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ゲイル潜入中

「シホ! ノエル! 助かったぜ!」


 烈火は歓声を上げる。

 その隣、地上に降り立ったシホ機は、すぐさま右腕の粒子バルカンをカーバンクルに向けて掃射した。


『烈火さんから……離れてくださいッ!』


 黒髪に眼鏡をかけた控えめな少女、シホ。

 普段は大人しい彼女だが、想いを寄せる烈火の窮地とあっては、その動きに迷いはない。


 左腕のシールドで敵の反撃を弾きながら、的確なバースト射撃でカーバンクルのオーラを削りにかかる。


 だが───

 赤熱するオーラを纏ったカーバンクルは、シホの弾幕を気にも留めない様子で、ガンブレードを強引に振り抜き、ブレイズを弾き飛ばした。


「ぐぅ……!?」

「死ねぇ!!」


 そのままスラスターを咆哮させ、追撃すべく一直線に突進!


 その動きは、シホやノエルなど眼中にない。

 ただひたすらに、目の前の赤い悪魔を八つ裂きにすることだけを目的にした、狂鬼の突撃だ!


「上等だ……! その喧嘩、買ってやるよ!」


 烈火はブレイズの姿勢を立て直すと、機体のリミッターを一段階引き上げた。

 炎色の装甲が、プラズマリアクターの脈動に合わせて光を放つ。


 ヘルメスの援護射撃が降り注ぐ中、ブレイズと赤熱するカーバンクルは再び真っ向から激突!

 ガラスの破片が舞い散る広場で、致命の刃を幾度となく交差させていた。


 ~~~


 一方、ノヴァ・ドミニオン秘密基地の内部。

 無機質な白い通路の陰に、金髪の男が音もなく身を潜めていた。


 タッ……。


 曲がり角に差し掛かったノヴァの警備兵が、微かな足音に気付く。


「……?」


 振り返ろうとした瞬間。

 暗がりから伸びた剛腕が、兵士の口を分厚い手袋ごと塞ぎ、そのまま首の骨を無音でへし折った。


「……六人目」


 ゲイル・タイガーは、力なく崩れ落ちる死体を床にそっと横たえながら、低く呟いた。

 銃を使えば、音で他の兵士を呼んでしまう。


 彼は壁沿いに滑るように移動しながら、すれ違う強化兵士たちを一人、また一人と闇に葬り去っていく。


 暗殺を続けながら、ゲイルの優秀な頭脳は、これまでに通った通路の形状と監視カメラの位置から、基地の立体地図を構築していた。


((換気システムの配置、兵士の巡回ルートの偏り……。牢獄になり得る区画は絞り込めるが……))


 だが、ノヴァの基地は無駄に広く、構造が複雑すぎた。


((……わからん。どこだ))


 ゲイルは軽く舌打ちをした。

 このまま虱潰しに探していては、時間がかかりすぎる。

 菊花の身に、危険が迫っているかもしれないのに。


 その時だ。


 ダダダダダダッ!!


 突如、通路の奥からけたたましい銃声が鳴り響いた。

 咄嗟に身を隠すゲイル。


 と、前方から増援に向かおうとしていたノヴァの兵士たちが、血飛沫を上げて次々と吹き飛んでいく。


「何事だ……!?」


 硝煙の向こうから姿を現したのは、黒い犬のようなシルエット。

 四足歩行の小型コマンドロボだ。

 背中にマウントされた機銃から煙を上げながら、ゲイルの足元まで素早く駆け寄ってくる。


『へへっ、手こずってるみたいだね、オジサン!』


 コマンドロボのスピーカーから、元気で生意気な少女の声が響いた。

 エピメテウス隊の最年少パイロット。

 ユナ・ヴォルタ。


((赤毛の少女……ヘリオスの光で少なからず被ばくしたはずだが))


 だが、無理を押して、遠隔操作でサポートに入ってくれたらしい。


「ユナか。……身体の具合はどうした」

『あたしを誰だと思ってんの? 生まれながらのエースだよ。

 このくらいの遠隔操作、ベッドの上からでも余裕だっての!』


 ユナは得意げに笑うと、ロボットの首をクイッと動かした。


『さっき受信した菊花班長の座標、こっちのデータリンクにも送られてるからさ。

 あたしが最短ルートを案内するよ!』

「……恩に着る」


 ゲイルは短く、だが心からの感謝を告げた。

 一人で抱え込む気はない。

 今は、一秒でも早くあの女の元へ辿り着くことが最優先だ。


『しっかりついてきなよ!』


 コマンドロボが身を翻し、猛スピードで通路を駆け抜けていく。

 ゲイルも即座にその後を追った。


 かくして、一人と一機の即席コンビは、迷うことなく基地の最下層へと向かう階段を駆け下りていった。


 カッカッカッ……。


 地下深く潜るにつれて、空気がひんやりと冷たくなる。

 そして――ゲイルの研ぎ澄まされた感覚が、見知った気配を捉えた。

 分厚い壁の向こうに、確かにいる。


((近い……!))


 角を曲がった先、薄暗い地下牢の入り口。

 そこには、鉄格子の隙間から中を覗き込み、下卑た笑いを浮かべているノヴァ兵の後ろ姿があった。


「あぁ、もう我慢できねぇ。

 どうせ拘束してんだ。一発ヤッちまうか!!」


 その言葉を聞いた瞬間。

 ゲイルの瞳の奥で、冷たく青い炎が爆ぜた。


「ヒィッ……!?」


 背後に立ち上る異常な殺気に気付くノヴァ兵。

 振り返ろうとした。

 だが、遅い。


 ゲイルの渾身の右ストレートが、男の顔面を真正面から粉砕した。


 ただの殴打ではない。

 壁をぶち抜くほどの速度と質量を乗せた、超人の一撃!


 悲鳴を上げる間もなく、兵士の身体は宙を舞い───

 反対側のコンクリート壁に激突して、動かなくなった。


「……待たせたな、菊花」


 血に染まった拳を振り払いながら、ゲイルは静かに鉄格子の前に立った。



 ゲイルがノヴァ兵を殴り飛ばしたその横。

 彼の足元から、黒いコマンドロボが素早く鉄格子の前へと飛び出した。


『ちょっと下がりなよ、菊花班長!』


 ユナの元気な声と共に、ロボットの背部アームから小型のレーザートーチが展開される。


 バチバチ───ッ

 眩い火花が散り、分厚い鉄格子があっという間に溶断された。

 ロボットはそのまま器用に牢の中へ滑り込み、菊花の両手首を戒めていた金属の拘束具も焼き切る。


 ガキンッ、と重い音を立てて鎖が落ちた。

 支えを失った菊花の身体が、力なく前へと崩れ落ちる。


「……っ」


 冷たいコンクリートの床に倒れ込む寸前。

 ゲイルの逞しい腕が、その冷え切った身体をしっかりと抱きとめた。


「……ゲイル。ホンマに、来よったんか……」

「遅くなってすまない」


 弱々しく呟く菊花に、ゲイルは短く応えた。


 だが、そこで菊花はハッとして顔を真っ赤にする。

 必死に身をすくませ、手で胸元を隠そうとした。


「ちょ、ちょっと待て! 今、ウチ、すっぽんぽんやねんけど! 上着とかないんか!?」

「あいにく、着替えを持ち歩く習慣はなくてな。……我慢しろ」


 ゲイルは表情を変えることなく、菊花の身体をひょいと軽々と抱き上げた。


「ちょっ、恥ずかしいって……! 降ろしてや!」

「目を閉じていろ。すぐに外へ出るぞ」

「……こ、この冷徹男!!」


 言いながらも、菊花はその首に腕を回し、顔を胸板にうずめる

 ゲイルは菊花をしっかりと抱えると、牢獄を後にして階段を駆け上がり始めた。


 基地に侵入してから、それなりの時間が経過している。

 そろそろ敵の自動防衛システムや、内部の増援部隊が本格的に動き出す頃合いだ。


 ゲイルの予想通り、通路の先から赤いセンサーを光らせた球状の警備ドローンが複数機、不気味な駆動音を立てて飛んできた。


『おっと、そいつは通さないよ!』


 先陣を切って走るユナのコマンドロボが、背部の機銃を正確に掃射!

 ダダダダンッ!

 小気味よい発砲音と共に、警備ドローンは次々と火花を吹き、ガラクタとなって床に墜落していった。


 さらに、基地の天井に設置されたスピーカーから、けたたましい警報とアナウンスが鳴り響き始めた。


『緊急事態! 東ブロック第四通路にて爆発発生!』

『西エリアに毒ガスが散布されました! 各員、直ちに防毒装備を!』

『先ほどの侵入者情報は囮です! 敵の増援多数、北ゲートへ向かっています!』


 次から次へと、ありとあらゆる偽の情報が基地中に垂れ流されていく。

 壁の向こう側から、混乱したノヴァの兵士たちが右往左往し、怒号を飛び交わせる声が聞こえてきた。


「ユナ、お前がやっているのか」


 ゲイルが走りながら尋ねると、通信機越しにユナの得意げな笑い声が返ってきた。


『当然でしょ! 菊花班長が繋いでくれた清掃用回線を足掛かりにして、基地の放送システムを丸ごと乗っ取ってやったのさ!』


 スピーカーから絶え間なく流れる偽情報のおかげで、敵の警備網は完全にパニックに陥り、ゲイルたちを見失っていた。


((……大した小娘だ))


 ゲイルは内心で舌を巻いた。

 エピメテウス隊の三人は、純粋なパイロットとしての戦闘力では、烈火やゲイルのような『超人』には遠く及ばないかもしれない。


 だが、彼女たちはエリシオンが誇る特殊精鋭部隊なのだ。

 諜報、情報戦、隠密、ハッキング、そして破壊工作。

 絡め手で戦場をかき乱し、戦局をコントロールする『特殊部隊』としての技能においては、間違いなく烈火たちを凌駕している。


「頼もしい後衛だ。……行くぞ、菊花!」

「お、おう……!」


 仲間たちの完璧なサポートを受けながら。

 ゲイルは菊花を抱えたまま、迷うことなく地上へと続く脱出ルートを駆け抜けていった。


 ~~~


 一方、基地の外周広場。

 無人のまま駐機している『ダフネ・ザ・フェニックス』を守るように立ち塞がるシホのイノセントは、ノヴァの量産機『ファランクス』と対峙していた。


「くっ……! なんて重い攻撃……!」


 シホは左腕のシールドエッジを構え、ファランクスが振り下ろすブレードの連撃を必死に受け流す。

 火花が散り、イノセントのフレームが軋む。


 ノヴァの強化兵士が操るファランクスは、純粋な格闘能力と反応速度において、シホの技量を上回っていた。

 正面からまともに撃ち合えば、数分と持たずに押し潰されてしまうだろう。


((でも……私はエピメテウス隊のパイロット! 正面から勝てないなら……!))


 シホは眼鏡の奥の瞳を鋭く細め、イノセントのスラスターを吹かして、あえて後方へと大きく後退した。

 隙を見せ、敵を誘い込むように。


『───追撃する』


 ファランクスは淡々と対応。

 スラスターを咆哮させて、一気に間合いを詰めてくる。

 シホのイノセントを、そしてその後ろにあるダフネを破壊しようと、大上段にブレードを振りかぶった――。


 その瞬間。


 ガシュン───ッ


「……?」


 踏み込んだファランクスの足元で、強烈な青白い閃光が弾けた。


 先ほど、ヘルメスから投下されたコマンドロボが、ブレイズの援護に向かう道すがら、広場に密かにばらまいておいた───

 ───『EMP地雷』だ!


 強烈な電磁パルスがファランクスの装甲を突き抜け、内部の制御回路を瞬時にショートさせる。


 機体の関節から火花が吹き出し、巨大なファランクスは金縛りに遭ったかのように沈黙!


「いっけえええっ!」


 上空から、ノエルの穏やかな、しかし容赦のない声が響く。


 頭上を旋回していた高速輸送艦ヘルメスから、無慈悲な機銃掃射が降り注いだ。

 動きを止められ、回避行動すらとれないファランクスの薄い背面装甲を、大口径の徹甲弾が次々と撃ち抜いていく。


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