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『百升ノ音(ひゃくしょうのおと)』  作者: こうた
第二章 増殖する印

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第27話 十二日目の席

写真を見た瞬間、透の指が止まった。


昨日の蓮。


今日の透。


まるで、誰かが未来を順番に撮影している。


写真の中の透は、古い酒蔵の机に座っていた。


正面には酒杯。


机には、あの黒い模様。


そして背後には――


十一人の人影。


全員、顔が見えない。


ただ、一番手前の人物だけは違った。


顔がはっきり写っている。


黒田蓮。


「……蓮。」


透はすぐに電話をかけた。


繋がらない。


もう一度。


やはり繋がらない。


ミオにも画像を送る。


数秒後、電話が鳴った。


「透さん。」


ミオの声は明らかに動揺していた。


「この写真……撮影時刻がおかしいです。」


「何が?」


「昨日の夜、撮影されたことになっています。」


「じゃあ未来じゃないのか?」


「違います。」


ミオは答えた。


「写真の位置情報が――」


一瞬、言葉が止まる。


「酒見村の酒蔵です。」


透の背筋が冷たくなる。


「でも俺は、そこに行ってない。」


「だから問題なんです。」



---


三人は酒見村へ向かった。


今回は以前と違う。


村に入った瞬間から、異様な静けさがあった。


昼間なのに人影がない。


店も閉まっている。


神社の境内にも誰もいない。


ミオが古い地図を見る。


「写真の酒蔵は、この辺りです。」


透が周囲を見る。


「でも酒蔵なんて――」


言葉が止まる。


古い建物が一軒。


昨日まで存在しなかった。


少なくとも、透の記憶にはない。


入口には木の看板。


そこには、


「酒見酒造」


と書かれている。


蓮の写真に写っていた建物と同じだった。



---


扉を開ける。


中は暗い。


しかし酒の匂いがする。


ミオが小声で言う。


「ここは……記録上、明治末期に焼失しています。」


「焼失?」


「はい。」


「だったら、どうして存在してる?」


答えはない。


三人が奥へ進む。


やがて広い部屋に出た。


そこには、


十二脚の机


が並んでいた。


すべて同じ黒い模様が描かれている。


透が息を呑む。


「十二人分……。」


ミオが古い帳簿を見つけた。


表紙には、


> 奉納者名簿




と書かれている。


ページをめくる。


一人目。


二人目。


三人目。


年代が違う。


明治。


大正。


昭和。


平成。


そして最後のページ。


そこには、


黒田蓮


と書かれていた。


その下には、


神谷透


さらに――


空白。



---


「蓮はここに来た。」


透が呟く。


「でも、どうして名前が先に書かれている?」


ミオは答えられない。


その時。


奥から音がした。


カンッ。


三人が振り返る。


一番奥の机に、


蓮が座っていた。


「蓮!」


透が駆け寄る。


蓮は動かない。


机の前に座り、


酒杯を握ったまま。


「蓮!」


肩を揺する。


蓮の目がゆっくり開く。


「……透。」


「大丈夫か?」


「俺……飲んでない。」


透は酒杯を見る。


中身は空。


「本当に?」


「飲んでない。」


蓮は震えながら言った。


「でも……。」


「飲んだことになってる。」



---


蓮のスマートフォンを見る。


配信履歴。


昨夜の動画が残っていた。


画面の中の蓮が酒を飲んでいる。


何杯も。


何度も。


しかし、現実の蓮はそれを否定する。


「俺は寝てた。」


「ずっと寝てたんだ。」


透は動画を見る。


そして気づいた。


画面の中の蓮は、


一度も瞬きをしていない。


ミオが青ざめる。


「これは蓮さんじゃありません。」


動画の中の蓮が、


突然カメラを見る。


そして、


> 「本人は、まだ席に着いていない。」




と笑った。


動画が終了。



---


その直後。


酒蔵のすべての机から、


カンッ。


という音が鳴った。


十二脚。


十二個の酒杯。


そして最後に――


空いていた机の一つに、


誰も触れていないのに酒が注がれ始めた。


トクトクトク……。


ミオが叫ぶ。


「触らないで!」


酒杯が満たされる。


その横に文字が浮かび上がる。


> 十二日目




透は凍りつく。


そして次の瞬間。


背後から声がした。


> 「神谷透。」




自分の名前。


透が振り返る。


そこには、


明治時代の少女が立っていた。


白い着物。


濡れた髪。


泣き腫らした目。


少女は透に近づく。


そして、小さな声で言った。


> 「あなたの席は、まだ空いてる。」




透は後ずさる。


「俺はここに座ってない。」


少女は首を横に振った。


> 「違う。」




> 「あなたが座る席じゃない。」




少女が指差したのは、


透の背後。


そこには――


もう一つの透が座っていた。


酒杯を手に。


笑顔で。


そして、その透が静かに言う。


> 「十二日目を始めよう。」




本物の透の手首に、


新しい黒い線が一本伸びた。


その線は模様から離れ、


ゆっくりと肘へ向かって伸び始めていた。

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