シャオ・リューシェン VS 実力という現実
ピィッ、ピィッ、ピィッ……。
規則的な電子音が、薄暗い部屋に響いていた。
「うう……ん……?」
シャオ・リューシェンは、ゆっくりと重い瞼を開けた。
視界に飛び込んできたのは、無機質で真っ白な天井。
鼻を突く消毒液の匂いがして、腕にはいくつもの点滴のチューブが繋がれている。
((……アタシ、生きてるんだ))
ひどく身体が重い。
指先を動かすだけで、全身の骨が軋むような鈍い痛みが走った。
ぼんやりとした頭で、シャオは直前の記憶を手繰り寄せる。
((えっと……アタシは……何が……))
思い出すのは、すべてを焼き尽くすような、真っ白な閃光。
ノヴァ・ドミニオンの放った禁忌の兵器、指向性核融合砲『DNFC-99 ヘリオス』の光だ。
猛烈な爆風と熱線の中、ゲイルの乗る『ダフネ・ザ・フェニックス』が金色のオーラを放ち、強固な盾となって母艦エピメテウスを守り抜いた。
だが、そのカバー範囲から漏れそうになっていた機体があった。
シホやノエルたちが乗る量産機、イノセントの部隊だ。
((そうだ……アタシ、とっさにルナで庇って……))
ネクスター特有の野生の直感で、シャオは誰よりも早く死の気配を察知した。
そして本能のままに、自らの愛機『ルナ・ザ・ウルフファング』を盾にしたのだ。
しかし、高機動を誇るルナの装甲は薄い。
装甲越しに降り注いだ死の灰――強烈な放射線が、シャオの体を容赦なく貫いた。
((ものすごく、気持ち悪くなって……息が、できなくて……))
そこで、記憶は途切れている。
シャオは浅く息を吐きながら、枕元の呼び出しボタンを力なく押した。
~~~
数分後、静かにドアが開く。
入ってきたのは、白衣を着た救護班の青年だった。
ブドウ色の柔らかい髪に、どこかおっとりとした心優しい雰囲気を持つ男。
「気がつきましたか、シャオさん」
丁寧な口調で声をかけてきた彼に見覚えがあった。
((たしか名前は……ルディ。本名はルワン・ディベロだったっけ))
エピメテウス隊のパイロットであるノエル・コットンの……彼氏。
だという噂を、耳にしたことがある。
「いよっす……。ここは、本国の集中治療室か……?」
シャオは努めて普段通りに振る舞おうとした。
が、喉はカラカラで、ひどく掠れた声しか出なかった。
「ええ、そうです。無理に喋らなくて大丈夫ですよ」
ルディはベッドの脇に立ち、手元の端末でバイタルデータを確認しながら、優しく微笑む。
「アタシ……どうやって、ここまで……?」
「覚えていないのも無理はありません。あなたは、本当に無茶をしました」
ルディは少しだけ表情を引き締め、静かな声で語り始めた。
「ヘリオスの直撃後、戦場は放射能の海と化していました。
ゲイルさんの防護フィールドで守りきれなかったエリアにいた仲間たちを、あなたが庇ったんです」
シャオは黙ってルディの顔を見つめる。
「あなたは極量の放射線を浴び、コックピットの中で血を吐きながらも……ノエルの乗るイノセントを担ぎ上げ、エピメテウスの甲板まで運んでくれました」
そこまで言って、ルディは深く頭を下げた。
「そして、艦のハッチが開いた瞬間に、あなたは気を失って倒れたんです。
……そこで僕たち救助隊が、あなたを回収しました」
顔を上げたルディの瞳には、深い感謝の色が浮かんでいた。
「本当に、ありがとうございました。
あなたが限界を超えて無理をしてくれなければ、ノエルたちは助かりませんでした」
((アタシ、そんなことしてたのか……))
シャオは自身の両手を見下ろした。
点滴の針が刺さる肌は青白く、いつも日に焼けて、健康的な張りがあった頃の面影は薄れている。
((仲間を助けられたのは、よかった。……でも))
シャオの脳裏に、ボロボロになった自分の姿と、圧倒的な力で戦場を暴れ回るゲイルや烈火の姿がよぎる。
((アタシは、弱かった。ただ、盾になることしかできなかったんだ……))
乙女の心に、抗いようのない無力感が静かに広がっていった。
「シャオさん……」
ルディは端末をポケットにしまうと、シャオのベッドの脇に立った。
「失礼します。少しだけ、身体の状態を確認させてください」
そう言って、ルディはシャオの着ている病衣のボタンに手をかけた。
ペラペラの布地が捲り上げられ、シャオの豊かな胸元と、日焼けした肌があらわになる。
だが、その肌のあちこちには、ひどい火傷のような痕と、内出血の痛々しい痣が広がっていた。
「……ナノマシンによる細胞の修復は、順調に進んでいるようですね」
ルディは手元の小型スキャナーをかざしながら、ホッとしたように息を吐く。
「通常の人類なら、あの被曝量では絶対に助かりませんでした。シャオさんの生命力と回復力は、本当に驚異的です。
……とはいえ、決して良い状態とは言えませんが」
生真面目な顔で診察を続けるルディ。
そんな彼の様子を見て、シャオはふと、意地悪な笑みを浮かべた。
「なあ、ルディ」
「はい、何でしょう?」
「アタシみたいな年頃の女のさ。……素肌を見てんのに無反応って、どうなのよ?」
シャオはニヤリと笑い、わざと胸の谷間を強調するように身体を少しだけよじった。
普段ならゴウの前でしか見せないような、挑発的な仕草だ。
「えっ……!? あ、いや、僕はあくまで医療従事者として……」
ルディは慌てて視線を逸らし、耳まで真っ赤にする。
その反応が面白くて、シャオはくすくすと笑い声を漏らした。
「ハハッ、冗談だよ。アタシら軍人だし、もともとそういうの気にしないタチだからさ。
別に減るもんでもないし」
シャオは病衣を直しながら、なおもからかうように言う。
「なんなら、アタシの裸の記憶をおかずに、後で一発抜いてもいいんだぞ?
命の恩人へのサービスってやつだ」
「な、なにを言ってるんですか! 結構です!」
ルディは顔の前で激しく手を振って、全力で遠慮した。
「そんなことしたら……ノエルにバレたら、僕、本気で殺されますから……!」
「あっはははは!! ウケる! ゲホッ!!」
ルディの悲痛な叫びに、シャオはついに声を上げて笑ってしまった。
だが、笑った拍子に胸の奥が痛み、激しくむせる。
「ゲホッ、ゴホッ……! い、痛ってぇ……」
「だから無理しないでくださいって言ったでしょう。
シャオさんは、しばらく絶対安静です。
……数日は、ベッドから降りるのも禁止ですからね」
ルディは呆れたように溜息をつくと、シャオの布団をかけ直し、病室のドアへと向かった。
「おとなしくしててくださいね。
……生きていてくれて、本当によかったです」
最後に優しい微笑みを残し、ルディは部屋を出て行った。
パタン、とドアが閉まる音が響く。
再び静寂が戻った病室で、シャオはぽつりと呟いた。
「……絶対安静、か」
自分の不甲斐なさを誤魔化すために軽口を叩いたが……心の中は、どす黒い感情で渦巻いていた。
あの時、ゲイルはダフネのリミッターを解除し、金色のオーラを放ってすべてを守ろうとした。
烈火なら、ブレイズを『覚醒』させて、きっとあの光もはじき返した。
((でも、アタシには何もできなかった))
特別な力なんてない。
ただの少し頑丈な身体で、盾になるのが精一杯だった。
「……弱っちいな、アタシ」
ギュッと拳を握りしめ、悔しさに唇を噛む。
その時だった。
コンコン、と控えめなノックの音がして、病室のドアが再び開いた。
ルディと入れ違いに入ってきたのは、病室の入り口が窮屈に見えるほどの巨漢。
見上げるような大男であり、シャオの彼氏───
ゴウ・ギデオンだ。
「……おぉ、シャオ。目が覚めたか」
いつものようにのんびりとした、熊のような低い声。
ゴウの姿を見た瞬間、シャオの張り詰めていた糸が、ふつりと切れた。
「あぁ……。アタシは……って、え?」
「う、うおおおおおおおおっ……!!」
病室に入ってくるなり、ゴウは唐突に顔をくしゃくしゃにして大泣きし始めた。
普段の彼からは想像もつかないような、子供のような泣き声。
そのままベッドの脇にドスンと膝をつき、巨大な両腕でシャオの身体を優しく、けれど力強く抱きしめた。
「ゴ、ゴウ……!? ちょ、痛い、痛いから!」
「シャオォォ……! よかった、本当によかった……っ!
もう目覚めないんじゃないかって……後遺症が残ったらどうしようかって……!
オレが、オレがあの場にいれば、こんなことには……っ!」
シャオの肩に顔を埋め、ボロボロと大粒の涙をこぼすゴウ。
その体は、小刻みに震えていた。
見上げるような大男が、自分を案じて本気で泣いてくれている。
その不器用な優しさに、シャオは思わず吹き出してしまった。
「……バカ。大の大人が、みっともない泣き顔晒すなよ。
大丈夫だって。アタシは超人で、エリシオンのスーパーエースだから……さ」
そう言って、シャオはゴウの大きな背中をポンポンと叩く。
しかし、その言葉の最後は、ひどく掠れて弱々しいものだった。
シャオはゆっくりとうつむいた。
((……スーパーエース、なんてな))
胸の奥で、ドロドロとした無力感が再び鎌首をもたげる。
「アタシは……弱いよ。ゴウ」
ポツリと、本音が漏れた。
「覚醒も使えなきゃ、リミッター解除もない。
いざって時に、ただ盾になることしかできない……そんなの、エースなんて呼べないだろ」
シャオは知らないのだ。
客観的に見れば、彼女の戦果は凄まじいということを。
前回の戦い、もしシャオが単機で敵の陽動に応じ、クロトの駆る『カーバンクル』を足止めしていなければ、どうなっていたか。
間違いなく、シホたちイノセント部隊は全滅。
エピメテウスは沈められ、敵は『ヘリオス』を使うまでもなく、完全勝利を収めていた。
シャオの人間離れした格闘能力と野生の勘があったからこそ、エリシオンは首の皮一枚で繋がったのだ。
だが、当の本人にはその自覚がない。
圧倒的な光の前で、自分が何もできなかったという無力感だけが、シャオの心を苛んでいた。
そんなシャオの頭を、ゴウの大きな手が、ポンと撫でた。
「シャオは、とても強い。
オレが知ってる誰よりもな」
ゴウは鼻をすすりながら、真っ直ぐにシャオを見つめた。
その瞳には、嘘偽りのない真っ直ぐな想いが込められている。
「それに……生きて帰ってきた。それが一番すごいんだ」
「……生きて、帰ってきた?」
「ああ。どんなに強くたって、どんなにすげぇ力を持ってたって……死んだら終わりだ。
シャオが死んだら、オレは悲しい。だから、焦るなよ」
焦らない、焦らない。
いつも通りのマイペースな言葉。
けれど、その言葉の奥にある深い愛情が、シャオの冷え切っていた心をゆっくりと溶かしていく。
「……ハハッ。なんだよそれ。ゴウのくせに、かっこつけやがって」
シャオは苦笑いしながら、ゴウの大きな腕にそっと寄りかかった。
少しだけ、強張っていた肩の力が抜け




