蒼火とクロト
ピーッ!
電子音と共に、メインモニターの端に通信パネルが強制的に割り込んできた。
『おら、バカップルの片割れ。シミュレーション中に余所見すな』
画面の向こうに現れたのは、ゴーグルを額に乗せ、ニヤリと笑う菊花だった。
『菊花? なんだよこの空白の項目。バグってんのか?』
『アホぅ。ウチの組んだプログラムにバグなんかあるかいな』
菊花は呆れたように息を吐くと、真剣な表情になって語り始めた。
『その空白はな、ブレイズの心臓部……新しいプラズマリアクターの追加機能の枠や。
あんたのブレイズは、今回の改修で【ベリアル・コア】っちゅう、未知の拡張システムに対応した、新型リアクターに丸ごと換装する予定なんや』
『ベリアル・コア……?』
『せや。……実物はまだアマツキから本国へ輸送中やから、実機には組み込んどらん。
けど、データだけはシミュレーターに先行してぶち込んである。
ホンマに人間が扱えるシロモノなんか、ウチも確証がないんやけどな……』
菊花の言葉には、メカニックとしての冷徹な計算と、得体の知れないシステムへの僅かな恐怖が混じっていた。
しかし、烈火の瞳に迷いはない。
『人間が扱えるか、だと? 上等じゃねえか』
烈火の口角が、獰猛に吊り上がる。
ノヴァのヤツらに勝てるのなら、どんなに危険でも大歓迎だ。
『おい烈火、よそ見してると死ぬぜ!』
殺人的な加速で強襲を仕掛けてくるのは、ルナ!
「はんっ!」
烈火は不敵に笑いながら、コンソールの『空白』だった部分───仮想の【ベリアル・コア:有効】ボタンを、迷いなく力強く押し込んだ。
『見せてみろよ。……オレの新しい力をッ!』
───ドクンッ。
シミュレーター空間全体が、まるで巨大な心臓の鼓動のように、低く重い音を立てて震えた。
ブレイズの胸部、本来なら青白く発光しているはずのプラズマリアクターが、突如として不吉な赤黒い光を放ち始める。
それはまるで、地獄の釜の底から吹き上がる業火のような、圧倒的で暴力的なエネルギーの奔流。
『なんだ、これ……!』
カメラアイ越しに見ていたシャオは、思わず息を呑む。
ブレイズの装甲の隙間という隙間から、制御しきれない余剰なE粒子が『廃熱』として噴き出しているのだ。
その色は、見慣れた青白い光ではない。
どす黒い赤色───まるで、機体そのものが赤黒い炎を纏っているかのような、禍々しいエフェクトだった。
『すげぇ……力が、底なしに湧いてきやがる……ッ!』
烈火の口元に、凶悪な笑みが浮かぶ。
アニムスキャナーを通じて流れ込んでくるのは、これまでのプラズマリアクターとは次元が違う、暴力的なまでの出力。
機体が、まるで一つの生き物のように咆哮を上げている。
『シャオ! これならどうだァッ!!』
烈火は右手のフェーズドライフルを振りかざした。
銃身下部の半透明だったブレードが、瞬時に変貌する。
それは、赤黒い炎を纏った、巨大な刃!
武装のエフェクトまでもが、すべて燃え盛る炎の色へと書き換えられていた。
ゴォォォォンッ!!
空間を蹴り、一気に距離を詰めるブレイズ。
その踏み込みだけで、仮想の大地が爆発したように吹き飛んだ。
『ハッ、上等だ! 燃やし尽くしてみろよッ!』
シャオもまた、負けじと闘争本能を剥き出しにする。
ルナのリミッター解除は継続中だ。
漆黒の機体から青白い光の粒子が猛烈に噴き出し、空間にいくつもの残像を刻みつける。
エフェクトの色に変化はないが、その速度は間違いなく人間の限界を超えていた。
ガガァァァンッ!!
激突するのは、赤黒い炎を纏うブレイズの大太刀と、青白い光を曳くルナの双牙!
仮想空間の空に、凄まじい衝撃波のドームが広がった。
『おらおらおらァッ!!』
『遅ぇよ烈火ァ!!』
火花を散らしながら、二機のコマンドスーツは弾かれたように離れ、すぐさま再び激突する。
荒涼とした岩場を縦横無尽に駆け巡る、赤と青の閃光!
ルナは白い光の残像を纏いながら、ブレイズの死角を突くように、立体的な高速機動を展開した。
だが、ベリアル・コアの暴力的な出力に後押しされたブレイズは、その超機動に力任せの剛剣で応戦。
ルナの攻撃を、ことごとく叩き潰していく。
『ははははっ! すげぇ、すげぇぞこれ!』
『笑ってんじゃねぇ! アタシの方が速いんだよッ!』
超人同士の、限界を超えたドッグファイト。
彼らの異常な反射神経と闘争本能が、シミュレーターの設定値を遥かに超えた領域へと足を踏み入れていく。
ブレイズの赤黒い炎が仮想空間の空を焼き焦がし、ルナの残像がその炎を切り裂く。
ズドォォォォォンッ!!!
最後の大激突。
炎の刃と光の双牙が正面から交差した瞬間───。
ピィィィィィィィィィ……ッ!!!
突如として、不快な電子音が鳴り響いた。
烈火とシャオの視界が、一瞬にして真っ暗に染まる。
『あ?』
『え?』
二人のポッドがガクンと揺れ、完全に静寂に包まれた。
『……おい、どうした? 故障か?』
『なんだよ、いいとこだったのに……』
不満げに操縦桿をガチャガチャと動かす二人。
すると、通信パネルに、強制的に菊花の顔が割り込んできた。
菊花はゴーグルをずり下げ、こめかみを押さえながら、深々とため息をつく。
『……アホども。あんたらが出力上げすぎたせいで、シミュレーターのメインフレームが処理落ちして熱暴走起こしたわ。
システムが耐えきれんくて、緊急停止や』
『処理落ち……?』
『せや! 仮想空間の物理演算が、あんたらのバカみたいな機動と火力に追いつかんかったんや!
ホンマ、規格外のバケモンどもめ……』
菊花は呆れ半分、感心半分の声でぼやいた。
『……ってことは、アタシらの勝ちってことだな?』
シャオがニヤリと笑う。
『へっ、シミュレーターにも処理できねぇレベルの力ってわけだ。
……ベリアル・コア、気に入ったぜ』
烈火も、まだ手に残る感触を確かめながら、不敵な笑みを浮かべた。
『アホウ! シミュレーターそのものに勝ってどないすんのや!!』
菊花の怒声もどこ吹く風だ。
これなら、ノヴァの機体にも対抗できる。
新たな翼と、新たな牙。
復活した不死鳥たちは、来るべき決戦へ向けて、その凶悪な爪を静かに研ぎ澄ましていた。
………
……
…
一方、その頃。
ノヴァ・ドミニオンの勢力圏、成層圏に浮かぶ巨大な人工衛星プラットフォーム。
それは、巨大な空中工場だった。
重力の軛から解き放たれ、リパルサーリフトの推力だけで天空に静止し続ける、異常なまでの巨体。
無数のアームがうごめき、鈍い金属光沢を放つ建屋の隙間を行きかうのは、宇宙用量産機『オービター』たち。
流線型ボディをきらめかせ、まるで働き蟻のように忙しなく行き交っている。
その巨大なプラットフォームの一角、ひときわ厳重な警備が敷かれた格納ドック。
そこに、二つの異形が並び立っていた。
一つは、下半身が四足歩行のケンタウロス型という、異様なシルエットを持つ機体。
『リリエル・ブルー』。
先の宇宙での決戦で、ブレイズの大太刀に両断された。
だが、コックピットが下半身にあったために、奇跡的に生還したのだ。
リリエルは今まさに、再建中である。
そしてもう一つは、灰色の装甲を纏った高機動軽装機。
『カーバンクル』。
だが、その背部ユニットは取り外され、本来の腹部コックピット付近には、無数のケーブルとパイプが内臓のように絡みついている。
それは、通常の改修とは明らかに異なる、常軌を逸した改造の真っ最中であった。
「……アンタが、クロト・アスクか」
カーバンクルの足元で、作業用のアームを見上げていた男に、背後から声がかけられた。
クロトがゆっくりと振り返ると、そこにいたのは、巨乳の少女が立っていた。
青い髪を短く刈り込んだ、スラム出身のネクスター、蒼火だ。
「……そうだ。お前は?」
クロトは少女を見つめ返した。
その瞳は、感情の一切を削ぎ落としたような、冷たい虚ろ。
「アタシは蒼火・セブンス。
……あの青いケンタウロスのパイロットさ」
蒼火は、親指で背後のリリエル・ブルーを指し示し、ニカッと笑顔を浮かべた。
人懐っこい笑顔だった。
「そういえば、アタシら同じ部隊にいるのに、ちゃんと顔合わせるのは初めてだったね。
よろしく頼むよ」
そう言って、蒼火は気さくに右手を差し出した。
クロトは、その差し出された手をわずかに見下ろした後───
無表情のまま、ゆっくりと自分の右手を重ねた。
「……よろしく頼む」
握り合った手。
蒼火の手は温かく、力強かったが、クロトの手はまるで死人のように冷たく、こわばっていた。
「アンタも、随分とエグい改造してんな」
腹部がぽっかりと空洞になっているカーバンクルを見上げ、軽く口笛を吹く蒼火。
「アタシのブルーも、あの赤いバケモンに真っ二つにされちまったからな。
今度はもっと頑丈に、もっと速くしてもらうんだ」
「……そうか。お前も、あの赤い機体に敗れたのか」
クロトの瞳の奥で、かすかに憎悪の炎が揺らめいた。
リープランドで恋人───ソフィを奪った、赤い悪魔。
その名を聞いただけで、クロトの心臓は、脈打つ。
怒り。
どす黒い、怒りだ。
「ああ。だけど、次は負けない。
……アタシには、どうしても帰らなきゃいけない場所があるからな」
蒼火の笑顔の奥に、一瞬だけ、影がよぎった。
どこか、遠い目で、悲しそうな目だった。
蒼火は、ノヴァ上層部に人質にとられた孤児院の子供たちのために戦っている。
負けることは、すなわち彼らの死を意味するのだ。
「……帰る場所、か」
クロトは、短く呟き、視線をカーバンクルの空洞へと戻した。
クロトにはもう、帰る場所などない。
すべてはあの、赤い悪魔に焼き尽くされた。
だからこそ、クロトは自らの人間性を捨て、狂気へと足を踏み入れる決意をしたのだ。
「俺は、すべてを灰にするためだけに、この機体に乗る」
感情の欠落した声が、格納ドックの冷たい空気に溶けていく。
同じ敗北を味わいながらも、守るための光を宿す蒼火と、すべてを道連れにする闇を抱いたクロト。
交わることのない二人の決意。
「……帰る場所、か」
クロトと蒼火は、なんとも言い難い表情で顔を見合わせていた。
と、その時、背後に気配───




