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出撃せよ! 燃える流星、烈火

((あと少し……パーセンテージ、80、90……))


 視線を伏せたまま、精神波のコントロールに全神経を注ぐ。


 男の言葉など、耳の表面を滑り落ちていくだけだ。

 答えて、何になる?


 怯えて命乞いをするのも、怒りで喚き散らすのも、男の嗜虐心を満たすだけだ。

 今の菊花にとって、一秒でも早く、一つでも多くの座標データを味方に届けること以外に、価値のある行動はない。


「チッ、なんだよその目は。

 生意気な女だ……後で泣いてすがっても遅ぇからな!」


 男が忌々しげに鉄格子を蹴り飛ばす音を背に聞きながら。

 菊花の脳内に、ついに『送信完了』の冷たい電子音が響き渡った。


((……送ったで、烈火。ゲイル。あとは頼んだわ……!))


 コンクリートの冷え切った床の上で、菊花は小さく、力強い笑みを浮かべた。


 ………

 ……

 …


 一方の、地上。

 悪魔の兵器『ヘリオス』によってガラス化し、死の世界と化した戦域から遠く離れた一時避難拠点。


 巨大な戦闘空母『エピメテウス』が、荒野に不時着するようにその巨体を横たえていた。

 黒を基調とした船体は、高熱と爆風、そして深刻な放射線汚染によって無惨に焼け焦げている。

 光学迷彩の機能も完全に沈黙し、満身創痍の有様だった。


「駄目だ、除染システムが追いつかない! 第一から第三ブロックを完全封鎖しろ!」

「艦の放棄を視野に入れろ! このままじゃ、全員被曝して死ぬぞ……!」


 格納庫や通路では、生き残ったスタッフたちが諦めがちな声を上げながら、絶望的な復旧作業に追われていた。

 主力のエースパイロットたちは何とか生き延びたものの、状況は最悪だ。

 このまま敵の追撃が来れば、間違いなく全滅する。


 だが、その重苦しい空気を切り裂くように、上空の厚い雲が巨大な質量によって押し退けられた。


『……っ!? 上空より、大型熱源接近!』


 レーダー手の悲鳴に近い報告が響く。

 誰もが死を覚悟し、天を仰いだ。


 しかし、雲を突き破って姿を現したのは、敵の機動要塞ではない。


 空の蒼さを凝縮したかのような、美しい流線型の巨大な船体。

 エリシオンが誇る最強の盾にして矛――プロメテウス級一番艦、『プロメテウス』だ。


「プロメテウス……! 宇宙の主力部隊が、降りてきてくれたのか!?」

「救援だ! ヤツらが来てくれた!」

「うぉおおお!!」


 歓声が上がる。

 宇宙での死闘の末、ノヴァの機動要塞バジリスクや、敵艦隊を壊滅させたプロメテウス。

 そして、地上の絶望的な危機を察知し、大気圏を急降下してきたのだ。


 烈火や兎歌、マティアスたちを乗せた頼もしい母艦の神々しい姿に、エピメテウスのクルーたちは涙を流した。


「プロメテウス! 本物だ!」

「おれ、初めて見た!」


 すぐさま、プロメテウスから降下した無人回収ポッドや牽引ビークルが、エピメテウスの物資や機体の移送作業を開始する。


 その中には、エピメテウスを庇って黄金の盾となり、装甲が焼け焦げた『ダフネ・ザ・フェニックス』の姿もあった。

 応急の除染を終え、巨大なクレーンによってプロメテウスの格納庫へと引き上げられようとしている。


 その時だ。


「おい、待て! ダフネを勝手に引き上げるな!」


 荒々しい声と共に、一人の男が足場を蹴って跳躍した。


 元シグマ帝国の最強パイロット、ゲイル・タイガーだ!


 ゲイルはプロメテウスの格納庫のデッキに着地するなり、そのまま空中に吊り上げられているダフネの装甲に飛び乗った。


 数メートルを無重力のように飛びのる金髪の男。


「ゲ、ゲイルさん!?

 機体はまだダメージが抜けきってません!

 それに、今は再編成の最中……!」


 プロメテウスの整備士が慌てて制止の声を上げるが、ゲイルは聞く耳を持たぬ。

 その手で、強引にコックピットのハッチをこじ開けた。


「悪いが、待ってはおられん。今すぐ出撃する!」

「出撃って、どこへ!? 敵の気配なんてありませんよ!」


 ゲイルはコックピットに身を滑り込ませながら、通信機越しに怒鳴りつけた。


「さっき、暗号回線にSOSの座標データが届いただろうが! 発信元はノヴァの秘密基地だ!」


 ゲイルの眼光は、獣のように鋭く研ぎ澄まされていた。

 そのデータを受信した瞬間、彼はすべてを理解したのだ。


((あの通信を送れるのは、エリシオンのメインメカニックであり、誰よりも意地っ張りな、あの女しかいない))


「妻が窮地だ! 俺が行かなくて、誰が行く!」


 ゲイルのその言葉に、格納庫の整備士たちはポカンと口を開けた。


「……妻? ゲイルさん、いつの間に結婚したんスか!?」

「ていうか、行方不明になってるの、菊花班長ですよね!?」

「そうそう、資材確保のために降りてきて、行方不明だって……」


 周囲の困惑など置き去りにして、ダフネ・ザ・フェニックスのプラズマリアクターが低くうなりを上げる。


 因縁と復讐を乗り越え、不器用ながらも心を寄せ合った女を救うため。

 ダフネはただ一機、プロメテウスの甲板から弾丸のように飛び立とうとしていた。


 キュオオォォォ───ッ


 ダフネ・ザ・フェニックスのメインスラスターが火を噴き、プロメテウスの甲板から強引に発進しようとした、その時だった。


『待ちやがれ、ゲイル! 抜け駆けはなしだぜ!』


 通信機から響いた快活な声。

 炎色の装甲を持つコマンドスーツが甲板のハッチから飛び出してきた。


 烈火・シュナイダーの駆る、エリシオンの象徴――『ブレイズ・ザ・ビースト』だ!


 宇宙空間で悪魔の兵器『ヘリオス』を真っ二つに両断するという無茶をやってのけたばかりの機体だが、その動きに淀みはない。


『烈火……貴様、機体のダメージは抜けてるのいか?』


『そっちこそ、エピメテウスを庇ってボロボロじゃねえか。

 ……でも、行くんだろ?』


 ブレイズはダフネの隣に並び立ち、その手に握られた高出力E粒子ライフルをカチャリと鳴らした。


『菊花は、俺たちの命を預かっている大事なメカニックだ。

 あいつがいなきゃ、俺のブレイズはただの鉄屑になっちまう。

 ……それに、ダチのピンチを黙って見過ごすほど、俺は行儀のいい男じゃねえからな』


 烈火の野性的な笑みが、通信パネル越しでも、はっきりと伝わってくる。

 ゲイルはフッと鼻で笑い、操縦桿を強く握り直した。


『足手まといになったら、置いていくぞ』

『へっ、そりゃこっちのセリフだ』


 かつてリープランドの街で殺し合い、互いの命を削り合った二人のエースパイロット。

 その二人が今、一人の不器用な女を救うため、並び立っている。


 二機がスロットルを全開にしようとした、その瞬間。

 プロメテウスのブリッジから、全体通信が割り込んできた。


「あぁ!?」

「今度はなんだ!」


『……ブレイズ、ダフネ。目標座標への出撃を許可する』


 聞こえてきたのは――レゴン艦長の声だった。

 普段はどこか頼りないが、いざという時には凄まじい決断力を発揮する男。

 その責任感と仲間意識のために、最新鋭の空母を任された男!


「艦長……!?」


『非公式の単独作戦などと、上層部に報告するつもりはない。

 これはプロメテウス隊の正式な人命救助ミッションだ』


 レゴンは小さく咳払いをし、堂々と語った。


『……後の書類の山は、こちらで何とかしよう。

 だから───必ず菊花を連れて帰ってこい』


「……上層部の顔色なんか気にしないってか?」


 レゴンの声には、部下を思う上官としての、確かな覚悟が込められていた。


『……感謝する、レゴン・オリエンタル』

『ありがとよ、艦長! ド派手に暴れてくるぜ!』


 烈火とゲイルは短く礼を言い、今度こそスラスターを全開にする。


~~~


 飛び立っていく二機のプラズマリアクターの光を、プロメテウスのデッキから見上げている者たちがいた。

 兎歌・ハーニッシュ。

 そして、マティアス・クロイツァー。


「行っちゃった……。烈火のバカ、また無茶して……」


 兎歌は豊かな胸の前で両手を組み、空へと消えていく、赤い光を見つめていた。


 愛機である白い鳥『リベルタ・ザ・ターミガン』は、宇宙での限界を超えた合体と戦闘の反動により、現在ドックで厳重な除染とオーバーホールの真っ最中だ。


 マティアスの愛機、『ストラウス・ザ・ホークアイ』も同様。

 すぐに出撃できる状態ではなかった。


「案ずるな、兎歌。あの二人が組んで、遅れをとるはずはない」


 マティアスは穏やかな声でそう言いながら、白髪交じりの顎髭を撫でた。


「それに、ノヴァの残存部隊がいつこのプロメテウスや、動けないエピメテウスを狙ってくるか分からないからね。

 誰かがこの空母を留守番して、守らねばならない」


「……うん。わかってる。 わたしたちは、わたしたちのやるべきことをやるよ」


 兎歌はギュッと拳を握り締め、力強く頷いた。


((信じてるよ。烈火は、必ず無事に帰ってくる))


 そして、口うるさくて仲間思いのあの関西弁のメカニックを必ず連れ戻してくれると、信じている。


「待ってるからね、烈火……菊花ちゃん……!」


 祈るような兎歌の声を置き去りにして。

 ブレイズとダフネは音速の壁を突破し、菊花の待つノヴァ・ドミニオンの秘密基地へと一直線に空を裂いていった。


 〜〜〜


 プロメテウスが降下した一時避難拠点から、受信したSOSの座標――ノヴァ・ドミニオンの秘密基地までは約百キロメートル。

 時速三百キロで飛行したとして、わずか二十分の距離だ。


 灰色の雲を引き裂きながら、赤と紅白の二つの流星が空を駆け抜けていく。


 烈火の『ブレイズ・ザ・ビースト』の背には、久しぶりに『ジェットパック』がマウントされていた。

 反重力装置であるリパルサーリフトとフレキシブルブースターを組み合わせた、飛行用の標準装備だ。


 ゲイルの『ダフネ・ザ・フェニックス』も、本来の重武装な複合型バックパックではない。

 エピメテウスの艦内に予備として置かれていた、機動性重視のバックパックを急遽換装している。


『……チッ、スタビライザーの反応が鈍い。トップスピードに乗るまでコンマ五秒のラグがある』


 通信パネル越しに、ゲイルが忌々しげに舌打ちをした。


『文句言うなよ。俺のブレイズだって、スラスターの出力バランスが微妙にズレてやがる』


 烈火も操縦桿を微細に調整しながら、苦笑混じりに返す。

 本体はアニムスキャナーで動くが、スラスターや増設装備はどうしても、操縦桿での操作が必要になるのだ。


 プラズマリアクターの莫大なエネルギーを制御し、機体を限界まで最適化する。

 あるいは、音速を超えるようなピーキーな装備を、短時間で完璧にセッティングする。

 それができる唯一の人間が、今、敵地に囚われているのだ。


 メインメカニックである菊花が不在のまま、プラムたち、他の整備士が急ごしらえで組み上げた状態では、これ以上の速度は出せない。

 もどかしさはあるが、文句を言っても始まらない。


『しっかしまあ……まさか、お前と肩を並べて空を飛ぶ日が来るとはな』


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