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ノヴァのセキュリティ、バイオモンスター襲来!

「チッ、面倒な。……俺に任せろ」


 烈火はシホとリエンを物陰に留まらせると、白衣の襟を正し、堂々とした足取りで角を曲がった。


「あ?」


 不意に現れた白衣の男に、見張りの兵士が怪訝な目を向ける。

 烈火は一切怯むことなく、いかにも不機嫌そうな研究員を装い、兵士の真正面まで歩み寄った。


「お疲れさん」

「……あんた、誰だ? この区画は立ち入り禁止──」

「ああ、知ってるよ。……上の階で、お前の交代のヤツが急に腹が痛てぇって騒ぎ出してな。

 医務室に運ばれちまったから、俺が伝えに来てやったんだ」


「はあ!? マジかよ……ッ!」


 兵士が天を仰ぎ、深々とため息をつく。

 その脳裏に『残業』という忌々しい二文字がよぎり、警戒心が完全に緩んだ、その瞬間だった。


 ドンッ!!


「ぐほッ!?」


 目にも留まらぬ速さで放たれた烈火の拳が、兵士のみぞおちに深く沈み込む。

 肺から空気が強制的に絞り出され、兵士がくの字に折れ曲がったところへ──


 ガッ! メキッ!


 下からカチ上げるようなアッパーが顎を打ち抜き、トドメとばかりに胸骨へ強烈な掌底が叩き込まれた。


「が、はッ……」


 兵士は悲鳴を上げる間もなく、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


 スラムで生き抜き、数々の死線を越えてきた烈火にとって、名乗りを上げての正々堂々とした勝負など、クソ食らえだ。

 相手の隙を突き、騙し討ちで確実に仕留める。

 それが戦場における「生存」の鉄則である。


「よし、片付いたぞ」


 烈火が声をかけると、物陰からシホとリエンが小走りで駆け寄ってきた。


「相変わらず、容赦ないですね……」

「向こうは殺す気で来てるんだ。これくらい当然だろ」


 シホは手早く気絶した兵士を拘束具で縛り上げると、近くにあった空の薬品ロッカーの中へ押し込み、鍵をかけた。

 これで、彼が目を覚ましたとしても、しばらくは外へ出られないだろう。


「これで障害は排除されました。……リエンちゃん、この扉の奥ですか?」


 シホが指差したのは、分厚い鋼鉄製のハッチだった。

 その横には、複雑な電子ロックのパネルが設置されている。


「……うん。ここ」


 リエンはこくりと頷き、パネルの前へと進み出た。


 ピ、ポ、パ───


 リエンはロックパネルの前に立ち、細い指を滑らせるように動かし始めた。


「たしか、コードは……こう……」


 かつて、この施設の研究員たちは、実験体であるリエンの目の前で、平然とロックを解除していた。

 どうせ感情の壊れた「部品」だ。記憶力などあるはずがないと、完全に舐め腐っていたのだ。

 だが、その驕りが、今の彼らにとって致命的な綻びとなった。


「そういやシホ。さっきの見張り、生かしといてよかったのか?」


 烈火がふと、後ろのロッカーを見遣りながら呟いた。


「ここの警備をしてるってことは、ノヴァの連中だろ。

 リエンたちをあんな目に遭わせた側の人間だぜ。

 なんなら、廃棄された実験体をオモチャにしてたかもしれねえしな」


「……ッ」


 言葉に詰まるシホ。

 たしかに、ノヴァの兵士の倫理観など、まともなものではない。


「リエン、あいつらの顔、見たことあるか?」

「……ううん。見たことない。警備の人、すぐ変わるから」


 リエンは手を止めずに首を振った。

 どうやら、先ほどの兵士は直接的にリエンを虐待していた人間ではないらしい。


「まあ、どっちでもいいか。邪魔すりゃ殺すだけだ」


 烈火が鼻を鳴らした瞬間。


 ガチャン……


 重い音と共に、分厚い鋼鉄のハッチがスライドして開いた。


「開きました。……行きましょう」


 シホを先頭に、三人はデータルームへと足を踏み入れる。



 部屋の奥へと進む通路の左右には、先ほどよりもさらに生々しい実験の痕跡が残されていた。

 緑色の液体で満たされたホルマリン漬けの円筒には、様々な年代の子供たちが静かに眠っている。


 そしてその隣には、分厚いガラスで仕切られた、空っぽの収容室がいくつも並んでいた。

 かつて、リエンもこのような冷たい部屋に閉じ込められていたのだろう。


「……ここ」


 リエンが立ち止まり、部屋の中央に鎮座する大型のメインコンソールを指差した。


「よし。プラムくんから預かった『特製ウィルス』を流し込みます」


 シホは手早くコンソールに物理ケーブルを接続し、自らの端末を操作し始めた。

 画面上に緑色のコードが滝のように流れ、ノヴァの強固なセキュリティ網を次々と食い破っていく。


「中枢サーバーへのアクセス成功。……データの吸い出しを開始します」

「よし、頼んだぜ。俺は入り口を──」


 烈火が警戒のために振り向こうとした、その時。


 ブーッ! ブーッ!


 突然、コンソールから甲高い警告音が鳴り響き、部屋の照明が赤く染まった。


「なっ……トラップですか!? クソッ、隔離された物理レイヤーに仕込まれていたなんて!」


 シホは舌打ちをしながら、必死にタイピングを続ける。


 ガゴォン……ッ!


 背後で、重々しい金属音が響いた。

 三人が振り返ると、部屋の奥にあった巨大な空の収容室の扉が、ゆっくりと開いていくところだった。


 暗闇の中から現れたのは、身長二メートルを優に超える、大柄な人影。

 だが、その姿は異様だった。

 筋肉は異常に肥大化し、皮膚はどす黒く変色している。両目は白濁し、焦点が合っていない。

 まるで、地獄から這い出してきたゾンビのような姿。


「グガァァァ……ッ!!」


 怪物は、獣のような低い咆哮を上げ、烈火たちへ向かって歩みを進めてくる。


 一行は知らないことだが、ノヴァ・ドミニオンではかつて、パワードスーツや機械工学だけでなく、生体工学や遺伝子組み換えによって「優秀な歩兵」を作り出そうとする研究が行われていた。


 これはその失敗作。

 痛覚を失い、筋肉のリミッターを外された、純粋な殺戮生物だ。


「チッ、化け物かよ! シホ、データの吸い出しを急げ! リエンは下がってろ!」


 烈火はリエンを背後へ庇うように突き飛ばし、怪物の正面へと立ちはだかった。


「ガアァァァッ!!」


 怪物が、丸太のような太い腕を、棍棒のように振り下ろしてくる。

 空気を切り裂く風圧。

 まともに食らえば、骨が粉々に砕け散る威力だ。


 だが───

 烈火の口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。


「遅えよ」


 烈火は一歩も退かない。

 迫り来る丸太の腕に対して、下からカチ上げるような鋭い回し蹴りを放った。


 バキィッ!


 怪物の太い腕が、烈火の蹴りによって、いとも容易く弾き飛ばされる。

 怪物の体勢が崩れ、胸元がガラ空きになった瞬間。


「オラァッ!!」


 烈火の軸足が跳ね上がる。

 そして、空中で身体を捻りながらの二段蹴りが炸裂!!


 ドゴォォンッ!!


「グゲァッ……!?」


 巨漢の怪物は、弾き飛ばされたボーリングのピンのように後方へ吹き飛ぶ。

 コンクリートの壁に激突! 大きな亀裂を走らせた!!


 常人の十倍以上の筋力を持つ『超人』である烈火の蹴り。

 まともに食らえば、内臓が破裂し、即死していてもおかしくない一撃だ。


 だが、壁に叩きつけられた怪物は、痛痒を感じる様子もない。

 ゆっくりと、身を起こした。

 その胸板は無惨に陥没しているが、意に介する様子もない。

 流れ出るのは、どす黒い血液。


「グガァァァッ!!」


 怪物は再び咆哮を上げ、今度は烈火へ向かって突進してきた。

 まるで、猛牛のような勢いだ!


「チッ、頑丈な野郎だ!」


 烈火は一瞬で、相手との体重差を計算する。

 筋力で勝っていても、あの巨体と質量の突進を正面から受け止めれば、いくら烈火でも押し潰される。


((かといって回避すれば、後ろのシホやリエンが巻き込まるな……))


「なら、力でねじ伏せるまでだ!」


 烈火は背後の壁を強く蹴り上げ、自らも怪物へ向かって弾丸のように飛び出した。

 空中で身体を捻り、全質量を乗せたショルダータックルを、怪物の巨体へ真正面からぶちかます。


 ドゴォォォォンッ!!


 両者の激突!

 凄まじい轟音がデータルームに響き渡る。

 衝撃波が埃を巻き上げ、床のタイルが放射状に砕け散った。


 怪物と烈火は、互いの推進力を完全に相殺し合い、その場で動きを止める。

 烈火の顔が苦痛に歪む。

 筋肉の軋む音が聞こえるほどの、ギリギリの鍔迫り合い。


 その、膠着状態となった直後。


 烈火の脇から、音もなく、一つの小さな影が飛び出した。


「───ッ」


 リエンだ。

 彼女は常人離れした跳躍力で、烈火と組み合っている怪物の巨大な肩の上へと、ふわりと舞い降りた。


「なっ……リエン!?」


 驚愕の声を上げる烈火。

 リエンの目は、普段の怯えたようなものではなく、機械のように冷たく、虚ろに澄み切っていた。


 少女の脳の奥底に、ノヴァの過酷な洗脳によって刻み込まれた『緊急時マニュアル』。

 施設の防衛システムが作動したという非常事態において、ノヴァの最高機密資産である己の肉体を守るため、自動的に『障害排除モード』へと切り替わったのだ。


 チャキッ。


 リエンの手には、いつの間にかコンバットナイフが握られていた。

 烈火のホルスターから抜き取っていたのだ。

 一切の躊躇なく、怪物の太い頸動脈めがけて───

 その刃を、深々と突き立てた。


 ブシャァッ!


 黒い血液が噴き出し、怪物の首筋を濡らす。

 普通の人間なら、これで即死だ。

 だが、生体兵器として改造された怪物は、首にナイフが突き刺さった状態でも、倒れる様子を見せなかった。


「グオォォォッ!!」


 怪物は怒り狂い、自分の肩に乗っているリエンを振り落とそうと、太い腕を振り上げる。


「危ねえッ!」


 烈火が叫び、怪物の腕を掴もうと手を伸ばす。

 しかし、リエンの行動は、烈火の予想を遥かに超えていた。


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