潜入せよ、スペースコロニーC-9 !
「よし、リエン! 調子がいいなら、模擬戦といくか! 俺が相手になってやる!」
『……うん。負けない』
リエンの静かな闘志の声が通信機から響く。
格納庫は、次なる戦いへ向けた活気と、若きパイロットたちの熱気で満ちていた。
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アマツキ近宙域に設定された演習用空域。
無数のデブリを縫うように、三つの光の尾が交錯していた。
燃えるような赤い光───ブレイズが、目にも留まらぬ速度でエルフィンへと肉薄する。
対するエルフィンは、十二本のサブアームを複雑に展開し、完璧なタイミングでペイント弾の弾幕を張り巡らせた。
だが。
『──そこだっ!』
ブレイズが弾幕の僅かな隙間を縫い、その拳をエルフィンの胸部に叩き込む。
「あっ……」
リエンの小さな声と共に、エルフィンの各種センサーが「撃墜判定」を知らせるアラートを鳴らした。
……その後の模擬戦の結果は、リエンの完敗だった。
機体の性能は確実に向上している。
アニムスキャナーとの同調率も、かつてないほど高い。
それでも、敗北した理由は明確だった。
一つは、生まれ変わった機体の圧倒的な性能変化に、リエン自身の感覚がまだ追いついていなかったこと。
そしてもう一つは──。
『あちゃー、やっぱりまだちょっと、動きに迷いがあったね』
『ああ。だが、それだけじゃねえな』
コックピットの中で、烈火は首を傾げていた。
エルフィンの胸に宿る、かつての『相棒』の気配。
それが、元の主である烈火へ攻撃を向けることに、ほんのわずかな「違和感」と「ためらい」を覚え、コンマ数秒の遅れを生じさせていたのだ。
リエンもまた、その事実に気づいていた。
力とは、そう都合よく制御できるものではない。
人と機械が心を通わせるということは、同時に、機械にも迷いや感情が芽生えるということなのだ。
『……ごめんなさい。わたし、よわい』
『バカ言え。めちゃくちゃ動き良くなってたぞ。あとは慣れの問題だ』
烈火の励ましの声に、リエンは小さく頷く。
実戦までに、この『相棒』との連携を完璧なものにしなければならない。
リエンは決意を新たに、エルフィンをアマツキへと帰投させた。
~~~
それから数時間後。
アマツキ内部のブリーフィング・ルーム。
円卓を挟んで、烈火とリエンが座っている。
壁際には、腕を組んだ菊花がもたれかかり、難しい顔で端末を操作していた。
そして二人の正面には、胃の痛そうな顔をした男。
プロメテウスの艦長、レゴン・オリエンタルである。
痩せぎすの彼は、手元の電子パッドを操作し、空間にホログラムの立体マップを投影する。
「えー……急な呼び出しで済まないね、二人とも。
本国より、君たちに特殊任務の通達が来た」
レゴンは疲れたようにため息をつきながら、投影されたマップの一部を指し示した。
「目標は、ノヴァ・ドミニオンの宇宙辺境に位置するスペースコロニー『C-9』。
……通称、生体実験プラントだ」
その言葉を聞いた瞬間、リエンの肩がビクッと跳ねた。
烈火も眉をひそめ、レゴンを睨みつける。
「おい、艦長。生体プラントってのは……まさか」
「……ああ。ノヴァが非人道的な兵器開発……強化兵士やバイオロイドの研究を行っているとされる施設だ」
レゴンは言いづらそうに視線を逸らす。
「本国からの命令は、このC-9へ極秘潜入し、中枢サーバーから特定の研究データを奪取してこい、というものだ」
「特定のデータだと? そんなもんのために、わざわざ俺たちを潜入させるってのか?」
烈火の問いに、レゴンは首を横に振った。
「わ、私にも詳細は知らされていない。ただ───
作戦参謀殿から『この戦争を終わらせるための、重要な鍵になる』とだけ聞いている」
レゴンは本当に何も知らないようだった。
上層部の思惑に振り回され、現場の兵士に過酷な命令を下さねばならない中間管理職。
その悲哀が、背中に漂っている。
「……で、なんで俺とリエンなんだよ。潜入なら、エピメテウス隊のが適任だろ」
「それが……」
レゴンが言葉を濁した時、壁際にいた菊花が静かに口を開いた。
「……そこが、リエンが昔おった場所やからや」
菊花の声は、ひどく沈んでいた。
その言葉の意味を理解した瞬間───
烈火の瞳に、獰猛な『怒り』の色が宿る。
「てめぇ……!」
「待ってや、烈火!」
烈火の鋭い眼光に射すくめられ、菊花は泣きそうな顔で首を横に振った。
「うちが決めたんやない……! ギンのヤツが、どうしてもそこへ行けって……!」
「……ッ」
「C-9のセキュリティは、ノヴァの施設の中でも最高レベルや。外からのハッキングは絶対に不可能。
直接中枢に物理アクセスして、データを引っこ抜くしかないんや。
……そのためには、施設の内部構造と、セキュリティの網を一番よく知っとる人間のナビゲートが必要なんや」
「だからって、リエンをまたあの地獄に戻すってのか!? ふざけんな!」
バンッ!!
テーブルを叩いて立ち上がる烈火。
レゴンは肩をびくつかせ、菊花も唇を噛みしめて俯いた。
ノヴァの実験コロニー。
そこは、リエンが拉致され、非道な「調教」によって人間としての感情を壊された、トラウマの象徴とも言える場所。
そんな場所へ再び足を踏み入れることが、少女の心にどれほどの傷を負わせるか。
「俺一人で行く。道案内なんざ要らねえ。
全部ぶっ壊して、データごと持ち帰ってやる」
烈火が強引に話をまとめようとした、その時。
「……わたし、行く」
静かな、けれどはっきりとした声が響いた。
烈火が驚いて振り返ると、リエンがまっすぐにレゴンと菊花を見つめていた。
「リエン……」
「お前、無理すんな。あんな場所、二度と行きたくねえだろ?」
「……こわい。でも、行く」
リエンはギュッと小さな両手を握りしめる。
ノヴァの実験体として刷り込まれた恐怖は、未だにリエンの魂の奥底にこびりついている。
───役に立たなければ、捨てられる───
その呪縛から完全に解き放たれたわけじゃない。
元々、リエンに『上の命令に背く』という選択肢は、用意されていないのだ。
だが、今のリエンを突き動かしているのは、それだけじゃなかった。
「わたし、れっかたちの役に立ちたい。……だから、行く」
リエンの瞳には、かつての無機質な虚無感はない。
仲間を、自分の居場所を守るために、自らの意志で恐怖に立ち向かおうとする、確かな強さが宿っていた。
「リエン……」
その痛切なまでの決意を前にしては、烈火もそれ以上、反対できなかった。
烈火は深く息を吐き出し、ドカッと椅子に座り直す。
「……チッ。分かったよ。ただし、絶対に俺の側から離れるな。俺が必ず、お前を守り抜く」
「……うん。やくそく」
リエンが小さく頷くのを見て、レゴンは安堵の息を漏らした。
「すまないね、二人とも。……出発は明日の早朝だ。なに、エピメテウス隊にも協力してもらう。
あの子たちは潜入のプロだ。問題ないだろう」
「ああ。いい判断だと思うぜ。……ヤバい臭いしかしねえからな」
烈火は険しい表情でモニターのマップを睨みつける。
ノヴァの生体実験プラント、C-9。
そこにあるものは───
………
……
…
漆黒の宇宙空間。
無数のデブリと小惑星が漂う宙域の奥。
巨大なドーナツのようなスペースコロニー『C-9』が静かに浮かんでいた。
その外周を、一定の軌道を描きながら哨戒している機影。
ノヴァ・ドミニオンの宇宙戦用コマンドスーツ『オービター』だ。
無重力環境に特化した流線型の機体は、背部のスラスターから黄色い光を吹き出しながら、周囲の宙域に異常がないかセンサーを巡らせていた。
『こちら哨戒機アルファ。セクター4、異常なし。……今日も平和なこって』
オービターのパイロットは、退屈そうにあくびを噛み殺しながら、通信機へ定時連絡を入れる。
ここはノヴァの勢力圏の最深部。
こんな辺境の実験プラントに、わざわざ攻め込んでくる命知らずなどいるはずがない。
そう高を括っていた、次の瞬間だった。
『───!?』
警告音すら鳴らなかった。
レーダーには何も映っていなかったにもかかわらず、突如として背後の暗闇から、巨大な「何か」が音もなく迫り来たのだ。
「な、なんだ!?」
パイロットが振り返るより早く、水色の巨大なマニピュレーターが、オービターの四肢を背後からガッチリと押さえ込んだ。
さらに、別のサブアームがオービターのメインカメラと通信アンテナを的確に破壊。
外部へのSOSを完全に遮断する。
「ぐあっ……離せ! 誰か……ッ!」
パイロットはパニックに陥り、スラスターを吹かして振り解こうとする。
だが、直後にオービターを絡めとったサブアームの先端から、強烈な電磁パルスが流し込まれた。
バチバチバチッ!
「がぁぁぁッ!?」
機体制御システムが完全にショートし、オービターは機能停止。
パイロットも感電によるショックで意識を失い、完全に沈黙した。
その背後から、闇に溶け込んでいた異形の機体が、姿を現す。
十二本のサブアームをうねらせる水色の巨人──
『エルフィン・ザ・アネモネアームド』。
エルフィンは気絶したオービターを抱き抱えるように保持。
そして、スラスターの光を最小限に抑え、デブリの影へと素早く後退していく。
その先には、漆黒の戦闘空母の影。
光学迷彩を展開して息を潜めていた『エピメテウス』だ。
ゴォーン……ガコン
エピメテウスのハッチが静かに開き、エルフィンは捕獲したオービターと共に、格納庫へと滑り込む。
『ふぅ……うまくいきましたね』
格納庫で出迎えたのは、ノエル・コットンの搭乗する『イノセント』。
ノエル機は、沈黙したオービターに近づき───
背部アームから伸びる太いハッキングケーブルを、敵機のデータポートへと容赦なく突き刺した。
『……うん。つかまえた』
聞こえてくるのは、リエンの安堵したような通信。
コックピットの中で、ノエルは優しく微笑んだ。
「よくやりましたね、リエンちゃん。完璧な手際でしたよ」
『……えへへ』
褒められたリエンが、少しだけ照れたように笑う。




