12話「絹の国ならぬ天蚕糸の里」
アラーニェはリン達に厳しい声で問う。
どうやってこの村を知ったのか、と。
突如として取り上げられた己の獲物に、先程までのチカに対して向けていた感情とは真逆の表情に、リン達は混乱するしかない。
ただ一つ理解できるのは、自分達を縛り上げ、捕らえたのはアラーニェであるということだけだった。
極寒の中にいるかのような、そんな錯覚を覚える程の鋭い雰囲気を纏うアラーニェに、恐る恐るといった様子でリンが口を開く。
「こ、この村へは、アルクスメアまでの中継として来ました。この村を知ったのは……」
アラーニェとその隣に座る少女の鋭い視線が突き刺さる。
背筋を流れる汗を無視し、リンは続けた。
「しゃ、芍薬さんに、教えていただきまし、た。薬屋の、芍薬さんに」
ドクドクと心臓が音を立てて拍動する。
武器がない状態で、目に見えぬ糸を相手にエル達を守れるだろうか。
何よりチカがアラーニェの側にいる。
この回答が気に入って貰えなければ、殺されるかもしれない。
そんな不安から、握る拳が震える。
ただ、それでも。
リンは目の前に座るアラーニェから決して目を逸らしはしなかった。
そうしてリンの返答を受け取ったアラーニェは少し悩んだように顔を伏せ、「あー……」と声を上げ、鋭い雰囲気が少し和らぐ。
何か思い当たる節がありそうなその声に、リン達も思わず肩の力を抜いてしまう。
顔を上げたアラーニェは気まずそうに口をモニモニとさせ、
「あのヤク中の知り合いであったか。ならばこの村を知っている可能性はあるであろうな。何も聞かずに捕らえてしもうて済まんかったの」
と上からな物言いで謝った。
その言葉にエルが少し眉をピクつかせる。
というか、どこか表情に怒りを滲ませている気がしてしまう。
一体何がエルの気に触ったのだろう、とリンが考えていると右隣から声が響いた。
勿論、その声の主はエルだ。
「アラーニェさん。一つ質問をしてもよろしいですか?」
「うん?其方、その服の意向にその気配は……天に連なる者か。良かろう、質問を許す。妾は寛大であるからな」
雰囲気を和らげたアラーニェの言葉に、またエルの米神に青筋が立つ。
横に座るリンは、ついにエルの堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。
「では、一つ。神を騙るとは何たる不届き、不敬なのでしょう。神を名乗る貴方は、誰の許可を経て神と名乗っているのですか?」
怒りをどうにか抑えようとしているが抑えきれていないエルの言葉に、アラーニェはニタリと笑う。
その表情を見てエルは血が滲む程に手を握りしめるが、顔にはその怒りを微塵も滲ませなかった。
しかし、エルの怒りを読み取りアラーニェは笑う、嗤う、嘲笑う。
それはもう、ケラケラと。カラカラと。
「ふは、ふはははは。流石、天に連なる者よな。神とは天体の神から分かたれた星・太陽・月の三柱しか居らぬと言いたいのであろう?」
「勿論です。かの三神以外に神など居りませんし、神という言葉はこの三神を表すものです。その神という言葉を自分のものかのように扱う貴方は、傲慢以外の何者でもありません!」
「その言葉こそ傲慢そのものよ。この世界の本来の持ち主は、作り上げた存在は竜ぞ?それに、オリエントにも神は居る。神という言葉はその三柱のものだけではないのだ。それに、」
ズルリと音を立て、八脚の足でエルの前に歩き出すアラーニェ。
普通の人間とは程遠いその姿に、リン達は思わず恐怖から息を飲んだ。
エルの前へと辿り着いたアラーニェは、座るエルの頬を片手で掴み、無理やり目を合わさせる。
「妾に神と名乗るのを許したのは其方らで言う星の使者。なあ、月の使者、あの者は其方より上の者、星の長であるぞ?天に連なる者は上下関係が厳しいと聞くが、其方はあの者に文句を付けれるほどの地位があるのかや?」
「っ!……い、え。出過ぎたマネをしました……」
「ふふふ。そんなに怯えずとも取って喰いはせんよ。それに徒に傷付ける気もない。であるから勇者、その剣を収めんか」
「リン…さん。私は大丈夫です。どうか、その剣を降ろして下さい」
中央部にぶら下がっていた剣を無理やり剥ぎ取り、刃をアラーニェへと向けていたリンは、エルの言葉に大人しく剣を収めた。
それでも、エルを傷つけられるかもしれない可能性を考え、アラーニェから目線は外さない。
そのリンの真剣な表情を見て、アラーニェはまた笑った。
しかし、口元は笑っていても目が布で隠されているが故に、本心ではどう思っているのか全く読み取れない。
「ははは。今代の月の勇者は甘っちょろいと聞いておったが、随分と良い目をするではないか。妾が問答無用で縛り上げたのも少しは功を成したか?だがな、鍛えが足りん」
「「え”?!/ンな?!」」
「リン様!」
「リンさん!アラーニェさん、私の先程の失礼な発言は謝りますから、どうかリンさんを離して頂けませんか!」
「断る」
アラーニェが指を動かしたのと同時に、ギチリ、とまたもリンの四肢が見えぬ糸に絡め取られる。
指の動き以外、なんの予備動作もなく捕らえられ、魔力の動きを読み取ることに長けているチカも、魔力の揺らぎが見えなかったことにリンと共に驚愕の声を上げた。
ズルリ、ズルリ、と音を立てて最初に座っていた位置へと戻ったアラーニェは、肘をつき、上からの物言いでまた口を開く。
「其方ら、魔力の扱い方が死ぬほど下手じゃ。鍛えが足りん。肉体をどれだけ鍛えようとも、魔法を扱う存在なのであれば、魔力の扱い方を知らねば死ぬぞ」
「魔力の……扱い方……」
シータが思わずといった様子で呟いた。
思い当たる節があるのだ。
チカと自身を比べた時、己はとても扱いに劣るというのを今までの戦いの中で嫌というほど見せつけられてきた。
天賦の才だと思っていたが、鍛えることができるのか、と少し心が揺れる。
「これから先、至厄舟だのなんだのと戦うのであれば、魔力の扱い方を学んでも損はない。ということで、其方らの習得速度によって滞在期間は変わるが、この村で学んでいくと良い」
その言葉と共にリンは地面へと降ろされた。
そして、リン、チカ、シータの三人は自然とお互いに目を合わせ、「どうする?」と相談する。
言っていることは、恐らく正しい。
最初に捕まったときも、先程も、一切の予備動作もなくリン達は捕まってしまった。
この技術を知ることができれば、もっと強くなることができるだろう。
だが、アラーニェを信頼して良いのか?
その思いがリン達の中で一致する。
しかし、リン達が答えを出すより先に、声が響いた。
「皆さん、ここはアラーニェさんの仰られた通りに学んだほうが良いと、私は思います。皆さんが良ければ、ではありますが……」
「セイジョ様。なんか、脅されてるとかじゃねェよな……?」
「いえ、あの、大変言い辛いのですが、皆さんの魔力の使い方がド下手くそなのは事実なので……」
「妾はド下手くそとまでは言っておらんが?!」
いつもの辛辣なエルの言葉に、リン達は少し胸を撫で下ろした。
いつも通りとまではいかないが、いつもの調子に少し近くなったエルに安心したのだ。
また三人は顔を見合わせて、そして頷いた。
「ア、アラーニェさん、どうかよろしくお願いします!」
「オネガイシマス!」
「お願いいたします!」
三人の言葉が、決意が、広い部屋に響いた。
しかし、そこで終わらぬのが世界の常。
ドタドタと廊下を歩く音が響き、そしてバァーンッという音と共に部屋の扉が開け放たれた。
「主よ!我らが偉大なる白繭の神よ!わしに何も相談せずに決めるとは、何事じゃ!」
「うるさいババァが来てしもうたの……」
「聞こえておりますぞ!主の年齢を考えれば主の方がババアじゃ!わしはピッチピチじゃい!」
「ピチピチは死語らしいぞ?」
「まあ憎たらしい!その桑食いの娘をまたも侍らせて、なんと仕方のない神であろうか……」
どデカいため息をつく老婆は、アラーニェの隣に座っているふわふわの羽根と触覚を持ち合わせた少女を指さした。
指差された少女は身体を震わせ、アラーニェの背へと隠れる。
アラーニェもまた、隠れる少女を守るように老婆の前へと立ちふさがった。
「妾の決定に文句を言うでないわ。良いからさっさっとこの勇者達の部屋を準備してこんか」
「むむむ。はぁ、畏まりました。それではまた夕食時に呼びに参りますぞ」
「あ、ありがとうございます……」
最後、まるで捨て台詞かのように言葉を放って外へと消えていった老婆に、リンはか細く感謝の言葉を言うことしか出来なかった。
その後、剣を向けたことに対し土下座で謝るリンと、それをケラケラ笑いながら許すアラーニェ、などの一悶着が過ぎて。
突如として現れたアラーニェの世話係だと言う村人に連れられ、リン達はそれぞれ部屋を与えられた。
部屋の床や壁は濃い飴色の木材で作られており、まるで森の中にいるような、そんな爽やかな香りが部屋に充満している。
思っていたよりも広い部屋、そして高そうな家具やしっとりとした肌触りのシーツに、リンは怯えて早々に部屋を出た。
一人でこんなに高そうな物に囲まれるのが嫌なのだ。
そう思い、扉を開けて一歩出たところで、他の部屋の扉が開いた音が三つ、揃った。
「「あ……」」
そう。
リンと同じように部屋の高級感に不安を抱いたチカやシータ、そしてエルも他の三人に会いに行こうと部屋を出たところだったのだ。
偶然、集まった四人はリンの部屋へと駆け込む。
リンの「え?俺の部屋に集まるのか?」という言葉は、当然のように女子二人に無視された。
リンの部屋に押し入ったチカとエル、申し訳なさそうな顔のシータはそれぞれ適当な所に腰を下ろし、そして大きな安堵のため息をつく。
「なンか、めっちゃ部屋がゴウカだったな……」
「豪華過ぎて、逆に居心地が悪いです」
「分かります。このシーツもシルクで出来ているようですし」
「ひぇ……シルク、ですか?」
リンもそっとシーツを触ってみるが、初めて本物のシルクを触ったので、サラサラしっとり、ということしか分からない。
しかし、シルクという物が大変高額な物ということだけは知っているので、今日は安眠できる気がしない、とチカやシータも怯えるのだった。
「そういやセイジョ様。てんにつらなるもの、ってなンだ?」
「……昔、聖女の事をそう呼んでいたのですよ。とても古い言い方なんです」
「ほへぇー」
「床材なんかも桑でできるているんですね。とても珍しい……」
「シータは物知りだよね。すごいなぁ」
「あ、ありがとうございます。お褒め頂けて光栄です……!」
雑談すること数時間。
部屋から出るのも不安で、そのまま駄弁っていたのだが、控えめに扉をノックする音が部屋に響いた。
「は、はい!」
部屋の主であるリンが扉を開けると、そこに居たのは呼びに行くと言っていた老婆ではなく、白い羽根と触角を持った娘。
老婆に桑食いの娘と呼ばれていた少女は、部屋の中をチラリと覗くと頷いた。
「ほかの…部屋…いないと…思ったら…ここに…」
「わ、すみません!探させてしまって…」
「別にかまわない…夕食…アラーニェさまの…部屋で…ついてきて」
「え、えと。はい、分かりました」
「ヤッタァ!腹減ってたんだよなぁ、アタシ」
「夕食も凄く恐ろしいのですが……!」
「はいはい。皆さん、はぐれないようにしっかりお嬢さんについて行って下さい」
はぐれそうになるチカとシータの背中をぐいぐいとエルが押し、夕食への期待と恐怖を抱きながらも五人はアラーニェの部屋へと到着した。
そうして着いたのは最初にアラーニェと話をしていた部屋。
しかし、前とは違い中央に机が設置され、テーブルの上に食事が用意されている。
所謂上座に座ったアラーニェは、ゲンドウポーズを取ってリン達が来るのを今か今かと待っており、そんな様子のアラーニェをたしなめつつ、老婆が食器を机上に並べていた。
部屋に入ってきたリン達を見て、否。
恐らくリン達を先導していた少女を見て、老婆は少し眉を顰め、リン達へは笑みを浮かべながら「さぁさ、座りなさい」とリン達を席へと案内してくれた。
「それでは、食事が終わりましたらお呼び下さい。よいですね、神よ」
「さっさと下がらんか」
「はいはい」
そうして老婆が部屋から消え、リン達はアラーニェに進められるがまま食事を始める。
おしゃれなグリルチキンには赤黒いソースがかかっており、リンは初めて見るソースを恐る恐る口へと放り込んだ。
怯えながら咀嚼してみるが、思っていた味とは違い、甘酸っぱい味がチキンとよく合う。
「凄く美味しいです……」
「ウマ!このソース最高!」
「旅をしていると、ここまで凝った料理は食べられないのでとても嬉しいです」
「これは桑の実、でしょうか?森の中にも沢山の桑の木がありましたし、名産品なのですか?」
エルの質問に、甲斐甲斐しく少女の世話を焼いているアラーニェは、世話を焼く手を止めて口を開いた。
少女は、少女にだけ別で出されている葉野菜のみのサラダを、アラーニェの手から食べていた為、少しだけ不機嫌そうな顔になっている。
その不機嫌そうな少女の頬を、もにゅもにゅと手で揉み遊びながら、
「正確に言うと名産なのは絹のほうだがな。ここは天蚕糸の里なのだ。村の者総出で蚕を育て、桑を育て、絹を作らせておる」
とふわりと笑った。
そして自身の服をリン達へと見せつける。
その服の布はとても綺麗な光沢を持っていて、よくよく見るとシルクであることが分かった。
よく考えてみるとテーブルクロスも、カーテンも、この部屋にある全ての布がシルクで、『一体総額幾らくらいなんだ?!』とリンは下世話な方向へと思考が進む。
「あまりにも絹を作りすぎてな。この妾の屋敷にある布は基本、全てが絹で出来ておる。村の者の服も、絹で出来ているものが多いのだ。まあ、最近の若者はジーンズが、ニットが、と言って行商の者から買っておるが……」
「わたしの…服も…絹…。肌ざわり…いい…」
表情が変わったのは少し分かりづらいが、自慢するように服を見せつけてくる少女に、チカはふと浮かんだ疑問を口に出した。
「なあなあ!そのえっと、お姉さん?の名前聞いても良いか?」
「……わたし?わたし…名前…ない。すきに…娘でも…桑食いでも…よんで…」
少女の衝撃的な発言に、皆が言葉を失う。
思わず、といった様子でチカが口を開く。
「な、ないこたねェだろ…?」
「ないぞ。この娘は妾のものであるし、娘で通じる。故に名など不要よ」
コクコクと娘も頷く。
「え、エェ…?」
本人が嫌がっていないのであれば部外者であるリン達は何も言えない。
それでもドン引きである。
そして、異常さに気づいていないアラーニェ達だけが不思議そうな顔をしていた。
「まあ、世界には子どもに名前を付けず、どこどこ家の息子とかって呼び方をする地域もありますし…」
「世界って、本当に広いんですね……」
リン達は新たな世界を知った。
皆が食事をほとんど食べ終えた頃。
アラーニェはデザートを食べながら、不敵に微笑んだ。
「そうそう、修行は明日の朝イチからだ。今度こそあのババアを遣いに寄越すゆえ、今日はしっかりと寝るのだぞ?」
最後の一口を食べ終え、アラーニェは娘と共に席を立った。
「それでは、後は好きにすると良い。触れは出しておるから、村の中を散策するも良し、部屋でゴロゴロするも良し。好きにすると良い」
「ありがとうございます」
そうして、リン達もデザートをかきこんだ。




