復帰戦で無双したい
「……ハハッ。なんだよそれ。ゴウのくせに、かっこつけやがって」
シャオは苦笑いしながら、ゴウの大きな腕にそっと寄りかかった。
少しだけ、強張っていた肩の力が抜ける。
「……ありがとな、ゴウ。ちょっとだけ、元気出た」
シャオがそう言うと、ゴウは嬉しそうに目を細めた。
しかし、シャオの瞳の奥には、まだ燻るような炎が残っていた。
((でも、アタシはもっと強くならなきゃいけない。
みんなを……ゴウを、守れるくらいに))
その決意を固めたように、シャオは痛む身体を少しだけ起こした。
………
……
…
数日後。
エリシオン本国、巨大な地下ハンガー。
無数のアームやクレーンがうごめく薄暗い空間に、シャオの姿はあった。
まだ完全に癒えていない身体だが、強引に許可を取って、ベッドを抜け出してきたのだ。
ボーイッシュな黒髪に、上着の隙間からチラ見えする、トライバルな刺青。
そして、薄いボディスーツ越しにくっきりと分かる、巨乳!
さて。
シャオの目の前には、整備用の足場に囲まれた愛機『ルナ・ザ・ウルフファング』が鎮座している。
装甲のあちこちが焼け焦げ、左腕は失われたままの痛々しい姿。
「……よぉ、菊花。調子はどうだ?」
シャオが声をかけると、足場の上でタブレット端末を睨んでいた少女が顔を上げた。
「む?」
橙色のおだんごヘアにゴーグルを乗せ、オイルまみれのツナギを着た、小柄な姿。
しかしその胸元は、シャオに負けず劣らず豊かに膨らんでいる。
エリシオンのメインメカニック、菊花・メックロードだ。
「シャオか。あんた、もうベッド抜け出してええんか?」
菊花は呆れたように関西弁で言いながら、身軽に足場から飛び降りてきた。
「へへっ、アタシの回復力舐めんなよ。
それに……コイツの様子が気になってさ」
シャオは、ルナの黒い脚部装甲をポンと叩く。
「……せやな。ヘリオスの直撃やからな、フレームの奥までガタ来とる。
けど、直すついでに、大掛かりな改修を入れる予定や」
菊花はタブレットの画面をシャオに向けた。
そこには、ルナの複雑な内部構造のホログラムが浮かび上がっている。
「ここまでの戦闘データを基にな、ルナの制御システムと粒子経路を完全に最適化する。
今まではピーキーすぎたマルチプルユニットの配分やらなんやらを、もっとシンプルに、直感的に動かせるようにすんねん」
菊花は画面をスクロールさせながら、得意げに語る。
「そんで、最適化してできたシステムと機体の『空き容量』に……新しいもんをブチ込むんや」
「新しいもん?」
「せや」
菊花はニヤリと笑い、タブレットの画面を切り替えた。
そこに表示された文字に、シャオは目を丸くした。
「リミッター、解除……!?」
思わず声が上ずる。
それは、ギゼラのウェイバーに搭載された、機体の限界を超えるシステム。
「ルナの機動力はただでさえ高い。
それを、短時間だけやけど、さらに引き上げる機構を搭載する。
つまり、殺人的な加速を生み出せるようになるってことや」
菊花は、シャオの顔を真っ直ぐに見据えた。
「……でも、アタシが使えるのか?
覚醒もできないアタシに」
シャオの声には、まだ自信のなさが滲んでいる。
ゲイルのように冷静な判断力もない。
烈火のような奇跡も起こせない。
そんなシャオの言葉を遮るように、菊花は大きく首を横に振った。
「アホ抜かせ。
あんたみたいな『超人』が使えへんかったら、この世で使えるヤツはおらんわ」
「……超人」
「せや。あんたのそのバカみたいな反射神経と頑丈な身体、舐めたらアカン。
ウェイバーみたいに火力を上げるんやない。純粋に『速度』と『機動力』を限界まで引き上げる。
パイロットへの負荷は、今までとは次元がちゃうで?
血ィ吐いて、骨軋ませて、それでも意識保てるバケモンやないと、ただの鉄の棺桶や」
力とは、都合のいい魔法ではない。
何かを得るためには、必ず代償が必要になる。
菊花の言葉には、メカニックとしての冷徹な計算と、パイロットへの信頼が込められていた。
「もし自分の身体疑うなら、あとで防衛隊の暇人どもと殴り合ってこい。
自分がどんだけ人間離れしてるか、骨の髄まで思い知らしてやったらええわ」
菊花はゴーグルをずり下げ、シャオに向かってウィンクをした。
「……メックロード」
シャオの瞳に、再び鋭い光が戻り始める。
そうだ。自分には、この身体がある。
仲間を守るために、もう一度あの空を、誰よりも速く駆け抜けるための身体が。
「上等だ。……やってやるよ」
シャオの口元に、好戦的な笑みが浮かんだ。
その獰猛な表情は、かつての荒野を生き抜いた野生の狼そのものだった。
………
……
…
数日後。
南国基地にて。
常夏の太陽が、ギラギラと照りつける、屋外訓練場。
熱を帯びた砂の匂いと、男たちの、むせ返るような汗の匂いが混じり合っている。
その中央。
タンクトップにショートパンツという軽装のシャオと、屈強な防衛隊の精鋭たちが向かい合っていた。
シャオの身長は170センチ弱。
対する男たちは、平均して185センチを超える巨漢ばかりだ。
筋肉の塊のような大男たちに囲まれたシャオの姿は、ひどく小さく、華奢に見える。
はたから見れば、いたいけな少女が、野獣の群れに放り込まれたような異様な光景だった。
「……シャオさん。お手合わせ、よろしくお願いします!」
「「お願いします!!」」
だが、男たちの目に侮りは一切なかった。
彼らは一斉に、シャオに向けて深く腰を折って礼をする。
自分たちを呼び出したのが、防衛隊のエースであると知っているからだ。
「ああ。手加減はいらないよ。……本気で、殺す気で来な」
シャオは軽く首を左右に傾げ、ボキボキと骨を鳴らした。
病み上がりの身体を確かめるように、拳を握る。
少し離れた日陰から、ゴウがストップウォッチを片手に声を張り上げた。
「よーし。……準備はいいか? 始めッ!」
ゴウの野太い合図が、訓練場に響き渡る。
───瞬間。
最前列にいた一人の巨漢が、文字通り宙を舞った。
「がはっ……!?」
直撃!
男の巨体が、くの字に折れて後方へと吹き飛ぶ。
シャオの強烈な『ガゼルパンチ』が、男の顎を下から跳ね上げていた。
飛び上がるようなバネを利用した、目にも留まらぬ一撃。
((速い……! 身体が、軽い!))
着地と同時に、シャオは自身の身体のキレに驚いていた。
被曝の後遺症など、カケラも感じられない。
それどころか、感覚が研ぎ澄まされ、世界がゆっくりと動いているように見える。
「なっ……! 囲めッ!」
仲間が文字通り一撃で消し飛ばされ、男たちの顔色が変わる。
すぐさま、左右から二人の巨漢が、シャオの細い身体を押さえ込もうと腕を伸ばした。
「捕まえたぞ───」
体重を乗せた、強引な組み付き。
だが、男の腕が掴んだのは、シャオの残像だけだった。
「どこ見てんだよ?」
「───ッ!?」
耳元で囁かれた声に、男の背筋が凍りつく。
シャオはすごい柔軟性で男の脇をすり抜け、死角へと回り込んでいたのだ!
バキィッ!
無防備な首筋に、シャオの鋭い手刀が叩き込まれる。
頸動脈への一撃。
大男は白目を剥き、前進していた勢いのまま、砂煙を上げて地面に突っ伏した。
わずか数秒。
屈強な精鋭が、二人同時に沈黙した。
「あ、ああっ……」
「ウソ、だろ……?」
残された男たちが、ゴクリと唾を呑み込み、一歩後ずさる。
目の前にいるのは、ただの小柄な女ではない。
触れれば即座に噛み殺される、飢えた肉食獣だ。
シャオは長い黒髪をバサリと掻き上げ、白い歯を見せて獰猛に笑った。
滾るような闘争本能が、全身の血液を沸騰させている。
((そうだ。───アタシは、超人だ!))
自身の特異な身体の価値を、今、完全に理解した。
シャオは男たちを指差し、牙を剥くように叫ぶ。
「どうした、そんなもんか! もっと、もっと本気でかかってこいよッ!!」
狼の咆哮のような叫びが、南国の空へと木霊した。
「「うおおおぉぉぉッ!」」
勇猛な咆哮とともに、男たちが再びシャオへと飛びかかる!
四方八方からの連携、
体重を乗せた、強引なタックル、
急所を狙う、容赦ない打撃。
彼らは決して弱くはない。
エリシオンの防衛を担う、選び抜かれた精鋭たちだ。
しかし───。
「おらっ!」
「がはっ……!?」
「ぐぇっ!」
シャオの動きは、彼らの予測を遥かに超えていた。
常人ではあり得ない角度からの回し蹴りが、大男の巨体を薙ぎ払う。
放たれた拳を紙一重でかわし、その腕を掴んで遠心力で投げ飛ばす。
少女の細い腕のどこに、そんな力があるのか。
巨漢たちが次々と宙を舞い、砂まみれになって地に伏していった。
~~~
数分後。
「……ま、参りましたぁ……ッ」
最後に立っていた男が、膝から崩れ落ち、荒い息を吐いて降参を宣言した。
結局、男たち十人がかりでも、シャオ一人に傷ひとつ負わせることはできなかった。
彼らは優秀な兵士であり、決して凡人ではない。
だが、人間の限界を超えた『超人』ではなかったのだ。
「「ありがとうございましたッ!!」」
地面に這いつくばったまま、男たちが大声で一斉に礼を叫ぶ。
そこには、圧倒的な力への純粋な敬意と、全力を出し切った清々しさがあった。
「お疲れ。アンタらも、いい動きだったぜ」
シャオは満足げに笑うと、着ていたタンクトップの裾を無造作にめくり上げた。
泥と汗で汚れた顔を、その布地でゴシゴシと拭う。
当然、めくり上げられた服の下からは、豊満な胸の膨らみと、汗ばんだ素肌が露わになる。
だが、シャオはそんなことなど微塵も気にしていない。
地に伏している男たちも同様だった。
彼らの目に映っているのは、性別を超えた、一人の強大な戦士の姿だけだ。
生死を賭けた戦場において、羞恥心なんてものは、何の役にも立たない。
ここにあるのは、むき出しの闘争本能と、それに対するリスペクトだけだ。
((……こういうとこ、烈火が見たら大喜びしそうだけどな))
胸元を晒しながら、シャオはスラム育ちの幼なじみの顔を思い浮かべ、ふっと笑った。
戦場は殺し合いの場だ。
だが同時に、烈火にとっては、日常に過ぎない。
戦場でも、いつものようにおっぱいを見るんだろう。




