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カーバンクルの新たな力、デュアルスキャナー

 だからこそ、クロトはアイリスを、文字通り機体の一部として自分と一つにすることを望んだ。

 もう二度と、自分から奪われないように。


「始めるぞ」


 クロトは前席に飛び乗り、操縦桿を強く握りしめた。

 ハッチが閉まり、バックパックがゆっくりと浮上する。

 そして、カーバンクルの腹部、ぽっかりと空いた巨大な空洞へと、真っ直ぐに狙いを定めた。


 ガコン───ッ


 重厚な接続音と共に、バックパックがカーバンクルの背後から深く突き刺さる。

 コアユニットとして、機体と完全に一体化した瞬間───

 カーバンクルの全身の装甲が、低い駆動音を立てて波打つ。

 そして、灰色の装甲の隙間から、赤い光が漏れ出し始めた。


『システム・オンライン。火器管制モジュール、接続開始』


 ペトロフの冷徹な声が、通信機から響く。

 クロトの脳内に、アニムスキャナーを通じて膨大なデータが流れ込んでくる。

 そして、その後ろから───。


「う、あっ……」


 後部座席で、アイリスが苦痛に顔を歪めた。

 機体の演算処理と火器管制の負荷が、アイリスの脳と神経系に直接流れ込んでいるのだ。


『同調率……30パーセント。40、50……』


 ペトロフの声が無機質に数値を読み上げる。


『クロト、さま……あたまが、いたい、です……』


 アイリスの悲痛な声が、アニムス・リンクを通じてクロトの意識に直接響く。

 それは、機体のシステムを介して伝わってくる、生々しい痛みと恐怖。


『60パーセント。……よし、このまま臨界点まで引き上げるぞ』


「くっ……!」


 クロトもまた、アイリスの痛みと同調し、歯を食いしばる。

 二つの精神が一つの機体を制御しようとする、異常な負荷。

 アニムスキャナーのノイズが、彼の脳を激しくかき乱す。


 しかし、クロトは操縦桿から手を離さなかった。

 この狂気を超えなければ、あの赤い悪魔は殺せない。


「耐えろ、アイリス……! お前は……ッ!」


 クロトの叫びに呼応するように、カーバンクルの両眼が、血のような真紅に染まり、ギラリと凶悪な光を放った。


 〜〜〜


「……無茶苦茶だ。本当に、機体のシステムに二人の脳みそを直結させてんのかよ」


 格納ドックの片隅。

 蒼火は目を細めて、その異様な光景を見上げていた。

 カーバンクルの装甲の隙間から、まるで血が滲むような赤い光が明滅している。

 それは、二つの精神がひとつの機械の中でぶつかり合い、無理矢理に同調させられている証だ。


「その通りだ。だが、ただ直結させるだけじゃない」


 隣に立つペトロフが、薄暗い笑みを浮かべたまま答えた。

 分厚い眼鏡の奥の瞳は、実験動物を観察する科学者のそれだ。


「アニムスキャナーというシステムは、本来、単一のパイロットの精神波を機体の制御系へスムーズに流すためのものだ。

 だが、そこに許容量を超える、過剰な精神波───強烈な感情や、複数人のノイズを強制的に叩き込んだらどうなると思う?」


「……ショートして、パイロットの脳が焼き切れる」


 蒼火が顔をしかめて答えると、ペトロフは小さく頷いた。


「通常はね。

 だが、機体側がその『規格外の精神波』に耐えうるだけの特殊なプラットフォームを持っていた場合───

 システムは未知のバイパスを形成し、本来の設計とは異なる、情報の奔流を生み出す。

 結果として、機体の反応速度と出力が、理論値を遥かに超えて爆発的に跳ね上がるんだ」


「なるほど、ね。アレ、そういう仕組みだったんだ」


「そうだ。我々はそれを、通称『覚醒』と呼んでいる」


 覚醒。

 その言葉を聞いて、蒼火の脳裏に、先の宇宙での決戦の光景が鮮烈に蘇った。

 あの時、エリシオンの赤い機体と白い鳥が合体した瞬間。

 赤い機体は、まるで地獄の業火のような赤黒いオーラを纏い───

 常軌を逸した速度とパワーで、ノヴァの艦隊を蹂躙した。


「……アタシも見たよ。あの赤いヤツが、バケモンみたいに黒い炎を吹いたのを。

 じゃあ、アレも……複座式で二人の精神をぶち込んでるってことか?」


 蒼火が尋ねると、ペトロフは興味深そうに顎を撫でた。


「いや、おそらく違う。

 私の解析が正しければ、エリシオンの合体機は、システムそのものは完全に独立しているはずだよ。

 赤い機体のパイロットは、自力で『覚醒』状態に入っている。

 その際に生じる脳への致死的な負荷を、合体したもう一機のスキャナーへ『避雷針』のように逃がしているだけだろう」


「避雷針って……」


「そうだ。二人の精神は混ざり合っていない。

 あれがまるで一機の化け物のように見えたのは、ね。

 二人のパイロットが、お互いの思考を完全に読み合い、一糸乱れぬ『完璧な連携』をとっていたからに過ぎない」


 ペトロフは、そこまで言ってから、忌々しそうに、そして楽しそうに鼻を鳴らした。


「だが、あんな奇跡のような信頼関係とコンビネーションなど、再現性がない。

 だから私は、科学の力で『覚醒』を、強制的に引き起こすシステムを造り上げた」


 ペトロフは、赤い光を放ち続けるカーバンクルを指差した。


「クロト君の強烈な『憎悪』と、アイリスの『恐怖』。

 この二つの相反する巨大なノイズを、ひとつのアニムスキャナーに同時に流し込み、意図的にシステムを暴走させて覚醒を促す。

 それこそが、この複座式システム───『デュアル・スキャナー』の真髄だよ」


「……人間の心を、ただの着火剤みたいに」


 蒼火は、思わず吐き捨てるように呟いた。

 クロトの狂気も、アイリスの悲鳴も、この男にとっては、単なる『実験データ』に過ぎないのだ。


 ゴアァァァァァァァンッ……!!


 その時、カーバンクルから、獣の産声のような重低音が響き渡った。

 装甲の隙間から漏れ出す赤い光が、一瞬にして爆発的に膨れ上がり、ドック内の空気をビリビリと震わせる。


『同調率……臨界突破。デュアル・スキャナー、安定領域へ移行』


 ペトロフの持つ端末から、無機質なシステム音声が告げられた。

 格納ドックの中心で、灰色の悪魔が、真紅の瞳を不気味に輝かせて立ち上がっていた。


「素晴らしい……! 見事だ、クロト君!

 理論値通りの『覚醒』の再現……いや、それ以上のポテンシャルだ!」


 ペトロフは、赤い光を放つカーバンクルを見上げながら、狂喜に満ちた声を上げた。

 その両手は、興奮を抑えきれないように震えている。


 だが、その歓喜とは対照的に、コックピット内のクロトからの反応は極めて淡白だった。


『……確かに、出力は上がっている。反応速度も、以前とは比較にならない』


 通信機から響くクロトの声には、感情の起伏が一切ない。

 デュアル・スキャナーによる激しいノイズと負荷を脳に直接受けながらも、クロトは狂気的なまでの集中力で、それらを『殺意』という一つのベクトルにのみ収束させているようだった。


『アイリスの火器管制も問題ない。……これで、あの赤い機体を灰にできる』


 アイリスの悲鳴は、もう聞こえなかった。

 クロトの巨大な憎悪に完全に飲み込まれ、ただの優秀な『火器管制モジュール』へと成り下がったのだ。

 狂気を完成させた男と、狂喜する狂った科学者。


 その異様な光景を、蒼火は少し離れた場所から、冷めた目で見つめていた。


「……イカれてる。どいつもこいつも」


 蒼火は、誰に聞かせるでもなく呟き、自身の細い腕に視線を落とした。

 まくり上げられた袖の下。

 そこには、痛々しいほどに無数の、真新しい注射痕が並んでいた。


 ズキリ、と。

 腕の痕を見るたびに、あの日、無機質な部屋で交わされた冷たい会話が、脳裏にフラッシュバックする。


 〜〜〜


『残念ですが、あなたとの契約は終了しました』


 数日前。

 蒼火とメッセンジャーの会話。


 ノヴァの制服を着た、表情のないメッセンジャーの女は、淡々とそう告げた。


『先の戦闘において、あなたの搭乗機リリエル・ブルーは撃破されました。

 よって、報酬として約束されていた「対象者」の居住区レベル維持は白紙撤回。

 彼らは明日付けで、コロニーC-9の第二実験室へ移送されます』


『ふざけんなッ!!』


 蒼火は、拘束衣を引きちぎらんばかりに暴れ、メッセンジャーの女に怒鳴りつけた。


『あの子たちは関係ないだろ! アタシが、アタシがもっと戦うから!

 どんなクスリでも、どんな実験でも受けてやる!

 だから、あの子たちには手を出さないって約束したはずだろッ!!』


 あの子たちは、ただの孤児じゃない。

 あの過酷なスラムで、その日食べるパンの欠片を分け合い、寒さに震えながら身を寄せ合って生き抜いてきた───

 たった一つの『家族』なのだ。


 彼らを守るためなら、自分の命など、どうなってもよかった。


『……私に怒鳴られても、困ります。

 私は、上層部からの決定をお伝えしているだけですので』


 メッセンジャーの女は、怯えるでもなく、ただ困惑したように事務的な返答を繰り返した。

 コイツもまた、ノヴァという巨大な歯車の一つに過ぎない。

 蒼火の人生を弄び、子供たちを実験動物のように扱う『命令者』は、安全なコロニーの奥深くに隠れたまま、決して姿を現そうとはしなかった。


『クソッ……! クソォォォォォッ!!』


 蒼火の絶望の叫びだけが、白い部屋に虚しく響いていた。


 〜〜〜


「……ぅぅ、ぐるる……」


 現実に戻った蒼火の喉から、無意識のうちに、獣のような低い唸り声が漏れた。

 ギリリ、と奥歯を噛み締める。


 怒り。

 憎悪。

 そして、圧倒的な無力感。


 子供たちを助け出すためには、ノヴァに逆らうことはできない。

 生き延びて、戦果を挙げ続けるしか、彼らを守る道はないのだ。


「アタシは……」


 蒼火は、自身の背後にある、建造中の新しい翼───リリエル・ブルーを見上げた。

 その瞳に宿るのは、クロトのような死への渇望ではない。

 泥水をすすってでも生き抜くという、スラムの野良犬の、凄絶な執念だった。


 と、その時───


「……楽しそうなことを、やっているね」


 ふいに、穏やかな声が響いた。

 格納ドックの、冷たい空気を震わせるような声。


 蒼火が声のした方へ振り返ると───


 一人の青年が、悠然と歩み寄ってくるところだった。

 ノヴァの制服とは違う、上質な生地で仕立てられた純白の軍服。

 淡いプラチナブロンドの髪を揺らし、線が細く、やや小柄な体躯。


 だが、その一挙手一投足には、育ちの良さと、有無を言わせぬ絶対的な余裕───

 王族特有の『気品』が漂っていた。


「やあ、初めまして。ボクはアルタイル・ノヴァ」


 青年───アルタイルは、蒼火の前でピタリと足を止める。

 そして、右手を胸に当てて丁寧なお辞儀をした。


「ノヴァ・ドミニオン総帥、フレギアの末っ子さ。

 キミたちの新しい上官になる」


「ノヴァの……王族?」


 蒼火は警戒心を剥き出しにして、青年の顔を睨みつけた。

 子供たちを人質にとった、あの見えない『命令者』たちの身内。

 だが、アルタイルは蒼火の敵意など、気にも留めない様子で、にこやかに右手を差し出した。


「よろしく、蒼火。キミの活躍には期待しているよ」


「……っ」


 一瞬ためらう蒼火。

 が、逆らうわけにもいかず、不承不承その手を握り返した。


((……え?))


 握り合った瞬間───

 蒼火は背筋に ゾクッ と、冷たいものを感じた。

 この男、見た目は女のように華奢なのに、手が岩のように硬い。

 ネクスターの直感が、警鐘を鳴らしていた。


((底知れないヤツ……なんだ、これ……?))


 ペトロフが耳打ちしてくる。


「彼は単なる王族ではない。

 総帥フレギアが、ノヴァの技術の粋を集め、遺伝子組み換えによって創り出した『究極の人造人間』だ。

 見た目に反して、凄まじい筋力と身体能力を秘めているのさ」

「……へぇ」


 蒼火は小さく答えた。


「さて、早速だけど、ボクたちの次の計画を話そうか」


 アルタイルは何事もなかったように手を離し、優雅な笑みを浮かべたまま告げた。


「近日中に、ボクたちは最新鋭の戦闘空母『ニーズヘッグ』に乗り、地上への大規模な降下侵攻を開始する。

 目標は、エリシオン本国の完全な制圧だ」


「……その作戦で」


 蒼火は、ギリッと奥歯を噛み締め、唸るように問い詰めた。


「そこでアタシが活躍しなかったら、あの子たちは……アタシの家族は、ゴミ箱行きってことか?」


 血を吐くような蒼火の言葉。

 しかし、アルタイルはきょとんとした顔で小首を傾げた。


「馬鹿な。ボクたちがそんな非道いことをするわけがないじゃないか」

「……え?」


 意外な反応に、蒼火はあっけにとられる。


「キミの孤児院の子供たちだろう? 彼らは、我が国ノヴァ・ドミニオンの未来を担う大切な国民だ。

 実験室なんかに送るはずがない。

 安全なコロニーの居住区で、ボクたちが責任を持って『保護』するべきだ」


「……ほん、とに?」


 蒼火の声が震える。

 もしそれが本当なら、子供たちは助かる。


「もちろんさ。ボクは嘘をつかない」


 アルタイルは、まるで慈愛に満ちた聖者のように、優しく微笑みかけた。


「キミたちパイロットは、ノヴァの誇る最強の剣だ。

 剣には、切れ味を鈍らせるような不安は必要ないからね。

 ……蒼火も、クロトも。そして、東武連邦から来たガロ・ルージャンも」

「───!」


 アルタイルの口から出た名前に、蒼火はハッとした。

 あのガロも、この『ニーズヘッグ』の部隊に組み込まれるというのか。


「だから、安心して戦ってくれたまえ。

 キミたちが戦果を挙げれば、彼らの未来は約束される。

 ……すべては、ノヴァの輝かしき平和のためにね」


 アルタイルの言葉は、あまりにも優しく、理路整然としている。

 だが、蒼火の胸の奥で鳴り響く警鐘は、止むことはない。


((本当に、コイツを信じていいのか?))


 この優しい笑顔の裏に、もっと残酷な『何か』が隠されているのではないか。


 格納ドックに、カーバンクルの放つ不気味な赤い光が揺らめく。

 エリシオンとノヴァ。

 それぞれの陣営が、最強の牙と狂気を研ぎ澄まし、来るべき決戦───地上侵攻作戦の幕が、今まさに切って落とされようとしていた。

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