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脱出せよ、宇宙コロニーC-9!!

「危ねえッ!」


 烈火が叫び、怪物の腕を掴もうと手を伸ばす。

 しかし、リエンの行動は、烈火の予想を遥かに超えていた。


 グォンッ!!


 怪物の振り上げた腕が、リエンの小さな体を薙ぎ払おうと迫る。

 だが、リエンの瞳に恐怖の色はない。

 ただ冷たく、最適な排除ルートを計算しているだけだ。


 リエンは怪物の動きを完全に読み切り───


 タンッ!


 腕が届く直前、肩を蹴って後方へ跳躍した。

 その離れ際。

 リエンは手首を返し、突き立てていたナイフを引き抜く。

 そして、怪物のもう一方の頸動脈を掠るように斬り裂いた。


 ブシャアァァッ!!


 先ほどよりもさらに大量の鮮血が、天井めがけて噴き上がる。


「グガァッ……!」


 さすがの怪物も、これほどの失血には耐えきれず、巨体を大きく揺らがせた。

 だが、リエンの攻撃は終わらない。


 着地と同時に、床を蹴って、ふたたび怪物の懐へ潜り込む。

 無防備になった太ももの大動脈へ、脇腹の臓器へ。

 リエンはナイフをめった刺しにしていく。


 まるで、一切の感情を排した、精密な機械だ。


 ザクッ! ザクッ! ザシュッ!


 返り血を浴び、白銀の髪と灰色の貫頭衣が、どす黒く染まっていく。


 これがもし、安っぽいドラマや映画であれば。

 主人公は『もうやめるんだ! 君の手が汚れてしまう!』などと叫び、暴走する少女を抱きしめて止めるのだろう。


 だが───

 烈火はそんなバカな真似はしない。

 スラムで殺し合いを生き抜いてきた彼にとって、それは「自殺行為」以外の何物でもないからだ。


((敵が確実に絶命するまで、ぜったいに攻撃の手を緩めるな……ってな))


 手加減や同情は、つぎの瞬間、自分が殺される原因となる。

 味方が必死に敵を殺そうとしているのに、それを妨害するなど、言語道断なのだ。


 烈火は、暴走するリエンに対する疑問や、かけたい言葉など、思考のノイズとなる全てを瞬時に捨て去った。

 今なすべきは、目の前の敵を完全に無力化すること。

 ただそれだけだ。


「ハァッ!!」


 怪物が、めった刺しにされながらも、最後の力をふり絞って反撃の腕を振り下ろそうとした、その刹那。

 烈火が猛烈な踏み込みで、怪物の死角へ入り込んだ。


「こんのぉおおッ!!」


 烈火は怪物の太い腕を両手でガッチリと掴み、自らの肩を支点にして強引に捻り上げる。

 常人の十倍の筋力と、完璧なてこの原理。


 メキボキィィッ!!


「グ、ギャアァァァァッ!!」


 肉が裂け、太い骨が皮膚を突き破る。

 怪物の右腕が、不自然な方向へ完全にへし折られた。


 頸動脈からの致命的な失血。そして、右腕の完全破壊による激痛とショック。

 いかに人為的に作られた超人といえども、これが限界だった。


 ドズゥンッ……。


 怪物の巨体が、ついにうつ伏せに崩れ落ちる。

 床に広がった血だまりの中で、ピクピクと痙攣し、やがて完全に動かなくなった。


 だが。


 ザクッ! ザクッ!


 怪物が倒れてもなお、リエンのナイフは止まらない。

 少女は怪物の背中の上に跨り、無表情のまま、刃を振り下ろし続けていた。

 その瞳は虚ろで、現実の光景を映していないようだった。


 ぐしゃっ、ぐしゃっ。

 静まり返ったデータルームに、ナイフが肉を裂き、骨を削る湿った音だけが響き続ける。


「ひっ……!」


 その光景を背後から見ていたシホは、思わず悲鳴を上げそうになって、両手で口をふさいだ。


 目の前で繰り広げられる、おさない少女による、異常な死体損壊。

 狂気としか言いようのない光景に、シホの全身が恐怖で粟立つ。


 だが、シホはエリシオンの特殊部隊員だ。

 先ほどの戦闘で、すでに何度か轟音が発生してしまっている。

 これ以上騒ぎを大きくし、他の警備兵に感づかれることの危険性は十分に理解していた。


「……ッ!!」


 シホは必死に悲鳴を飲み込んだ。

 震える足でコンソールの前に立ち続け、データの吸い出しが完了するのを待つ。


 一方の烈火は、倒れた怪物の傍らで作業を進めていた。

 暴走するリエンを止めることなく、淡々と、冷静に。


 まずは、怪物の胸元に耳を近づけ、呼吸音と心音の停止を確認する。

 次に、太い頸動脈の残骸に指を当て、脈拍が完全に失われていることを確かめる。

 そして最後は、念には念を入れて。


 メキッ。


 烈火は両手で怪物の頭を掴む。

 そして、ゴリッという鈍い音が鳴るまで、容赦なく首の骨を捻り切った。

 生体兵器の再生能力を完全に絶つための、確実なトドメだ。


「……よし、完全に死んだな」


 烈火はゆっくりと立ち上がり、血まみれになってナイフを振り下ろし続けているリエンを見下ろした。

 怪物の背中はすでに原形を留めておらず、赤黒いミンチ状になっている。


「リエン、もういい。止まれ」


 烈火の短く、力強い声。


「───ッ」


 その声に、リエンの小さな体がビクッと跳ねた。

 振り下ろそうとしていたナイフが空中でピタリと止まって。

 リエンの瞳に、ゆっくりと現実の光が戻ってくる。


「あ……」


 自分の血まみれの両手。

 足元の惨状。


 赤色を見て、リエンが小さく息を呑む。

 ノヴァの洗脳プログラムが解け、同時に響くのは、命令の言葉。

 少女の瞳が、激しく揺れ動いた。


「わたし、また……こわした……」


 ガタガタと震え出すリエン。

 もしここで、「なんて残酷なことをするんだ」とリエンを否定すれば、やっと人間らしい心を取り戻しつつあった少女の精神は、耐えきれない。

 完全に、崩壊してしまうだろう。


 烈火は、そんな理屈を並べるまでもなく、野生の勘で『それ』を本能的に理解していた。

 倫理や道徳など、この死と隣りあわせの戦場では、何の役にも立たない。


 ジャブ、ジャブ。


 烈火は血だまりの中へ足を踏み入れ、震えるリエンの前にしゃがみ込んだ。


「よくやったな、リエン。お前のおかげで助かったぜ」


 烈火は、血に濡れた大きな手で、リエンの白銀の髪をわしゃわしゃと撫で回した。


「え……?」


 リエンが、信じられないものを見るような目で、烈火を見上げる。


「お前がこいつの隙を作ってくれたから、俺が倒せた。見事な連携だったじゃねえか」

「れっ、か……わたし、こわくない?」


 怯えるリエンの問いに、烈火はニカッと歯を見せて笑った。


「怖いわけねえだろ。

 俺たちを狙う敵をぶっ殺してくれた、最高に頼もしい相棒だ。

 ……な、シホ?」


 烈火が視線を向けると、シホは青白い顔をしながらも、必死にコクコクと頷いた。


「は、はいっ! その……すごく、助かりました……!」


 シホの引きつった笑顔と、烈火の大きな手の温もり。

 リエンは、自分が否定されず、認められたことに、少しだけ安堵の息を漏らした。

 仲間を守ったのだ。


「……うん。わたし、役に立った」


 血まみれのナイフを床に落とし、リエンは烈火の胸にこてん、とおでこをぶつけた。

 その小さな背中を、烈火は優しくポンポンと叩く。


 ピィーッ!


 その時、シホの操作していたコンソールから、軽快な電子音が鳴り響いた。


「烈火さん、データの吸い出し、完了しました!

 目標のデータ、全て確保です!」


「よし、でかした! 長居は無用だ、さっさとズラかるぞ!」


 烈火はリエンを抱き上げると、シホと共に急いでデータルームを後にした。

 背後には、惨劇の痕跡だけが、血の匂いと共に取り残されていた。


 だが、廊下を歩きだした、その時───


 ウィィィン……ガコンッ。


 遠くから、重々しい機械の駆動音が響いてきた。


「エレベーターの音!?」

「こっちに来てる音だな」


 コンソールのセキュリティトラップに反応したノヴァの警備兵たちが、武装して駆けつけてきたに違いない。

 多数の軍靴が硬い床を蹴る音が、廊下の奥から急速にこちらへ近づいてくる。


「もう来やがったか……」


 烈火は即座に拳を握り、身構えた。


 現在、三人の宇宙服は、入港ゲートに停めた民間輸送船の中に置いたままだ。

 ここからコロニーの外部へ脱出するには、どうしてもあの船まで戻らなければならない。


 もし宇宙服を着用していれば、コロニーの外壁ごとぶち抜いて、宇宙へ飛び出すという強引なマネも可能だが───

 生身の今、そんな真似をすれば、一瞬で宇宙の塵となってしまう。


「……ねぇ」

「ん? リエン? どうした」


「前……かんきダクトから逃げだした、実験体の人がいた」


 緊迫した空気の中、リエンがぽつりと呟いた。


「ダクトをからはん入口にいって、どこかの船にのったかもしれないって、話してた」

「それだ!」


 烈火の表情がパッと明るくなる。

 正規の通路が警備兵で塞がれているなら、裏道を使えばいい。


 烈火は助走なしで、真上へ向かって大きく跳躍した。

 天井に設置された金属製の換気ダクトのカバーに指を引っ掛け───


「ふんッ!」


 常人離れした怪力でそのまま強引に引きちぎる。

 メキィッ!


 金属が裂ける音と共に、天井に人一人が通れるほどの黒い穴がぽっかりと開いた。


「よし、シホ、リエン! 上がれ!」

「は、はい!」


 烈火は着地するなり、シホの腰を掴んで頭上へ押し上げた。

 シホは短い悲鳴を上げながらも、ダクトの縁を掴んで必死に這い上がる。

 はち切れそうな作業着の胸元がダクトの縁につっかえて少し手間取った。

 が、シホは気合で身体をねじり込み、なんとか内部へ潜り込んだ。


 続いて、リエンの小さな体を両手で持ち上げ、ダクトの中へ押し上げる。

 リエンは猫のように身軽な動きで、音もなくダクト内へ滑り込んだ。


 二人が入ったのを確認し、烈火も壁を蹴って一気にダクトの中へ跳び上がる。


 ギリギリのタイミングだった。

 烈火がダクトの奥へ身体を引き上げた直後、真下の廊下へ、重武装したノヴァの警備兵たちが雪崩れ込んできた。


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