6話「呪われしモノ」
「うぉぉおお!」
ディガーバニーの討伐から数日後。
まだ朝日も上らぬような時間帯に、リーバの大声が屋敷に響き渡る。
その大声によって寝ぼけた頭に冷水を浴びせられたように目が覚めた。
何事かと、リンは剣を片手に着の身着のまま駆け出す。
そうして飛び入ったアトリエには、リン以外にもエルにシータにチカ、それに芍薬、そして部屋の主であるリーバの六人全員が集合していた。
皆それぞれ武器を手にしており、全員が敵襲か何かがあったのだろうと思って集まったことは明白だ。
そして大声を上げた本人はと言うと。
「完っ成っしたぞぉぉおお!」
一枚の絵を前にして、嬉しそうに大声を上げていた。
特に問題があるわけではなかった現状に、リーバ以外の五人は思わずずっこけてしまう。
深くため息をついた芍薬が、気まずそうにリーバへ問う。
「リーバ、何があったのであるか?」
「俺様にょ最高傑作と言っていい作品が完成したにょだ!ちょーハッピーなにょだ!」
「徹夜テンションなのであるな。よし、寝るのである」
たしかに、普段のリーバよりもテンションが高く、目もガンギマっている。
芍薬は嫌がるリーバを羽交い締めにし、ズルズルとアトリエの外へと運び出そうとした。
「んにゃー!ピオニー、はーにゃーせー!見せにゃきゃ気がすまねーんだ!」
「はいはい、ねんねんころころ。ころころりーん、なのであるぅ」
頭が回っていないからか芍薬の名をピオニーと呼んでしまうリーバ。
そのまま嫌がり暴れまわるリーバを、まるで子どもをあやすかのように芍薬は宥めながら引きずる。
容赦のないその姿に、珍しく芍薬が大人らしい対応をしているなと感じてしまう。
「ん”にゃ”ッ”?!」
「おやすみなのである」
「わ、痛そう」
思わずリンはつぶやく。
それもそのはず。
癇癪を起こした子どもように喚くリーバに対し、リーバは電撃を浴びせたのだ。
パチパチと帯電して何も言わなくなったリーバを、芍薬はそのまま部屋に連れて行ったようで、リン達四人はそれを眺めてため息をついた。
「ふぁ……さすがに眠いです」
「セイジョさまー、へやもどろうぜぇ……」
「何もなくて安心しました。ね、リン様」
「うん、そうだねぇ...…くぅぁあ、ねむい」
角を曲がって人影がなくなったところで、四人はあくびをしながら部屋に踵を返した。
◇◆◇
さて、そんなことがあった時間から数時間後。
結局、六人は昼前程に起きてくることになった。
昼前に起きてきたというのに、皆あくびを隠せない様子だ。
先に食堂へと来ていたリーバが気まずそうに口を開いた。
「大声出して申し訳にゃい...…ごめんにゃさい」
「大丈夫ですよ。ちょっと起きるの遅くなっちゃいましたけど、俺達は間借りしてる立場ですし」
「それでも本当にごめんにゃ」
しっぽを丸め、耳を伏せて謝るリーバ。
皆口々に「謝らなくて良い」と言うが、芍薬だけは違った。
「しっかり謝るのである。睡眠は大事なのである。人間はか弱いから簡単に死んじゃうのである!」
「ほんとすまんにゃ」
「いや、数分くらい寝る時間が減っても死なねェよ」
チカの反論はもっともだ。
強いて言うならまだ体調が万全ではないエルにはしっかりと寝てほしいが、それでもあのほんの数分程度なら問題はないだろう。
いつもの元気の良さはどこに行ったのか、心底塞ぎ込んだ様子のリーバを慰めながらリン達は食事の準備に取り掛かった。
簡単な朝食兼昼食を取りながら、リン達四人はこれからの行く先を話し合っていた。
リーバの屋敷へと身を寄せて約一週間。
エルの風邪も良くなり、もう旅に戻っても良いと芍薬からお墨付きを貰ったのだ。
この一週間はそれなりに大変な日々だった。
ディガーバニーの討伐に始まり、庭の雑草取り、本の天日干し、薬草取り等々......。
リンはそれなりな重労働に毎日ヘトヘトになりながらも、毎夜こっそりとエルの寝顔を見る充実した毎日を過ごしていた。
そんな日々も明日には終わる。
そう、明日には終わらせる為に話し合うのだ。
「この道を行けばシータの故郷に寄って、その後ノンストップで《第一の砦の街アルクスメア》に行けるみたいです」
「急げることに越したことはないですね。私のせいで一週間も予定を押していますし...…」
食料の補充などを考えるとシータの故郷の他にも何処かで一旦寄りたいが、早く次の街へと進みたい気持ちもある。
はてさてどうしたものかと思っていた所で、芍薬が声を上げた。
「そうだ。補給も兼ねて《繭に守られし村・アンシナ村》へと行くと良いのだ」
「アンシナ村、ですか?」
視線を下ろし、地図を見てみるがそんな名前の村はどこにも書かれていない。
補給で村に立ち寄る商人や冒険団向けの地図が故、基本的にはどんな村や街でも書かれているのだが、この地図にないということはその村がとても小さいか、もしくは秘されているものだということになる。
疑問で頭がいっぱいになっている様子のチカ達に向け、またも芍薬が続ける。
「とあるモドキが村長をしている村なのである。君達が行っても損はないと思うのだ」
「モドキが村長を。珍しい……」
「モドキは社会的地位が低い傾向にありますもんね」
リンの言葉にシータも続けた。
シータの言う通り、基本的にモドキはどんな功績を上げたとしても認められることはない。
貴族に生まれても社交界に出ることはおろか、表に出されることすらない。
生まれた時に死産にさせられることもよくある。
嫌われていても皇族として、そして皇帝として認められているガイアが珍しいのだ。
そんなモドキが村の長を任されているというのは些か信じられないことだった。
別に、芍薬の言うことだから信用できないという訳ではない。
そういう訳では決してないのだ。
とりあえずの行き先と、明日すぐ出発できるようにという準備は整った。
食事も取ったし、一旦解散という雰囲気に、待ったの声がかかった。
かけたのはリーバだ。
「俺様にょ最高傑作、まだ乾いてねぇけど見てもらうぜ!」
「……忘れてたのである」
「リーバさんは画家の方だったんですね」
「そういえば、エルさんはまだリーバさんとちゃんと話したことありませんでしたね」
エルは殆ど寝込んでいた為、リーバにちゃんと会ったのは今日が初めてだったのだ。
エルの言葉に、リーバは深く頷きながらリンの手を取った。
そのまま人懐っこい笑みを浮かべる。
「飯も食ったし、アトリエまでしゅっぱーつ!」
「わ、ちょちょっ!」
リンの手を思っきり引き歩き出したリーバを、呆れた様子の芍薬達は笑いながら追いかけた。
そうして着いたのはリーバのアトリエ。
リンが最初にこの部屋に来た日よりも油やシンナーの匂いが強くなっており、匂いを逃がす為に窓も開けられてはいるようだが、気休め程度にしかなっていない。
しかし、手を引かれて辿り着いた先にあった絵の衝撃がその匂いすらも意識から消した。
ただ一言で表すならば荘厳。
圧倒的な技術と、もはや暴力的な程の美、その二つが完全に調和しているその絵の迫力に、魅力に、この部屋に辿り着いたリーバ以外の五人は魅了された。
白く輝く陽光に照らされた太陽の英雄と天使、雄々しくも華やかな竜が広大な草原にて佇むその絵は、リーバの言っていた通り最高傑作と言っても過言ではないだろう。
先程までは油臭いと感じていたのに今では草木独特の香りしか感じず、陽光に照らされている温かさや草原特有の爽やかな風すらをも、リン達は幻視した。
「美しい...…」
「ほぅ、なんと...…」
皆、あまりの美しさに光悦のため息をついている。
しかし、リーバだけは違った。
作者である為、皆が見惚れている様を見て小踊りしそうなくらいに喜んでいるのだ。
というよりも、もはや小踊りしている。
ふにゃふにゃにとろけたような顔をして、皆に認められて喜んでいるリーバは変な踊りを続けていた。
「はっ!意識が飛んでました」
「メッチャ、キレーだったもんな」
「俺もこんなに美しい絵画は始めてみました。絵画を見ること自体あまりないですが...…」
意識を取り戻したリンの言葉に他の四人も絵の世界から戻ってきた。
もはや涙すら浮かべているシータを横目に、リーバは絵の解説を始める。
どこに一番苦心したのかだとか、ここの色の描き入れ方は〇〇派の方法を取り入れているだとか、この鱗はこんな技術を使っているだとか、そういった事を詳しく話す。
そこから自身の絵の経歴や、様々な流派の話、そして芸術の時代の話などまで広がっていく。
その話を始めて数時間、気がつくと夕方になってしまったことで、リーバは泣く泣く一旦解散することにしたのだった。
リン、そしてエル以外の三人は十分もしない内に寝てしまっていたのは、リーバには内緒だ。
◇◆◇
明日の出発の為に全ての荷物の準備を終え、夜も更けた頃。
芍薬は未だに寝ずにいた。
夜の肌寒い風が吹き込む庭で、芍薬はガントレットを手に嵌めて何かを待っている。
普段は爛々と光っている金色の瞳は瞼に隠され、いつも気弱そうに垂れ下がっている眉はキリリとしており、纏う雰囲気は冷徹で冷酷なものであった。
それは人知れずエルと会話していた時を思い起こさせる。
体から微弱な電気を迸らせ、待つ。
この屋敷の周囲数百m程先に存在する幾つかの生命体が、このリーバのテリトリーに入ってくるのを待つ。
座して待つ芍薬のもとに昼間の嬉しそうな表情とは一転、機嫌の悪そうなリーバが現れた。
ブンブンとしっぽを振り、頬を膨らませながら現れたリーバに、芍薬は驚いたように目を見開き問う。
「ど、どうしたのであるか?!わ、我はちょっと散歩しに来ただけで...…」
「いや、誤魔化そうとしても無理に決まってんだろ」
リーバは座っていた芍薬の額をピンッと指で弾くと、指をそのまま伸ばし額を小突く。
瞳孔を開かせたリーバの右手には一本の絵筆が握られていた。
「俺様のテリトリーにょ近くに何か居たらすぐ気づくってにょ。お前が一人で倒そうとしてるにょもな」
「……流石に、バレてしまうのであるか。誰にも知られぬうちに倒したかったのだが」
「ここは俺様の家で、俺様が作り上げた絵だぞ?俺様が守るにょは当然だろ」
胸を張ってそう言い放ったリーバに、芍薬は目をぱちくりとさせたかと思うと、いきなり吹き出した。
腹を抱えて笑う芍薬を、リーバは呆れたように見つめていたが、家の周囲に生命体が近づいたことに気がつくと二人はそれぞれの獲物を構えた。
芍薬はガントレットを。
リーバは絵筆とどこからともなく取り出した小さいキャンバスを。
「我が強い奴らは引きつけるので残りを任せるのだ」
「任されたぜ」
お互い視線も向けずに返事を返す。
リーバがキャンバス”の”中からまたキャンバスを取り出したのと同時に、屋敷の庭に二十体程の魔族が飛び入ってきた。
皆一様に人と動物が混ざり合ったような姿をしている。
その人為らざる存在を見て、芍薬は叫ぶ。
「何故この屋敷に立ち入るのだ!理由次第では即刻退場願うのである!」
魔族達のうちの一人、恐らくリーダー格なのであろう角と口から飛び出た牙を持つ男が静かに言葉を返す。
「偉大なる至厄舟が一人、トゥーラ様の命により、星の聖女の御命を頂戴したく……」
「ふーん。にゃらせめて俺様にょ絵を堪能してけ!」
リーバは不敵に笑い、取り出したキャンバスを魔族達へと向けた。
そのキャンバスに描かれているのは、おどろおどろしい姿のクラゲが三体。
そのクラゲがキャンバスから飛び出し、五体の魔族達へと向かう。
本来、海に揺蕩う天使のような存在は人を絞め殺し、人を毒で侵す怪物へと変貌して、この世界へと顕現していた。
三体の内一体が小さい鼠のような特徴を持つ魔族へと向かい、そのヌルついた触手で首を絞める。
「ア、ガゥァアアアアア!?」
ついでと言わんばかりに触手にある小さい針から毒を注入され、藻掻き苦しんでいた魔族はついにその動きを止めた。
他のクラゲに阻まれ、助けることも出来ずに見ていた他の魔族達はそれぞれの魔法や武器を使い、クラゲの触手を切り落とし、ついに三体のクラゲは倒されてしまう。
四体の魔族達がリーバへと駆け出し、憎悪を胸に攻撃を繰り出す。
「貴様!殺してやるっ!」
「うぉぁああああ!」
「そんにゃカッカッすんにゃよ。どうせ、お前らも死ぬんだから」
怒りを露わに飛び込んでくる魔族達に対し、感情をなくしたような表情のリーバが新たに掲げたのは『扉の先に真っ暗闇が広がるクローゼット』の絵。
「は…?あ゜ッ”?」
「いや、いやだ。な、なんだそれ?!なんなんだそれはぁあ?!」
「助けてくれ!し、死にたくない!隊長!トゥーラ様!いぁ...…」
「バ、バケモノ!死んでしまえ!このバケモノが!」
絵の暗闇から現れた無数の手が、四体の魔族達を引きずり込んでいく。
綺麗に整理整頓するように、収納するように、折りたたみ、皺を伸ばす。
本来曲がらぬ方向へと関節を折りたたみ、肘や膝の皺を伸ばそうと、本来伸びぬほどまで四肢を伸ばす。
そうして恐怖と苦痛とが混じった叫び声を上げながら、四体の魔族達は哀れにもクローゼットに押し込まれてしまった。
全員が押し込まれた後にクローゼットから手が飛び出ていた絵をふと見ると、その収納された魔族達が絵の中に出演している。
怨嗟と恐怖と畏怖を混ぜた笑い声、すすり泣き声、叫び声等の数多の声が幻聴のようにリーバの耳には聞こえ、思わず顔をしかめた。
その声は新しき仲間を歓迎しているようにも、リーバに対して殺意を抱いているようにも聞こえる。
しかし、出演者の全てが顔を歪ませているその絵は正しく『呪われた絵』であった。
投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
7話、8話は完成しておりますので、安心して投稿をお待ち頂けたらと思います。




