リリエルの力、兎歌の本気!
一方、兎歌の操るリリエルは、空になったミサイルコンテナを未練なくパージした。
背部の重荷から解放されたケンタウロス型のフレームが、本来の機動力を取り戻す。
砂塵を巻き上げながら、四つ足特有の変則的なステップで逃げ回る。
「ひぃー! 時間稼ぎでもいいよねー!?」
「逃げんなよ! ぶっ潰してやる!」
「いがいと逃げ足の速い……」
ドレッドのジャガノートが、重い足音を響かせて猪突猛進に迫ってくる。
ルシアも冷静に立ち回りを予測し、リリエルの退路を塞ぐように動く。
だが、圧倒的な機体性能の差と、スラムを生き抜いてきた兎歌の生存本能が合わさり、決定打には至らない。
ガトリングガンと重砲の弾丸がリリエルの装甲を掠めるが、致命傷を避けていた。
「もう少しで仕留められますが……!」
ルシアが通信で報告した、その時だった。
戦場の喧騒を切り裂くように、二つの強大なプラズマリアクターの駆動音が荒野に轟いた。
直後、極太の光条が真横から突き抜け、随伴していたタイタンの一機を完全に蒸発させる。
『う、ウワァアア!!』
通信回線に響く断末魔。
ゲイルたちが振り返った先には、立ち上る土煙を切り裂き、赤と紫の機影が急迫してくる姿!!
通信に響く烈火の声。
ギゼラが豪快に笑う声!
『お前ら、俺抜きで楽しんでんじゃねえぞ!』
『ハーハハ! よくもやってくれたねぇ!』
『遅いよ、烈火! た、タスケテ―!!』
涙声で助けを求める兎歌。
圧倒的な存在感を放つ二機の乱入に、ゲイルの思考は氷のように冷え切った。
((機動要塞すら単機で落とすというブラウ小隊が全滅か。この短時間で……手強いな))
「頃合いだな。退くぞ!」
合流されれば勝ち目はない。
そう悟ったゲイルは即座に撤退の号令を下した。
だが、シグマ部隊の注意が新手に削がれた、ほんの一瞬。
それを、兎歌の怒りが逃さなかった。
「……今だっ!」
震えていた兎歌の手が、確かな殺意を持って操縦桿を握り込む。
アニムスキャナーが『負けたくない』という極度のプレッシャーと生存本能を読み取っていく。
リリエルの大型リアクターが甲高い悲鳴を上げた。
両腕の粒子タンクから莫大なエネルギーが直接送り込まれ、二丁のE粒子サブマシンガンが眩い青光を放つ。
「こんのぉおおおおおッ!」
兎歌の絶叫とともに、砲口から分厚い粒子弾の暴風が放たれた。
無数の青白い光弾が、途切れることのない光の奔流となって荒野を舐め尽くす。
ドレッドのジャガノートはいち早く反応。
咄嗟に肩のシールドを展開して致命傷を避けた。
「ちぃっ、あの弾幕……並のリアクターじゃねえぞ!」
だが、連携の要であったルシアのジャガノートは、烈火たちの登場に気を取られ、コンマ数秒だけ反応が遅れた。
高機動を誇る軽量フレームのジャガノートにとって───
その一瞬の硬直は、死を意味する。
『しまっ───』
ルシアの悲鳴をかき消すように、リリエルの放った粒子弾が蒼い装甲を容赦なく食い破った。
装甲が融解し、火花が血飛沫のように舞い散る。
そして、バックパックの燃料タンクに引火。
───閃光。
膨大なエネルギーが臨界を突破し、ルシアのジャガノートは胴体から上が跡形もなく吹き飛んだ。
四肢がバラバラになって空を舞い、焼け焦げたコックピットボールだけが、黒煙を引いて荒野に転がり落ちる。
「なんだとォー!?」
ドレッドが即座に動いた。
ジャガノートが土煙を蹴散らし、転がるコックピットボールを乱暴に拾い上げる。
『うう……ッ』
「ルシア、無事か!? 持って帰るぞ!」
それを見たゲイルは戦況を冷徹に分析し、通信で鋭く宣言した。
「不利だ。全機撤退! ヴァーミリオン、ミサイル斉射だ!」
戦場の上空から、ヴァーミリオンに温存されていた無数のミサイルが降り注いだ。
脱出の時間を稼ぐための飽和攻撃。大地を穿つ爆炎が次々と花開く。
『チィイ!』
『ミサイルか! 食らうなよ!』
烈火のブレイズは即座に両腕のバルカンと肩部機銃を咆哮させ、迫るミサイルを叩き落とす。
マティアスのストラウスは大型シールドを構え、ギゼラのウェイバーは機銃で弾幕を張った。
リリエルも残存エネルギーをE粒子コートに回し、防御姿勢を取る。
『うわわわー!?』
爆煙が晴れたとき、すでにシグマ部隊の姿はなかった。
彼らは見事な統制で撤退を完了し、去り際にマティアスのコマンドロボの残骸と、リリエルがパージしたコンテナまでも回収していくという抜け目のなさを見せつけていた。
~~~
「ぷはッ!」
プロメテウスの格納庫。
ブレイズから降りた烈火は、ヘルメットを放り投げて乱暴に息を吐き出した。
「チッ、逃げ足だけは速ぇな、シグマの野郎ども!」
「まぁいいさ、次は逃がさねぇよ!」
ウェイバーから飛び降りたギゼラが、烈火の背中をバンと叩いて快活に笑う。
その横で、リリエルのコックピットから這い出してきた兎歌が、へたり込みながらも涙目で叫んだ。
「やったー! わたし、やっちゃいましたー!」
そんな騒がしい面々を、後から降りてきたマティアスが静かに見つめていた。
「こちらに死人は出なかったか。良いことだ」
彼らを見下ろすように、四機のコマンドスーツが静かに佇んでいる。
ブレイズの赤い装甲には浅い弾痕が刻まれ、リリエルの桜色は砂埃にまみれていた。
チーフメカニックの菊花・メックロードが、タイトなツナギの胸元を揺らして足早に指示を飛ばす。
「プラズマリアクターは安定モード! 排熱終わった機体から診断モード起動やー!」
『了解!』
メカニックたちが慌ただしく走り回り、火花の散る溶接音や油の匂いが格納庫に充満していく。
烈火はひんやりとした床に腰を下ろし、冷えた缶コーヒーを喉に流し込んだ。
「ったく。俺の顔を見た瞬間、逃げ出しやがって」
「でも、烈火が来てくれて助かったよ。もうダメかと思ったんだから」
隣に座った兎歌が、ほっとしたように微笑む。烈火は鼻で笑った。
「お前だって最後の一撃、なかなかだったじゃねぇか。あのウサギで新型をぶち抜くとはな」
「そ……そんな大げさに言わないでよ。わたしだって必死だっただけなんだから」
照れ隠しに頬を膨らませる兎歌。
そこへマティアスが歩み寄り、冷静な声で分析を口にした。
「あの状況での反撃は確かに有効だった。あれはおそらく、最近配備されたというジャガノートだな。一部の高名なパイロットにしか用意されていないはずだ」
「そうなのか?」
「ああ。それを撃破したということは……」
「エリシオンの強さを、世界に大きくアピールできたわけですね!」
兎歌が瞳を輝かせると、マティアスは小さく頷き、しかし表情を引き締めた。
「正解だ。この一戦が与える影響は、思っているより大きい。これからは、巨大国家の正規軍が本腰を入れて押し寄せてくるだろうね」
「なんだい、次の敵かい? どいつもこいつも、戦争が大好きなんだねぇ」
「関係ねえよ。まとめて鉄くずに変えてやるさ」
ギゼラが呆れたように肩をすくめ、烈火は好戦的に牙を剥く。
頼もしい幼なじみの横顔に、兎歌はそっと寄り添うように肩を寄せた。
~~~
プロメテウスの艦橋にも、ようやく静けさが戻っていた。
オペレーターのヨウコがモニターを凝視し、緊張の糸が解けた声で報告する。
「敵空母『ヴァーミリオン』、完全にレーダー圏外へ離脱しました。索敵圏内に残存機なし。こちらの損傷は軽微です」
「ふぅ……なんとか凌ぎきったか」
艦長レゴンが、深く重いため息をついてシートに深く沈み込む。
「だが、シグマの奴ら、次はもっと厄介な手を打ってくるやもしれんな」
「艦長。烈火たちも戻ったし、とりあえず一息ついてもいいですよね?」
ヨウコが振り向き、懇願するような目を向ける。
レゴンは苦笑して頷いた。
「うむ。少し早いが、休憩にしよう。だが、周囲の警戒は怠るなよ」
~~~
一方、シグマ帝国の戦闘空母ヴァーミリオンは、暗い雲海の中を静かに退行していた。
艦内の医務室。
ルシア・ストライカーはベッドに身を起こし、包帯を巻かれた自身の腕をじっと見つめていた。
爆発で負った傷は浅かったが、その顔には深い悔恨の色が浮かんでいる。
乱暴な足音とともに、ドレッドが医務室のドアを開け放った。
「おい、ルシア! 大丈夫かよ!? お前がやられちまうなんて、俺がもっと早く動いてりゃ……」
「いいんです、ドレッド殿」
ルシアは静かに首を振った。
「私が油断しただけです。敵の機体性能とパイロットの技量……完全に予想以上でした」
そこへ、静かな足音を立ててゲイル・タイガーが入室してくる。
薄暗い照明が、彼の冷徹な瞳と金糸のような髪を照らし出した。
「ルシア、無事で何よりだ」
「ゲイル様……! 申し訳ありません。私の不甲斐なさで、貴重な機体を失いました」
敬礼しようとするルシアを、ゲイルは手で制した。
「気にするな。お前が生きているだけで十分だ。敵の戦力を見誤ったのは俺の責任でもある」
「隊長。あのエリシオンの連中、舐めてたわけじゃねぇッスけど、想像以上にヤバかったッス。動きが速すぎるし、火力も半端ねぇ」
ドレッドが太い腕を組み、忌々しげに歯打ちする。
ゲイルは小さく頷き、手にしていたデータパッドを起動させた。
「……そうだな。機体性能だけでなく、連携と即応力も高い。特にあの狙撃手と、桜色の機体の反撃は予想外だった」
空中にホログラムが展開される。
映し出されたのは、撤退の際に回収したストラウスのコマンドロボの残骸と、リリエルのコンテナの立体映像。
「これを見ろ。今回の偵察の戦果だ。
ここで得た情報をもとに、徹底的に解析し、新たな戦略を立てる。
エリシオンがどれほど強くとも、シグマ帝国が後れを取るわけにはいかん」
冷たい光を放つホログラムを見つめ、ドレッドが豪快に笑う。
「了解ッス、隊長! 次はあの赤い奴を、俺がぶっ潰してやるぜ!」
「わ、私も……次こそはゲイル様のため、必ずお役に立って見せます!」
二人の頼もしい返答に、ゲイルは窓の外へ視線を移した。
「期待しているぞ、二人とも」
ヴァーミリオンの大型リアクターが、低く重い咆哮を上げ続ける。
得られたデータを糧に、新たな戦いの準備が静かに、そして確実に進められていた。
その先にある戦局の行方は、まだ誰にもわからない。
次回予告
烈火が初めて戦った日。
それは、幼なじみと再開した日───
偶然か、それとも悪意か。
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