27話 美鈴の苦悩
三人がファーストフード「サブマリン」で豪快にサンドイッチを喰らっていた頃、眞名はその店の前を歩いていた。
「あ? すず?」
「……まなっち!」
振り返ったのは松山美鈴。
ふたりはハイタッチを交わすと並んで歩き始める。
「疲れたわ」
「私はまだまだ元気よ」
「疲れることがあったのよ」
美鈴は大きなため息を吐く。
「聞いてくれる?」
「うん」
地下街へのエスカレータに乗った眞名は後ろの美鈴に振り向いた。
美鈴は少し思案していたが、やおらゆっくり口を開いた。
「新しいファンが出来たの。でね、いつものようにチェキの裏に「大好き」って書いたり、結婚しようねって言ってみたりしてたんだけど、どうやら本気で信じてたみたいで」
「うそ!」
「信じた、と言うのは大げさかも知れないけど、今日「ぱるるんはみんなと結婚するんだもんね」って寂しそうに言われて。私、悪いことしたのかもって思って。もしかしたら傷つけちゃったのかなって」
「そんなこと……」
眞名の言葉はそこで止まった。
そんなこと気にしなくてもいい。気にしてたらキリがない。そのファンだって定番のファンサだって気付いてるわけだし。仮に最初は知らなかったとしても、今逢ったばかりの人に結婚を持ち掛ける女の子なんているわけない。
だけどもし自分が美鈴の立場だったら。
たとえどんな理由であれ自分のファンが寂しそうな顔を見せたら――
眞名は安直な言葉を飲み込んだ。
「その人、その後すぐまた来てくれたんだけど」
「だったら大丈夫じゃない?」
「ううん、そうじゃない。なんか急に会話が弾まなくなって。もしかしたらもう二度と来てくれないのかな? って思うと、わたし……」
夜も9時を回ると賑やかだった地下街も寂しい空間に変わる。
ふたりは無言で地下鉄の改札を抜けると、駅のホームを並んで歩いた。
「それを喜んでくれる人だっているんでしょ?」
「うん」
「みんなを喜ばそうって思って言ってるんでしょ?」
「うん」
「だったら」
「そうなの! そうなのよ。それが私のカラーなの! 分かってるの。でも……」
「でも?」
ふたりは3両目のホームドアの前で立ち止まった。
周りには誰もいない。
「例えばAさんにレスしたらAさんは喜んでもBさんはつまらない。で、BさんにレスしたらCさんがつまらない。結局誰かが不満を抱えたまま。だからって誰にもレスしなかったらみんなから捨てられる。最近そんな感じ。頑張って頑張ってちょっとだけファンが増えてもそんな感じ。みんな仲良くしてくれたらいいのに――」
眞名は黙って足元を見る。
その通りだ。
程度の差はあってもそれは全てのアイドルの悩みなのではないか。
勿論ほとんどのヲタクはそんな不満なんて口にしない。態度にも出さない。だからいつもは忘れている。でも、この答えが見えない不安は突然襲い掛かってきて心を蝕んでいく。
鈍感力。気にしないことは大切だ。
でもそれだけじゃダメな気がして眞名は言葉を探し続けた。
やがて電車がホームに滑り込んでくる。
「結局、大好きを伝え続けるしかないよね」
美鈴はすっと顔を上げる。
「私はみんな大好き。だからみんなに両手で溢れるくらいの大好きを伝え続ける。だって私たちにはそれしかできないんだもの」
そう言って微笑む美鈴の横顔を見ていると、眞名は朝から抱え込んでいた疑念など、もうどうでもいい気持になっていた。こんな彼女がファンを裏切るなんてこと、あるはずがない。
「確かに、そうね」
流れ込んできた電車のドアが開く。ふたりは肩を並べて電車の中へと解け込んだ。




