、朝の眠さと戦いながら、空腹で鳴る腹を抑えながら、食事が運び込まれるのを待っていた。
さっぱりとした朝食を食べ終えた頃、アラーニェはリン達へと指さした。
その顔はとても愉快そうで、いたずらっ子とも取れそうな笑みを浮かべている。
とても嫌な予感がするが、とりあえず気にしないことにした。
「さて、其方ら!飯も食うたし、修行の時間だ!動きやすい服に着替えて十分後に中庭に集合せい!」
「いよっしゃあ!シュギョーの時間だぜ!」
チカの嬉しそうな声を聞きながら、リン達は着替えのために部屋を飛び出す。
リンとしては、寝巻きのままなのが恥ずかしかったのもあり、チカよりも先に部屋に戻っていた。
そうして動きやすい服に着替えたリン達は中庭に集まったのだが、中庭に居たのはアラーニェと娘だけではなく、普通の村人達三人もであった。
それぞれ木剣や、長さのある棒などを持って佇んでいる。
丁度集まったリン達を見て、アラーニェはちょいちょいと猫を呼び寄せるかのように手を動かした。
そのまま村人達を指さし、
「さて、これより修行を開始する。まあ、まずは此奴らと戦ってもらう」
「この人達と、ですか?」
「うむ」
思わずリンが聞いてしまったが、横目で見た村人たちは普通の一般市民にしか見えない。
狩りを生業としていそうな見た目ではないし、戦いなどしたことがなさそうな風貌だ。
そんなリンの考えを読んだのか、アラーニェはケラケラと笑った。
「ああ、そうだ。此奴らは戦いに慣れたものではない。ただの普通の里の民だ。だから、妾が指示をする。問題はあるまい。あ、聖女はそこで座って見ておれ」
「は、はい」
「アタシらが今までどんなヤツと戦ってきたと思ってんだ!ヨユーだぜ!」
「そういうのをフラグと言うんだ、バカ狸」
「はぁ?バカじゃねェし」
「はいはい、お二人共。今日はそれ以上の喧嘩は許しませんよ」
またいつものように喧嘩が始まりそうなチカとシータは、エルの言葉によって止められ、リン達は武器を構えた。
チカだって口では余裕だと言ったものの、油断はしていない。
アラーニェに貸し出された木で出来た武器を構え、娘の掛け声を待つ。
「よーい…どーん…」
娘の気の抜けた掛け声と共に、リンとシータは走り出す。
チカも少し走り、空間全体を確認できる場所へと移動するとすぐに魔法を展開する。
ここ数ヶ月の戦いの中でチカは魔法の精度が著しく上がっており、そこまで意識しなくても影まで完全に隠せるようになっていた。
油断はしていなくとも自身の力は万能だ。
だから、後は村人達に打ち込んで終了。
そう思っていたのだが、
「ふむ、北へ三歩。東に二歩。あ、其方は左四十五度だ」
アラーニェが、村人達へと声をかけた。
何だ?とリンが思うまもなく、目の前には村人達の武器が迫っており、リン達の身体へと打ち込まれる寸前であった。
「ぉあっ?!」
「うらぁあ!」
情けない声を上げながらリンは打ち込まれた剣を返し、覇気のある声でシータは村人へとタックルする。
リンの打ち返した村人の剣は飛んでいき、シータにタックルされた村人は抵抗虚しく地面へと打ち倒された。
無事に打ち倒せたが、それでも疑問が頭に浮かぶ。
チカの魔法はほぼ完璧にかかっている。
影は消えたし、勿論リン達の姿は見えない。
多少、草を踏みしめたりすると草が動くから分かるが、それでもこんなに簡単に居場所がバレたことなどない。
それはヒヨドルとの戦いでもそうだ。
ガイアやヒヨドルは、チカの呼吸音だのなんだので居場所を探知していたが、川のせせらぎや風の吹く音が聞こえるこの中庭ではそれも難しいはず。
であれば、なぜ?
いや、答えは簡単だ。
アラーニェが探知しているのだろう。
アラーニェの魔法が何かはまだ分からないが、目に見えない糸を操る力だけではなく、探知する力もあるのだろうとは予想がつく。
しかし、それをどう攻略するか。
そう思いながら、村人達の次の攻撃を離れて待っていた時だった。
「やめ…だよ…」
「武器を降ろすがよい」
アラーニェと娘の声がほぼ同時に響いた。
ハッとしてチカの方を見ると、チカも村人の一人を地面に叩きつけている。
「フフーン。フラグは折れたぜ!」
「くっ……」
「いや、勝ったンだから喜べよ、オマエ」
中庭の真ん中で悔しそうに声を漏らすシータと、そのシータをドン引きした目で見るチカ。
そして、それを遠巻きに見て大爆笑しているアラーニェという中々に混沌とした空間へと中庭は様変わりしていた。
「イヒッフ、アハハハハ。ハハ、ハァー、はぁー。本当に面白いな其方らは。イヒッヒヒヒ」
リンは御伽噺に出てくる魔女みたいな笑い方するな、と思いながら汗を拭う。
笑い転げていたアラーニェは、少し落ち着いたかと思うと、汗を拭うリンを指さした。
「なあ、勇者よ。其方は不思議に思わんかったか?何故、自分達の居場所がバレたのだろう、と」
「はい」
「ふ、それは簡単な話よ。其方らの魔力が隠れた中から溢れておるのだ。そこの娘子、チカと言ったな?」
「ア、アタシか?」
「そうだとも。其方の力は中々に珍しい。魔力を使って覆い隠しておるというのに、その覆い隠すために使った魔力自体が見えぬ。どちらかと言うと、竜だのオリエントの方々の力に似ておるな」
はっきりとは言わないが、褒められている。
アラーニェは素直にチカの幻覚魔法に感心していた。
魔法というものは、使えばその起こした現象自体に魔力が宿る。
魔力が消費されると、宿った魔力も消えるのだ。
「本来であれば、実戦で魔力について教えたいが、今回は座学としよう。其方らは休んでおれ」
村人達にそう告げ、アラーニェはリン達の前を陣取った。
不敵な笑みを浮かべている。
「さて、其方ら。魔力とはなんだと思う?」
リン達の頭の上に、はてなが生まれた。
よくよく考えてみると、魔力とは何なのか、考えたことがなかった。
魔法についてはエルが説明してくれたが、その魔法を使うための動力源である魔力については、特に教わった記憶もない。
頭を悩ませたまま、シータが口を開く。
「オンロス帝国の皇帝は、体内にあるエネルギーと言い表していらっしゃいました」
「ふむ。まあ、間違いではないな」
アラーニェは一拍置き、あの爆笑していた表情から真面目な表情へと変わった。
「魔力とは、全ての生き物が持つ魂のことを、魔法を扱うエネルギーを表すときにのみ使う呼び方だ。魂の質量が多ければ魔法を扱えるし、多ければ多いほど、魔法を使った時の効果時間や、効果範囲が変わるのだ。まあ、つまり、魔法とは簡単に言い表すならば、魂を分け、特定の事象を起こす事なのだ」
アラーニェの言葉に、リン達はもちろん困惑した。
魂などという不明瞭なものが存在し、それを分けることで魔法を使う?
よく、理解が出来ない。
魔法自体、不明瞭である常識で理解できる範疇を越えていたが、それでも魂というものは流石に感覚的にも理解できなかった。
それに、
「魂を分け与えるって、全てを分けて零になったらどうなるんですか?」
魂というのはイメージ的に自分が自分であるという意識そのものだとリンは思っている。
そして、魔力には魔力が尽きた、という感覚がある。
だから、もし魔力が尽きた際、意識そのものである魂を全て使い切ってしまっているのであれば、それが意味するのは死であるはずだ。
肉体は残るかもしれないが。
アラーニェの言葉を否定したいわけではないが、今までの経験や感覚が否定していた。
リンの言葉にアラーニェは笑みを深める。
「勿論死ぬが?其方が言いたいのは魔力が尽きたという現象と、魂を分け与えるという動作が矛盾するからであろう?
簡単な話、身体が分け与える量に対し制限をかけておるのよ。生物として生きるう上での魂の最低量以下にならぬよう、魔力を使う時にはリミッターがかかっておるというわけだ」
そしてアラーニェは、何故モドキや魔族が魔法を使えるのかという話をし始めた。
「魔族やモドキ、そして天使だの神だのが魔法を扱えるのは、魔力、つまり魂の質量が一定以上だからだ。規定量を超えると、特定の現象を起こすための魔法が肉体か、魂かに刻まれる。詳しい話は妾も知らんがな。
そして、モドキにはたまーに、魔力の最大値を増やすことができる者がおる。そういった存在は、現在の人外的特徴から更に人外の特徴を増やす。妾の知っているものでは、動物の耳しかない者が角を生やしたりだとか、羽根が生えたりだとか。ま、そんな感じだな」
そのアラーニェの言葉に、チカとシータは顔を見合わせた。
ヒヨドルと戦った時のリン。
詠唱を終えたリンの姿は、両目の瞳孔が爬虫類のような形へと変貌し、鱗を身体へ現していた。
あれはつまり、魔力の総量が増えていたということではないか。
今まで不思議に思っていた点と点が、どんどん繋がっていく。
「なあなあ!アラーニェサマ、アタシもそれできるかな?」
「無理だな」
「ムリか」
「ああ、無理だ。諦めろ。アレは早々できるものではない。アレこそ天賦の才よ」
即答され、チカが悔しく思う間もなく否定された。
しかし、それでも。
「魔力の総量自体は増やすことは出来なくとも、魔力の運用効率を上げれば使える魔力量が増えたも同じよ。同じ技量であればどれだけ魔力を効率よく扱えるかが鍵になる。さて、」
布に隠された目元が、休憩していた村人達へと向けられた。
「まずはもう一戦。今度は妾の力も使うのでな、どういう力か予測しつつ、其方らの魔法もちゃんと使いながら戦うが良い」
にんまりと笑い、また戦いが始まった。
つまり、
魔力=魂。
魔力の総量=魂の質量。
ということでした。




