2話「栄光の絵師」
「それじゃ、今度こそ出発だー!」
「おー!」
チカの元気の良い掛け声とそれに答えたコーターの声と共に馬車が動き出す。
二度目となるが、無事に関所も通ることができ心地よい風を受けながら荷台から遠ざかっていく街を眺める。
この数週間、本当にいろんなことがあったなと感慨深い気持ちになりながら皆の楽しそうな話し声を、リンはBGMに微睡んでいる。
前回、突如としてヒヨドルが現れた道も、何事もなく通り抜けて林道へと入ることができた。
最初にエルと出会った時から季節は進み、最近の街中は少し暑かったが、林の中は肌寒さを感じるほどに涼しい。
御者席にコーターと共に座っているチカも、涼しい林の中に心弾ませているようだ。
そんなチカに対し、シータは若干震えて眠そうにしている。
噂によると亀も冬眠するそうだが、モドキであるシータも冬眠してしまうのだろうか。
そんな疑問を抱きながらも、リンも新しい出会いの期待に胸を膨らませていた。
そうして馬車走らせること一週間。
「なあセイジョ様、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫…です……ゲホッゴホッ」
「だ、大丈夫そうには全く見えませんが、」
「うーん、熱が高いですね」
なんと、まだまだ村が近くにない状態でエルが風邪を引いてしまったのだ。
額を触ってみると、それなりに熱が高いことが分かる。
本来であれば風邪なども星の聖女の《星の奇跡》の力で癒やすことが出来るのだが、その奇跡の力も使用者本人には効果がない。
つまり、エルの風邪は本人の免疫力で治す必要があるのだが、近くに村もなく、民間療法的な治療も今ある荷物では難しい。
できる限り馬を早く走らせることも出来なくはないが、馬にも疲労が溜まってしまうので、今日はこのまま野宿をすることに決まった。
とりあえず焚き火を作り、エルの体を温めながら栄養のある食事を作ろうとする。
チカには動物を狩り、シータには野草取り、をそれぞれ頼み行ってもらいリン自身は、二人に言われるがままにエルの看病をしていた。
汗の滲んだエルの額を川の水で濡らした拭うが、苦しそうに顔を歪めて寝込んでいるエルに、自分が変わることが出来たらどれほど良いだろうか、と思う。
「リン、ウサギが取れたぞ。ウサギ肉は栄養タップリなんだぞ~」
「オレも村で風邪に効くと言われていた薬草をいくつか見つけたので取ってきました」
「ありがとう、二人共」
エルが寝ている為、三人共小声でヒソヒソと話す。
持ってきてもらった材料を煮込み、三人の知恵を結集して栄養たっぷりな煮込みスープが完成した。
「エルさん、食欲はありますか?」
「あ…あります。ありがとうございます」
しっかりとエルに椀を握らせ、彼女が口に運ぶ様を眺めた。
そんな風に皆でエルの調子を伺いつつ、出来上がったスープを味わう。
「皆さん、本当にありがとうございます。美味しいです。ケホッ」
「このスープめっちゃニガ、いやオトナの味だぞ」
「良薬は口に苦し、と言うからな」
「味覚も飛んじゃってますね…」
想定よりも苦い食事となったが、栄養の豊富そうなスープをどうにか流し込む。
それにしても、思っていたより酷そうなエルの風邪をどうしたものだろうか、と後始末をしながら悩んでいたリンの背後に、人の気配が突如として現れた。
背後から映る異様な形の影に一瞬、魔物かと思い、剣を振るい斬る。
「むむむ、いきなり剣を向けられると困るのである…」
「いッッ…」
背後に居た男に受け止められた剣から、少し強めの静電気のような痛みがリンの体に走る。
突如として走った痛みに思わずリンが顔をしかめたが、うめき声を上げたリンに、目の前の男は涙目になって謝り始めた。
「す、すまないのだよ!だ、大丈夫であるか?痺れたりとかしてないか?ふぇ、し、死ぬな人間~!」
「いや、さすがにこの程度では死にませんから!」
目の前の男のあまりの勢いに、リンの声も思わず大きくなってしまう。
そのリンの声を聞きつけて少し離れた場所にいたチカとシータがすぐに駆け寄ってきた。
「リン!ナニがあった?!」
「大丈夫ですか、リン様!っ、何奴?!」
「ぴえ。そんな危ない物、人に向けないでほしいのだよ~!」
暫定不審者な男に、チカとシータもそれぞれの武器を向けてしまう。
ヒヨドルの前例もあり、三人は警戒を緩めない。
魔族の目的が聖女であるエルだということは分かっているが故、エルが体調を崩している今を好機と見て来た可能性を考えたのだ。
恐らく先程の静電気のようなものも魔法の一種なのだろう。
エルをできる限り遠ざけたいが、彼女自身が動けない現状では遠ざけるのも難しい。
どうしたものか、と目の前の男を三人は睨みつける。
しかし、目の前の男は両手を降参のポーズで上げ、怯えながらも口を開いた。
「わ、我はただの薬師なのである。そこの人を助けたいだけなのである。いきなり現れたのは悪かったと思っているので、その剣達を降ろして欲しいのである...…」
頭の上にある動物の耳をへたりにへたらせ、涙目で話す男のなんと情けないことだろう。
成人男性が酷く怯えているあまりの情けない様に、リンは自分たちがすごい間違いをしているのではないだろうかと思い始めていた。
怯える男に許可を取った上で、リンは男を縛り上げる。
別にそういう趣味があるわけでは断じてない。
もしも攻撃されたら、という可能性を封じるためであり、本当にそういう趣味をリンが持っているわけではないのだ。
体を縛り上げられた男は、芍薬と名乗った。
「我はここの近くにアトリエを構えている友人に会いに来たのだ。その道中で体調の悪そうなお嬢さんを見つけたから、お節介心で話しかけたのだよ」
「うーむ、スイテー無罪!」
「いや、無罪かどうかはまだ分からんだろう」
たしかに、芍薬の話を聞いてみると疑わしいところはあまりないかもしれない。
しかし、こんなに都合よく薬屋が現れるものだろうか。
エルを治してあげたい、という気持ちはあるがこの芍薬の言葉だけでは信頼することはできない。
咳止めはこれ、解熱はこれ、栄養剤はこれ、と幾つかの薬瓶を取り出し並べていく芍薬。
この取り出された薬を飲んで治るのであればいいのだが、飲ませた後で実は毒薬でした、なんて言われた暁にはリンは腹を切るだろう。
こういうのは薬を用意した本人に飲ませるのが定石だが、どうしたものかとリンが悩んでいると、気づかぬ内にチカが薬瓶の中身を飲み始めた。
「...…は?!ちょ、チカ何してるんだ?!」
「は、吐け!今すぐ吐け!毒かもしれないだろう?!バカモノ!」
出された全ての薬を少しずつ口に入れているチカに、リンとシータは狼狽した。
どうにか吐かせようとするが、チカは二人を気にもとめずにゴクゴクと飲んでいく。
そうして全ての薬を飲み終わったチカは一言。
「めっちゃニガイ!」
「苦いだけで飲み合わせは問題ない薬達なのだよ。安心するといいのである」
誇らしげな顔で安心しろなどと言う芍薬に、思わず二人は呆然とした。
チカのお陰で薬の中に毒が混じっていないのは分かったが、それはそれとして正体不明のよくわからないものをいきなり飲みだすのは怖い。
これは拾ったものを食べてはいけません、知らない人からもらったものを食べてはいけません、というところから教えなければいけないのではないか、とリンは別の方向に頭を悩ませ始めた。
とりあえず、薬の安全性は確保出来たため、エルのところへと薬を持って行き飲ませる。
「ふむ、思っていたよりも熱が高いのである。...…もしよければ我の友のアトリエに泊まるのはどうだろうか?ここから結構近いのだ」
エルの熱を測り、他にも脈拍などを測って診察をしていた芍薬が、不意にそう提案してきた。
芍薬の友の家にいきなり当日に泊まるなど、疑わしい気持ちもあるし、エルを安静にさせられるという安心感もほんの少しだけある。
「良いんですか?ご友人に許可は取らないといけないんじゃ...…」
「無駄に広い家だから大丈夫なのである!それに、体調の悪い人を見捨てるほど悪い奴ではないし、別の薬も友の家にはいくつかあるのである!」
「...…なら、お言葉に甘えさせてもらいます」
芍薬に診察をして貰いながら、リン達はすぐに準備を整える。
そうして馬車は五人を乗せて、芍薬の友の家まで向かう事になった。
◇◆◇
そうして芍薬に案内されるままに着いた先には、それはもう屋敷、というのが正しい大きさの家が位置していた。
「エルさんをそのへんの部屋、だと困るか。うん、この部屋に寝かせるといいのである」
屋敷に入ってすぐの部屋に言われたとおりにエルを寝かせて、チカとシータを寝込んでいるエルの看病と守りに残して、芍薬に連れられるままに屋敷の主人の所へと進んでいく。
リンは広い屋敷を芍薬について行くが、こんなに広い屋敷に住んでいるような人はどんな人なのだろうと不思議に思い、芍薬へと聞いてみた。
「どんな人、か。そうだな、良く言えば天才肌。悪く言えば神経質、だな。我と友の仲だから、勝手に連れてきても怒られないと思うが…」
「怒るに決まってんだろ芍薬!にゃんで俺様の家に勝手に人連れて来てんだバカ!」
いきなり大きな怒鳴り声が聞こえ、その方向へと視線を向ける。
リンの視線の先にいたのは、凛々しくも愛嬌のある顔をした幼い子ども。
もふもふとした髪から猫のような耳が飛び出しており、背中に見えるしっぽも毛がもふもふとしていて可愛いと感じる。
リンはそのしっぽとみみ、そしてその全体的な色味に見覚えがあった。
ブルーの瞳、ふわふわとしてクリーム色からチョコレートのような色に変わる毛、そしてなによりしっぽと耳の毛の多さ。
そう、これは——。
「ラグドールだ...…」
思わずリンはそう零していた。
リンは孤児院出身だが、たまに院長のお使いでモドキに対しても寛容な貴族の家などにお使いに行くことがあった。
貴族はなにかしらペットを飼っていることが多いのだが、その中でもよく見たのが猫だ。
そして猫の中でも特に見たのがラグドール、という猫だった。
目の前の人物はそのラグドールをモドキにしたらこんな感じ、といえる程に特徴を有していた。
というより、モドキなのだろうなとは思う。
それはそれとして、噂に聞くラグドールの性格には全く似ても似つかない。
いや、モドキの性格面と本当の動物の性格が同じなのかどうかなど判断はつかないのだが。
そういえば、芍薬にも動物の耳があるが何の動物なのだろうと思わず視線を向ける。
見たことがあるような、ないようなといった耳に、リンが頭を悩ませていると、その子どもから怒号が飛んできた。
「だ・れ・がラグドールだ!芍薬、にゃんで、こんにゃ奴連れてきた!?」
「す、すみません!あの、似ていて思わず口から出ちゃいました!」
たしかに失礼だったと顔を青ざめさせてリンは平謝りする。
しっぽをゆらゆらと揺らし、不機嫌を体で表していたその子どもはリンの言葉にしっぽの動きを止めた。
「思わずだと?...…なら仕方にゃいか」
良いんだ。
そう思わずにはいられなかった。
先程の怒っていた時の感じではもっと言われそうだったのだが、すぐに許されてしまい拍子抜けする。
胸を撫で下ろしていると、その子どもがいきなりリンの手を引いて歩き出した。
「ぅわ!」
「ほらほら、早くこっちに来い」
機嫌を直した様子の子どもはリンの手を引いて、奥の部屋まで連れて行く。
そうして連れて行かれた部屋は入った途端に油の匂いが充満しており、その匂いを嗅ぎ慣れていないリンは少し顔をしかめた。
しかし部屋の中に入った瞬間、そのしかめっ面は驚きに変わる。
美しい絵画の数々が部屋の至る所に置かれており、部屋の中心にはまだ描きかけなのだろう絵が一つ置かれていた。
その描きかけの絵の前に駆け寄り、子どもは大きく両手を広げる。
「俺様はリーバ!世界一の画家で、こにょ、この!家の主人だ!」
不敵ながらも愛嬌のある笑顔を見せたリーバは、自信満々な様子で幾つもの絵画をリンに見せ始めた。




