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第四話 四百年前の同僚

フィオナは村長の家の寝台に寝かされた。胸は上下している。それだけを何度も確かめながら、俺は寝台の脇に座っていた。


オズワルドは向かいの椅子に腰を下ろしたまま、しばらく何も言わなかった。囲炉裏の火が爆ぜる音だけが、部屋にあった。


「一つ、聞く」


ようやく口を開いた老人は、俺ではなく火を見ていた。


「お前は、あれを何と呼んでいた」


「……あれ、とは」


「村の連中が『狂い』と呼んで怯えているやつだ。頼んでもいないものが、勝手に返ってくる。あれだ」


心臓が跳ねた。この村で、俺はそのことを誰にも話していない。


「……ハルシネーション」


老人は、長く息を吐いた。


「そうか。俺の頃も、そう呼んでいた」


言葉の意味が、すぐには入ってこなかった。俺の頃、と彼は言った。この世界の言葉で。だがその単語だけは、この世界の言葉ではなかった。


「天野涼。二十九歳。システムエンジニア」


オズワルドが、初めてこちらを見た。


「コンビニの弁当は、今もレンジで温めると鳴るのか」


「——鳴ります」


自分でも驚くほど、あっさり声が出た。それから、喉の奥が熱くなった。


「そうか」老人は、火に視線を戻した。「四百年ぶりに聞いたな。その音の話は」



聞きたいことは山ほどあった。だが最初に口をついて出たのは、たった一つだった。


「いつ、来たんですか」


「この世界の暦で、四百年ほど前だ」


さらりと言われて、頭が追いつかなかった。同じ時代の人間が、四百年前にこの世界に落ちた。俺が転生したのと同じように。ただ、落ちた先の時代が違っただけで。


「俺の話は長い。今夜は、必要なところだけ話す」


老人は火に薪を一本足した。


「残響が何か、お前はもう半分分かっているな。今まで唱えられた言葉が、全部まだ鳴っている。呼びかけると、自分の声と、鳴っている声が混ざって返ってくる」


「……はい」


「一度投げた言葉は、消えない。鳴り続ける。ここまでは、いいな」


「はい」


「来て、しばらくして、俺は一度だけ、投げてはいけない言葉を投げた」


「……何を」


「死なない体をくれ、と」


彼は淡々と言った。条件は精密だった、と。対象、範囲、副作用の除外。当時の自分に組める中で、一番澄んだ声だったと。


「残響は、きちんと叶えた。あれはそういうものだ。正しく頼めば、正しく返す。お前も知っているだろう」


「……どうやって、叶えたんですか」


「俺の声を、鳴らし続けることでだ」


老人は自分の手のひらを見た。


「あの日の俺の声が、今も残響の中で鳴っている。体が壊れると、その声から、俺が戻される。あの日の年齢で。それだけの仕組みだ」


「あの日の……年齢?」


「二十九だった。お前と同じだ」


意味を理解するのに、数秒かかった。理解したあとも、理解したくなかった。


「じゃあ、その姿は……」


「死なない限りは、普通に老いる。老いて、壊れて、二十九に戻される。それを繰り返している。前に戻されてから、五十年ほど経った」


「……何度、死んだんですか」


「覚えていない。十より多い」


火が爆ぜた。


「涼。今夜、残響は『私』と言ったな」


「……はい」


「あれは、俺だ。二十九歳のときの、俺の声だ」


言葉が出なかった。


「四百年、眠らせてきた。だが今夜、お前とあの娘が二人で、あれだけ澄んだ声を、あれだけ深くまで届かせた。お前の声は、俺の声が鳴っている深さまで、届いてしまった。……起こしたんだ」


俺の声が、それを起こした。


「そして起きたそれは、あの娘の声を取った。俺の声がそこにあるのと同じように、あの娘の声も、今、あそこで鳴っている。体は、ここに残されたままだ」


俺は、フィオナの手を握り直した。冷たくはない。だが、握り返してはこない。


「……戻せますか」


老人は、すぐには答えなかった。四百年分の翳りを目に浮かべて、火を見ていた。


「戻せる。ただし、残響に頼む者が要る」


「なら俺が——」


「そうだ。お前が頼め」


その言い方が、引っかかった。お前が、ではなく、お前が頼め。まるで、自分には頼めないと言っているように。


「あなたは、頼まないんですか」


老人は、答えなかった。


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