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ガロの陰謀、セレーナの叫び

 ───場面は、雪山から離れた旧東武連邦・ノルヴァルドの前哨基地へと移る。


「エリシオンは人殺しだ!!」

「大量破壊兵器を使う悪魔どもめ! この地から出て行け!!」


 基地の巨大な出撃ゲートの前には、分厚い防寒着に身を包んだ数千人規模の「デモ隊」が押し寄せていた。

 彼らはプラカードを掲げ、拡声器でエリシオンを口々に罵倒し、雪の塊や空き缶をゲートの警備兵に向かって投げつけている。


 基地の格納庫内では、出撃命令を受けた『イノセント』のパイロットたちが、コックピットの中で苛立ちと困惑に顔を歪めていた。


『ど、どうしますか隊長! このままじゃゲートが開けません!』

『かと言って、強行突破すれば、生身の民間人を踏み潰しちまうぞ!』


 彼らが狼狽えるのも無理はない。

 先の戦い……ガロ・ルージャンが宇宙から放った指向性核融合砲『ヘリオス』によるガラスの大地の惨劇。


 ノヴァ・ドミニオンの総帥フレギアは、それを利用していた。

 「エリシオンの非道な大量破壊兵器によるもの」と世界に向けて情報操作し、大々的なプロパガンダを展開。


 その嘘の情報を信じ込んだ旧東武連邦の住民たちが、激しい反エリシオン感情を爆発させ、基地を包囲していたのだ。


「いい加減にしろ! 俺たちは戦いに行くんだ! 退けぇっ!」


 軍人たちが拡声器で叫ぶが、怒り狂う群衆の耳には届かない。

 暴徒と化したデモ隊の一部がフェンスをよじ登り、基地内へと侵入を始めていた。


 その混乱の渦中。

 押し合いへし合いする群衆の最後尾で、分厚いフードを深く被った大柄な男が、一人静かに嗤っていた。


「だーははは! いいねぇ。最高にいい眺めだ」


 ガロ・ルージャンである。

 ガロはノヴァの工作員たちを使って、デモを扇動していた。

 これにより、プロメテウスへの援軍を物理的にではなく、社会的に釘付けにしていたのだ。


「どんな最新鋭のコマンドスーツだろうと、正義の味方を気取ってる連中には、生身の民間人を撃ち殺すことはできねぇ。

 ……これで、雪山の連中は、完全に孤立無援ってわけだ」


 ガロの口角が、残忍な三日月型に吊り上がる。

 超人としての圧倒的な『武力』を持つガロ。

 だが、それ以上に恐ろしいのは、この狡猾な『知略』だ。


 自分は一発の銃弾すら撃つことなく、敵の主力空母を死地へと追い込んでいるのだから。


「さぁて、赤い悪魔とウサギちゃんが不在の今。

 プロメテウスがどこまで保つか、見物させてもらおうじゃねぇか」


 ノルヴァルド前哨基地の指令室。

 モニター越しに暴徒化するデモ隊の映像を見つめながら、基地の司令官と兵士たちは、ギリッと歯を噛み締めていた。


「くそっ……! 仲間が死にかけてるってのに、俺たちはここで指をくわえて見てるしかないってのか!」

「力ずくで排除すれば、ノヴァのプロパガンダを証明することになる。……どうすればいいんだ!」


 絶望と無力感が、重苦しい空気となって指令室を満たしている。

 その時。


「顔を上げてください、皆さん」


 凛とした、だがどこまでも透き通るような声が響いた。

 皆が振り返ると、そこには───


 エリシオンの代表・セレーナ・エクリプスの姿があった。

 ゆったりとした白いローブを身に纏い、大空のような髪に、海色の瞳。

 その瞳には、少しの揺るぎもない強い光が宿っている。

 視察のために、この基地へ立ち寄っていたのだ。


「代表……! しかし、状況は最悪です。群衆は完全に理性を失い、我々の言葉など聞き入れようとしません!」

「ええ、分かっています。ノヴァの情報操作は狡猾で、人々の恐怖と怒りを巧みに利用しています。

 ……上手くいかないことも、敵が卑劣な手で妨害してくることも、当然あるでしょう」


 セレーナはゆっくりと歩み寄り、モニターに映る怒れる群衆を真っ直ぐに見つめた。


「それでも、私たちは声を上げなければなりません。

 黙って俯いていれば、嘘が真実として世界を覆い尽くしてしまう。

 ……彼らは敵ではありません。ただ、怯えているだけなのです。

 真実が見えなくて、何に怒りをぶつければいいのか、分からないだけなのです」


 その力強い言葉に、うなだれていた兵士たちの顔が、少しずつ上がっていく。


「司令官。外部スピーカーと、広域の通信回線を繋いでください。

 私が、彼らに……世界に向けて、直接語りかけます」

「しかし代表! 暴徒の前に出るなど危険すぎます! もし万が一のことがあれば……!」


 慌てて止める司令官に、セレーナは優しく、だが確固たる意志を持った微笑みを向けた。


「私には、戦場で命を懸ける皆さんのように、敵を打ち倒す力はありません。

 ですが、言葉でトモダチを増やすこと。それが、私という『政治家』の仕事ですから」


 司令官は息を呑み、そして深く敬礼をした。

 すぐさま、演説のための回線準備が急ピッチで進められる。


 準備を待つ間、セレーナは目を閉じ、小さく息を吐いた。


((……本当は、分かっているのです))


 セレーナの脳裏に、あの冷徹で底知れない作戦参謀・ギンの顔が浮かぶ。

 100年という時間を生き、数万の未来予測を続ける天才。


 彼が、このデモ騒ぎや、プロメテウスの孤立を予測していなかったはずがない。

 そして、この絶望的な状況下であっても、プロメテウスにいる者たちだけで敵を退けられると……「勝利」を確信しているからこそ、援軍を送るような無理な手配をしていないのだ。


((ギンは、合理的な計算で世界を回している。……けれど))


 セレーナは、自身の胸に手を当てた。


((私は、人の心で世界を繋ぎたい。

 計算で勝てるからといって、この人々の怒りや悲しみを……放置していい理由にはならない。

 ……一人でも多く、一言でも。真実の声を届けなくては))


 それは、ただの傀儡であることをやめ、真の指導者として立ち上がったセレーナの、揺るぎない覚悟だった。


「代表。準備が整いました。外のスピーカーだけでなく、旧東武連邦の公共回線にもジャックして繋いでいます」


 司令官の声に、セレーナは目を開いた。

 マイクの前に立ち、大きく息を吸い込む。



『旧東武連邦、そしてノルヴァルドの皆さんに語りかけます』


 ノイズ混じりのスピーカーから響き渡った声。

 それは、怒号が渦巻く基地の前に、一瞬の静寂をもたらした。

 あまりにも澄み切った、セレーナ・エクリプスの声だった。


『先日、この地から遠く離れた戦場で、信じがたい閃光が大地を焼き、数え切れないほどの多くの命が失われました。

 ……皆さんが恐れるのは当然です。怒るのも当然です。

 終わらない戦争の中で、私たちは常に、何が真実で、誰を憎むべきなのかを突きつけられています』


 暴徒と化していた群衆たちが、掲げていたプラカードを少しだけ下げ、拡声器に向けられた声に耳を傾け始める。


『ですが、どうか思い出してください。

 このノルヴァルドの地は、かつて孤立し、飢えと寒さに凍えていた時、エリシオンと手を取り合い『トモダチ』になってくれました。

 私たちは、共に物資を分け合い、共にこの厳しい雪の季節を乗り越える約束をしました』


 セレーナの言葉には、政治的な駆け引きも、嘘で塗り固められた弁明もなかった。

 ただ、そこにある確かな事実だけを、誠実に紡いでいく。


『どうか、信じてください。

 あの凄惨な破壊は、決してエリシオンの意志ではありません。

 今この瞬間も、雪深い渓谷の先で、私の大切な仲間たちが、あなたたちの暮らすこの地を、ノヴァの侵略から守るために、命を懸けて戦っています。

 ……これまでも、そしてこれからも。

 彼らがこの極寒の地へ渡り、あなたたちを守ってきたという事実を、どうか、信じてください』


 ~~~


 一方、その頃。

 プロメテウスと氷の谷から数十キロ離れた上空。

 分厚い雪雲のさらに上、成層圏ギリギリの高度に滞空するのは『ニーズヘッグ』。

 ノヴァ・ドミニオンの最新鋭戦闘空母、そのブリッジ。


 純白の軍服に身を包んだ優雅な青年───究極の人造人間『アルタイル・ノヴァ』は、ホログラムモニターに映るプロメテウスの窮状を見下ろしながら、アフタヌーンティーのカップを優雅に傾けていた。


「実に美しい。計算通りだね」


 アルタイルは、チェス盤の駒を動かすように指先を滑らせる。


「敵の最大戦力は、蒼火が身を挺して雪山の底へ引き剥がしてくれた。

 厄介な援軍は、ガロの扇動によって物理的に封殺済み。

 残るは、圧倒的な物量によるすり潰しのみだ。

 ……たとえ彼らが奇跡的にこの艦の位置を特定し、特攻を仕掛けてきたとしても、無駄なことだけどね」


 アルタイルの視線の先。

 ブリッジの隅で、腕を組んだまま無言で佇んでいるクロト・アスク。

 そして、その背後のモニターには、異形の複座機へと改造され、禍々しいオーラを放つ『カーバンクル』が鎮座している。

 この絶対の切り札が控えている限り、アルタイルにとってこの盤面は「100パーセントの勝利」が確定したゲームのはずだった。


 だが───。


『……どうか、信じてください』


 不意に、傍受していたノルヴァルドの公共回線から、少女の真っ直ぐな声がブリッジに響き渡った。

 セレーナ・エクリプスの演説だ。


『あの凄惨な破壊は、決してエリシオンの意志ではありません。

 ……これまでも、そしてこれからも。彼らがこの極寒の地へ渡り、あなたたちを守ってきたという事実を、どうか、信じてください』


「……なんだ、これは」


 アルタイルは不快げに眉根を寄せ、カップをテーブルに置いた。

 彼が監視させていたノルヴァルド基地前の映像。

 そこには、アルタイルにとって「理解不能」な光景が広がっていた。


 激しい怒りに支配されていたはずの群衆が、セレーナの言葉を聞き、顔を見合わせている。

 プラカードを下ろし、フェンスから手を離し、拡声器を地面に置く者たちが次々と現れた。


「なぜ止まる? 恐怖と怒りのベクトルは、完全にエリシオンへ向くよう計算されていたはずだ。

 あんな、何の論理的証明にもなっていない感情的な言葉で……。

 なぜ、大衆の行動予測がズレる?」


 完璧な計算で世界を処理してきたアルタイルにとって。

 それは、初めて直面する「不合理なエラー」だった。

 人の心が持つ『信じる』という感情の揺らぎ。

 それが、アルタイルの緻密な数式を、根底から崩し始めていた。


「ボクは───究極の人類。そうだろう?」


 アルタイル・ノヴァは、ノヴァ総帥フレギアが遺伝子工学の粋を集めて創り出した「究極の人造人間」である。

 その超演算能力は、エリシオンの作戦参謀ギンと完全に同等───

 あるいは、処理速度においては『凌駕』しているかもしれない。


 だが、彼には決定的に欠けているものがあった。


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