急襲! リリエル&カーバンクル!
「おかえりなさい、みなさん。お疲れ様でした」
エピメテウスの格納ドック。
輸送船から降りてきた三人を出迎えたのは、ノエルだ。
ノエルはいつものおっとりとした笑顔を浮かべ、無事な三人の姿に安堵の息を吐く。
「……これ」
リエンは歩み寄り、記憶メディアを、ノエルへと差し出した。
シホが吸い出したデータの入った、半透明のチップだ。
「はい、確かに受け取りました。すぐに解析班に回しますね」
ノエルはメディアを受け取り、端末を操作する。
特殊部隊を運用するエピメテウスには、エリシオン本国にも匹敵する高度な電子戦・解析システムが搭載されている。
目的は、リエンが受けていた非人道的な実験のデータ。
そして、作戦参謀ギンが指定した『アイリスの製造記録』と、その素体データの完全抽出だ。
「よし。……とりあえず、俺たちの仕事はここまでだな」
烈火は大きく伸びをし、首の骨をボキボキと鳴らした。
肉体的な疲労よりも、ノヴァの胸糞悪い施設に潜入したことによる精神的な疲労が大きい。
「シホ、リエン。よくやったな。少し休もうぜ」
「はいっ。コーヒーでも淹れますね」
「……うん」
三人は格納庫の片隅にある休憩スペースのパイプ椅子に腰を下ろし、シホが持ってきたパックコーヒーで乾杯する。
リエンは少し苦そうに顔をしかめながらも、烈火の真似をしてちびちびとコーヒーをすすっていた。
任務達成の安堵感に包まれ、静かな時間が流れる。
だが、その平穏は、数分と持たずに破られた。
ウゥゥゥーーーッ!! ウゥゥゥーーーッ!!
突如として、エピメテウスの艦内に、耳を劈くような甲高い警戒サイレンが鳴り響いた。
「あ? ……なんだ!?」
弾かれたように立ち上がる烈火。
ノエルの持つ端末から、オペレーター、レミィの焦燥しきった声が飛び込んできた。
『こちらブリッジ! 全艦、第一種戦闘配置! ……メインシステムに未知のウイルスが侵入しました!』
「ウイルスだと!?」
烈火の怒鳴り声に、ノエルが顔を青ざめさせながら端末を操作する。
「ロゼッタ艦長、状況は!? 解析班の隔離システムはどうなっているんですか!?」
『現在、プラムの班が総出で対応中さ!
だが、推進系と光学迷彩の制御が一時的にダウンしておる!
復旧まで、この艦は動けん!』
ノエルは息を呑んだ。
エピメテウスのような軍艦のシステムは、外部から持ち込まれたデータによって容易くハッキングされないよう、何重ものセーフティがある。
多数のファイアウォールと、物理的に隔離されたサンドボックス環境で解析を行うよう設計されている。
仮に致死性のウイルスが仕込まれていたとしても、その隔離区画がエラーを吐いて停止するだけだ。
艦の航行システムまでダウンすることなど、本来ならあり得ないはずなのだ。
「……罠か」
ギリッ。
歯を食いしばる烈火。
ノヴァ・ドミニオン……おそらくは、あの『アストラル・ノヴァ』の差し金だ。
データを奪われることを前提に、軍艦の強固なセキュリティの『裏口』を強制的にこじ開ける、未知の遅効性ウイルスを仕込んでいたのだ。
「でも、どうしてですか? いくら艦を止めても、すぐに復旧すれば……」
シホが疑問を口にした、その直後。
『──レーダーに感あり! 敵影、多数! ……こ、これはッ!』
オペレーターのレミィの悲鳴じみた声が、通信機から響き渡った。
『敵は無人ファランクスの大隊……数、およそ四十!
さらに、高エネルギー反応が二つ!
蒼い機体……『リリエル・ブルー』と、灰色の機体……『カーバンクル』ですッ!』
「なんだと!?」
その名を聞いた瞬間、烈火の全身の毛が総毛立った。
クロト・アスクと、蒼火・セブンス。
ノヴァが誇る、最凶のプラズマリアクター搭載機が二機同時に、この宙域へ現れたのだ。
ウイルスで艦の足を止め、その隙に圧倒的な戦力で包囲し、確実に磨り潰す。
これが、アストラルの描いた完璧な殺戮のシナリオだった。
「チッ……上等だ! やってやろうじゃねえか!」
烈火はパイプ椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった。
片手で自分のヘルメットを鷲掴みにすると、もう片方の腕で、呆然としているリエンの腰をガシッと抱え上げる。
「わっ……!」
小柄な体に似合わない、意外と柔らかな胸の感触が烈火の腕に押し付けられる。
が、今の彼にそんなことを気にしている余裕はない。
「行くぞ、リエン! お前のエルフィンの力が必要だ!」
「……うんッ!」
リエンも強く頷き、烈火の首にしがみつく。
「シホ! ノエル! ユナに伝えて、お前らも出撃準備だ! 艦を落とされちゃ、帰る場所がなくなるからな!」
烈火はそう言い残すと、リエンを小脇に抱えたまま、ドックの奥へ向かって、猛烈なダッシュを開始した。
目指すは愛機、ブレイズ。そして、リエンの愛機、エルフィン!
ウーゥウウウウウ!!!
格納ドックの最深部。
けたたましいサイレンが鳴り響く。
烈火とリエンは整備班の目の前で、大急ぎで服を脱いだ。
パイロットスーツへの着替えである。
一刻を争う事態に、恥じらいなど微塵もない。
烈火は着ていた白衣と作業着を乱暴に脱ぎ捨てると、紅蓮のコンバットタイプスーツに袖を通す。
極限のGと熱から身を守る、専用のスーツだ。
一方のリエンも、灰色の貫頭衣をあっさりと脱ぎ捨る。
そして、ノヴァの技術を応用したという、ボディラインを過激に強調する未来的な純白のスーツへと身を包んだ。
小柄な体躯と不釣り合いな、豊かな胸の膨らみが、スーツの張力によってさらに強調される。
が、周囲のメカニックたちに、それをじろじろと見ている余裕はない。
「リエン、エルフィンを頼む! 俺が前へ出る、お前は後方から弾幕で援護しろ!」
「……りょうかい」
リエンは深く頷き、エルフィンのコックピットへと吸い込まれていく。
烈火もまた、真新しい装甲を纏った愛機『ブレイズ・ザ・ビースト』の腹部へ飛び込んだ。
「同調開始。……システム、起動!」
アニムスキャナーを接続した瞬間、コックピット全体が暖かな赤い光に包まれる。
そして、メインモニターの端に、可愛らしいウサギのアイコンが表示された。
『ブート・シークエンス、オールグリーン。……まったく、また無茶な出撃なんだから。ちょっとは機体を労ってよね、マスター』
スピーカーから流れてきたのは、ややツンデレ気味な、可愛らしい女の子の電子音声。
ブレイズのOSに組み込まれた対話型AI『ハミット』だ。
「悪いなハミット。今回ばかりは出し惜しみなしだ。限界まで付き合ってもらうぜ」
『しょうがないなぁ。プラズマリアクターの出力、レッドゾーン手前までリミッター解除しておくわ。……死なないでよ、烈火』
「おう、任せとけ!」
『OS、再起動完了。ブレイズ・ザ・ビースト、出撃準備ヨシ』
ハミットの事務的な、しかしどこか誇り高さを感じさせるアナウンスと共に、ブレイズのメインカメラが獰猛な光を放つ。
「烈火・シュナイダー! ブレイズ・ザ・ビースト! 出るぞ!!」
エピメテウスの巨大なハッチが開き、紅蓮の獣が宇宙空間へと射出された。
それに続くように、水色の巨人、エルフィンが十二本のサブアームをうねらせながら飛び出す。
二機が真空の闇へ出た、その直後だった。
ピピッ! ピピッ!
『マスター! 十二時と三時の方向から、高エネルギー反応急接近!』
ハミットの警告と同時。
極太の荷電粒子砲の光条が二本、漆黒の宇宙を切り裂いて、ブレイズとエルフィンへ向かって殺到した。
「チッ!」
烈火は、即座にブレイズの粒子シールドを起動した。
リエンも、エルフィンの粒子偏光装甲を最大出力で展開。
ズドォォォォンッ!!
宇宙空間に音は響かない。
だが、シールドと光条が衝突した瞬間に発生した、強烈な『プラズマの閃光』が、辺り一帯を昼間のように照らし出した。
ブレイズは強烈な衝撃に機体を軋ませながらも、光条を物理的に弾き流す。
エルフィンもまた、装甲の力場で荷電粒子の流れを歪め、直撃を免れた。
閃光が晴れ、デブリの影から現れたのは。
「……来やがったな」
烈火の視線の先。
青い炎を纏うケンタウロス型の機体
『リリエル・ブルー』。
そして、腹部に不気味なコアユニットを増設し、赤黒い排熱を漏らす灰色の機体
『カーバンクル』。
蒼火とクロト。
ノヴァが誇る、圧倒的な強さを持つ二人のエースが、静かに武装の矛先をこちらへ向けていた。
「さぁて、暴れてやらぁ!!」
「……うん」
かくして、戦いが始まった。
漆黒の宇宙空間をキャンバスにして、四つの極彩色が入り乱れる。
紅蓮、水色、蒼、そして灰色。
プラズマリアクター搭載機による、規格外のドッグファイトが幕を開けた。
「オラァッ!!」
烈火のブレイズは、スラスターから赤黒い炎を噴き出し、カーバンクルへ一直線に突っ込む!
だが、灰色の機体は逃げなかった。
カーバンクルの背部に増設された、サブアームが展開。
拡散粒子砲とレールガンを同時に放つ。
光の雨。
超高速の実体弾。
二丁のガンブレードから放たれる高密度粒子ビーム。
そのすべてが、ブレイズだけを狙っていた。
「チィッ!」
烈火はブレイズの左腕を突き出し、E粒子シールドを最大展開する。
赤い機体の前面で粒子弾が弾け、装甲の表面をレールガンの徹甲弾がかすめた。
避ける。
弾く。
さらに前へ出る。
烈火はいつものように、被弾覚悟で最短距離を突っ切ろうとした。
だが、カーバンクルの射撃はしつこい。
ただの弾幕ではない。
烈火が踏み込む先、シールドを傾ける角度、スラスターを吹かす瞬間へ、次の弾が置かれている。
『第二射、有効、第三射、開始します』
「いいぞ。このまま撃て、アイリス!」
クロトの殺意。
後部座席にいるアイリスの処理能力。
その二つが噛み合い、ブレイズの進路を少しずつ削っていた。
「この……ッ、バカスカ撃ちやがって!」
烈火が吠える。
ブレイズは右腕からE粒子ブレードを展開し、光条を両断!
強引に射線を裂いて前へ出た。
カーバンクルはすぐに後退する。
間合いを保ちながら撃つ。
ブレイズの格闘距離へ入らせない。
クロトは、烈火だけを見ていた。
そこに、蒼火との連携はない。
あるのは、赤い悪魔を殺すための執着だけだった。




