エピローグ:掃討戦、マティアスとギゼラの実力
『……もう、心配ばっかりかけるんだから』
兎歌が安堵の溜息をつく声が聞こえる。
烈火は首に巻かれた不格好な手編みのマフラーを軽く撫で、操縦桿を引いた。
「さぁ、帰ろうぜ。美味いメシが待ってる」
吹雪が晴れ、雲の隙間から冷たい日差しが差し込む雪原。
赤い悪魔は、仲間たちの待つ母艦へと、堂々たる足取りで帰還していくのだった。
………
……
…
───その頃。
プロメテウスから数十キロ離れた、ノヴァ・ドミニオンの降下ポイント。
「バ、馬鹿な……! 第一大隊、全滅だと!?」
「クラーケンもロストしました! 敵の合体機が……赤い悪魔が、こっちに向かってきます!!」
大軍を運んできたはずの大型輸送艦隊のブリッジは、完全なパニック状態に陥っていた。
レーダーから次々と消滅していく味方の反応。
スピーカーから聞こえる、部下たちの断末魔。
ノヴァの軍隊は、幹部や一部のファランクスのパイロットこそ恐怖を消された『強化兵士』であるが───
輸送艦のクルーやグランダーのパイロットの多くは、ただの「普通の人間」に過ぎない。
圧倒的な死の恐怖を前にすれば、理性を失い、パニックを起こすのは当然のことだった。
『ひ、退け! 退艦急げ! 本国へ撤退だ!』
『ふざけるな、まだ第一小隊が戻ってないぞ!』
『知るか! このままじゃ全滅だ、さっさとゲートを開けろ!!』
逃げ帰ってきたグランダーが、焦るあまり輸送艦の搬入ゲートに激突し、火花を散らす。
味方を置いて自分たちだけでも逃げようと、スラスターを吹かして強引に離水しようとする輸送艦。
統制は完全に失われ、我先にと逃げ惑う醜悪な光景が広がっていた。
だが、彼らは逃げることはできなかった。
ズドォォォォォォンッ!!!
「なっ……!?」
突如、遥か彼方の空から、極太の青白い光の束が飛来。
先頭を逃げようとしていた大型輸送艦のブリッジを、正確に貫いた。
吹きあがる爆炎。
輸送艦は、真っ二つにへし折れて雪原に墜落する。
「ど、どこからだ!? 敵影はレーダーに───」
オペレーターが叫ぶ間もなく、第二、第三の光の矢が降り注ぎ、逃げ惑う輸送艦やグランダーを次々と消し炭に変えていく。
───視点は、彼方のプロメテウス上空へと戻る。
『……目標、第三輸送艦。仰角0.5、風力修正。……撃て』
マティアスの静かで冷徹な声が響く。
彼の『ストラウス』は、スナイパーライフルを構えるのではなく───
隣に浮遊する『ウェイバー』の巨大な武装ユニットに、ケーブルを接続していた。
『アタシの奢りだ、たっぷり味わいなッ!』
ギゼラの快活な声と共に、ウェイバーの荷電粒子ランチャーが再び火を吹く。
二つのプラズマリアクターのエネルギーを直結させた『高連射力・高火力』。
そこに、ネクスターの中でも随一の眼の良さを誇るマティアスの『超高精度な照準補正』。
そして、ギゼラの卓越した『粒子制御技術』。
これらが完璧に合わさることで、本来は大味な拠点攻撃用である荷電粒子ランチャーが、「超長距離をピンポイントで連射できるスナイパーキャノン」へと変貌を遂げていたのだ。
ズギュゥンッ!!
ズガァァンッ!!
『……次。右舷から逃走を図るグランダー3機。補正プラス2……撃て』
『オラァッ!』
空を裂く青白い閃光。
プロメテウスから数十キロ離れたノヴァの逃走部隊を、まるで的当てゲームのように次々と撃ち抜いていく。
逃げ惑うノヴァの兵士たちにとって、それは文字通り、見えない死神からの天罰。
パニックに陥った彼らは、抗う術も逃げる術も持たないまま、為す術なく白銀の大地へと散っていく。
かくして、雪深きノルヴァルドの地へ降り立ったノヴァ・ドミニオン地上侵攻部隊、第三師団は、完全に壊滅した。
一個大隊のグランダー、一個大隊の最新鋭ファランクス、多数の戦闘機、そして機動要塞クラーケンまでもを投入した大軍だったが、結果は散々だ。
雪山から生還した数少ない生き残りたちは、圧倒的な力の差に絶望し、武器を捨てて投降するか、あるいは恐怖のあまり自ら命を絶つ道を選んだ。
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プロメテウスの格納庫は、勝利の熱狂に包まれていた。
「お疲れ様です、烈火様!」
「流石はうちのエースだぜ! あのデカブツを一刀両断にした時は、鳥肌が立ちましたよ!」
合体ブレイズから降り立った烈火の周りには、整備士やクルーたちが群がり、英雄の帰還を口々に称えている。
「烈火さぁん♡ 後で打ち上げがあるんですけど、良ければご一緒しませんか? 二人きりで♡」
「ちょっと! 私が先に声かけようと思ってたのに!」
命の危機を救われた女兵士たちが、黄色い声を上げながら烈火にすり寄ろうとする。
だが、その輪に加わろうとした瞬間。
「シャーッ!!」
烈火の背中からひょっこりと顔を出した兎歌が、髪を逆立てて威嚇の声を上げた。
その桜色の瞳には「私の旦那に手を出したら許さない」という、有無を言わさぬ強烈な殺気がこもっている。
「ひぃっ!?」
「す、すみませぇん!」
脱兎のごとく逃げ出していく女兵士たちを見て、烈火はやれやれと肩をすくめ、兎歌の頭をポンポンと撫でた。
「おいおい、そんなに怒んなって。俺はお前一筋だって言ってんだろ」
「本当!? 絶対!? ……さっき、青い機体の女の人と、なんかいい雰囲気だったのに!?」
「だから、あれは遭難して腹割って話してただけでだな……」
いつものように痴話喧嘩を始める二人。
その様子を、少し離れた手すりから見下ろしていたマティアスとギゼラは、顔を見合わせて小さく笑った。
「ったく。あいつらが帰ってくると、一気に艦内が騒がしくなるねぇ」
「ああ。だが、あの騒がしさこそが、我々が守るべき日常の音なのだろうな」
マティアスは穏やかに目を細め、プロメテウスに再び戻ってきた平和な空気を見つめていた。
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一方、その歓喜から遥か遠く離れた、ノヴァ・ドミニオンの戦闘空母『ニーズヘッグ』。
静まり返ったブリッジに立つのは、究極の人造人間アルタイル・ノヴァ。
アルタイルは、ホログラムモニターに表示された「第三師団、全滅」の冷酷な文字を前に、愕然と立ち尽くしていた。
「……あり得ない」
アルタイルは、震える声で呟いた。
「計算上、我が軍の勝率は100パーセントだったはずだ。あの群衆の扇動さえ機能していれば、赤い機体と白い機体が戻ってきたとしても、物量で押し切れたはず……」
手の中のティーカップに、ヒビが入る。
完璧であるはずの彼の脳内シミュレーションが、完全に破綻した瞬間だった。
「……いや。落ち着け、アルタイル」
青年は深く深呼吸をし、乱れた軍服の襟を正した。
論理的思考を強制的に再起動させ、状況を再定義していく。
「倒されたのは、量産機とクラーケン……しょせんは代えの利く雑魚の群れに過ぎない。
我々はプラズマリアクター搭載機を一切消費することなく、敵の主力艦を削り、さらにあの赤黒き炎───新型リアクターと思われる新兵器の情報まで引き出すことができたのだ」
アルタイルは、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「……そう、問題はない。
アイリスさえ生かしておけば、クロトの狂気は我々に従う。
スラムの孤児たちを保護している限り、蒼火は絶対に裏切らない。
ペトロフ博士の機体改良を与え続ければ、あの戦闘狂のガロも逆らう理由はない。
……全ての『駒』は、まだ盤面上に揃っているのだから」
アルタイルの顔に、再び優雅な笑みが戻る。
だが、その瞳の奥には、彼自身も気づいていない「恐怖」───
己の計算を狂わせる人間たちの不合理な力への、底知れぬ畏怖が、静かに渦巻き始めていた。




