決着、奪還、勝利!
「いっけえええっ!」
上空から、ノエルの穏やかな、しかし容赦のない声が響く。
頭上を旋回していた高速輸送艦ヘルメスから、無慈悲な機銃掃射が降り注いだ。
動きを止められ、回避行動すらとれないファランクスの薄い背面装甲を、大口径の徹甲弾が次々と撃ち抜いていく。
ドゴォォォォンッ!!
内部のリアクターが誘爆し、ファランクスは巨大な火球となって爆散!
「ふぅ……。ノエル姉、ナイスタイミングです」
『シホちゃんこそ、ナイスな誘導だったわよ~』
シホは安堵の息を吐き、右腕の粒子バルカンを構え直して周囲を警戒する。
だが――爆炎が晴れても、基地のゲートから新たなファランクスが現れる気配はなかった。
((……増援が、来ない?))
シホは訝しんだ。
が、無理もないことだった。
ノヴァ・ドミニオンの地上戦力は、すでに枯渇しつつあったのだ。
リープランド自治領での激戦。
機動要塞アラクネの防衛戦への出兵。
そして何より、味方ごと地上をガラスに変えた悪魔の兵器『ヘリオス』の巻き添え。
ノヴァの冷酷な戦略の代償として、この最重要基地を守るべき正規の強化兵士たちは、すでにその大半が失われていたのである。
「これなら……ダフネは守りきれます!」
シホはイノセントの姿勢を低くし、広場の中央へと視線を移した。
雑兵が消え去った戦場で、今もなお、凄まじい衝撃波を撒き散らしながら激突を繰り返している二つの影。
赤熱するオーラを纏った灰色の機体『カーバンクル』と。
燃え盛る炎の装甲を持つ、烈火の『ブレイズ』。
ここから先は、絡め手も奇策も通用しない、超人同士の純粋な殺し合いの領域だ。
ズドォォォォンッ!!
二つの巨大な鋼の塊が激突し、爆発的なプラズマの衝撃波が周囲の空気を吹き飛ばす。
地面のコンクリートが粉々に砕け散り、クレーターが穿たれる。
「死ねッ! 死ねェェェッ、赤い悪魔ァッ!!」
クロトの狂乱する絶叫と共に、カーバンクルがガンブレードを猛然と振るう。
胸部のコアから溢れ出す赤熱するオーラは、機体の限界出力を超え、覚醒寸前の『鬼神』のごとき威容を放っていた。
ソフィを奪われた憎しみ。
その復讐心だけが、クロトの精神を極限まで研ぎ澄まし、超絶的な機動を可能にしているのだ。
「菊花を助けるんだ! 邪魔すんなぁ!!」
迎え撃つ烈火のブレイズもまた、全身から赤黒いオーラを立ち昇らせていた。
こちらも覚醒寸前。
闘争本能をむき出しにした『悪鬼』の姿だ。
右手のコンバットナイフを逆手に構え、カーバンクルのガンブレードを強引に弾き返す。
火花が滝のように降り注ぎ、互いの装甲が悲鳴を上げる。
カーバンクルがスラスターを吹かして背後に回り込もうとすれば、ブレイズは肩部機銃で牽制しながら、回し蹴りでその軌道を力任せに叩き落とす。
体勢を崩したかに見えたカーバンクルだったが───
背部のジェットパックを異常なベクトルで噴射し、空中で無理やり姿勢を制御。
そのままガンブレードの銃口を向け、至近距離から荷電粒子弾を連射した。
ブレイズの粒子シールドに当たり、火花がバチバチと弾け飛ぶ。
だが烈火は怯まない。
被弾覚悟でさらに一歩踏み込み、コンバットナイフを抜いてカーバンクルの胸部を抉りにいく。
紙一重の回避。刹那の打撃。
一進一退。
両者の実力は、完全に互角だった。
機体性能も、パイロットの技量も、そして相手を殺し尽くそうとする執念も。
どちらかがほんの僅かでも気を抜けば、即座に命を刈り取られる極限の領域。
「灰になれ……! 俺のすべてを奪った貴様も、何もかもッ!!」
クロトの目が血走り、カーバンクルのガンブレードが二刀流でブレイズの首を刎ねようと迫る。
烈火も限界までリミッターを解除し、腕のブレードでそれを迎え撃とうとした――。
その時。
グォォォォォォォン……ッ!!
カーバンクルの背後。
シホのイノセントが守り抜いていた無人のままの機体――
『ダフネ・ザ・フェニックス』のプラズマリアクターが、突如として重厚な産声を上げたのだ。
「……ッ!?」
背後から膨れ上がる圧倒的なエネルギーの気配に、クロトの動きが一瞬だけ遅れた。
カーバンクルのカメラが、背後で立ち上がる紅白の巨体を捉える。
沈黙していたダフネのカメラアイが、鋭い黄金の光を放って起動していた。
――ダフネのコックピット内部。
「システム・オールグリーン。出力安定しているな」
ゲイル・タイガーは操縦桿を握り、機体の再起動シークエンスを冷静に処理していた。
コンソールには、各種センサーの正常な動作を示す緑色のランプが次々と点灯していく。
だが、彼が座るメインシートのすぐ真後ろ。
本来ならばサバイバルキットなどが積まれている空間。
小さな補助席に、無理やり押し込まれた同乗者が一人、身を縮こまらせていた。
「ちょっ……ゲイル、アホ! モニター映すなや! ウチ、今全裸やねんで!?」
顔を真っ赤にして喚いているのは、地下牢から救出されたばかりの菊花だ。
その身体には未だに一枚の布もかかっておらず、狭いコックピットの中で必死に膝を抱え、豊満な胸元を隠そうと身をよじっている。
「安心しろ、外部にカメラの映像は送っていない」
「そういう問題ちゃうわ! はよ上着貸せや!」
「戦闘中だ。出している暇はない。……我慢しろ」
ゲイルは全裸の女が背後にいることなど微塵も気にかける様子はなく、ただ淡々と、冷徹なパイロットの顔に戻っていた。
その視線は、モニターに映る灰色の敵機――カーバンクルにのみ注がれている。
「しゃーないな……ホンマ、無茶苦茶やで……」
菊花は大きなため息をつきながらも、どこか安堵したようにゲイルの広い背中を見つめた。
この男の揺るぎない背中がある限り、自分は絶対に守られる。そう確信できたからだ。
「待たせたな、烈火」
ゲイルの静かな声が、通信回線を通じてブレイズへと届けられる。
『へっ、おせーぞゲイル!』
烈火の獰猛な笑い声が応じた。
ダフネ・ザ・フェニックスが両腕のシールドエッジを構え、ブレイズと並び立つ。
最強の超人二人が、今、最悪の敵の前に立ちはだかった。
ダフネ・ザ・フェニックスの狭いコックピット内。
メインシートに座るゲイルは、背後の補助席で小さくなっている菊花を、メインモニターの端に映るバックミラー越しにチラリと見た。
全裸のまま膝を抱え、必死に豊かな胸と下半身を隠そうと身をよじる菊花。
その顔は恥じらいと怒りで、茹でダコのように真っ赤に染まっている。
((……なるほど。あの時の意義が、今ならよく分かる))
ゲイルは密かに感心していた。
かつて、極限のGからパイロットの命を守るためという名目で、菊花は兎歌のパイロットスーツを、布地が薄く身体のラインが卑猥なほど浮き出るものに新調したことがあった。
烈火の闘争本能を煽るための、悪ふざけにも似たその仕様。
当時は呆れていたゲイルだったが、今ならその効果を完璧に理解できる。
「……今なら、機動要塞が相手でも単騎で勝てそうな気がするな」
「はぁ!?」
「忘れないように、今度コックピットに写真でも貼っておくか」
冗談とも本気ともつかないゲイルの呟きに、菊花は爆発した。
「アホか! 変態! ドスケベ! 冷徹男のくせに何言うてんねん! 前向いて操縦せえ!」
罵詈雑言を浴びせながら、菊花はゲイルの背中をポカポカと叩く。
ゲイルはふっと口角を上げた。
だが、モニターに映る灰色の鬼神――カーバンクルを見据える彼の目は、すぐに冷徹な戦士のそれへと戻っていた。
((……冗談はここまでだ。ここでは戦えない))
カーバンクルは強い。
先ほどまでの動きを見れば、烈火のブレイズと完全に互角。
並のパイロットなら、あの異常な殺気に当てられただけで、身動きが取れなくなるだろう。
ゲイル自身は、超人の肉体で極限の機動に耐えられる。
しかし、背後にいる菊花は違う。
パイロットスーツも着ず、衝撃吸収シートに固定されてもいない生身の身体だ。
もし、ダフネがカーバンクルと本気で切り結べば───
その凄まじいGだけで、菊花の内臓は潰れ、肉塊に変わってしまう。
『烈火、シホ! 作戦目標は達成した。これより撤退する』
ゲイルは即座に通信を飛ばした。
『乗客が、戦闘のGに耐えられん』
『……チッ、おあずけかよ。しゃーねえな!』
舌打ち混じりに応じる烈火。
彼もまた、菊花の安全が最優先であることは百も承知だ。
『了解しました! 視界を奪います!』
シホの凛とした声が響いた。
合図と同時に、シホ機のイノセントが動く。
カーバンクルとブレイズの間に割り込むようにしてスラスターを吹かし、機体のコンテナから大量の円筒形グレネードをばらまいた。
ピピピッ───カッ!!
特殊な閃光と共に、強烈な電磁波を伴うEMPグレネードが一斉に起爆した。
「……ッ!」
クロトは咄嗟にカーバンクルのスラスターを逆噴射させた。
アニムスキャナーが実現する、凄まじい反応速度でのバックステップ。
ギリギリのところでEMPの直撃範囲から逃れ、機体のショートを防ぐことには成功する。
だが───
青白い閃光と電磁ノイズの嵐が、カーバンクルのメインカメラを数秒間だけ完全にホワイトアウトさせた。
「逃がすか……!」
クロトが即座にセンサーを復旧させ、光の壁を切り裂いて前に出た時には、すでに遅かった。
上空で待機していた高速輸送艦ヘルメスが、急降下してブレイズとダフネ、そしてシホ機を回収。
ノエルの鮮やかな操舵により、ヘルメスはメインスラスターから爆発的な推進力を噴き出し───
赤い硫酸の雲が立ち込める空へと、急上昇していくところだった。
「クソッ……!」
クロトがガンブレードを構え直したその頭上から、おまけのように数発の物体が投げつけられた。
ヘルメスのハッチから投下された、遅延信管式のグレネード弾だ。
「邪魔だ!!」
カーバンクルはガンブレードの刃を振るい、空中でそれらを正確に切り伏せた。
連鎖する爆発。
黒煙が晴れた後、空を見上げても、そこにはすでにエリシオンの部隊の姿はなかった。
光学迷彩を展開したヘルメスは、完全にレーダーからも視界からも消え去っていた。
「……」
クロトは、カーバンクルの腕を下ろした。
またしても、あの赤い機体を取り逃がした。
それどころか、基地に侵入され、貴重な捕虜すら奪還されてしまったのだ。
((負けたのか……俺は))
灰色の機体の中で、クロトはギリッと血が滲むほど唇を噛み締め、怒りと絶望に染まった瞳で、何もない虚空を睨みつけ続けていた。
………
……
…
エリシオンの戦闘空母『プロメテウス』の医務室。
消毒液の匂いが漂う静かな空間で、男と女が一人ずつ。
菊花は真っ白な毛布にくるまり、声を出して泣きじゃくっていた。
「うわああぁぁん……っ!
怖かった……ウチ、ホンマに怖かったんやでぇ……っ!」




