表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

211/241

最終兵器『ベリアル・ドライブ』

 ギンはモニター越しのヴァイスマンを見据え、静かに頷いた。


「キミのおかげで、ギゼラの命が繋がった。

 ……エリシオンの未来にとって、彼女が生きていることは何よりも大きいんだ」


 その言葉に、ヴァイスマンは目を伏せ、力なく首を振った。


『……よせ。私のせいで戦場に送られ、殺し合って散っていった命と比べれば……。

 この程度のこと、感謝されるいわれはない』


 ヴァイスマンの声には、深い悔恨が滲んでいた。

 長年、資金と引き換えに、孤児たちを軍へ引き渡してきたという罪悪感。

 それが今も、心を縛り続けているのだ。


「それは違うよ、ヴァイスマン」


 ギンは、そんな彼の自責の念を冷徹に、だが確かな事実として否定する。


「キミが彼らを育てようが育てまいが、彼らが戦う未来はあまり変わらないんだ。

 自分のせいで死んだなどというのは……ただの思い上がりだ」


『……!』


 ヴァイスマンが、ハッと顔を上げた。


「だけど……今日、ギゼラが生きているのは、間違いなくキミの選択のおかげだ。

 それだけは、断言できる」


 不老不死の天才が口にした、絶対の事実。

 その言葉は、ヴァイスマンが数十年間背負い続けてきた十字架を、少しだけ軽くした。


『…………』


 ヴァイスマンは言葉を失い、震える手で車椅子の肘掛けを握りしめた。

 そして、モニター越しのギンに向かって、深く、深くお辞儀をする。


『……数十年越しに、救われた気分だ。

 ありがとう……カイ』


 その光景を、横で見ていたギゼラが、たまらずといった様子で口を挟んできた。


『ちょっとちょっと、感動的な再会はいいけどさ。

 アンタ、烈火たちのことを話してないのかい?』


 ギゼラは、呆れたようにヴァイスマンを小突いた。


『ギゼラ……?』

『このお爺ちゃん、行方をくらませた少年のことを、ずっと気にかけていたってのにさ』


 ギゼラは、ヴァイスマンを庇うようにモニターへ身を乗り出す。


『アタシが話すまで、烈火がプロメテウス隊のエースだって知らなかったんだぜ?

 ったく、薄情な男だねぇ』


 その言葉に、ギンは思わず苦笑いを浮かべた。


「……仕方ないだろう」


 ギンは、あえて軽く肩をすくめてみせる。


「キミのおかげで、たくさん人を殺せる、立派な兵士になりました……なんて、胸を張って言えないからね。

 ヴァイスマンがどれだけ彼らを気に懸けているか、知っていれば、なおさらだ」

『う……』


 その事実に、ギゼラは黙り込み、ヴァイスマンもまた目を伏せた。

 彼らが生きて、そして生き残るためにどれほどの血を流してきたか、ギンは誰よりも理解している。


「でも、ちょうど、話せるめどが立ったのさ」


 ギンの声音が変わり、冷たくも熱を帯びた響きを持った。


『……? めど、だと?』


 ヴァイスマンが訝しげに眉をひそめ、ギゼラも首を傾げる。

 その後ろで、マティアスだけは何も言わず、静かに通信の様子を見守っていた。


「ああ。宇宙での決戦で、アマツキ……ノヴァの小惑星基地を手に入れたことで、この馬鹿げた戦争を終わらせるめどが立った」


 不老不死の天才が、100年の孤独の末に掴みかけた「最良の未来」。


「烈火は、これから本当の英雄になる。

 ……ヴァイスマンが保護したあの子供たちは、本当に世界を救うんだ。

 だから、もう少しだけ待っていてくれ」


 その言葉に、ヴァイスマンの瞳が大きく見開かれた。

 かつて彼が救い出し、そして戦場へ送り出した子供たち。

 彼らが、ただの「兵器」として消費されるのではなく、世界を終わりの先へ導く「英雄」になるというのだ。



『そうか……』


 ヴァイスマンは、ただ一言、それだけを呟いた。

 皺の刻まれた顔から、数十年の重荷が少しだけ解けたような、穏やかな色が滲む。


 通信のメイン画面が、ヴァイスマンとギゼラから、外で待機していたマティアスへと切り替わった。


『……というわけで、感動の再会はこれくらいでいいかな。

 こちらもちょうど、ヘルメスへ運び出しているところだ』


 マティアスの背後には、地下ドックから地上へとつながる、巨大な通路が広がっている。

 カメラの向こうで、数機のイノセントたちが、歩いていく様子が映っていた。

 慎重に、だが確実な動作。その手には、大破したウェイバーから抜き取られた『プラズマリアクター』。

 これを本国へ送り届け、新たなるウェイバーを建造するのだ。


「ああ、順調そうだな」


 ギンは、モニターの端に表示される、ヘルメスの積載ステータスを確認しながら頷いた。


『エピメテウス隊の連中も手伝ってくれている。

 あと三十分もすれば、搬入は完了するだろう』


「上出来だ。ヘルメスなら、音速を遥かに超える速度で飛べるからね。

 一度空へ飛んでしまえば、撃墜は物理的に不可能だ。……翌日には本国に着く」


『了解した。こちらも搬入完了次第、速やかに離脱する』


 マティアスは、淡々と輸送の手筈や運び出しの状況を報告し、ギンもまた、必要な指示を返す。

 その間にも作業は進み、ヘルメスの格納ハッチが閉まった。


『さて、そろそろ時間だ』


 マティアスが通信機を下ろし、振り返る。

 画面の端で、ギゼラがヴァイスマンに向き直った。


『それじゃあ、お爺ちゃん。

 アタシは一足先に帰るよ。……また、生きて会おうぜ』


 ギゼラは、持ち前の豪快な笑みを浮かべ、車椅子のヴァイスマンへ手を差し出した。

 ヴァイスマンは、その無骨な手を取り、力強く握り返す。


『ああ。……おヌシも、無理はするなよ。

 カイの奴に、無駄死にさせられるんじゃないぞ』


『へへっ、誰が死ぬかっての。アタシはまだ、死ぬには早すぎるからね』


 マティアスもまた、静かにヴァイスマンの前に進み出た。


『……感謝する。

 あなたの手引きがなければ、我々だけでは彼女を保護できなかっただろう。

 この恩は、必ず本国へ持ち帰る』


『フン。老いぼれの道楽だ。気にするな』


 ヴァイスマンは、わざとらしく鼻を鳴らしたが、その目元は微かに潤んでいた。


『では、また』


 マティアスが一礼し、ギゼラと共にヘルメスへと向かって歩き出す。

 ヴァイスマンは、その背中を、いつまでも見送っていた。


 ~~~


 通信が切断され、マティアスとギゼラの姿が消える。

 ギンは息をつく間もなく、次なる回線を開いた。

 次にパネルへ映し出されたのは、油まみれのツナギを着た、筋骨隆々で、初老の男。

 エリシオン開発局のトップ、通称「おやっさん」だった。


『おう、カイの坊主か』


 おやっさんは、咥えていた葉巻を指に挟み、画面越しにニヤリと笑った。


『ちょうど今しがた、パンドラからアマツキの資源コンテナがごっそり届いたところだ。

 驚いたぜ、あの宇宙の石ころから、これほど極上の隕鉄やレアメタルが採れるとはな』


 背後では、巨大なクレーンがうなりを上げ、宇宙ウエからぶっこ抜いてきたばかりのコンテナが次々とドックへ運び込まれている。

 その光景に、ギンも微かに口角を上げた。


「ご苦労。……で、どうだ? オレの設計図通りにいきそうか?」

『ああ。こいつらを使えば、熱量干渉の問題もクリアできる。例の「ベリアル・ドライブ」と、最後のプラズマリアクター……。

 いよいよ完成の目処が立ったぜ』


 ベリアル・ドライブ。

 それは、アマツキの希少資源を用いて建造される、次世代型のプラズマリアクターに組み込まれる、ある種「ロクデモナイ」代物だ。


「性能は?」

『坊主の計算通りだ。

 プラズマリアクター自体の出力をフィードバックさせ、限界までブーストをかける。

 出力も安定性も、これまでの比じゃねえ』


 おやっさんは、少しだけ表情を引き締め、忌々しそうに葉巻の煙を吐き出した。


『だがな……こいつは劇薬だぜ。

 機体にかかる負荷も、暴走した時のリスクも桁違いだ。

 こんなじゃじゃ馬、烈火の坊主のブレイズ以外に、誰が積めるってんだ?』


 その言葉通り、ベリアル・ドライブは『ブレイズ・ザ・ビースト』のさらなる強化、すなわち「覚醒」のさらに先を行くための極大出力エンジンとして設計されている。

 そしてもう一つ、ギンが企む神の領域……死者蘇生に必要な、膨大なエネルギー源でもある。


「誰が乗るかは問題じゃない。

 オレたちには、この力がどうしても必要なんだ。

 ……ノヴァの狂犬たちを、完全に黙らせるためにな」


 ギンの冷徹な宣告に、おやっさんは感慨深そうに、長いため息を吐いた。


『……ったく、お前さんの頭ん中はどうなってんだか。

 100年経っても、無茶苦茶なモンばかり作りやがって』


 だが、その声色には、技術者としての抑えきれない探求心。

 そして、教え子の描く未来への、確かな信頼が入り混じっていた。


「ま、それでも形になったから、良いとしようよ」


 ギンは小さく頷き、おやっさんからの報告に耳を傾けた。


「それで、新兵器たちの進捗はどうだ?」

『ああ、こっちも順調だぜ。改修パーツ、追加武装、それに予備の装甲もガンガン組み上げてる。

 手っ取り早く実戦投入するためにな、試作版のブレイズやウェイバーで使ってた旧パーツも引っぺがして、改造に回す予定だ』


 おやっさんの背後では、巨大なアームが動き、溶接の火花が散っている。

 使えるものは何でも使う。

 それが、資金も時間も限られたエリシオンのリアルだ。


「完璧だ。無駄なく使い切れ」

『だがな……』


 おやっさんは指をトントンと、表情を曇らせた。


『現場の連中も、少しピリピリしてやがる。

 よからぬ噂が広がったり、エリシオンを非難するニュースがそこら中で流れてるからな。

 ……あんな惨劇を起こした連中のために、本当に兵器を作っていいのかってな。

 そのせいで、正直言って作業に遅れが出てる』


 ノヴァの情報工作は、前線だけでなく、本国の地下深くで働く技術者たちの心にも暗い影を落としていた。


「……無理もない」


 ギンは、静かにモニターを見つめ返した。


「彼らには、すべての真実を伝えることはできない。

 でも、彼らの手で作られたものが、確実に世界を繋ぎ止めている。

 その誇りだけは失わせないでやってくれ」


『……わかってるよ。オヤジの説教くらいは、してやるさ』

「頼むよ。そのまま、計画通りに進めてくれ」


 ギンはそれだけを告げ、通信パネルを閉じた。

 再び、地下庭園に静寂が戻る。


「ふぅー……」


 水盆の音が、かすかに響く中、ギンは目を閉じて盤面を整理した。


 宇宙での決戦を終え、プロメテウスは帰還した。

 パンドラも、アマツキからの莫大な資源と共に到着した。

 そして明日には、ヘルメスがギゼラと、ウェイバーのプラズマリアクターを乗せて帰ってくる。


 バラバラになりかけていた手駒が、再び本国へと集結しつつある。


((……反撃の時だ))


 ギンは、ゆっくりと目を開き、薄暗い天井を見上げた。

 不老不死の天才の瞳に、冷たい炎が灯る。


((散々、好き勝手やってくれたお礼を……たっぷりと、してやらなきゃな))


 ノヴァ・ドミニオン。そして、フレギア。

 100年の因縁に決着をつけるための、最後の反攻作戦が、いよいよ始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ