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天体の勇者~魔族《モドキ》は勇者足り得るか~  作者: 雨模様
第3章「子の心、親知らず」
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3話「偉大なる薬師」

「我はエルさんの看病に行ってくるので、リン殿にはリーバのお世話をお願いするのである」


そう言い残し、芍薬はリンとリーバを残して部屋から出ていった。


どうしたものかと頭を悩ませていると、リーバがリンの服の裾をぐいぐいと引っ張る。


「お前の名前はにゃんて言うんだ?」


「そういえば自己紹介がまだでしたね。俺はリンです。よろしくお願いします」


「うむ、よろしくにゃ」


普段は大人相手だとつい言葉に詰まってしまうのに、相手が子どもだと思うと、少しだけ話しやすい気がする。


そのままリーバに手を引かれ、絵の前へと連れていかれた。


「これは、こにょ間、国にょ賞で最優秀貰ったやつ」


「おぉ」


「こっちは近くにょ村にょ湖。ホタルが居る季節はめっちゃ綺麗」


「きれー」


リーバに見せられた絵はどれも息をのむほど美しく繊細で、口から出てくる感想が『おお』だの『きれー』だの『細かいですね』しかない自分の語彙力のなさが憎い。


最後に見せられたのは、美しい赤い花と、黒い服を着た一人の人間が佇む絵だった。


描かれている服はリン達の地方では見ないもので、東の方にあるオリエントの国々の服装なのかもしれない。


「これは椿にょ園ってやつで、ピオニー...じゃ、にゃくて芍薬の故郷で描いたやつ」


「ピオニー...…?」


「芍薬にょこっちでにょ名前だ。アイツはオリエントにょ出身だから、書類?とかにはピオニーって名前で書くんだ」


「やっぱりオリエントの…!だから服装も見たことない服だったんですね」


「うむ。まあ俺様も芍薬って名前を知ったにょは最近にゃんだけどな。秘密主義ってやつ?」


会話のどこかに触れたくない話題があったのか、リーバのしっぽが不機嫌そうに揺れ始めた。


むすーっと頬を膨らませるリーバの手を取り、部屋の中心にある絵の前へと連れていく。


「あの、この絵のことも教えて貰ってもいいですか?」


部屋の中心の絵には、白い鱗に覆われた体と羽を持つ巨大な生き物と、太陽のように眩しい髪色の人物が描かれていた。


その人物の傍らには、生き物と同じような白い髪と美しい羽根を持った、恐らく天使なのだろう存在も描かれている。


「これは依頼されて描いてるやつで、竜と英雄と天使にょ絵だ。リンも聞いたことあるだろ?”太陽にょ英雄”って」


その言葉にリンは驚いた。


太陽の英雄は、リンもこの間劇で見たばかりだし、世界で一番有名な存在だからもちろん知っている。


だが絵の人物の額には、たしかに一本の角が生えていた。


太陽の英雄がモドキだという話など聞いたことがない。


それどころか、太陽の英雄の姿そのものを見たのも、これが初めてだった。


世界中で英雄として名を残す存在なら、像の一つや二つ、肖像画の一つや二つがあってもおかしくない。


しかし、エレミヤの姿を残すものは何も無かった。


八百年も前の存在だからだろうと思っていたが、もしかしたらモドキであることを隠すために、意図的に作られなかったのかもしれない。


「でもこれはまだ制作途中だから、これ以上は見せにぇー!」


すぐに機嫌を直したリーバが、リンの手を引いて部屋から飛び出す。


そうして辿り着いたのは、自然の香りが充満した、野草だらけの部屋だった。



◇◆◇



「ここが芍薬の部屋、にゃんかあったらここに来たらいいぞ」


天井からは乾燥させているのだろう草花がぶら下がり、棚には幾つもの小瓶が並んでいる。


書物も綺麗に整理されていて、部屋の主の性格が現れていた。


つい部屋の中をじろじろと見回していたが、許可も取らずに入ってしまったことに気づき、リンは顔を青ざめさせた。


「あの、勝手に入って良かったんでしょうか...…?」


「俺様にょ家にゃんだし良いに決まってるだろ。あ、お前にょ仲間にも会いに行こうぜー」


「分かりました。えっと…あちらの部屋をお借りしてます」


後ろ髪を引かれながらも、エルを寝かせてもらっている部屋へ向かう。


広い廊下を二人でてくてく歩くが、静寂が続く。


静寂に耐えきれず、廊下をじろじろと見てしまうが、その廊下に置かれた絵画や花瓶はどれも美しく洒落ていて、選んだ人のセンスの良さが伝わってくる。


リンは話を切り出すのが壊滅的に下手な自覚があるが、それでもこの静寂をどう壊そうかと悩んでいた、その時だった。


「話は聞いていたけど、仲間が風邪引いてるんだよにゃ?」


「はい、って聞いた……?なんで、えっと誰に?」


屋敷に着いてすぐ芍薬はエルを寝かせる部屋へ向かったし、それから先、エルのことを話せるようなタイミングはなかった。


得体の知れない恐ろしさに、リンは思わず足を止める。


その姿を見たリーバは振り返り、笑った。


「うん?そりゃあ勿論、」


廊下に並ぶ絵画の中の動物が、人間が、魔物が、じろりとこちらを見ている気がする。


いや、気がするのではなく——。


「この家からだよ。にゃんで知ってるにょかは、ここが俺様にょ家で、俺様にょ”テリトリー”だからだぞ?」


左右から哄笑(こうしょう)が、拍手が、歓声が湧き上がった。


リンは、すべての絵画が動いているのを確かに見てしまった。


驚きで体に力が入ったリンを見て、リーバはクスクス笑いながらからくりを説明し始める。


「これは俺様にょ魔法。自分にょ魔力を溶かした絵にょ具で描いた絵は、俺様にょ思い通りに動く。だから会話もつつにゅ、って笑いすぎだお前ら!うるせーから一旦黙れ!」


話している最中も笑い続けていた絵画達に、リーバが苦言を呈する。


叱られると笑い声は止まったが、これは本当に思い通りなのだろうか。


苦笑しつつも、リンは説明の続きを聞く。


「まあ、会話も筒(にゅ)けにゃわけだ。あ、部屋には絵は置いてにゃいから安心しろよ?」


にゃはは、と笑いながら歩くリーバに付き従い、リンはエルの部屋に辿り着く。そっと扉を開けると、中ではチカと芍薬がエルの世話をしていた。


二人の視線に気づいた芍薬は、手にしていた湯呑をそっとエルに握らせ、リン達の方へ駆け寄ってくる。


リーバがリンの手をしっかり握りしめているのを見て、芍薬は破顔した。


「二人が仲良くなれたようで我は嬉しいのである。あ、あと、エルさんの熱は多少下がったのだよ」


「わぁ、本当ですか。良かったぁ」


芍薬に背中を押され、リンは湯呑をちびちび傾けているエルの元へ駆け寄った。


心底安心した顔のリンに、エルは申し訳なさそうに眉をひそめる。


「色々ご迷惑をおかけしてすみません。やっと旅を再開したところだというのに…」


「あ、謝らないでください!...…最近は本当に色んな事があって忙しかったですし、ゆっくり休んでください」


「リンさん...…!」


目尻にシワを寄せて笑いかけるリンに、エルも嬉しそうに微笑んだ。


実際、ヒヨドルとの戦いでリンが倒れてからエルは働き詰めで休み暇はなかったし、帝国でもずっと緊張しっぱなしの状態だったのだから、風邪を引くのも仕方がないことだろう。


問題なのは、リン達がエルの体調不良に対応する(すべ)を持っていないことだ。


多少の知識はあっても、栄養のある食事をすぐに用意したり、安全な場所でゆっくり休ませたりするのは難しい。


今のうちに対策を考えておかないといけない。リンがそう意気込んだ、その時。


芍薬が二人の会話に首を突っ込んだ。


「エルさんを診た結果は心労等の疲労からくる体調不良であるので、一週間程この家でゆっくり安静にすることを命じるのである」


「言われていた物を取って来ました!」


芍薬が言い終わるやいなや、シータが部屋に飛び込んできた。


両手には薬瓶や紙袋がいくつも抱えられているが、もしかしたらリンが芍薬の部屋へ行った後、入れ違いになってしまったのかもしれない。


シータはリンを見つけると嬉しそうに駆け寄り、そしてリンの横に佇むリーバを見て、すぐに襟を正した。


「もしかしてこちらの方は...…?」


「うむ。俺様はこにょ屋敷にょ主人、リーバだ。ふむ、お前…」


何かを考えるようにリーバはシータの周囲をぐるりと回り、背中側の服の裾を捲り上げた。


「うわァッ…!?な、何をするのですか?!」


上げかけた悲鳴はエルを気遣ってどうにか飲み込んだが、驚きは飲み込めない。


シータの背中には、背骨に沿って亀の甲羅のような物質が形成されているのは覚えているだろうか。


その物質のある背中が露出するということは、シータがモドキであることが露呈するのと同義だ。


リーバもモドキだから差別されるとは思わない。


だが、自分のモドキとしての特徴を他人に晒すのは、できる限り避けたい。


その証拠にリンやチカはもちろん、芍薬ですら顔を青ざめさせ、リーバの肩を掴んで揺さぶっている。


「リーバ、リーバ!それは良くないことなのである!ちょ、今すぐその裾を捲っている手を下ろすのだよ!」


「リーバさん、部屋をお借りしている御恩は俺が出来る限り何でもしてお返しするので、どうかその手を下ろしてください!お願いします!」


全力で止めようとする二人をよそに、リーバは目をきらきらさせながらシータの甲羅を見つめていた。


その瞳はまるで恋する乙女のようで、あまりにも熱い視線にリン達は思わず目を覆う。


「ふわぁぁあ!お前にょこれ、めっちゃ綺麗だにゃあ。スケッチさせてくれ。あ、そうだ。にゃんだったらお給金はこれくらい出すから、ここに住まにゃいか?!」


指を三本突き出して、リーバはそう言い放つ。


しかしシータは何も言わない。


それもそのはずだ。


あまりの驚きに、シータの思考が止まってしまっているのだから。


だがそんなことはつゆ知らず、沈黙を否定と捉えたリーバがさらに追撃する。


「銀貨三十じゃ足りにゃいか…にゃら、四十はどうだ?」


銀貨四十枚という破格の提示に、今度はリンの思考が止まっていた。


この家に住んでスケッチの被写体になるだけで、普通の労働で稼げる額の二倍など、あまりにも破格だ。


一見、詐欺のようにも聞こえる。


だが、この国一番の絵描きであるリーバなら出せる額でもあり、妙な信憑性がある。


つまりリンの脳裏に浮かんだのは、シータがこの家に住み、リン達と別れる未来だった。


だがその想像は、シータの言葉であっさり打ち砕かれる。


「辞退させていただきます。オレには勇者であるリン様と共に魔王を倒すという夢があるので!」


「む、にゃら仕方ないか...…」


「...…い、良いのであるか?」


シータの言葉に、リンは嬉しそうに頬を緩めた。


リンには、シータが必ず自分を選んでくれるという自信がなかった。


それでも、シータが自分を選んでくれた。その事実に胸が熱くなる。


リンの嬉しさが伝わったのか、皆が思わず暖かな気持ちになったが、ただ一人、チカには一つの疑問が浮かんでいた。


「なあなあ、リーバさん?ってホゴシャはいねぇのか?見た感じ子どもっぽいけど...…」


「俺様は成人してるぞ?見た目はちっちゃいけどにゃ」


返された言葉に、リンとチカとシータの三人は驚愕の声を上げた。


リーバの見た目は明らかに子どもで、それも十歳になるかどうかの姿をしている。


そんなリーバが成人しているなど、夢にも思わないだろう。


リン達が自身をが子どもだと思いこんでいたと気づいたリーバは、したり顔で笑う。


「じゃ、お前らには最近近くに出てる魔物(まもにょ)にょ討伐を依頼するぞ!」


それは、リン達にとって久しぶりの依頼だった。


◇◆◇


リン達が部屋を退出した後、部屋には芍薬とエルだけが残っていた。


エルはベッドから上半身だけを起こし、芍薬が話を切り出すのを待つ。


芍薬は何かを考えるように目を閉じていたが、やがて口を開いた。


「天に連なる者がリン殿に”勇者”の称号を名乗らせているのには、ちゃんと理由があるのであるか?」


《天に連なる者》という単語が出た瞬間、エルの目が大きく見開かれる。


驚愕が隠せない表情のエルに、芍薬は言葉を続けた。


「勇者という言葉の意味を考えた上で名乗らせているのであれば、我もお前への対応を考えなければいけないのであるが...…」


芍薬はどこからともなく、液体の入った薬瓶を取り出して見せつける。


薬瓶の中身は恐らく毒か何かだろう。


芍薬が何者なのか見当がついているエルは、慎重に言葉を選ばなければならなかった。


「...…その称号が持つ意味に関してはしっかりと認識しております。そして、(のち)の彼の対応についてもしっかりと」


「ふむ。月の神は随分と緩みきった思考をしている、いや、お前達の独断であるのか?アレがそこまで深く考えているとは思えんのである」


芍薬の、初めにリンと出会った時のような泣き虫な部分は完全に鳴りを潜めていた。


良く言えば威厳があり、悪く言えば威圧感のある存在へと変わっている。


月の神への侮辱とも取れる言葉に、エルは何も言えず、ただ(うつむ)くことしかできない。


それが芍薬の存在が異常であることの何よりの証拠だ。


オリエントにいるというイノシシなる生き物の耳、芍薬という名前、そして寝込んでいる間に聖女独自の情報網(ネットワーク)で調べた彼の情報。


この三つから分かることがある。


オリエント地方は、エル達の住むラベライト王国やオンロス帝国のあるオクシデント地方と違い、とある一つの名家が地方のすべての国を牛耳っている。


恐らく芍薬は、その名家の者だ。


体調不良を救ってくれた存在とはいえ、リンには出会ってほしくない存在。


今すぐにでもこの家を出たいが、その思考には熱で鈍った体で追いつくことはできない。


自分の無能さに嫌気が差す。


「まあ、考えているのならいいのである。彼のような存在は我らが御台様(みだいさま)は気にいるだろうし、お前らの繁栄を我は祈ろうではないか」


じっとりと舐め回すような視線のせいか、風邪のせいか、エルの背筋に悪寒が走った。

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