脱出! そしてデータとともに母艦へ
ギリギリのタイミングだった。
烈火がダクトの奥へ身体を引き上げた直後、真下の廊下へ、重武装したノヴァの警備兵たちが雪崩れ込んできた。
「侵入者はこの先だ! データルームを封鎖しろ!」
怒号と足音が真下を通り過ぎていく。
三人は暗いダクトの中で息を潜め、警備兵たちが通り過ぎるのを待った。
そして、気配が遠ざかったのを確認すると、シホの持つ端末のマップと、リエンの記憶を頼りに、狭いダクトの奥へと這って進み始めた。
目指すは、脱出の要となる搬入口だ。
ソロソロ……そろそろ……。
ダクトの隙間から見下ろすデータルーム前の廊下は、すさまじい惨状だった。
烈火が怪物を壁に叩きつけた際の衝撃で、コンクリートは砕け、床のタイルは剥がれ、そこかしこにひび割れが走っている。
さらには、首を折られ血まみれになった怪物の死体。
突入してきた警備兵たちは、そのあまりの破壊の痕跡に目を奪われる。
おかげで、天井のダクトカバーが一つ外れていることなど、完全に意識の外のようだった。
「ひどい有様だな……一体何が起きたんだ?」
「おい! あそこを見ろ! 実験体が……!」
階下から聞こえてくるのは、混乱した声。
そんな声を聞き流しながら、三人は暗いダクトの奥へと進む。
「……こっち」
リエンを先頭に、埃まみれの狭い空間を這っていく。
冷たい金属の感触と、カビ臭い空気。
だが、かつてのような恐怖はリエンにはない。
後ろには、頼もしい仲間がしっかりと続いてくれているからだ。
ズル、ズル、ズル……。
どれくらい進んだだろうか。
ダクトの前方から、微かに外の光と、人工的な空気の流れが感じられた。
「……ここから、出られる」
リエンが立ち止まり、足元の金網を指差す。
追いついてきたシホと烈火は、金網の隙間から下を覗き込んだ。
そこは、先ほど彼らが到着した入港ゲートの搬入口だった。
シホがシステムをハックし、三人の宇宙服を隠した民間輸送船が、静かに停泊している。
だが、輸送船の周囲には、三名のノヴァ警備兵が所在なげに立っていた。
データルームでの騒動はまだ伝わっていないのか、警戒している様子はない。
ただ、のんびりと雑談を交わしている。
手にはスタンロッドを持ち、腰にはコンバットナイフを下げてはいる。
が、銃火器は装備していないようだ。
「……まだバレてないみたいですね。どうしますか、烈火さん?」
「銃がねえなら話は早い。俺が片付ける」
烈火は金網に手をかけ、力を込めた。
メキッ。
固定用のボルトが外れ、金網が音もなくズラされる。
「シホ、リエン。俺が降りたら、すぐに船へ走れ」
二人が頷くのを確認すると、烈火は音もなく搬入口の床へと飛び降りた。
ドスッ。
着地と同時。
一番近くにいた警備兵が振り返るより早く、烈火の掌底がその顎を真下からカチ上げた。
「がッ!?」
脳を激しく揺らされ、一瞬で意識を刈り取られる兵士。
烈火はその崩れ落ちる体を盾にするように引き寄せながら、二人目の兵士へと踏み込んだ。
「な、なんだお前──」
兵士がスタンロッドを抜こうとした手に、烈火の手刀が振り下ろされる。
骨が折れる鈍い音と同時に、ロッドが床へ転がり落ちる。
「ヒッ……!」
三人目の兵士が腰のナイフに手を伸ばすが、遅い。
烈火は一気に距離を詰め、兵士の首を両腕でガッチリとホールド。
そのまま、一切の躊躇なく、ゴリッと捻り切った。
わずか数秒。
三人の兵士は、一発の銃声も上げることなく、物言わぬ骸となって床へ転がった。
「よし、今だ! 来い!」
烈火の合図で、ダクトからシホとリエンが次々と飛び降りてくる。
三人は大急ぎで輸送船のエアロックへ駆け込み、ハッチを閉鎖した。
「よし、急いで宇宙服を着ろ!」
船内へ滑り込むなり、烈火が指示を飛ばす。
三人は貨物室に隠しておいた宇宙服を引っ張り出し、手早く着用し始めた。
これで最悪の場合、船を捨てて宇宙空間へ飛び出すことができる。
シホは宇宙服のヘルメットを小脇に抱え、大急ぎでブリッジの操縦席へと飛び込んだ。
「システム・オンライン。……コロニーからの離脱シークエンスを開始します!」
シホの指が、コンソールの『離脱』ボタンを迷いなく押し込む。
輸送船とスペースコロニーの接続・分離プロセスは、極めて複雑で高度なシステムによって制御されている。
巨大な質量が回転することによって生じるコリオリの力、船内とコロニー内の気圧差、微小な相対速度のズレ……。
これら無数の要素を完璧に計算し、精密に動作させなければ、大事故に直結するからだ。
だからこそ、この時代、そうした繊細な作業はすべて『ボタン一つでAIに丸投げ』される。
輸送船のパイロットとコロニーの管制官が、いちいち通信でやり取りしながら手動で離着陸を行うなど、あり得ないのだ。
人間は必ずミスをする。
そして、もし操作ミスでドッキング・チューブや外壁を破損させれば、真空の宇宙空間において、修理は困難を極める。
最悪の場合、空気の流出によってコロニーの住民が全滅しかねない。
ゆえに、AIの制御は絶対だ。
たとえコロニー内部で緊急事態のアラートが鳴り響いていようとも、一度『離脱』のプログラムが走れば、AIは既定の手順を寸分違わず実行する。
非常事態だからといって、無理やりハッチを閉めたり、アームを固定したままにすれば、それこそ船体が引き裂かれて破滅的な結果を招くからだ。
プシュゥゥゥ……。
シホがボタンを押す。
その直後、輸送船とコロニーを繋ぐロック機構が、静かに、そして確実に解除されていく。
気圧調整が行われ、ジョイントのチューブがゆっくりと引き込まれる。
この間、コロニーの管制室では「身元不明の輸送船が許可なく離脱しようとしている」という警報が鳴り響いているはずだ。
だが、AIの安全機能が優先されている限り、彼らにそれを物理的に止める術はない。
ガコンッ。
最後に残っていた固定アームが外れ、輸送船は完全に自由の身となった。
「離脱完了! スラスター全開、この宙域から離脱します!」
シホが操縦桿を引く。
輸送船のメインスラスターが青白い炎を噴き出し、C-9コロニーの巨大な岩塊群から、一気に距離を取り始めた。
「……ふぅ。これで一安心だな」
烈火が安堵の息を吐き、コパイロットシートにどっかりと腰を下ろす。
リエンもヘルメットを抱えたまま、ホッとしたように胸を撫で下ろした。
だが、彼らの安堵は長くは続かなかった。
『──目標の輸送船へ! 直ちにリアクターを停止し、投降しろ! さもなくば撃墜する!』
通信機から、ノヴァ・ドミニオンの警備部隊の怒声が響き渡った。
レーダー画面には、多数の光点が映し出されていた。
コロニーの防衛用ハッチから、次々と発進してくる敵影。
宇宙戦特化型コマンドスーツ『オービター』の小隊だ。
追撃部隊が、猛烈な速度でこちらへ接近してきているのだ。
「チッ、やっぱり逃げ切りとはいかねえか。……ユナ! 聞こえてるか! お迎えの時間だ!」
通信機に向かって叫ぶ烈火。
『もちろん! 待ってたよ!』
通信機から、ユナの元気な声が返ってくる。
同時に、デブリの影から光学迷彩を解き、高機動バックパックを装備したユナのイノセントが飛び出してきた。
『そっちのポンコツ船じゃ逃げ切れないからね。あたしが全部片付けちゃうよ!』
ユナのイノセントは、迫り来る三機のオービターへ向かって、フル加速で突撃!
オービターたちは慌ててマシンガンを乱射する。
が、ユナはスラスターの噴射角を細かく調整、三次元の変則機動で弾幕をひらりひらりと躱していく。
『遅い遅い!』
ユナは一瞬で一機目のオービターの懐に潜り込むと、E粒子ブレードを抜刀。
流れるような動きで、敵機のコックピットブロックを真っ向から貫いた。
後続の敵を無力化するには、武器を壊すよりパイロットを確実に排除した方が早い。
特訓を経て実戦の「殺し合い」を学んだユナに、かつてのような甘さはない。
『次っ!』
沈黙する一機目を蹴り台にして方向転換。
二機目のオービターがミサイルを放とうとした瞬間、ユナの粒子マシンガンが火を吹き、ミサイルコンテナごと敵機を蜂の巣に変えた。
「隊長機がやられた!? クソッ、なんて動きだ……ッ!」
残された最後の一機がパニックに陥り、後退しようとする。
だが、ユナはそれを逃さない。
背部のブースターを限界まで吹かし、一気に肉薄。
すれ違いざまにE粒子ブレードを一閃し、オービターを真っ二つに両断した。
『ふぅ、おしまい! エピメテウス、輸送船の回収をお願い!』
緊急発進してきたオービター小隊を、ものの数分で全滅させたユナ。
その背後で、光学迷彩を解除したエピメテウスが、巨大なハッチを開いて輸送船を迎え入れた。




