11話「白繭の神」
「聖女様、勇者様、チカちゃん、シータ。またいつでもこの村に寄って、また沢山お話ししてちょうだいね」
「シータ!次の帰りを!待っているぞ!次は!嫁を!連れて帰っても!いいんだぞ!」
「本当に黙ってくれ!父さん!」
「シータ兄ちゃん、またなー!」
「また来いよ~!」
「次はもっと酒に強くなっとけよ。坊主!」
リンが酒に酔っ払って朝帰りするなどの一件があったその日、丁度太陽が頂点に達した頃。
リン達四人は村の人々に見送られながら次の村へと馬車を走らせ始めた、のだが。
「リンさん」
「……ハイ」
「そんなに離れられると困るのですが……」
リンは絶賛、エルから物理的にも心理的にも離れていた。
狭い馬車の中で、身体を縮こまらせながらエルと対角線上の角に座るリンの姿を、チカは面白いものを見たように、シータは心配そうに。
そして、エルは困惑した様子で見ていた。
リン自身、エルに対して酷いことをしているという自覚はある。
あるのだが、それでも今エルの傍に寄ると動悸や頭痛に苛まれることになるため近づけないのだ。
そしてその症状を伝えようにも、エルに近づかれるとまた酷くなるという悪循環のせいで、こうやって離れざるを得ない。
そんなこんなで、例えエルになんと言われようとも、どんなにチカにからかわれようとも、シータが席を譲ろうとも。
何があってもエルの近くへと寄ることができず、チカとシータで左右を固めたリンにとって最強の布陣が完成していた。
そんな最強の布陣で両隣を固めること一週間。
リン達は、芍薬に教えられ目的地としていた《繭に守られし村・アンシナ村》へと後少しというところまで来ていた。
北に近づいてきたからか更に肌寒さが増し、馬車を降りて林道を歩いてみるが暖かい上着が欠かせないくらいの寒さになっている。
いつもより暖かな格好をしているリン達が村の近くまで来ると、森の木々に白繭がぶら下がっている光景をよく目にするようになっていた。
少し開けた場所で食事を取りながら、リン達四人は周囲の繭を観察してみる。
木にぶら下がった幾つかの白繭の内、手頃な場所にあった一つを切って中を確認してみたが、中は空洞で何も入っていない。
他にも幾つか開けてみたが他のものにも中身は入っておらず、その空っぽな様子にチカは首を傾げた。
「なンだコレ?わけわかんねェ」
「赤ちゃんくらいの大きさだけど、すごく軽いな」
「本当に白い繭だらけですね。これが繭に守られし村という名前の所以なのでしょうか……?」
「カモシレナイデスネ」
チカとシータの背に隠れたリンが、エルの言葉に頷きを返す。
リンはエルから若干離れつつ軽く繭を解してみるが、触った感想としては普通よりも少し解れやすい普通の糸、といったところだ。
上手いこと加工すれば良い布でも作れそうだな、なんてチカは考えながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「でも”守られし"ってのがよくわかんなくねェか。こんな空っぽのでどうやって村を守るンだ?なぁ、シータ」
「オレに聞かれても分からんが……。だが、この白い繭がある場所に入ってからずっと視線を感じてはいるな」
「視線….…?」
シータの言葉に、リンも辺りを見回す。
特に人間や動物などの気配は感じないが言われてみれば視線を感じるな、とリンが思ったときだった。
「う、わぁッ?!な、なンだ?!」
「チカ!」
パキリ、と木の枝が割れる音が周りに響いたかと思うと、白繭で遊んでいたチカがいきなり、見えない何かに縛り上げられ空中へと浮かび上がる。
シータがチカに駆け寄り、リンはエルとコーターの元へと駆け出したが、すぐにシータとリンも見えない何かに縛り上げられ、チカと同じ様に地面から遠い空中へと体が固定されてしまった。
体を見えない布かなにかで縛り上げられているようで、辛うじて指を動かすことができるが、逆に言うと抜け出すために動くことはできない。
唯一自由に動かすことのできる目でエル達の状況を確認しようとしたリンは、その視線の先の光景を見た瞬間、怒りが全身を支配した。
リンの視線の先に居たのは、リン達と同じ様に見えない何かに縛り上げられているコーター、そしてエルの姿。
「#”%$’!&!~ッ~ッ!」
縛り上げられているせいで口は開かず、唸り声のような音がリンの喉から漏れ出る。
辛うじて動く程度の指を魔法で強化した上で無理やり動かすが、固く結ばれたその何かは指の動きを阻み、そして血を流させる。
何かはまるで糸のようで、ギチギチと音を立てながらその糸の束縛からリンは抜け出そうとした。
しかし、少しの隙間なくリンの体を縛り上げるそれは、リン達に一切の身動きを許さず、ただ目の前でエルが縛り上げられていくのを見せられ、目を逸らすことすら許さない。
完全にエルが縛り上げられるその瞬間、リンはエルと目があった気がした。
恐怖に染まったその視線を見た瞬間、リンはいつの日かの詠唱を口の中で転がそうとする。
あの力なら、この程度の拘束など簡単に千切れる。
そう思っての試みであったのだが、詠唱を唱えようとするより早く、リンの視線が届く範囲の外でザクリ、と草木を掻き分ける音がしたのとほぼ同時に、リンの意識は途切れた。
◆◇◆
『エルさんから貰った「家族になろう」なんて言葉に照れて、エルさんから離れたりなんかしなければ良かった』という後悔の念がリンの心を苛む。
気絶しているときというのは、こんなに意識がはっきりしているものだっただろうかと、頭のどこか遠くで思考する。
今まで気絶したのは幼い頃に何度かと、オンロス帝国でエルマに打ち倒された二回のみだが、その片手で数えられそうな回数の中でも、こんなに意識がはっきりしていたことなどなかったと、リンは記憶していた。
それに、いつも朝の日差しで飛び起きていたとも覚えている。
そんなことを思い出しながら早く起きようとするのだが、どんなに体を動かそうとも意識はまったく浮上する兆しを見せない。
エルを、チカを、コーターを、シータを早く助けに行かなければいけないのに、全くと言っていい程に体が動かない。
早く、早く、はやく。
早く起きなきゃ。
はや、「あんな弱い子達と旅を続けなければいけないの?」く……?
ふいに、リンだけの世界に声が響いた。
いつの間にかリンの目の前に誰とも知らぬ女がいる。
長い茶髪を一纏めのポニーテールにした女。
聖女のような微笑みを携えた女は、リンの前に優雅に佇んでいた。
しかし、側頭部から生え、目を隠している羽根が、腰から生えている羽根が、その女が普通の存在であることを否定している。
モドキ、もしくは魔族。
すぐにこの二択がリンの頭に浮かび上がる。
もしやこの女が次の至厄舟の一体で、俺達を捉えた存在なのだろうか。
か細く不健康そうな、簡単に言い表すならば貧相な体つきをした女は、何も答えないリンに心底不機嫌そうな声色でリンにまた問う。
「アタクシがアナタのような存在に会う意味はあんまりないと思うのだけど、まあ理由があるから聞いてあげてるわ。
で、あんな弱い子達と一緒に戦う必要なんてないと思うのだけど、それでもアナタは起きるの?」
何を言っているんだ、と思わずリンは反論しようとした。
しかし、すぐにそれが出来ないことに気づく。
それもそのはず、何故ならば口がないのだから。
よくよく考えてみると、今この女を見ている目はどこにある?
まず、体はどこにある?
もしかして、俺は死んでしまって幽霊になったのか?
リンはそのことに考えつき、恐怖が身体を支配した。
ないはずの身体が震えるのを感じる。
出ていないはずの息が、ヒュッ、ヒュッ、と荒くか細く出る。
誰も守れずに死んだのか?と思考がぐちゃぐちゃになり始めた時、先程の聖女のような微笑みを少し崩し、薄い頬を膨らませた女がまた口を開いた。
「ねえ、口に出さなくたってアタクシは分かるから、その不快な思考を止めてくれないかしら。アナタは死んでいないし、アタクシの質問に答えてくれたら起こしてあげるから」
呆れたような、馬鹿にしたようなその口調に、リンは一度息を整えた。
どこで息をしているのか、という考えは思考の片隅へと追いやる。
そして目の前の女が先程から問うていた質問を思い出し、すぐに回答する。
あのエルさん達三人じゃなきゃ嫌だ。
何があっても必ず。
弱いとかそんなのは関係ないし、そもそもあの三人は弱くない。
あの三人と一緒じゃなかったら、今までの戦いの中で勝てなかった戦いもある。
だから、何があろうとあの三人じゃなきゃ駄目だ。
「ふーん、そう。そんな考えでは魔王達に勝てないとは予測が出ているのだけど。
不確定要素自体はまだまだあるし、これからの出会いに期待ってところかしら?
ねぇ、あの三人から更に仲間をプラスすることには文句はないのでしょう?」
ふわりと空中に浮かび、少しリラックスした様子の女はまたリンに問う。
一瞬、リンはその言葉の意味を考えあぐねたが、何が言いたいのか理解してすぐに『文句はないよ』と返答した。
頭に浮かべた言葉を読み取られる、というのは中々に刺激的な体験で、リンは少し混乱してしまう。
その混乱すらも読み取ったのか、女は愉快そうに笑った。
「なら、太陽の勇者と星の勇者を見つけることね。《星の奇跡》程度ではこの先の戦いはやっていけないでしょうから。
あら?でも……。いや、どうとでもなるわね。天体がいるんだし、なんだったらあの子が一人でできちゃうもの。でも、そうなるとこの子いらない子じゃ……。まあ、いいか」
途中からわけの分からぬ独り言を話し出した女に、これまたリンは首を傾げる。
きっと身体があるのであれば不思議そうな顔をしていたであろうリンを見つめ、女はなんでもないように微笑んだ。
「八百年前の英雄達に脳を焼かれた者達を切り捨てて進みなさい。アナタなら、アタクシ達の悲願を達成することもできるとアタクシは踏んでいるのだから。
ね、最も新しき月の勇者。誰よりも■■を討伐できる可能性に近い者よ。もっと、もーっと努力してよね」
見るからに機嫌が良くなった女に、リンは最後に一つだけ質問をした。
『貴方は誰なんだ?』と。
そのリンの思考を読んで、女は不思議そうに首を傾げ、頭を悩ませるポーズを取る。
「アタクシが誰か、ですって?アタクシは……そうね。夢の世界の女主人にして、滅びを告げる鳥ってところかしら」
リンにはあまり理解の出来ないその名乗りを満足気に語り終えた女は、「あっ」と思い出したように呟き、リンに飽きたような顔を向けた。
「そろそろ起きてもいいわよ、他の子達が待ってるわ」
女の言葉を合図に世界が白み始め、意識が浮上し始める感覚がする。
最後耳元で囁かれたように脳に染み込んだ声に、『そう言えばあの人、一回も口を動かしていなかったな』と今更なことをリンは考えていた。
◇◆◇
「おはようございます、リンさん」
「……ピギャッ?!」
これまたいつものように、リンの眼前にはエルの顔が視界いっぱいに広がっていた。
思わず柔らかな唇に視線が向いたが、すぐにその視線をあらぬ方向へと向ける。
人間が出せそうにもない声を上げたリンを、近くに座っていたシータもエルと共に心配そうな顔をして見つめている。
その表情に、リンはすごくいたたまれない気持ちになってしまう。
そっと横目で見たエルは困った顔で、丁度リンが視線の向けたあらぬ方向を指さした。
「お寝坊さんのところ申し訳ないのですが、あの方をどうにかしていただけないでしょうか?」
「ヘ?」
エルが指さした方向には、
「其方はなんともかわゆいのぅ!ああ、このしっぽの肌触り!このきめ細かな肌!なんと最高なのだあ~!」
「うわぁアアアア!せくはらだぞ?!ヒィ、アタシのしっぽに触んなぁ!」
「かわいいこ……。この服とか、にあいそう……。着てみて……」
チカを抱きしめ、しっぽを撫でまくっている四対の足と一対の腕を持ち、布で目元を隠している美しい服を纏った女性。
その横には、周りに何枚ものフリルたっぷりな服を広げてチカに当ててみせている、ふわふわとした羽根と謎の触覚らしきものを持ったリンと同い年くらいの女がいた。
そしてチカはというとその二人の間に挟まれ、顔を真っ青にしている。
その光景を見て、リンは思わず呟いた。
「なんですか、あれ」
「あの幾本もの脚をお持ちの方がこのアンシナ村の村長様だそうです。そして、チカさんをとても……その……気に入っていらっしゃるそうで」
「あの中に入る度胸がオレにはありません……」
とても言葉を選んだ様子のエルの説明と、シータの表情からあの三人の戯れがそれなりな時間行われていることをリンは察した。
どうにかチカを救いたいのだが、流石にあの戯れの中に入る度胸はリンにもない。
しかし、助けないという手はないのでリンはそっと村長へと声をかけた。
「あ、あの~……ピッ、スミマセン……」
声をかけた瞬間に向けられた村長ともう一人の女の子の冷めた視線に、思わずリンの声はか細くなってしまった。
「うぉっほん。はしゃぎ倒してしまってすまんかったの」
「本当だぜ。アタシ、さすがに死ぬかと思ったぞ」
「かわいいに…かわいいのを着せたら……さいきょう」
情けない声で呼びかけたリンの努力により、チカは村長達二人の拘束からようやく解放されることとなった。
しかし、解放されたと言ってもチカは二人の間に座らされ、逃げられないようにガッチリと腕を組まれている。
未だに死んだ魚の目をしてリン達を見つめるチカを、リン達は助けることはできなかった。
助けを求めているような表情のチカを横目に、リンは左横に座っているシータにそっと耳打ちする。
この場に居ないコーターのことを聞きたかったのだ。
いつもであればエルに話しかけるところなのだが、未だにエルの隣に座るだけで胸の高鳴りが止まらず、シータに声をかけるという判断をせざるを得なかった。
「なあ、シータ。コーターさんは今どこにいるんだ?」
「コーターさんは今、村の方達と一緒に森に置き去りにしてしまった馬と荷台を取りに行ってらっしゃいます。本当は着いて行きたかったのですが、コーターさんがリン様達を守ってくれと仰られて……」
「そうか……。でも、俺達を捕まえた敵が誰なのか分からない状態じゃ不安だし俺も今から、」
「ああ、この娘子のあまりのかわゆさに、其方らの事を完全に忘れておったわ。妾はその話をしたかったのだ」
リンの言葉を遮り、村長が声を上げた。
そして続くアラーニェの声は厳しさを含んでおり、リン達に対する敵意を剥き出しにしている。
「此方はアラーニェ。この里を守る八脚二碗の神である。して、汝ら」
突如として、リンの剣、チカの短剣、シータの戦斧、そしてエルの杖が何かに絡め取られ部屋の中心部、アラーニェ達とリン達の間で浮かび上がる。
リンはその何かに見覚えがある。
それは勿論、この村に近づいたときにリン達の事を縛り上げていたあの"糸"のような何かだ。
混乱するリン達を余所に、美しい服に隠されていない左腕を伸ばし、リン達を指さしたアラーニェは妖艶に微笑んだ。
「この里に何用で参った。というより、どうやってこの村の場所を知ったのだ?」
威厳と威圧を混ぜた声が、困惑するリン達へと降り注いだ。




