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天体の勇者~魔族《モドキ》は勇者足り得るか~  作者: 雨模様
第3章「子の心、親知らず」
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1話「進む先」

新章開幕。

あいつみたいな高尚な思いなんかいらん。


あいつみたいな苦しみの人生なんかいやや。


あいつみたいなイカれた精神なんて持ちとうない。


ただ、■■が愛してくれたら、それで良い。


◆◇◆


ルークと多くのことを語り合った次の日。


リン達は早速、次の街へと進む準備を始めた。


《第一の砦の街アルクスメア》へと続く道中には、シータの故郷の村もあるそうで、皆で寄り道する予定も立てている。


次の街までの道中を夢想しながら、不意にあることがリンの頭を埋め尽くした。


新しくなった荷車に、これまた新調した荷物を詰め込みながら、リンは御者のコーターに話しかける。


「あの、コーターさん。俺達と一緒に旅をするのは…辛くはないですか?」


言葉を選びながら放ったリンの言葉に、コーターは不思議そうな顔をして、首を傾げた。


荷物を詰めながらリンは思ったのだ。


前回、この第二の砦の街を出ようとした時。


リン達はヒヨドルの襲撃に合い、死んでいたかもしれない状況を危機一髪で回避した。


最初の馬車の屋根を切り飛ばした斬撃がもし、もっと下の位置に飛んでいたら。


腰を抜かしていたコーターをもし、ヒヨドルが真っ先に狙っていたら。


ヒヨドルを倒しコーターが街の傭兵達を連れて戻ってきた時、もし、ヒヨドルを助けるための援軍が来ていたら。


今、リン達は生きているからいいが、死んでいたかもしれない状況はいくらでもあった。


そして、この先の道のりでもっと死ぬかもしれない状況には会い続けるだろう。


リン達は問題ない。


なぜならば自分でこの道を選んだのだから。


いや、チカのようにまだ幼い子をこんな状況には合わせたくないし、できるだけ彼女とエルは遠ざけるつもりだが。


それはそれとして、コーターがこの危険な道を選んだのかといわれると、彼は違うのだ。


エルと二人で依頼を受けていた頃から、馬車で様々な場所まで連れて行ってくれていたコーター。


モドキであるリン達を嫌わずに、共に旅をしてくれた大切な仲間。


最初はエルが教会の信頼できる人だから、と紹介されて、エルがいるから共にいてくれているのだと思っていた。


しかし、それは違った。


同じ机で食事をしてくれる。


一緒に街で買い出しに行ってくれる。


誰かへの贈り物を、お土産を、一緒に悩んでくれる。


コーターはとても優しい人だった。


モドキだから、とリン達を差別せずに普通の扱いをしてくれるのだ。


そんな彼は休憩の時や、食事の時などに結婚したい相手がいるのだと話していた。


そのコーターの、いわゆる惚気話を聞くのがリンは好きだった。


コーターが幸せそうな顔で話しているのを見ると、リンの心も暖かくなった。


コーターと共に進むのは北の大地との国境ぎりぎりまで。


そこまでの道を進んで、故郷に戻ったらその相手に結婚を申し込むのだと、コーターは言っていた。


でも、もしもこの先の道でコーターが死んだら?


そう考えるだけで苦しくなる。


ガイアに出会ってしまったから怖気づいているのだろうとは分かっている。


愛した人をなくした存在の狂気を見てしまったから。


いや、恐らくガイアは元から変な奴だったんだろうなとは思うが。


それでも、コーターの遺体を抱えて彼の故郷に行くのが怖い。


自分が死なない可能性なんてないが、それよりも、彼が死ぬのが怖い。


コーターを失った彼の恋人が、復讐に生きてしまう可能性を考えて、怖い。


ただただ自分勝手な恐怖心で、リンはコーターへと問う。


「辛くは、ないっすね。怖いと思う時はありますけど、リンさん達の旅に御者として同行できる嬉しさが、それを上回ってるっす」


首を傾げて悩んでいた様子のコーターはそう答えた。


人好きのする笑みを浮かべて、コーターは更に続ける。


「リンさんは優しいから、もし私が死んだらとかって考えたんっすよね?もし、死んだ時は死んだときっすよ。リンさん達のせいじゃないっす。


それに、この御者の仕事を始めたときから死ぬかもってのは覚悟してたんで、逆にありがた迷惑って感じっす」


流石エルが選んだ人材。


エルと似た辛辣な発言に、リンは固まった。


”ありがた迷惑”。たしかに、そうかもしれない。


というより、自分勝手な考えだとは分かっていた。


それなりな時間を共に過ごしたコーターだから分かるリンの萎れ具合に、コーターは腹を抱えて笑う。


「そんな気にしないでくださいよぅ。貴方達を目的地まで送り届けるのが私の仕事。貴方達がしっかり守ってくれればいいんすよ。ね、私に貴方達を北の大地まで送り届けさせてください!」


暖かな笑みを浮かべて、コーターはリンの頭を掻き回した。


撫で回された髪がぐちゃぐちゃの鳥の巣のようになり、コーターはまた笑みを溢す。


そのコーターの顔に、リンは安心した。


そっか、俺が強くなって守ればいいんだ、と納得したのだ。


もっともっと強くなって、今度は誰にも怪我をさせないようにしよう。


そんな一つの決意が、リンの中で生まれたのだった。


◇◆◇


魔王城・会議室にて。


至厄舟(しあくしゅ)の三人がそれぞれの席に座って人を待っていた。


トゥーラはいつものようにフルーツの入った小洒落た飲み物を、アリイムはローパーに注がせた紅茶を、そしてローパーは子供らしいオレンジジュースを。


それぞれの飲み物を飲みながら、大量に用意された菓子を摘みつつ三人は待つ。


そうしていくらか時間が経った頃、嫌に静かな会議室にソーレが現れた。


手にはいくつかの書類を持ち、顔色が悪そうにも見える。


「遅くなった。始めてくれ」


早足に上座の席に座ると、書類を机に広げ、何やら書き込みながら会議を始めるよう諭した。


「は、はい!えっとー、それではしあくしゅ会ぎを始めますー」


「このダッサい会議名、そろそろやめない?」


「たしかにダサいけど、これ以外にいい感じの名前ないやろ」


「は?うざ」


「うーん、相変わらずカスやねぇ」


トントン拍子に話が悪い方向へと進んでいく。


いつもよりも機嫌の悪そうなアリイムが、珍しくアリイムの言葉に口を出してしまったトゥーラにすぐさま噛みつく。


普段であればヒヨドルが止めてくれるものの、そのヒヨドルは死んでしまっていない。


止まることを知らないアリイムが剣を抜き、トゥーラの首筋に突きつけたのと同時に、ソーレがそれを制止した。


「喧嘩するな」


ただ一言であったが、太陽にも似た熱の塊がソーレの頭上に現れたのを見て、流石のアリイムも剣を収める。


「ほんと、アンタはつまんない女ね」


「知るか、勝手に言っていろ」


ソーレは冷たくあしらう。


そして書類に書き込む手は止めずに、目だけでローパーへと合図した。


「え、えと、さい新のじょうほうですー。ゆう者一行は次のまちにすすみはじめたみたいですー」


リン達が馬車に荷物を詰め込み、街を出た時の映像が空中に投影される。


その映像を興味なさげにアリイム達は眺めるが、不意に「こんな奴にヒヨドルは負けたわけ?」とアリイムが零した。


その事についてローパーはすぐに自身の知る情報を開示し始める。


「はいー...…ぐすん。ヒヨドルさんがなくなられたのはーしっかりとかくにんしましたー。し体も、言われていた通りにしょ分しましたー。ズビッ」


またいつものように涙で顔をぐしゃぐしゃにし始めたローパー。


仲間が死んだのだ。悲しむのも当たり前だろう。


ソーレもトゥーラも、ヒヨドルの死に少し顔をしかめている。


しかし、一切悲しんでいない者が一人。


「まあ、あんな雑魚が一人死んだところでなーんにも変わんないけどね」


それはやはり、アリイムであった。


他の三人が口を挟まないのを良いことに、どんどん言いたい放題していく。


「だってこの魔王軍、元々はお兄様とアタシとローパーと魔王様だけだったのよ?


別に、こんな勇者程度に負けるようなやつがいなくても変わらないわ。


それに、お兄様が魔王様の側近をしていた頃はたかが一人居なくなったくらいで、今のアンタみたいにこんな酷いクマは(こしら)えなかったし?」


いつの間にかソーレに側に来ていたアリイムは、ソーレの目元に出来た酷いクマをそっと撫でた。


そしてソーレの手元を見ると、勝手にペンを取って訂正する。


「ここの食糧費、数が変よ。桁を一個間違えてる。普段のアンタならしないミスね」


ケラケラと嘲笑(あざわら)いながら席に戻っていくアリイムに、ソーレは素直に感謝を述べることは出来なかった。


ヒヨドルが死に、その分の仕事が舞い込んできて疲労が溜まっている自覚はあったが、こんな初歩的なミスを犯した上に気が付かないとは。


ソーレは目元を揉みながら更に続いていく会議を聞く。


「えっとー、次にゆう者のところに行くのはだれにしますー?ヒック」


まだまだ涙を流しているローパーがアリイムとトゥーラへと問う。


その問いに、アリイムは悩んだ。


アリイムも口では馬鹿にしていたが分かっていたのだ。


例え、ヒヨドルが魔法を使わない状態は至厄舟(しあくしゅ)最弱だとしても、あんな経験をそこまで積んでいない勇者に負けるなど有り得ないのだと。


魔法を最初から使っていれば勝てただろうに、どうせ真っ向からの勝負を望み、愚かにも散っていたのだろうとも。


だからこそ、悩んでいた。


何故ならば、ヒヨドルはその魔法を使わない状態で、魔王軍の魔族の中で最強であったのだから。


至厄舟(しあくしゅ)の四人は、それぞれ自分が得意とする戦い方がある。


その中でもヒヨドルは真っ向からの一対一の勝負を得意としていた。


アリイムはその一対一での戦いでも勝てると自負しているが、それでも戦いが長引けば面倒だとは知っている。


ヒヨドルの血は流れれば流れる程に毒を撒き散らす。


本人が意図していることではなく、ヒヨドル自身が嫌っていたが、あの毒は自身を守るために強い毒性を持ち、周囲の人間の内蔵を腐らせていく。


完全に死んでしまえば魔力が途切れるのでその効力も失うが、それでも厄介だ。


なぜなら魔族は生命力が強く、中々死なないからだ。


少しずつダメージを与えていけば、塵も積もれば山となるように、致命傷になる。


であるというのにあの勇者は最終的にそれに勝った。


そして、今も元気に生きている。


ということは、できる限り毒を浴びず、最終的にはほとんど一撃で命を葬ったはずだ。


死に近づけば近づくほど、毒の力は強まるのだから。


しかし、一撃必殺(それ)ができるだけの力があるようには、前回見た映像では見えなかった。


先程見た最新の映像でもそこまでの力があるようには見えない。


なにより、月の魔法は魔力の効率が非常に悪い。


それなりに魔力を持っていた先代月の勇者でも、全身の強化は極短時間しか出来なかった。


それを、魔力を保有している証である人外的な特徴を片目にしか宿していない存在が、ヒヨドルを倒すまでにかかるまでの時間ほど使えるわけがない。


有り得るのは——。


「詠唱、かしら。...…ムカつくガキだわ。ホント、早く死ねばいいのに」


思わずポツリと溢す。


今もなお映し出されている映像を睨む瞳には、並々ならぬ憎悪が宿っていた。


アタシが会いに行って殺してやろうかしら、なんて思うだけで留める程には冷静ではあったが。


そんな風にアリイムが考えている間に、ローパーとトゥーラの間で話は纏っていた。


「アリイムさーん、僕が行くことにしましたわぁ。よかですね?」


いつの間にか勝手に決まっていた話に、一瞬アリイムの思考は止まったが、口は止まらなかった。


「年功序列で働いてくれるってことかしら?」


「いや、年功序列やったら最初に僕が行ってますわ。そしたらヒヨドルさんも死なんとすんだのになぁ。あんな勇者、僕がすぐに殺せてまうくらいに弱そうやもん」


「そんな風にゆだんしてるとー、足もとをすくわれますよー。しなないで下さいねー…グスン」


「どうやろー?死んでまうかもしれん」


笑いながら言うトゥーラの言葉は、ローパーをからかう為であるのがよく分かる。


死んでしまうかもという言葉に死なないで、と泣き出したローパーにイラつきを抑えられず、思わずそのまろい頬をアリイムはつまみ上げた。


「ぴゃー!いたいですー!ひどいですー!」


「さっさと次の報告しなさいよ」


「は、はいー!すぐしますー!」


離された頬を撫で擦りながら、報告が纏められているのであろう書類を捲り、ローパーは口を開く。


「えっと、てい国で分かれたー、ぶ()がしにましたー…。ですがー、レムスさんのかんゆうにはーせいこうしてますー」


「ソイツはアタシの部下にするから」


「りょうかいしましたー」


どんどん会議は進み、ヒヨドルが死んだことによって生まれた穴がすぐに埋められていく。


そうして会議で話さなければいけないことが全て終わり、後はいつもの駄弁(だべ)りの時間へとなった。


少しして、ぽつりとローパーが溢す。


「ヒヨドルさん、しんじゃったんですねー...…」


「そうね。ま、思う存分泣いたら?そこの側近”サマ”も泣いてたし~?」


「泣いてないが」


笑いながらアリイムが放った言葉に、ソーレは思わず書類を書いていた手を止め、反論する。


「え~嘘だ。最初死んだって報告が来た時、お部屋でメソメソしてたでしょ~?」


「口を閉じろ」


何をどれだけ言われようとも気にせずにアリイムは煽り続ける。


アリイムにとっては、ソーレという存在が気に入らないのだ。


「お兄様は、たかが仲間が一人二人死んだところで泣かなかったけどね。同じ側近でもこんな違うのねえ」


それは言ってはいけないことだった。


普通の人間の世界でも前任者と比べるような言葉を吐くのは禁句とされている。


それも面と向かって言うなどもってのほかだ。


流石にこれは止めなくては、と他の二人が動き出した瞬間だった。


酷い蒸し暑さが部屋に充満した。


「熱っ...…はいはい、分かりましたよーだ」


特にアリイムはじっとりと汗をかき、暑い部屋の中でも特に暑そうに、いや熱そうにしている。


ソーレも汗をかきながら、自身が座っている席よりも上座にあるカーテンの奥の席へと最敬礼をしていた。


「も、申し訳ございません、王よ」


アリイムが口を閉じ、ソーレが人知れぬ内に使おうとして魔法の発動を取りやめた瞬間に、部屋の異常な暑さが引く。


「あーあ、おもんなくなってきた。アタシ帰るわ。その紅茶、気に入ったから後で持って来て」


部屋の奥に魔王がいると知ったアリイムはすぐに部屋から出ていってしまった。


そうしていつものように、嫌な空気で会議は閉幕した。


会議が踊らないだけまだマシだろうとは、顧問官の言葉である。



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