25話 前髪
ライブハウスを出たふたりは駅に向かって並んで歩いた。
「ひめちゃんっていつからアイドルやってるの?」
「1年前、高1の時から。それまではモデルやってたらしい」
「えっ! そうなの?」
「彼女は鍵っ子で家に誰もいないのが寂しかったとかで小学生の時からモデルしてたんだって。あ、モデルって言っても商店街のチラシだったりローカルなパンフレットだったりで有名な雑誌に出るような売れっ子だったわけじゃないらしいけど……」
それは姫路眞名の生誕祭で彼女の口から語られた話だった――
カモミ―ユが所属する「プリーツプロダクション」は小さな芸能事務所でアイドル以外にも司会者やコンパニオン、モデルも所属している。そこで小さい頃からモデルをしていた眞名は時々顔を合わせるカモミ―ユのさくらにとても可愛がられていたらしい。同じ事務所と言っても仕事は全く違うので顔を合わせるのはごく偶だったらしいが、4つ年上のさくらは眞名に会うたびにイチゴ味の飴を手に握らせてくれた。眞名がなぜカモミ―ユのオーディションを受けて今に至るのかはこのエピソードから容易に想像できた。
「苦労してるんだ」
「本人は楽しいことばっかりだったって言ってるけどね」
「前向きなのね」
「って言うか、多分だけど…… アイドルだからね」
「アイドルだから?」
「ネガティブなことは言わないようにしてるんじゃないかな」
「へえ~、そうなんだ」
そう言いながら美妃は今日の眞名とのやり取りを思い出した。
はち切れんばかりの笑顔に出迎えられて、ふたりでチェキを撮った。
「美妃さん、また来てくれたんですね。すっごく嬉しいです」
―― 彼女は美妃の名前も前回お話しした内容も覚えていた。今日どの辺りでライブを見ていたのかもちゃんと見ていた。凄い記憶力だと美妃は舌を巻いた。
「今日もたっくんさんと一緒に来てくれたんですね」
「よく見てるわね」
「そりゃあ私の大切なファンですから。それと美妃さん、髪型ちょっと変えましたよね」
「えっ! わかる?」
「そりゃ分かりますよ、前髪。綺麗な上に可愛さも100倍になりましたね」
「もう、褒め上手なのね」
「本当のことですから」
「ひめちゃんだって可愛いわよ」
「あはは…… ありがとうございます。なんか無理やり言わせちゃったみたいですね」
美妃はライブの前にいきつけの美容院に行った。前髪もアイドルみたいに眉の辺りで切り揃えた。思い切ったイメチェンだった。自分ではちょっと子供っぽくなったかな? とも思ったが美容師さんは過去にないほど絶賛してくれた。しかし眞名の言葉はその時以上に嬉しかった。不意打ちだったからかも知れない。まさか一度しか会ったことがない人に、それもアイドルとファンと言う関係で気が付いてもらえるなんて。たった二分程度しか喋ったことがないのに。
それなのに、横に立つ、気が付いて欲しい人は――
「と…… ところで小倉くん、私を見て何か気付かない?」
「えっと、髪型。変わったよね」
拓海は美妃をチラリと見るや即答した。
「えっ! もしかして気付いてた?」
「そりゃ全然変わったし。さすがの僕でも気が付くよ」
だったらどうして言ってくれなかったの? 言ってくれるタイミングはたくさんあったはずなのに――
美妃は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「気付いてくれて嬉しいわ。どう? ちょっと子供っぽいかな?」
「ううん、そんなことはないよ。なんかこう、正統派って感じで似合ってる」
「正統派?」
「うん、正統派」
正統派? 王道の髪形ってことなのかな? じゃあ今までの髪形は邪道? いやあの髪形も極々普通のはず――
その意味するところが掴みきれない美妃は思い切って聞いてみた。
「正統派って、どういうこと?」
「いや、それはその…… 正統派って言ったらその下にくる言葉は決まってるし」
「えっ? それっていい言葉? 悪い言葉?」
「いい方に決まってんじゃん!」
「いい方って?」
「ああもう、アイドルだよ! 正統派アイドル!」
「え! ほ…… 褒めてくれてありがとう」
少し頬を高揚させて美妃ははにかむ。
しかし、だったらなぜ――
まだ2回目のアイドルライブ。それでも美妃の心配事は杞憂だとよくわかった。アイドルとヲタクの関係。それはコピー用紙を買いに行った時の小倉くんの言葉通りだった。両者はルールに則ってチェキを撮って交流を楽しんでいる。ファンはファン。ガチ恋と言っても疑似恋愛。本当の恋人同士じゃない。だったら――
人通りも少なくなった夜の心斎橋アーケード、ふたりは近からず遠からず、恋人と呼ぶには微妙な距離感をおいて並んで歩く。しかし彼女の足取りは軽やかだった。そんな美妃の目によく知る人の姿が飛び込んできた。
「部長?」




