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天体の勇者~魔族《モドキ》は勇者足り得るか~  作者: 雨模様
第3章「子の心、親知らず」
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5話「英雄とは何たるか」

皆が寝静まった夜。


屋敷のほとんどの部屋は明かりが消えていたが、リーバのアトリエにだけは未だ明かりがついていた。


リーバは中央にある絵の前に座り、一心不乱に筆を動かす。


絵の具を塗り重ね、頭の中にある映像を描き出していく。


リンに出会ったあの瞬間から、リーバの頭にはインスピレーションが止まることを知らない、


そんな状態だった。


出会った瞬間からリンの人となりを知りたくて屋敷中を案内して周り、リンの思考を知りたくて自身の魔法の話をした。


その中でシータという最高のモデルに出会うこともできたが、それよりなによりリンの持つナニカが自身の琴線に触れる。


別に顔がそこまで良いわけではない。


自身の知る中では顔の造形は芍薬が一番美しいし、リンはそこら辺にいそうな顔をしている。


そこまで圧倒的な勇者らしい精神を持っているわけではない。


人並みか、人並み以上に優しくはあるが、それでも優しい人止まりだ。


それなのに、リンのナニカがリーバを引きつける。


普段なら、芍薬に他人が近づくのはあまり好きではないのだが、リン達ならば許せる。


自身のテリトリーを好きにされていても特に嫌ではないのも普段と違う。


そんな事を考えながら、ただひたすらに筆を動かし続ける。


天使と英雄を照らす陽光を描き入れ、おどろおどろしいはずの竜も鱗の一枚一枚まで美しく描き込んでいく。


これはきっと自分にとって最高の傑作になる。


そんな確信がリーバの胸にはあった。


期待感と高揚感に思考が支配されるがままに描き込む。


服や顔を汚しつつ描き込みながら、この絵の依頼主に言われた事をリーバは思い出していた。


◇◆◇


その依頼主との出会いは数ヶ月前に遡る。


依頼主はとても正反対な、普通の人間の双子だった。


機嫌の悪そうな兄に、享楽的な弟。


酒とタバコの匂いをさせている兄は、絵一枚の依頼に出すにしては高額な、しかし望めば宮廷画家にすらなれる実力と功績を持つリーバに依頼するには、些か少ない額を出してこう言った。


「これでエレミヤと祖、…いや竜と天使の絵を描いて欲しい」


「つまり、太陽にょ英雄の”竜討伐伝説”にょ絵を描けばいいにょか?」


「ああ」


機嫌の悪そうな兄は、(リーバは最後の最後まで名を聞けず、弟なのであろう存在が「兄さん」と呼ぶが故に兄としか形容できなかった)少し思い悩んだような顔をして肯定した。


しかし、リーバもリーバでこの依頼を受けるか悩んでしまう。


太陽の英雄エレミヤは容姿の分かるものは肖像画も銅像も残っておらず、その姿形を称える詩文すら残っていない。


ただ、太陽の英雄が悪名高きかの竜を討伐し、神に仕える天使から”太陽の英雄”の称号を授かった、ということしか分かっていない。


その称号を授かった関係で現教皇である神の子とも仲が良かった、というのも噂では聞いたことがあるが、実際どうなのかは預かり知れぬ情報だ。


ろくに情報もない存在の絵を描けなどと、受けたくないタイプの依頼である。


どうしたものかと思い悩んでいるのに気がついたのか、兄がそっと一枚の紙を取り出した。


その紙には見知らぬ二人のスケッチが描かれている。


今このタイミングで出してきたということは、この絵に描かれているのは——。


「これは...…」


「これは、エレミヤくんと天使様のスケッチだよ。凄く上手でしょ?ボク達の仲間が描いたんだ~」


「芸術は爆発だ、などと言うくせに絵だけは上手かったからな」


「いやぁ、これはたしかに上手いにゃ」


「でしょでしょ?」


後ろで話しを聞いているだけだと思っていた弟が、絵を褒められて嬉しそうに飛び跳ねている。


顔の造形は寸分違わぬ形だというのに、ここまで性格が違うのも珍しい。


リーバの知る双子は、大体が性格も思考も似ているものが多かった為、心の中だけで驚いていた。


「じゃ、竜にょ見た目はどうする?俺様にょおまかせ?」


「その鱗は神々しく白く輝き、流れる血潮は全ての生命を癒す。美しい羽根は空を覆い、その瞳は万物を見通す」


「は?...…あ、そういうことか」


一瞬、何を言っているんだコイツは?と思ったが、すぐに言われた内容を近くにあったメモに書き起こす。


無駄にポエミーだったが、恐らく今の詩が兄の望む竜の姿なのだろう。


すぐに書きつけたリーバに、目の前に座っている兄は満足そうな顔をした。


大体のイメージは沸いた。


これならば描くことも可能だろうと思い、依頼を了承する。


その言葉に兄弟は似た嬉しそうな顔をして、ありがとうとただ一言残した。


こうして、リーバにとって難関な依頼が始まったのだ。


◇◆◇


彼らは一言たりとも英雄という名でエレミヤを呼ばなかった。


そのことが手を動かし続けるリーバにとってただ一つの疑問となる。


それも、この絵を完成させた暁には明らかになるのだろうか。


しかし、今はこの絵を完成させることだけを考えようと、緩く頭を振ってリーバは筆を進めた。


◇◆◇


「あば、あばばばば……」


「うぉぁぁ...…きもちいいですね」


「喜んでもらえたようで何よりなのである」


暖かな湯気が顔の周りに纏わりつく。


リンとシータ、そして芍薬の浸かっている湯船では、リンとシータの二人がまるで感電しているかのように震えていた。


こんなことになった経緯は、食後に三人で風呂に入ることになったことから始まる。


広い風呂場に怯えつつ、湯船に浸かった二人に突如として芍薬は言った。


「我の電気風呂は家族にも人気なのだ。二人にも是非とも堪能して欲しい」


と。


両手からバチバチと稲妻を放電し、近づいてくる芍薬にシータは怯えながらもリンを庇うように前に出る。


「リン様、オレは知っています。デンキウナギという魚に触ると人間は感電し、死んでしまうのだと」


「...…俺達は殺されるってことですか?」


「殺さないのであるよ?!そんな、デンキウナギなどと一緒にしないで欲しいのである!」


違う意味で怯え始めた二人の言葉に、芍薬は焦って弁明し始めた。


曰く、オリエント地方には電気風呂というものがあり、微量の電気を湯船に浸かりながら腰に当てることによって疲労回復等の効果があるのだとか。


今までの行動からあまり信頼することが出来ないのだが、リン自身その電気風呂というものに興味自体はある。


しかし、それでも怖いものは怖い。


どうしようかと悩んでいた最中、待ちきれなくなったのか、芍薬が湯船の中に両手を突っ込んだ。


「わぁあああああ?!」


「っし、しにたくな...…。あれ?」


「だから死なないと言ってるのであるぅ...…」


一瞬、リンとシータが混乱し奇声を上げたが、自身の身に何も起こっていないと気がつくと不思議そうに声を上げた。


芍薬は、二人の様子を伺いながら少しずつ電圧を上げて、二人が痛気持ちいと感じるくらいに調節していく。


程よい痛みになった頃、二人は心地よさげに吐息を漏らしていた。


「気持ち良いであるか?」


「めっちゃ気持ちいいですぅ...…」


「最初は怖かったですが、今は全く怖くありません...…」


ぽやぽやとしている二人に、いつの間にか湯船に浸かっていた芍薬も嬉しそうな顔をする。


リンは強張っていた全身の力が抜けていくのを感じながら、エルの体調を案じていた。


◇◆◇


女子浴場にて。


心労からなる体調不良のため暖かい湯船に浸かって緊張を解すと良い、と芍薬に言われたエルはチカと共に女子用の浴場へと来ていた。


それなりに様々な国に行ったことのあるエルでも、男女で浴場が分かれている場所など始めて見る。


街によっては公衆浴場があるというのも知っているが、そういった浴場だって大体が混浴であったり時間帯で男女が分けられていたりすることが多い。


エルの持つ知識にはない物であったため、素直に感心してしまう。


泡で体を覆い、汚れを落とす。


備え付けの石鹸にはハーブか何かが入っているのか、とても爽やかな香りがした。


「チカさん、いい匂いがするからといって食べてはいけませんよ」


「そんなこと言われなくたって分かってるぜ、セイジョ様。こういうヤツは食べたらニガイのは知ってるからな!」


「威張って言うことではないとは思いますが...…まあ良いでしょう」


体を覆っていた泡を流すと、不思議と肌の弾力を増した気がする。


そんな効果が出ているのは自分だけなのだろうか、とエルは不思議に思いチカの体にそっと触れた。


「わ?!な、なンだよセイジョ様!」


エルは何も言わずに、チカの肌の感触を堪能し続ける。


モチモチ、モチモチと音が出そうなほどの弾力。


これが若さ故か、それともたぬきの特徴を持つモドキだからか、ほんの少しの恨めしい気持ちを抱きながら触り続ける。


触られ続けて遂に堪らなくなったのか、チカが声を上げた。


「セイジョ様!もーヤメてくれ!さすがにハズカシイから!」


「あら、ごめんなさい。とても良い触り心地だったので...…」


「ウ”ー”...…」


「ふふふ、そんなに唸らないでください」


体を器用にしっぽと手で隠すチカは、エルが触るのを止めたと同時に早足で風呂へと駆け込んだ。


風呂の準備をしてくれた芍薬が気を遣ってくれたのか、泡風呂になっているその湯船にエルも浸かる。


人肌よりも熱めにしてある湯が、エルの疲れを解していく。


実際、今日ここに来るまでも精神的なストレスが溜まっている自覚がエルにもあった。


至厄舟(しあくしゅ)の一人を倒したこと、リンがその後倒れてしまったこと、オンロス帝国へと向かったこと、そして何より帝国の聖女が死んだこと。


様々な問題があったが、エルにとって最後の問題が一番の悩みのタネであった。


新たな聖女は枢機卿やケリオスという大神官、そして全ての聖女達で協議し選出する決まりがある。


それらの会議もリン達三人に知られないように行かなければいけなかったし、他にも報告しなければいけないことが多数あったため、気が休まる瞬間が無かったのだ。


一応新たなる聖女は選出できたが、もう到着しているだろうオンロス帝国でどんな扱いを受けているのか、今生きているのか死んでいるのかも判断は出来ない。


あの皇帝は本当に頭がイカれていたから、どんな行動をするのか予測も立たないのだ。


新しい聖女とはそこまで仲が良いわけではないが、年末に会う大勢の親戚の内の一人くらいの気持ちを持っているが故、少し心配する気持ちはある。


出来うる限り早く魔王を倒してしまいたいとは思っているが、それ以外の悩むことが多すぎるのだ。


どうしたものか、と悩んでいると泡で遊んでいたチカが「そういえば」と声を上げた。


「ずっと気になってンだけど、英雄と勇者の違いってなンなんだ?」


「違い...…ですか?それは神に選ばれた者か、選ばれなかった者か、ですが...…」


エルにとっては当たり前の事を聞かれたが故、一瞬思考が止まる。


しどろもどろになりながらもどうにか答えたが、その答えはチカにとって望むものではなかったようだ。


「それはそうなンだろうけどさ、英雄も勇者もメッチャ強くてミンナを助ける人ってのは変わんねーだろ?えっと、なンて言ったら良いんだ?えっと、そう、センコウ基準が気になるっていうかさ」


「えっと、それは…」


思ってもみなかったチカの疑問に、エルは遂に答えることが出来なかった。


◇◆◇


「勇者の選考基準であるか?」


「はい、ずっと気になっていたんです。勇者と英雄は何が違って、どうやって選ばれているのかなって。もしかしたら芍薬さんでしたら知っているのではと思いまして」


「うーむ、まあ知らないこともないが」


「本当ですか?」


湯船に浸かって逆上せたシータを介抱しつつ、リンはずっと抱いていた疑問を芍薬へと問うた。


「いや、どちらかと言うと今までの勇者と英雄への印象になるか...…?」


リンの質問に答えづらいのか、芍薬は頭を捻らせる。


リン自身もエルには聞けなかったことを、芍薬ならばと聞いているので答えづらいこともあるだろうと思ってしまう。


思い悩んでいる様子の芍薬が、俯いたまま口を開く。


「英雄とは普通では出来ぬような功績を持ち、人を救い、導く者。勇者とは自らの意志を貫き、進み続ける者。我は、そういう違いだと思っている」


芍薬のその言葉にリンは思わず疑問を口に出していた。


「勇者だって人を救うでしょう?」


「自身の進む道の先に人助けがあっただけで、人を救うのを目的としているわけではない。我の知る勇者はそういう存在だったし、英雄はその逆、人を救った先に進む道があるような存在だった」


「...…」


リンは言葉を失う。


聖典などで知っている勇者という存在は、神に選ばれ魔王を倒す者なのだ。


逆に言えばそれだけしか知らない。


実在したという勇者という存在も、北の大地に居たという話しか聞いたことがない。


だからこそ、知っているという芍薬の言葉は正しいのだろうとは思うが、自分がなりたいのは、勇者ではなく英雄なのではないかと考えついてしまう。


「神が選んでいる勇者の基準は詳しくは知らぬが、我が今まで出会った勇者はそういう存在であったのである。リン殿もその片鱗が垣間見えるぞ」


「え”?!」


あまりの衝撃に酷い声が出た。


人から見た自分はそんな存在なのかと驚きを隠せない。


驚愕で固まっているリンに、芍薬は追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「リン殿は何か、欲しいものを手に入れるために進んでいるのではないか?この数日で我はそう感じたが、いかがか?」


「いかが、と言われましても、特に思いつかないですね……」


「まあ、人間とはそういうものなのである。あまり気にしなくていいのである」


「そ、そうですかね?」


「そうである。数百年生きている我が言うのだから正しいのである」


『もし本当に数百年生きてたとしても、こんな子どもっぽくて威厳がないことあるか?』と一瞬リンは思ったが、きっと冗談なのだろうと思い、すぐに思考の片隅へと追いやることにした。


まあ、きっと冗談なのだろうが。


というか、冗談であって欲しい。


「うぅ…リン、様?」


「シータ!良かった、逆上せて倒れたんだよ。ほら、水を飲んで」


「す、すみません!ご迷惑をお掛けしました!」


ひれ伏しそうな勢いで謝るシータをリンは宥める。


自分を信じてついてきてくれているシータを見て、たしかにあまり気にしすぎても意味はないか、と宥めながらリンは思い返していた。

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