8話「さてもさても、道は続く」
「おはようございます。って、お二人とも眠そうですね...…?」
「おはよぉなのだぁ。ちょっと昨夜は運動してたから眠いのであるぅ」
「んにゃぁ...。まじ寝みぃ。リン~今日もご飯作ってくれぇ」
「ははは、了解です」
普段と変わらぬ時間に起きてきたというのに、普段よりも眠そうなリーバと芍薬の二人。
それとは対称的に、シータとチカは新しい出立に興奮しているのか目をギンギンにさせていた。
眠そうな二人を横目に、ばっちりと準備を済ませているチカは「アタシも手伝うぜ」と声を上げる。
それを聞いたシータも食事の準備に立候補したのだが、
「いや、オメェは帰った時に村の人達に何を話すか纏めとけよ」
「しかしだな、同行させていただいている身として何もしないというのはだな...…」
「ですが、シータさんは今日までリーバさんのスケッチに協力していたのでしょう?それならば私達に任せていただいて構いませんよ」
「いやいやいや、エルさんは休んでてください。まだ本調子じゃ、」
「いえ、さすがにこれ以上休むと私も心苦しいので」
事実、この一週間シータは恥ずかしい気持ちを押し殺しながら、自身の背中にある甲羅の模様をリーバにスケッチされていたのだ。
屋敷の雑務以外にもリーバに恩を返せたということだけでリンからすれば感謝したいことであるし、毎月銀貨四十枚という破格の提案を『リンと旅を続けたいから』という理由で断ってくれたことも喜ばしいものであった。
それに、これからリン達はシータの故郷であるリオス村へと進む予定であるため、家族や友達と話したいことも沢山あるだろうという気遣いも含んでシータの提案を断っていたのだ。
リンにもチカにも、そして誰かに話したことはないがエルにも、血の繋がりがあり一緒に暮らしたことのある家族というものは存在しないため、ほんの少し空回りしかかっている気遣いだとは気づくことはなかった。
それとは別に、料理を手伝いたいエルとそれを断りたいリンで多少の一悶着があったが、結局リンが折れたことで話が纏る。
リン達三人に食堂に置いていかれ、虚空に手を伸ばしたシータはがっくりと肩を落とす。
「ま、人生には諦めも肝心だぞ?」
「そうである。台所に立つ者の言うことは大人しく聞いたほうが身のためなのだ。我が家みたいにオクシデント地方の食事を作るとダークマターができる、とかない限りはな...…」
「い、一体何があったんですか?!」
遠い目をして虚空を見つめて言った芍薬に、思わずシータはツッコミを入れる。
乾いた笑い声を上げながら芍薬は嫌な事を思い出したように、
「姉上は料理上手なのだが、オリエントの食事しか作れんのだ。姉上が作ったオムライスなんて食べた日には謎の高熱と腹痛、吐き気等々に襲われてしまうのである...…」
とぽそっと零した。
「もはや毒物では?」
「お前にょ姉上ってやべぇんだにゃ...…」
芍薬の零した言葉を聞いた二人は、その姉上はどんな人物なのだろうと夢想する。
しかし芍薬の薬屋という職業のこともあり、毒物を作るスペシャリストだという結論に落ち着いた。
「わ、我の話だけでなくシータ殿の家族や村のことも聞きたいのである!」
「オレの、ですか?」
「そうである。話して欲しいのだ」
「……わ、分かりました。それでは両親の事から」
無理やり話を方向転換させた芍薬に、シータは若干困惑しながらも自身の家族の話を出来ることが幸せだ、とでも言いたげな様子で頬を赤らめて話を始めた。
◇◆◇
「それでは、また戻ってきた時には寄って欲しいのである。待っているのだ」
「ま、俺様も待っててやるよ。にゃんだったら、もしも魔王を倒したらお前らにょ肖像画も格安でかいてやるぜ?」
玄関まで見送りに来てくれた二人が笑う。
リーバがシータやエルと話しているのを余所に、この別れが悲しいのか少し涙ぐんでいる芍薬がその手に抱えていた一冊の分厚い本をチカへと差し出した。
表紙には『薬草・毒草活用手帖』と書かれている。
チカは丁寧に作られた表紙を差し出されるがままに受け取ると、パラパラと中身を捲って嬉しそうな表情を浮かべた。
「あ、ありがとう芍薬!アタシ、この本大事にするぜ!」
「そうしてもらえると嬉しいのだ。実はこの本、ちょっと前に我が書いた物なのだが、まあ使い勝手はいいだろうから是非とも活用して欲しいのである」
二人の会話は微笑ましいものだったが、表紙を覗き見たリンは思わずポツリと溢す。
「...…毒草の活用って毒薬とかができるんじゃ、」
「シッ!リン、あんまソウイウこと言っちゃダメだぞ。それに、毒草を使うときがあるかもだろ?」
「使うことがあっちゃ駄目だろ?!」
「そ、そういう使い方じゃないのである!毒草を食した時にどんな症状が出るから、どんな対処をしたら良い、とかってことを書いてるのだ!」
身振り手振りを交え、というよりも荒ぶらせながらも芍薬は弁明する。
そのあまりの必死さに思わずリンとチカは笑いが堪えきれず、その二人の笑い声に引かれてリーバ達も三人に駆け寄った。
悪気はないのだがどうしても笑いが止まらない。
身振り手振りが可愛らしく見え、笑いが止まらない二人に芍薬はその頭の上にある耳をへたらせる。
「そこまで笑わなくてもいいのであるぅ。ほんとのほんとに便利な本なのだぁ...…」
「はは、いや、あの、可愛くて…。す、すみません」
「いや、『可愛い』はこんにゃいい年した大人にょ男に言う言葉じゃにゃいだろ」
どうにか笑いを堪えながら答えたリンの言葉に、思わずリーバが突っ込んだ。
たしかに芍薬は上背が百九十はあるし、筋肉質なマッチョとまではいかないが細マッチョな体型をしている。
それに普段は気弱で垂れ眉ではあるが、よくよく見てみると目元は切れ長で強い意思を見せているし、首筋だって雄々しさを感じさせた。
つまり、可愛いという言葉は全くといっていい程に似合わないのだ。
芍薬の姿を再確認したリンとチカは先程まで笑っていたのが嘘かのように表情を無にした。
「ふはっ。お前ら本当におもろい奴だにゃ。ま、頑張ってこいよ」
「はい!」
「オウよ!」
「またいつか会いましょう」
「本当にこの一週間ありがとうございました」
楽しそうに笑い、別れと励ましの言葉を吐いたリーバに、リン達も嬉しそうに言葉を返した。
そのまま、馬車に先に乗り込み、リン達四人を待っているコーターのところまで駆け寄る。
屋敷の二人が見えなくなるまで手を振り、天辺まで上った太陽に目を細めながらも、リンは次の村までの道のりを期待し胸を高鳴らせた。
◆◇◆
いつもの魔王城の会議室に、今日は四人と一つの光球が集まっていた。
光球から伸びた光が、芍薬とリーバが魔族達を撃退した時の映像を映し出している。
「な・ん・で!瀬織津のとこのが居るのよ?!|わけわかんないんだけど?!」
「いやぁ、全滅してもうたね」
「つよすぎですー。かてそうにもないですー…ぐす」
芍薬の雷撃によって消し炭にされた魔族達を見て、アリイムとローパーは頭を抱える。
ローパーに至ってはいつもの泣き虫さを更に酷くし、更に顔をべしょべしょと濡らしているのだが、対称的にトゥーラは自分の部下達が殺されたというのにいつものように飄々としていた。
瞬、光球が輝きを増して音で空を揺らす。
「瀬織津の一族ならこの程度は余裕だろうね」
「だとしてもおかしいわよ、お兄様。アイツらって基本的にオリエントに引きこもってるでしょ?」
瀬織津のことを詳しく知っている様子の光球、否、顧問官が言い放った言葉に即座にアリイムが疑問を問う。
事実、瀬織津という一家はオリエントの地方から出てくることは殆どなく、この部屋にいる魔族の中では顧問官とアリイム、そしてローパーの三人しか詳しくは知らぬほどに、オクシデント地方では無名なのだ。
芍薬と対峙した隊長はオリエントの歴史に詳しく、一般兵の中でも珍しく瀬織津の危険性を正しく知っていた存在だった。
それでも死んでしまったのだが。
そんな瀬織津の者があの場にいることよりも問題であったのは、
「アイツらの使う力って、アタシ達の魔法とは理が違うじゃない。理違いの存在がこっちに干渉してくるなんてマナー違反じゃないの?」
アリイムのマナー違反という言葉に顧問官は悩むように言葉を止めた。
ルール違反ではないのだが、常識的に言うとマナー違反な現状なのは言われてみればそうなのかもしれない、とローパーは口に出さずに思う。
瀬織津の者は魔法ではない力を使うし、魔法や現象を条件付きで繰り返し使える技術へと昇華した”魔術”というものを使える者もいる。
魔族ですら魔術など扱えぬのに。
なにより、あの家はアリイムと同じくらいに面倒なのだ。
本人にそんな事を言えばいびられると分かっているから、ローパーは死んでも口にしないが。
「でもこの瀬織津の者、芍薬だったか。この芍薬のモノに手を出したのはこちらだからね。逆にあの場にいた奴らだけで被害が済んだのはマシだろう。
あの家、一族の者やその一族が大切にしている存在に手を出すと、故郷ごと破壊しにくるから。それで瀬織津の傘下になったオリエントの国が幾つもあるのは知っているだろう?」
「そ、れはそうね。アイツら復讐者の集まりだものね...…」
ぺしょりと耳としっぽを垂らし、何やら考え込むように髪を弄るアリイム。
いつもの苛烈な性格は兄である顧問官がいるからか鳴りを潜めており、逆にしおらしさすら感じた。
人格破綻者ではなく艷らしい乙女、という言葉が今は似合う様であったが、そんなアリイムを見てトゥーラは耳打ちする。
「なあなあ、ローパーちゃん。もしかしてアリイムちゃんって自分も似たようなことするタイプって気づいてないんかな?」
「え”?...…ひていはできないですー」
「何か言ったかしら?」
「いんや、なんも言っとらんで」
「ふーん。あっそう」
自分について何やら不名誉な話をされていると感づいたアリイムが、鋭い視線をトゥーラとローパーに向ける、が二人はすぐさま目を逸らして別の話を始める。
普段であれば例え『なんも言っとらんで』等と言われても、同じ部屋でこっそりと話していた内容くらいは読み取ることができるし、それ故に苛つきを抑えずに暴れ回るアリイムなのだが、今回は兄がいるからか本当にお行儀よく椅子に座っていた。
それはそれとして苛立ちは抑えられず、机の下での貧乏ゆすりは止まることを知らない状態だったが。
「ならば次はどうするか」
上座から声が響く。
三人の視線が向いた先には、今の今まで一言も言葉を発しておらず存在感が薄くなっていたソーレが居た。
「そう言えばアンタ居たわね」
「殺すぞ」
思わずアリイムが零した言葉に、即座にソーレが噛みつく。
ソーレの存在感が薄かったのは事実だが、それにしても普通では言わないであろう言葉を吐いたアリイムを叱る声が一つ。
「あまり年下をいじめるんじゃないよ、アリイム」
いつ何時だって、どんな人物にだって、苛烈で制御不能な存在であるアリイムのことを叱れる存在など、この場には一人しか居ない。
それは勿論、
「お、お兄様!...…今回は謝ってあげるわ。もーしわけありませんでしたー」
「やっぱり死ね」
「謝ってあげたのにその言い方はないんじゃない?これだからガキは、」
「はいはい、二人共。これ以上喧嘩をするなら流石の僕でも怒るよ」
ピカピカと光を増す光球に、四人は目を細めた。
流石にここまで言われ続けたことで二人がついに喧嘩を止めたのを確認し、顧問官は口はないが口を開く。
「流石に、これ以上聖女に生きていられると困るのは皆理解しているね?同じ話を何度もしているが、次こそ必ず聖女を殺すべきだ。
これ以上あの女に我々の情報を取られるのは避けたいのでね」
「つまり、ここはやっぱりアタシが、「僕が」は?」
顧問官の冷酷な発言に、勝ち気な微笑みを浮かべてアリイムが名乗りを上げたが、その言葉をトゥーラが遮った。
遮られたことに思わずアリイムは拳を握りしめたが、兄がいることを思い出してどうにか収める。
もしも顧問官が居なければ今頃トゥーラの頭には一つ二つのこぶが出来上がっていただろう。
アリイムが怒りを抑えたのを見て、内心胸を撫で下ろしながらトゥーラは続ける。
「このまま予定通り、僕が行くで。まあ最古参の御三方とこの国最強のソーレ様的には不安かもやけど、よかやろ?」
「アタシはバックアップしてあげないからね。死んでも知らないから」
「え、えと。ローパーさんもーあんまりお手つだいできなさそうですー。すみませんー...…ぐすん」
援助が期待できない言葉が二人から投げかけられるが、トゥーラ自身も元から助けなど期待していないし、助けてくれるなど万に一つもありえないだろうとは分かっていた。
それに一番最初に聖女を殺せなければきっと、自分があの勇者一行に負ける可能性があるということも分かっている。
しかし、それで良い。それが良い。
弱い者いじめなど趣味ではないし、ギリギリの戦いでなければ意味がない。
そんな思いを抱きながら、どこでエンカウントしようかと思考を巡らせる。
《第一の砦の街アルクスメア》付近で待っていてもいいが、前回と同じでは芸がないだろう。
それに、警戒されている可能性が高い。
ならば、
「《繭に守られし村・アンシナ村》に行くといい。丁度アルクスメアに着く直前だ。警戒が一番緩いタイミングはそこだろうね」
顧問官のその言葉と共に、空中に浮かび上がる映像が切り替わる。
そこには、そのアンシナ村までの道のりを書き記した地図と、幾つもの白繭が木から吊り下がった森の映し絵が浮かび上がっていた。
「叡智の番人様がそう仰るならそこにしますわ。まあ良い結果報告しに帰ってくるんで、祝宴の準備でもしとってください」
「ふん、無事に帰ってこられたらの話ね」
「油断はしませんて。それにヒヨドルみたいに馬鹿なことも考えるタイプやないから、僕。じゃ、今日はお先に」
そう言い席を立つトゥーラに、更に声をかけようとするものはいない。
それは呆れなどからではなく、逆に期待しているからのものであった。
そうしてトゥーラが居なくなった部屋で、ソーレがポツリと溢す。
「もし、トゥーラが負けるようなことがあれば——、————」
ポツリと溢されはしたが、三人にだけは聞き取ることができた言葉に返答が返ってくることはなかった。
総PV1000、そして一ヶ月のPV数300突破しました!
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