シグマ帝国三本槍 ゲイル/ルシア/ドレッド
シグマ帝国
大陸の西から南を支配し、大陸の三分の一に及ぶ広大な領土と、多数の属国をもつ巨大国家である。
先の大戦で大きく領土を増やし、巨大国家へとのし上がった。
勝因は、ロボティクスを活用して生まれた巨大人型兵器……コマンドスーツの活用である。
アニムスキャナーによってパイロットの脳と接続して動くこの兵器は、習熟が早く、帝国が抱える人口を瞬く間に屈強な軍隊へと作り変えた。
そして、戦後、人型であり、操作の容易な多数のコマンドスーツは農業、建築、その他様々な分野に転用され、帝国が抱える広大な土地を瞬く間に農地や工場に作り変えた。
そして現在。
大量のコマンドスーツによる軍事力をバックに、広大な支配地域を監視している。
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青い空が果てしなく広がり、白い雲海が波のようにうねっていた。
その中で、エリシオンの戦闘空母『プロメテウス』が静かに浮遊している。
陽光を跳ね返す装甲板が鈍く輝き、風切り音が低く唸る。
巨大な蒼い船体はまるで空中に浮かぶ城塞のようだ。
烈火・シュナイダーは愛機『ブレイズ・ザ・ビースト』の操縦席に座り、炎じみて赤い機体を微かに動かしていた。
ゴォン……とプラズマリアクターが脈動する音がコックピットに響き、目の前にはプロメテウスの外壁が映し出されている。
「3枚目、異常なーし……」
だるそうに呟きながら、スキャナーを装甲板に這わせる。
カチッ、カチッとスイッチを切り替える音が小さく響き、烈火の赤い髪が額に張り付いたまま揺れた。
頬に汗が光り、その瞳は退屈そうに曇っている。
「あと何枚あるんだこれ……」
重い溜息がマイク越しに漏れる。
と、その声に反応するように、通信パネルに桜色の髪がチラリと映った。
桜色で巨乳の幼なじみ、兎歌・ハーニッシュだ。
彼女は少し離れた場所で、『リリエル・ザ・ラビット』に乗り、巨大なデッキブラシで掃除している。
ごっしごっしごっし……。
『文句言わないの。大事なことだよ』
兎歌の声は柔らかく、少しだけ叱るような響きを帯びていた。
リリエルのウサギのような頭部がふよんッと動くたび、馬のような下半身がカタカタと軽快に揺れる。
コンテナを外したその姿は、戦場とは程遠い愛らしさがあった。
『大事ったってよ、こんな平和な仕事なら誰かに押し付けときゃいいだろ』
『だーめ。やるって言っちゃったんだもん。ちゃんと終わらせてね』
兎歌の声がモニター越しに弾む。彼女の内心では、別の思いが小さく芽生えていた。
((それに……こうしてる間は、烈火とずっとお話できるもんね))
幼なじみの青年と過ごす時間が、兎歌にとっては何よりも心地よいものだった。
桜色の瞳がそっと輝き、スロットルがカタンと揺れる。
……まぁ、コックピット内では一人なのだが。
『へいへい……』
烈火は気づかぬまま、操縦桿を軽く叩きながら口を開く。
『そーいえば、ご飯どうする?』
『ラーメン。いまどきフリーズドライでも屋台のヤツより美味いし』
即答する烈火に、兎歌がクスッと笑う。
モニター越しに彼女の笑顔が映り、桜色の髪がふわりと揺れた。
『またラーメン? 烈火ってほんとそれ好きだよね。たまには野菜とか食べなよ』
『野菜? サラダ食ってるヒマあったら、もう一杯イケるだろ』
『もう、バカなこと言わないの!』
兎歌がぷくっと頬を膨らませる様子が、モニターに映し出される。
烈火は口の端を吊り上げ、ニヤリと笑った。
『冗談だよ。まぁ、ラーメンにネギくらいは入れてもいいけどよ』
『それなら私、味噌味がいいな。ちょっと辛いのが最近のお気に入りなんだ』
『へぇ、辛いのがいける口になったのか。昔はちょっとした唐辛子で泣いてたのに』
『むぅ……それは昔の話だよ!』
二人の声が交錯し、コックピットに軽い笑い声が響く。
ブレイズの赤い装甲が陽光に輝き、静かな日常がそこに広がっている。
だが、その穏やかな空気は、烈火の知る戦争の影を隠していた。
彼の瞳に宿る炎は、まだ静かにくすぶっているに過ぎない。
~~~
グォオオーン、グォオオーン……。
荒野の空を、赤黒い鋼鉄の船が裂き、飛んでいた。
「グルル?」「ブォウン……」
巨大な影を落とす姿に、地上の獣たちが思わず空を見上げる。
シグマ帝国の前線部隊、大型空母『ヴァーミリオン』。
重武装と重装甲を誇るこの超兵器は、大型リアクターと反重力エンジン『リパルサーリフト』によって、圧倒的な存在感を放ちながら空を漂う。
全長300メートルの巨体に、荷電粒子砲を三門、多数のミサイルランチャー、防護フィールド発生装置まで備えた、空飛ぶ要塞である。
艦内の一室、薄暗い照明の下で、指揮官、ゲイル・タイガーがモニターを見つめていた。
金髪が鋭い光を反射し、切れ長の目が映像を冷徹に捉える。
画面にはエリシオンの戦闘映像が映し出されている。
東武連邦へと送り込んでいた監視ロボットからの映像と、プロパガンダの映像だ。
赤い機体がロンザイを切り裂き、爆撃機のような機体が基地を壊滅させるシーンが次々と流れる。
シャクッ。
ゲイルは携帯食料をかじると、低い声で呟く。
「コマンドスーツの携行火器でこの火力……タイタンとは比べ物にならん強さだ」
彼の手元にあるデータパッドには、シグマ帝国の主力コマンドスーツ『タイタン』のスペックが表示されている。
リアクターとアニムスキャナーを搭載し、重装甲と重武装を誇る大型コマンドスーツ。
だが、目の前の映像はその基準を遥かに超えていた。
ゲイルの唇がわずかに歪み、冷たい笑みが浮かぶ。
「エリシオンか……中々面白い連中が出てきたものだ」
ゲイル・タイガー、シグマ帝国最強のパイロットとして名を馳せる男。
冷徹な判断と非情な戦術で敵を葬ってきたが、部下に対しては寛容であり、礼儀正しい。
「さて……」
シャクシャク、ゴクン。
ゲイルは携帯食料の残りを飲み込むと、通信機に手を伸ばし、信頼する部下を呼び出す。
「ドレッド、ルシア。こちらへ来い」
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ウィーン……。
数分後、部屋の扉が開き、二人の姿が現れる。
「お呼びっすか、ゲイル隊長!」
まず入ってきたのは褐色肌の巨漢、ドレッド・ドーザーだ。
肩幅が広く、荒々しい雰囲気を漂わせつつも、軍人らしい規律が滲む立ち姿で敬礼する。
「ルシア・ストライカー。参上しました!」
続いて現れたのは、青い髪をポニーテールにまとめた凛々しい顔立ちの女、ルシア・ストライカー。
新人らしい真面目さが姿勢に表れ、ゲイルに呼ばれたことでわずかに緊張している。
彼女の視線には尊敬と、ほのかな憧れが混じっていた。
ゲイルは二人を鋭い目で見据え、モニターに映るエリシオンの戦闘映像を指す。
「この映像、どう見る?」
「……ふむ」
「これは……」
冷徹な声に、ドレッドがまず口を開く。太い腕を組み、ぶっきらぼうに答える。
「うーむ……あの赤い機体、馬鹿みたいに速ぇし力も半端ねぇ。俺らの機体じゃ、機動要塞を駆け上るなんてできねえッスよ。そもそもあの光、粒子砲? コマンドスーツの大きさではムリって言われてんじゃねえっすか」
ゲイルが小さく頷くと、ルシアが姿勢を正し、慎重に言葉を選びながら続ける。
「私見ですが……あの狙撃の正確さが気になります。画面に映らないので距離は推測ですが……おそらく2km以上。脳波コントロールの反応速度と制御システムの精度が、タイタンを大きく上回っていると思われます。特に長距離での安定性が……驚異的かと」
彼女の声は真剣で、ゲイルへの報告に全力を尽くす様子が伺える。
ゲイルは二人の言葉を聞き終え、モニターを切る。
冷たい笑みが再び浮かんだ。
「機体出力と制御か……確かに侮れん相手だな。ドレッド、ルシア。出撃の準備をしろ。この新参者どもを試す準備を整えろ」
「了解っす、隊長! ぶっ潰す準備なら任せてください!」
「はい、ゲイル様! 直ちに手配いたします!」
ドレッドが豪快に敬礼する。
ルシアは緊張を隠しつつ、きっぱり答える。
二人が部屋を出ると、ゲイルは窓の外を見据え、呟く。
「エリシオン……面白い戦いになりそうだ」
ヴァーミリオンのリアクターが唸り始め、次の戦いの火蓋が切られようとしていた。
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一方そのころ、シグマ帝国の偵察部隊。
巨大な3つの影がホバーを唸らせ、荒野を進んでいた。
土色の重厚な機体、量産型コマンドスーツ『タイタン』が3機。
火力と装甲に優れたその姿は、大地を踏みしめるたびに地響きを立てる。
ロンザイが爆発した轟音を聞きつけ、調査のために派遣されたのだ。
タイタンのコックピット内で、兵士たちの通信が飛び交う。
『隊長、あの爆音……東武連邦の要塞がやられたっぽいっすね』
『ああ、間違いねえ。残骸の方向へ急げ。敵が近くにいる可能性が高い』
先頭のタイタンから、隊長の落ち着いた声が返ると、もう一機の兵士が少し焦った調子で続けた。
『しかし隊長、こんなでかい機動要塞をぶっ壊すなんて、どこの勢力が? エリシオンって噂、本当なんすかね?』
隊長が短く応じる。
『わからん。だが、このルートの先に何かある。警戒を怠るな』
タイタン3機が土煙を上げながら進むが、その先にはエリシオンの戦闘空母『プロメテウス』が待ち構えていた。
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ビービービービーッ!!
プロメテウスの艦橋では、けたたましいアラートが鳴り響く。
兎歌が目を丸くしてオペレーター席を振り返った。
「ひぃっ! 何か来てるー!?」
オペレーターのヨウコが巨乳を揺らしながらモニターを確認し、慌てて報告する。
「艦長! 接近反応! シグマ帝国のタイタン、数3! 距離、約10キロ!」
レゴンが疲れた顔で額を押さえ、低く唸る。
「ぬぅ……、また厄介なのが来おったか。ヨウコ、突然どうするかと聞かれても困るわい」
ヨウコが目を瞬かせる。
こういう時、艦長はあまり役に立たない。本気を出すと有能なのだが……。
「えっと、艦長の指示を仰いでるんですけど……?」
レゴンが渋々立ち上がり、決断を下す。
「わかったわい! ウェイバーとブレイズを出撃させろ。さっさと片付けてこい!」