二条銀次は二度死す
翌日の夕暮れ、都内全域に無線放送が流れた。
「迷子のお知らせです。○国からお越しの、アリス・アルテウスちゃんが品○警察署でお姉様をお待ちです。本日、夜、23時に品○警察署へお越しください。繰り返します……」
俺は品○警察署の窓枠に乗って、ぼんやりと夕日を眺めていた。
「パイセン、危ないっすよ?」
渡津が後ろから声をかける。
「危なくねぇよ」
行儀は良くないかもしれない。
渡津が窓枠へ背中を向けて寄りかかった。
「……パイセン、死んじゃいましたね」
昨日の深夜、俺の死体が海上で発見された。
俺は今、公的には殉職したことになっている。
「俺は……本当に二条銀次なのかな」
「私達から、それを判断する事はできないっす。パイセンがパイセンをパイセンと認識するかっす」
渡津の日本語がエキサイトしているが、言いたい事はわかる。
俺が今、生きているのか……それを判断できるのは、俺だけだ。
「俺は、二条銀次だ。そう思っていたんだが……改めて自分の死体を見て、公的に死亡が宣言されると……分からなくなっちまった」
「ん――。パイセン、スワンプマンって知ってるっすか?」
「なんだそりゃ?」
「思考実験の1つなんっすけど、簡単に言うと……本人が死ぬと同時に、本人と全く同じ人間が誕生して本人だと思って生活している場合、それは本物なのか偽物なのかって話っす」
つまり、本人が死んだ後に現れた”自分を本人だと思っている人間”がスワンプマンということか。
確かに俺には二条銀次の記憶はあるし、意識としては……自分を二条銀次だと思っている。
「それは、まるで今の俺みたいな状況だな」
「そうっすね。まぁスワンプマンの方は本人の死体を見てないっすけど。パイセンはこの場合、スワンプマンは本物だと思うっすか? 偽物だと思うっすか?」
自分のことだと考えるとどうしても感情が入ってしまって分からなくなっていた。
だけどこうして問題に出されると、幾分、客観的に考える事ができるな。
「俺は……偽物だと思う」
「ならパイセンは、スワンプマンを殺すっすか?」
「いいや……偽物だからって、この世に存在しちゃいけない理由にはならないだろ? ただ物質的な事実として、本物ではないと思うってだけだ」
俺にとって、スワンプマンは偽物だ。
だけど、それでスワンプマンを排除するのは間違っていると思う。
それを元となった本人として扱うべきなのかは、別の話だ。
仮にスワンプマンが悪意を持って擬態していて、何か犯罪行為を企んでいるとかなら話は別だが。
本人にその気が無いのであれば、無理に排除する必要性を俺は感じない。
「答えは出たっすね」
渡津のいう通り、答えは出た。
もしかしたら、俺は偽物かもしれない。だが俺が二条銀次じゃ無かったとしても、それは俺が生きていてはいけない理由にはならないし、何も悪い事はない。
俺を社会的に二条銀次として扱うかどうかは、俺ではなく、社会が決める事だ。
その結果がどうであっても、俺が俺であるという認識に影響はない。
今はただ、目の前の問題に集中しよう。
「渡津!」
俺から離れていこうとする渡津の背中に声をかける。
「渡津は、スワンプマンを偽物だと思うか?」
俺の問いに、渡津は振り返って軽く微笑んだ。
「私は、本物だって思うっすよ」
午後22時頃、戦争が始まった。
市民の避難が完了し、超特急で補強工事の済んだ警察署をラゴネロの構成員が包囲している様子を、俺たちは地下からモニター越しに見ている。
「砲撃、きました!」
如月がノートパソコンから顔を上げて報告する。
同時に、鈍い衝撃音が部屋に響いた。
現代の日本において、あの迷子放送を馬鹿正直に受け取る人間はいない。
放送直後から、一般の市民は蜘蛛の子を散らすように品○警察署から離れていった。
「位置の特定はできたか?」
「えっと、昭○橋と……天王○公園です!」
「なっ……二箇所だと?」
今回の作戦において、エーファの作る砲台の制圧は最重要事項だ。
当然、遊撃隊を用意していた訳だが……今までの情報から、エーファの作れる砲台の数は一台までだと考えられていた。
「パイセン、連中の装備……想定よりかなり充実してるっすよ」
渡津がモニターを見上げながら、独り言の様につぶやいた。
「これまでの情報から、エーファが砲台を作る場合、銃器の生成数はかなり制限されるって話だったよな?」
「機関銃まであるっす」
「はぁぁぁあああああああ」
あまりの惨状に、大きなため息が出る。
エーファの能力が想定より遥かに大きい。
「無理して出してるってことですか?」
如月の質問に、俺は首を横に振る。
「物質生成系は、負担の大きい超能力だ。それも、銃器や大砲なんて大質量かつ精巧な作りを要求される物質生成はオーバードーズ覚悟でPSIを服用したって……そう簡単には限界数を伸ばせないはずだ」
だからこそ、俺たちはエーファの砲台数を最大でも一台だと決め打っていた訳なんだが。
「今までずっと、実力を隠してたって事ですか?」
「そういう事だろうな」
「もしくは、何か秘密があるかっすね」
「計算外だが、仕方ない。上の部隊は大丈夫そうか?」
今は過ぎた事を言ってもしょうがない。
問題はこの状況をどうするか、だ。
「想定より被害は大きくなってしまいますが、許容範囲内です。このまま砲撃されたら不味いですけど」
「自警団に被害がでる分には、この際、目をつぶるしかないっすね」
「お前なぁ……」
自警団とは、超能力を使って地域を守る集団のことだ。
PSIが違法薬物である以上、かなりグレーな集団なわけだが。
警察側で全ての超能力関係の事件を解決する戦力がない以上、なし崩し的に成立している。
「直近の問題は砲台の方っすね。予定通り、一台はSATの皆様にお願いするとして、もう一台の方をどうやって無力化するかっす」
都内のSAT3部隊の内、2部隊は警察署の防衛に加わっている。
砲台を担当する予定の部隊をこれ以上、分割するのは危険だ。
「ん――――――」
頭を抱えて悩む。
砲撃はマジで無視できない。
都内のあやゆる建造物は、砲撃を想定した構造になっていない。
「よし、俺らが出よう」
俺の言葉に、渡津が軽く伸びをして答える。
「んー。それしかないっすね」
「え、ちょっと先輩!? 先輩は今、最重要保護対象ですよ!?」
「このままここにいても、生き埋めになっちまうだろ?」
「他にも攻撃部隊を用意できます! 防衛に参加している戦力から割いても良いですし、外にいる自警団へ緊急で要請する方法もあります!」
「今、中にいない自警団の連中を信用するのはリスクが大きいし、この状況で包囲を突破するのは至難だぞ」
歴史的な経緯から、自警団と犯罪組織の区別は紙一重だ。
そんな中警察が信用できて、かつ今回の戦いで戦力になりそうな自警団はほぼ全て防衛戦力に回している。
今、外にいる自警団連中は無認可だったり、色々と埃が出る連中ばかりだ。
「それなら、先輩たちだってそうじゃないですか!」
「如月さん、安心してくださいっす。部隊単位で突破する事は難しくっても、私とパイセンなら簡単っすから」
渡津はそう言いながら通信用のインカムやら、防弾チョッキやら、ガチの戦闘装備を装着していく。
俺も着たいが、残念ながら10歳女児用の戦闘服がない。
「如月はこのまま統制と、俺たちのサポートを頼む」
俺の指示に、如月が悔しそうに言葉を絞り出した。
「……了解、です」




