22話 眞名と美鈴
眞名と美鈴。
ふたりはいつものように並んで校門を出た。
「さあ金曜日ね! 今日のライブも頑張るぞ~!」
松山美鈴はいつもよりちょっと嬉しそう。
そんな彼女の様子に眞名は今朝の拓海の言葉を思い出した。
繋がり……
普段なら気楽に会話できる相手だけどこの言葉は容易に口にすることが憚られた。だからどうしても回りくどい言い回しになってしまう。
「どうしたの? いいことあった?」
「ちょっとね。聞きたい?」
「聞きたい聞きたい!」
「まあ聞かないって言っても聞いてもらうけどねっ!」
そう言って「ふふん」と鼻を鳴らす美鈴に眞名は少し身構える。
「最近ぱるるのファンが増えてるのよ! 元々私って陰キャじゃない? だけど最近頑張ってるの。笑顔200%増しで知らない人にも思い切ってファンサしまくってレスばら撒いてるからね。効果が出てきたのかなあ?」
「そ、そう! よかったわね! やっぱりすずには釣り師の才能があるんだわ」
「釣ってない釣ってない」
そう言いながらも、とても嬉しそうな美鈴の横顔。
本人は陰キャなんて言うけれど、ちょっと引っ込み思案なだけで打ち解ければよく喋るし表情も豊かだ。だから気持ち的に吹っ切れればもっともっと目立つアイドルになれる―― 眞名は彼女のパフォーマンスを見てそう言ったことがある。蕾が大輪の花を咲かせるんじゃないかって。黙っていると物憂げで少し大人びた雰囲気の彼女。きっと男性を虜にして手玉に取る小悪魔と言うのはこんな感じの女性なのだと眞名は思う。
「じゃあ物販も大行列?」
「いやまあそこまでは。でも着実にって感じね」
そう言いながらも美鈴の足取りは軽やかだ。
「でも問題は「初めまして」してくれた人を常連さんにすることよね。「可愛いです」とか「応援します」とか言ってくれても大体すでに誰かのヲタクでしょ。ライブハウスでビラ配ってるといつも思うの、競争だなぁって。偶に来てくれても常連さんになってもらうには厚い壁があるわよね……」
「たまにでも来てくれるんならいいんじゃない?」
「あ、勿論ありがたいわよ、嬉しいわよ、とっても。だけど「ぱるる」には単推しガチ恋ヲタクがいないのよ、ひとりも。悲しいくない? 以前はいたけど今はゼロ。まななには単推し全通みたいな人がいるんでしょ、羨ましい! 私にも出来ないかなあ……」
「そう言えば他界しちゃったって言ってたものね」
「うん」
美鈴は遠く空を見上げる。そして小さく息を吐くと微かに微笑んだ。
「元気にしてるかな。他界しちゃったけどね、ずっと私の支えだったのよ。だから今でも感謝してる」
もし彼女がヲタクと繋がったのだとしたら、今の話は辻褄が合わない。でもいつもより機嫌がいい美鈴を見ていると眞名の不安は更に大きくなった。今朝お兄ちゃんから聞いたときは何だか曖昧な情報だったし「まさかね」程度に思い留めていたのだけれど、もしかしたら何かあったのかな、って一度悪い方向へ考えてしまうと、もうどうしようもなく、どうにも止まらなくなってしまって。
ヲタクとの繋がりは案外簡単にばれる。それは今まで来ていたヲタクが急に特典会に来なくなったりヲタク本人が自ら口外したり、時にはアイドル自身のファンサが変化して敏感なヲタクがそれに感づいてしまったり。ともかく人間は「秘密」と言うものを他の人にも知ってもらいたい生き物なのだ。他の人が知ってしまうとそれは秘密ではなくなってしまうけれど、誰も知らないままだったらその秘密は世間的には「無いもの」と同じ。秘密ってひとりで握っているだけではツマラナイものなのだ――
「あのさあ美鈴」
眞名は思い切って口を開いた。
「何?」
「つ……繋がりって、どう思う?」
「繋がり? そりゃ駄目でしょ。契約書上も禁止事項だし、ファンが物販に来なくなったり情報漏れたりしたらビジネス的にもダメージあるし。でも思うんだけど繋がりより同じグループの人の悪口を吹聴する方がよっぽど重罪だと思うのよね私。グループの雰囲気悪くなるしビジネス的にもマイナスだし最悪解散しちゃうでしょ。その点繋がりは情状酌量の余地があるのかも」
繋がりを否定しておきながら擁護とも取れるような美鈴の言葉に眞名の脳細胞は答えを導き出せない。
果たして彼女はその「繋がり」に手を染めているのだろうか?
今までの眞名の経験上、繋がってハッピーに終わったケースは聞いたことがない。勿論そんなケースがあったとしたら、それは誰にも知られずに終わったからなのだろうけど。
「と、ところでさ。最近ファンが増えてるって、例えばどんな?」
「えっとね」
そこで美鈴は少しだけ間を置いた。それは何かを考えてるようにも見えた。
「私を気に入ってくれた大学生さんがいるの。お話ししてても楽しいし元は地上のヲタクだったらしくって、まだ決まった推しはいないんだって。もしかしたらぱるるだけの単推しさんになってくれるかも。あ、最初はカモミを見に来てたらしいわ」
「うちのファン取ったらダメよ!」
「えへへ~ 先に取った者が勝ちで~す! 今日も来てくれるって言ってたし。時代が私に追い付いてきたのかも!」
人差し指を顎に当て笑顔を零れさせる美鈴。
新しいファンが出来る喜びは眞名にもよくわかる。一所懸命練習して何度も何度もライブして数えきれないくらいファンサを投げてもそう簡単にファンは増えやしない。やっとの思いで初回無料に来てくれても引き続き来てくれるのはそのまた一部。だから友達の嬉しさは眞名にも伝わってきて、自分のことのように嬉しくなる。
「よかったわね。頑張って常連さんにしないとね」
「分かってるわよ! 絶対沼らせちゃうんだから…… あ、今日私はバベル。まななは?」
「ラックス」
「近くね」
どちらも心斎橋のライブハウス。
ふたりはお喋りを続けながら地下鉄の駅へと流れて消えた。




