4話「アブナイ組み合わせ」
「こにょ柵までが家の敷地にゃんだけどよ、最近周りを魔物がよくウロウロしてるみたいで困ってんだ」
リーバに案内されて着いた庭はとても広く、丁寧に世話をされてそうな印象を受けた。
しかし、柵の外側には土が掘り返された跡がいくつも広がっている。
あまりにも鋭く深いその土の抉れ方に、『どんな魔物ならこんなに深い穴が掘れるのだろう』と疑問が湧き上がった。
嫌な記憶を思い出すように、しっぽをパタパタと振りながらリーバは口を開く。
「芍薬が動物避けにょ薬でも作ろうか?って言ってたけど、あれにょ匂い好きじゃにゃいんだよにゃ」
「うーん、でもこんなに土掘り返されてるんなら、そのクスリ使ったほうがいいじゃねェの?」
「でもにゃー、倒せば済む話だしにゃあ...…あにょ匂いほんと嫌いにゃんだよ」
チカの言葉に、リーバはため息をつく。
その匂いを思い出すだけで嫌なようで、フレーメン反応ですごい顔をしている猫のような表情になっている。
とりあえずこの惨状をそのままにするのも気が悪いので、四人で掘り返された土を元に戻す。
それなりに大変な作業が大体終わった頃になって、屋敷の方から芍薬が駆け出してきた。
膝に手をついて荒く息をする芍薬は、汗を拭いながら四人に微笑んだ。
「エルさんを寝かしつけたので、我も手伝いに来たのである~!」
「いや、芍薬が来ると面倒な事にゃるから帰れ」
「え?!い、いや我も手伝うである...…」
「帰れ」
芍薬とリーバ、お互いが引かない。
冷酷に帰れと言い続けるリーバに、芍薬は涙目になり始めている。
その様子を見ていて思ったが、身長は芍薬のほうが大きいのだが、威厳としてはリーバの方がありそうだ。
そう、例えるならば『かかあ天下』もしくは『妻の尻に敷かれる』などが正しいだろう。
まあ、リーバも芍薬も男なのだが。
「我も討伐したいのである~!」
両目に涙をたっぷりと蓄えた芍薬はリーバに縋り付いた。
芍薬のそのあまりにも情のない姿に、リン達三人がドン引きし始めた頃になってようやくリーバは、芍薬の願いを受け入れる。
べちべちと芍薬の足をしっぽで叩きながら、リーバは頬を膨らませた。
「討伐した後にょ始末はお前がしろよ。俺様はアトリエにいるから、にゃんかあったら来い」
可愛らしく怒りながらリーバは屋敷へと踵を返す。
リーバが屋敷の中に入るまで見送ると、了承されたことに対してまるで子どもかのように喜んでいた芍薬が、持っていた袋から幾つかの薬瓶を取り出した。
どす黒いとまではいかないが、確実に体には悪そうな色味をしている液体。
さすがに薬の中身が気になりすぎて、どんな薬効があるのかリンが聞こうとした瞬間だった。
ダァーンッ、ダァーンッと何かが叩きつけられるような音が周囲に響く。
そしてリン達の体に生暖かいものがかかった。
「え?何が...…?」
「な、なんだアレ?!」
リンがチカの声に振り返った時、柵の外には十数匹程の兎が軍隊をなしていた。
そして柵を飛び越えようとしているのか、強く地面を蹴り、音を鳴らして飛び跳ねている。
その際に飛んだ土がリン達の方まで飛んでかかっていたのだ。
「やっぱり、ディガーバニーの仕業だったのだな。可愛いが少し迷惑な魔物なのだ」
《ディガーバニー》
その名の通り、穴掘りを得意とする兎。
高いジャンプ力を持ち、頭の角を使い自身の巣穴を掘る。
しかし、ジャンプ力が高いが故に地面を強く抉ってしまい、飛んでも飛んでも思っている高さまでは行けない。
つまり屋敷の柵はどうやっても飛び越えられないのだが、土が掘り起こされるのが厄介だ。
農作物のある畑の周囲を飛び跳ね、土を作物にかけられてしまえばその作物は売り物にならなくなる。
家の周囲で土を掘り返されては場所によっては道がぬかるみ、馬車の通りも難しくなってしまう。
見た目は随分と可愛らしいものだが、被害がそれなりにあるので迷惑にも思われている魔物である。
「オレのいた村は海辺だったので初めて見ました。意外と見た目は可愛いってうわ!口に土が!」
「うわ~カワイソ。まぁ?アタシはそんな土なんかかからなって、ペッ!ペッ!」
柵越しにディガーバニーを見ていたシータとチカの口に、綺麗に土がかかる。
柵からそれなりにあるこの距離まで土を飛ばせるとは、ここまで来ると感心してしまう。
「お前も土を被ってるではないか」
「ウッセー!ベーだ!」
「お前は本当に貧弱な語彙しかないな」
いつものように喧嘩を始めた二人をリンが止めようとした時、芍薬が視界の端で先程準備していた薬瓶を傾けているのを見た。
何度見ても人が体内に入れていい物ではない色味の液体を飲む姿に開いた口が塞がらない。
ゴキュゴキュと喉を鳴らして四本の薬瓶を流し込んでいく芍薬に、思わず喧嘩していたことも忘れて三人は駆け寄った。
「何かソレ、ヤベー色してるけど本当に飲んでも大丈夫なのか?!」
「なんか黒い煙吹いている薬もありましたけど、本当に人体に問題がない物体ですかそれ?!」
「く、薬はそんなに一気に大量に飲んでも良い物なのですか?!」
三人が思い思いの言葉を芍薬へと投げかける。
焦りを顔に滲ませた三人を横目に、四本全ての薬品を飲み干した芍薬は三人に微笑みかけた。
しかし、その微笑みに四人は不安しか抱けない。
「薬はちゃんと用法を守って、医師の言われた通りに飲む物なのだよ。そして、我は故郷では結構有名な医師なのである」
自信たっぷりに言う芍薬を、三人は疑いの眼で見つめる。
先程のリーバに縋り付いていた姿を覚えているため、どんなに偉大な医師だと言われようとも信用はあまりない。
エルを助けてくれたことに感謝の気持ちはあるが、それはそれとして疑わしい気持ちがあった。
というより、目の前で薬をがぶ飲みされたら誰だって恐ろしいものだろう。
メロンソーダでもあるまいし、薬は本人が言っていた通り用法を守って飲む物なのだから。
「とりあえず我の準備も完了したし、あのディガーバニーを討伐するだけなのである!えい、えい、おー!」
「「お、おー...…?」」
芍薬の掛け声に三人はそれぞれの獲物を取り出し、柵の外のディガーバニーへと足を踏み出した。
◇◆◇
「トリャー!」
「逃げるな!」
「意外とすばしっこいな?!」
リン達三人はそれぞれディガーバニーを追いかけるが、想定していたよりも素早い動きに翻弄されている。
ディガーバニーは丸っこい形の角で攻撃を仕掛けてくるが、多少痛いくらいで怪我をするようなものではない。
それでも何匹かで徒党を組んで連続攻撃をしてくるのは煩わしくはある。
それでも一体一体、時間がかかりつつも倒していく。
どんどん倒していって、少しよそ見しても問題ない程の余裕が出来た頃、リンは横目に芍薬を見た。
金属製のガントレットを構え、深く息を吐いて集中している。
集中している芍薬が微動だにもしていないからか、ディガーバニー達も芍薬を無視してリンたちの方へと飛び跳ねていた。
しかし、群れから離れた一匹が芍薬へと攻撃を仕掛ける。
その角の丸い角を殺意高く、芍薬の喉元へと向けて飛んだその瞬間だった。
「雷霆鳴轟ッ!」
芍薬が謎の言葉を言い終わると同時に地面に拳を叩きつけると、ディガーバニーの上空から凄まじい轟音と共に雷が落ちた。
そして雷が直撃したディガーバニーは炭化し、地面に倒れ伏す。
雷による凄まじい轟音に、思わずリン達だけでなくディガーバニー達も恐怖で動きを止めている。
「我もやれば出来るのである!」
「す、すごいですね…」
「うん、チョーヤベーな...…」
「もしあれが直撃したらオレでも死んでしまいそうなのですが...…」
ディガーバニーを一匹倒した程度でドヤ顔をしている芍薬に、三人は恐れ慄きつつ遠い目をしていた。
雷が落ちるその瞬間まで芍薬を見ていたリンは『あのガントレットの必要性はないんじゃないか?』と思っていたが、その考えもすぐに撤回することになる。
凄まじい雷を操る芍薬が自分達にとって最大の脅威だと認識したディガーバニーは、生き残り全てが芍薬へと無謀な突撃を開始した。
それを見て芍薬を助けようと、チカとシータも駆け寄る。
しかし、
「雷亥葬嶽…ッ疾!」
雷を全身に纏った芍薬が、そのガントレットにも雷撃を纏わせてディガーバニーを殴りつける。
ディガーバニーの攻撃をアクロバティックに避けつつ、隙を見て反撃する芍薬だが、動きは素早くとも素人感満載でありなぜ倒せているのか分からない。
しかし、芍薬のその猛攻は凄まじく、すぐにディガーバニーは駆逐されることとなった。
「ふぅ...ふぅ…」
「うぉぉ、スゲーな!」
雷を纏うのを止めた芍薬に、チカは目をキラキラと輝かせ喜びの声を上げながら駆け寄る。
周囲に倒れているディガーバニー達は最初の一匹とは違い、原型を保っていた。
ディガーバニーを今日の夕食にしようと集めつつ、座り込んで荒く息を吐いている芍薬へと近づく。
「芍薬さん、凄くかっこよかったです。...…芍薬さん?大丈夫ですか?」
「ふぅ…だ、だいじょうッ、ウェ...…ォロロロロロ」
「芍薬さん?!」
座り込んでいた芍薬がいきなり嘔吐きだす。
いきなりの事にリンは背中を擦ることしか出来ず、シータは屋敷へと水を取りに駆け出した。
チカはリンから手渡されたディガーバニーを集め、少し離れた位置に走る。
背中を擦られて多少気分が良くなった芍薬がリンへと向けて口を開く。
「せ、せんろっぴゃく、ななじゅうななまんしょくのくじゃくが、めのまえにみえるのであるぅ……」
「すごい。目の前には俺しかいないのに、一ミリもあってないです」
「ふぇーん。飲み合わせが悪いのであるぅ……」
「水を持ってきました!大丈夫ですか?」
シータに手渡された水を流し込み、ふらふらとしながら芍薬は立ち上がる。
飲み合わせが悪い、という本人の言葉の通り芍薬の顔色は、先ほどと打って変わってとても悪い。
涙と汗でべしょべしょになっている芍薬を屋敷の中まで誘導していく。
そうして着いた食堂らしき部屋の椅子に芍薬を座らせた。
時間が経って多少体調も持ち直したのか、水を飲みながら芍薬が「実は、」と話を切り出した。
「我はそこまで戦えるタイプではなくてな、戦う時はこうやって薬に頼らないといけないのである。でも、」
「薬の飲み合わせが悪い、と」
「そうなのだよ。迷惑をかけたのだよ...…」
リーバの言っていた面倒な事とはこれのことか、とリンは記憶を掘り返す。
「ごめんね」と短い耳を精一杯しおらせて謝る芍薬の頭を、チカがよしよしと撫でる。
シータも飲み干されたコップに水を注ぎ、ガントレットを外してやり、と甲斐甲斐しく世話をしていた。
「……チカ。...…シータ」
「ンだよ?芍薬がカワイソウだろ?」
「う、浮気などではないのです。ただ、そのですね、なんだか小さい子どもを見ている気になってですね?」
「いや、別に浮気だとかは一切思っていないんだけど、」
『良い年した大人が年下二人に世話をされているのは見た目的に憚られるのでは?』という言葉は心の奥底へと深く、それは深く仕舞い込むことにした。
そんなこんなしていた食堂に、パタパタと可愛らしい足音が近づいてくる。
大きい音を立てて開けられた扉の先には思っていた通り、リーバの姿があった。
「やーっぱりこうにゃってるのかよ。だから帰れって言ったにょによ」
「すまないのである~。今回の薬こそは大丈夫だと思ったのだが、やっぱり駄目だったのである...…」
「治験を自分にょ体で、しかもぶっつけ本番ですりゅのはやめりょよ。いい加減にしろバカ」
リーバは怒っているのかしっぽを振り回し、そのしっぽにぶつかって落ちかけたコップを間一髪で受け止める。
そっと元の位置に戻そうとしたが、相変わらずしっぽが振り回されているのを見て、二人から少し離れた机へと移動させた。
腕を組んで怒っていたリーバが、チカが集めていたディガーバニーを見て目を輝かせる。
「うおー!ディガーバニーの仕業だったんだにゃ。今日の夕食だー!」
「俺が作ってもいいですか?」
「うむ。リンを今日にょ料理長に任命する」
「アタシも!アタシもやるぞ」
「オ、オレにも手伝わせてください」
「うむ。好きにするといい」
嬉しそうな顔をしたリーバがお堅い言い方をして、キッチンの使用許可を出してくれた。
嬉しそうにしっぽを立たせて部屋を出たリーバを横目に、エルの為にも滋養強壮に良い食事を作ろう、と腕まくりをしながらキッチンへと入る。
広いキッチンには見たこともないような調味料や、高そうな食材などが所狭しと並べられており、三人で怯えながらも作業をしていると、元気を取り戻した芍薬がキッチンへと飛び込んできた。
「ディガーバニーの角は我が使うので捨てないでほしいのである」
丁度角を切り落として皮を剥いでいるところだったので、ギリギリセーフなタイミングだ。
「...…もしかして、薬とかに出来るんですか?」
「アクセサリーとかにするんじゃねェか?」
「お守りなんかにも出来ると記憶していますが...…」
たしかに、アクセサリーやお守りとして加工してある角飾りは王都でも見たことがあるが、ディガーバニーのような魔物のもので作られたものは見たことがない。
角はそれなりに硬かったし、どうやって加工するのだろうかと悩んでいたところで芍薬が「ふふん、それはだね」と声を上げた。
「リン殿が言っていた通り、薬にするのだよ。それなりに人気がある薬だが魔物の、しかもディガーバニーの角はあまり出回らないから集められる時に集めたいのだよ」
「へぇ、どんなクスリになるんだ?」
感心し頷いているとチカが疑問を口にする。
その瞬間、芍薬が一瞬動きを止め顔を逸らす。
「え、えっと…その、あの。...…十八禁になっちゃうから言えないのであるぅ」
「ジューハチキン?」
「そうなのである。『ピー』音が必要なのである。『バキューン』でも代用可なのである」
「その音なんですか?!」
突如として芍薬が話している途中に鳴った『ピー』や『バキューン』という音に、リン達は衝撃が隠せない。
というより、十八禁という言葉から察した話の内容をチカに聞かせたくないという思いが大きいのだが。
「これは我が家に伝わる、というか我が家のおもしろ魔術の一つで、好きなタイミングで出せる音なのである。今日は『バキューン』した、とかって使い方ができるのである」
「スゲー」
「使い道がよく分からないんですが…」
自慢げに話す芍薬に『すごい』という感心の気持ちと、『何やってるんだろう』という失望の気持ちが若干湧き上がる。
薬屋としてはすごい人なのに、私生活というか性格面が残念すぎる。
その後、芍薬に物の配置を教えてもらいつつ、どうにか今日の夕飯も作る事ができた。
皆が食べている間にエルの部屋へと食事を運ぶ。
「あ、リンさん。持ってきていただいてありがとうございます。コホッ、ケホッ」
「わ、エルさん大丈夫ですよ。無理して立ち上がらなくても大丈夫ですから!」
熱が出ているからか、いつもよりどこかポヤポヤとしたエルに駆け寄る。
ふわりと蒸気のあがる食事にエルは嬉しそうに頬を緩め、神に祈りを捧げてから食事を始める。
はふはふと熱そうにしながらも美味しそうに食べるエルに、リンも胸が熱くなった。
皿を空にしたエルが、リンへと声をかける。
「リンさん」
「はい、なんでしょう」
「今、貴方は幸せですか?」
その言葉に、リンの思考が一瞬止まる。
幸せかどうか。
そう聞かれたらリンは今幸せだ。
チカがいて、シータがいて、そして——。
「はい、とても」
そして、何より大切なエルがいる。
これを幸せと言わずに何と表せようか。
リンは笑みを深める。
「お皿、貰っていきますね。ゆっくり寝て、ゆっくり休息していてください」
「はい、ありがとうございます」
エルが早く元気になりますように、と普段は願いもしない神に、リンは珍しく祈るのだった。




