都内全域迷子放
時刻は夕暮れに差し掛かり、夕日が車内に差し込んでくる。
如月が車のエンジンをかけた。
車はゆっくりと駐車場から出発する。
「まず”正面から戦う”事が難しいですよね」
運転席から声をかける如月の発言に頷く。
「それなんだよなぁ……」
ラゴネロのメンバーが一箇所に集中しているとは考えにくい。
都内中に小さな拠点を作って潜伏しているだろう。
市街地でのゲリラ戦が地獄なのはいつの時代も変わらない不変の真理だ。
「さすがの私も、PSI犯罪組織を壊滅させるために首都を火の海にしようは思わないっすね」
「……安心したよ」
「あっれパイセン、もしかして疑ってたっすか?」
渡津がそう言って反目でこちらを睨み、頬を膨らませる。
「冗談だ」
実は、本気で疑ってたのは黙っておこう。
こいつは目的の為なら手段を選ばない所があるからな。
有能である事は間違い無いんだが、優秀なのかと問われれば判断に迷うのが"渡津うい"という女だ。
「アルテウス姉妹の情報が得られたのは大きいが、他にも強力な超能力者が潜伏している可能性も考えないとな」
ラゴネロは中東を二分する大規模PSIカルテルの一角だ。
アルテウス姉妹以外にも強力な超能力者を多数抱えている。
「あ、それは大丈夫だと思いますよ?」
俺の言葉に如月が反応する。
「どういうことだ?」
「正式な分析資料は後で作りますが、ラゴネロが中東で一強では無いっていうのがポイントですね」
如月の話に、渡津が納得したように頷く。
「ああ、本国の戦力をそこまで削れないって事かな?」
「はい。さっき教授の所で、中東における影響力とか色々お聞きした感じ……ラゴネロにこれ以上、戦略級の超能力者を割く余裕は無いはずです」
その理屈なら……多少誤差は出るかもしれないが、戦局を左右する規模の戦力はもう出てこないか。
「後で一般構成員の動員数も出せないか?」
「はい。そっちは国内で実績のある指定暴力団の構成員計算アルゴリズムと照らし合わせれば、かなり正確な値が出せるはずです。取り急ぎの概算だと大体100名前後ですね」
渡津が俺の方を向いて、目をパチパチさせる。
別に示し合わせた暗号とかは無いんだが、言わんとする事は明瞭に伝わってきた。
「(パイセン、この子、どこから攫ってきたんっすか?)」
「(超法規的処置による一般招集だ)」
まあ、今は如月の経歴については関係ない。
とにかくこれで、国内におけるラゴネロの戦力は概ね把握できた。
「もう、如月さんならラゴネロの分散拠点を全部割り出せるんじゃないっすか?」
「それは、流石に情報が少なすぎます。可能性の高い地域ぐらいは出せると思いますけど、あんまり意味ないですよね」
確かに、例えば”渋○に拠点がある”と言われてもどうしようもない。
この手の明確な答えが必要な問題に対して推計は直接的な答えを持たない。
「その点は、地道に調査を進めて1つずつ特定していくしか無いんだろうな……」
「でもパイセン、それやってたら何年もかかっちゃうっすよ? 一番手堅くはあるっすけど……」
そうだな、この手法はラゴネロが日本に根付くことを許容した上での選択だ。
ラゴネロと俺たちが共倒れするよりはマシだが、ほとんど敗戦処理だ。
「それなら、どうにかしてラゴネロの構成員を一箇所に集める方法を考えたいですね」
「うーん……」
どうにかならないかと頭を捻りながら、車の窓から外の景色を眺める。
マジックミラーになっている窓は僅かに俺の姿を反射した。
相変わらずの外国人銀髪幼女だ。
外で都内では馴染み深い”夕焼小焼”が流れている。
「……これ、使えるんじゃ無いか?」
「何のことっすか?」
ふと思って口走った言葉に、渡津が首をかしげる。
「今流れてる、防災無線だよ」
都内には各所の鉄塔にスピーカーが設置されている。
普段は光化学スモッグ注意報とか、重要な注意喚起、あとは災害時の避難勧告なんかに使われている。
特にいう事がなくても、設備点検を兼ねて毎日夕方に悲しげな音楽を流すやつだ。本来は子供が遅くまで外で遊ばない様にする為の物だが、今時子供を一人で遊ばせる親なんていないので形骸化して久しい。
「これで、俺……アリス・アルテウスが迷子だって放送するんだ」
俺の言葉に渡津が真剣な表情で天井を見上げる。
やがて意図に気づいたのか、パッと顔を綻ばせた。
「さすがパイセン……面白い事、考えるっすね」
運転席の如月が疑問を投げかける。
「え? どういう事ですか?」
「如月、俺たちがアルテウス姉妹とラゴネロの関係を知ったのはどうしてだ?」
アルテウス姉妹とラゴネロは孤児院の保護と金銭を目的に繋がっている。
しかし、その孤児院は既にラゴネロによって壊滅していた。
「えっと、先輩が夢の中で見たアリスちゃんの記憶からです」
それまで、俺たちはPSIカルテルの名前すら分かっていなかった。
その後の調査で組織名と構成員の情報までは辿り着けただろうが、アルテウス姉妹とラゴネロの関係や孤児院の件については世界でただ一人、アリスしか知らない情報だ。
「そうだな、俺たちは他の手法でこの情報を知る事はできたか?」
「不可能だと思います。まず、それを調べようという発想に至りません」
「俺たちがアリス・アルテウスの名前を知っているという事実だけで、ラゴネロに対しては大きな揺さぶりになる」
如月が運転席から、小さく首をかしげる。
「でも、その後どうするんですか? それに、メッセージが届かない場合も考えられますよね?」
「ラゴネロのメンバーにさえ届けば、アルテウス姉妹には届かなくても良いんだ。こっちがアルテウス姉妹にメッセージを届られる手段を持っている事実が伝わるだけで、ラゴネロは動かざるおえない」
まぁ、アルテウス姉妹にメッセージが届けばありがたくはある。
だが彼女達が話を信じるとは限らない。
俺の話に、如月が今度は反対向きに首を傾げた。
「対象がラゴネロのメンバーの誰かで良いならメッセージは必ず届く。元々、市民全員に確実にメッセージを届ける為の装置だしな」
「郊外ならともかく、都心の配備数はそこまでじゃないですよね? 放送カーを手配したとしても、例えばたまたま地下に居たとかで聴こえない可能性もあるじゃないですか。作戦の肝に据えるには不確実性が高い様に感じるんですが……」
「別に、1回の放送で届ける必要は無いんだ。俺たちには放送が届くまで、放送を続ける自由がある」
「放送用の鉄塔が破壊された場合……あっこの場合は拠点の場所が割り出せますね」
「そうだな。だが、それも本命じゃない」
それは一番話が早いパターンだ。
だが、この餌に引っ掛からなくても問題はない。
「放送を聞いたアルテウス姉妹がラゴネロの裏切りに気がついて敵対するのを狙うって事ですか?」
現段階で言えば、国内におけるラゴネロの規模は100名かそこらだ。
アルテウス姉妹さえ戦力に換算しなければ都内のSATでなで斬りにできる。
「それも話が早くて助かるが、ラゴネロだって元々、孤児院の件は彼女達に隠し通す計画があったはずだ。アリスの情報だけで姉妹をラゴネロから切り離せるかはわからない」
「この2つの利点だけでも、やってみる価値は高いと思いますが、先輩達にはもっと先が見えてるんですよね?」
頭を悩ませる如月に、優しく問いかける。
「ラゴネロメンバーの気持ちなって考えてみろ、如月ならこの状況で、どう思う?」
「うーん……。嘘がバレないにしても、とてもヒヤヒヤします」
そうだな、そしてそれは場合によって毎日流されるわけだ。
「ラゴネロから見れば、アリスには一刻も早く死んで欲しい……先輩、もしかして囮になるつもりですか!?」
如月が後ろに振り向かんばかりのリアクションを返す。
俺はそれに、半笑いで返した。
「おい、ちゃんと前は見てくれよ」
「たとえば迷子放送で、アリスの引き渡し場所と時間を指定する。アルテウス姉妹が聞けば気になってしょうがないはずっす。ラゴネロは指定した場所、指定した時間に全ての戦力を集める必要があるっすね。パイセン、よく思いついたっすね」
「いいや、口に出した時はそこまでは考えてなかった。話してる内に整理がついたんだよ」




