26話 絶対結婚しような
美妃の声に拓海も彼に気が付いた。
「唐津先輩!」
「…… ああ美妃ちゃんに小倉」
「どうしたんですか? 浮かない顔をして」
ひとりトボトボとアーケードのど真ん中を歩いていた唐津は、ふたりに気が付くとバツが悪そうに頭を掻いた。
「いや何でもない。そういやふたりはカモミ―ユの定期公演だったっけ」
「はい」
「楽しかったかい?」
「ええめちゃくちゃ。先輩は?」
言ってしまって拓海はしまったと思った。しかしその質問に苦笑いで返した唐津。三人は拓海を真ん中にして、またゆっくりと歩き始めた。
「なぁ小倉。絶対結婚しような、って軽いんだな」
「は?」
拓海は素っ頓狂な返事を返した。
「アイドルってさ、すぐに絶対結婚しようなって言うだろ……」
「え? それってヲタクが言うんじゃないですか?」
「まあヲタクも言うけどさ。ははは…… 俺ってやっぱバカだなあ!」
何のことかと拓海が聞くと、要はこういうことらしい――
はじめて参加した「ぱっとらぶ」の特典会。唐津が受け取ったチェキの裏には「大好き」という文字にハートマークが添えられていた。地上のアイドル界隈でそのような経験がなかった彼は嬉しくてチェキ列に並び直した。二周目「僕も大好き」と伝えると「嬉しい! じゃあ絶対結婚しようね」と言われ舞い上がってしまった、と言うのだ。
「だけど今日チェキ列に並んでると、ぱるるってみんなに「絶対結婚しようね!」って言っててさ。俺だけかと思って、こりゃ繋がれると思ってたのが全部早とちりだったって、情けないよな」
唐津はがっしりした体躯でトボトボと歩きながら自嘲気味に笑う。
世間ではこれを「アイドル童貞」と言うのかどうかは定かではないが、拓海は少しだけ同情した。そんなもの本気なはずがないのはこの世界の常識なのだが、でも上手なアイドルは分かっていても沼らせることを知っていたから。カモミ―ユの姫路眞名がそうだという訳ではない。彼女はそういうことをしないタイプだ。まだ高々高校生なのである。誰にでも結婚しよう、と言うのはそれが定番の常套句だと分かっていても抵抗があるのかも知れない。
拓海は言葉を探した。
意気消沈している唐津を見るとあまり酷いことを言うのも憚られたが、でも、と思い直した。
「情けないですよ! だいたいアイドルと繋がれると思っている時点で情けないです」
「手厳しいな」
「当然です。僕は結婚しようね! なんて、言ってもらったことすらないですから」
「え、そうなのか?」
「だからちょっと羨ましいです」
でもそれは、きっと本心ではない。
愛情の表現には色々ある。強い言葉を使わなくてもちゃんと伝わってくる気持ちもある。ひめはそうだ。いつも全力の笑顔で出迎えてくれて、楽しそうにお喋りに没頭する。じっと上目に覗き込むようにして、とてもとても近い距離で無防備な笑顔を繰り出し続ける。それは計算した上での行動なのかも知れない。だけど心を鷲掴みにされることに変わりはない。
「で、先輩は推し変するんですか?」
「それはない!」
唐津は力強く即答すると気を取り直したように。
「ぱるるんが可愛いことには変わりはないし、僕が好きなことにも変わりはない。やっぱりぱるるんが一番だよ! せっかくだし何か食って帰ろうか?」
立ち直りが早い唐津。事の推移を心配そうに見つめていた柳川も少し安心したようだ。
「柳川さん、時間は大丈夫」
「ちょっとだけなら」
「じゃあ、ごちになります!」
「なんだかふたり仲がよさそうだな」
「え、いや、それは帰る方向が同じだったからですよ。ねえ柳川さん」
「あ、は、はい」
「ホントか~?」
唐津の自ら先頭に立つと、右手に見えるサンドイッチ屋へと突撃していった。




