表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

194/247

エリシオンのひみつ:各地にシェルターがある

「じゃが、その平和な箱庭すらも、永遠には続かなかったのじゃ」


 片眼鏡を握りしめたヴァイスマンの手が、微かに震える。


「あの日、戦火がわしの孤児院にまで及んだ。……空襲じゃった」


 突如として降り注いだ爆撃。

 燃え盛る炎と、崩れ落ちる建物の轟音。

 逃げ惑う子供たちの悲鳴が、今も老人の耳にこびりついている。


「わしは年老いて無力じゃった。

 じゃが、その絶望の中で、立ち上がった者たちがいたのじゃ」


 崩れ落ちてくる瓦礫を、素手で受け止めた少年。

 炎を恐れず、逃げ遅れた子を抱きかかえて走った少女。

 烈火とシャオだった。


 超人とも呼べる二人。

 その異常な身体能力がなければ、犠牲者の数は数え切れなかっただろう。


「あいつらの活躍で、多くの命が救われた。……しかし、それでも」


 ヴァイスマンは、深く、苦しげな息を吐いた。


「一人の幼い子供が、瓦礫の下敷きになって死んだのじゃ」


 自分の無力さを呪うように、烈火は血だらけの拳を地面に叩きつけて泣き叫んでいた。

 兎歌も、シャオも、泥に塗れて泣いていた。

 その出来事が、若者たちの運命を決定づけてしまったのだ。


「自分の無力さを痛感した兎歌とシャオは、間もなくして自らエリシオンの軍に志願していった。

 大切なものを、もう二度と失わないためにな」


「……」


「じゃが、烈火だけは姿を消したのじゃ」


 ヴァイスマンは目を伏せた。


「どこかの小さな建設会社に拾われ、身を潜めるように重機を動かして生きておると風の噂で聞いた。

 ……結局、わしはあいつらを戦場という地獄に送り出すことしかできなかった」


 それが、ヴァイスマンの知る過去のすべてだった。

 深い後悔に沈む老人を見て、ギゼラは痛む体を少しだけ起こした。


「ハッ。 なんだい、じいさん。

 あのバカのその後を、知らないのかい?」


 鼻で笑うようなギゼラの声に、ヴァイスマンが顔を上げる。


「結局、あのバカも幼なじみのために軍に入ったんだよ。

 兎歌ちゃんを守るためにな」


 ギゼラはニヤリと笑った。


「それどころか、今やあのバカはエリシオン最強のエース様だ。

 アタシなんかじゃ足元にも及ばないくらい、デタラメに強くて、最高に無茶苦茶な男になってるよ」


((まぁ、おっぱいに弱いところは、ガキの頃から変わってないみたいだけどねぇ))


 心の中で付け加えつつ、ギゼラは言葉を続ける。


「強さだけじゃない。

 アイツは、シグマ帝国の最強パイロットだった男の心すら叩き直して、味方に引き入れちまった。

 それに、ノヴァの非道な実験台にされて、心まで壊れかけてた敵の小娘すら助け出して、居場所を与えてやったんだ」


 ヴァイスマンの目が、驚きに見開かれる。

 ゲイル・タイガーや、リエン・ニャンパのことだ。

 敵味方の垣根すら越えて、烈火は関わった者たちの魂を救済してきた。


「アイツの根っこにあるのは、絶対的な『庇護欲』だ。

 もう誰一人、目の前で死なせはしないっていう、執念に近い覚悟だよ。

 ……それはきっと、あの空襲の日に、じいさんの孤児院で培われたものだ」


 ギゼラは、ヴァイスマンを真っ直ぐに見据えた。


「じいさんが育てたあの悪ガキどもは、今じゃ立派に世界を救おうとしてる。

 あのバカどもが最前線で踏ん張ってるから、アタシらみたいな大人が生き残れてるんだ」


「ギゼラ、おヌシ……」


「あんたが子供を売ったのは事実かもしれない。

 けどね、あんたの選択は間違ってなかった。

 巡り巡って、あんたの育てた命が、いくつもの命を救ってるんだよ」


 ギゼラの言葉に、ヴァイスマンのシワだらけの目から、ポロリと大粒の涙が零れ落ちた。


「そうか……。あいつら、立派に……」

「ああ。だから、泣くのはやめな。

 世界を救う英雄の親父なんだから、もっと堂々としてなよ」


 姉御肌のギゼラらしい、ぶっきらぼうだが温かい励まし。

 ヴァイスマンは何度も頷きながら、目元を袖で拭った。


 重苦しかった地下シェルターの空気が、少しだけ澄んだように感じられる。


「ありがとう、ギゼラ・シュトルム。

 おヌシの言葉で、50年間の胸のつかえが、少しだけ下りた気がするわい」


 ヴァイスマンは穏やかな顔を取り戻し、深く頭を下げた。


「さて……昔話はこれくらいにしておこう。

 お前さんの体に入れたナノマシンは、エリシオンから直接送られてきた特別製じゃ。

 数日もすれば、動けるようになる」


「へえ、そいつはありがたいね。

 すぐにでも戦線に復帰して、あのバカどもの背中を守ってやらないと」


 ギゼラは強がって見せたが、ふと、愛機を失った喪失感が胸を過った。

 ウェイバー・ザ・スカイホエールは、もう動かない。

 戦うための翼を失った自分に、何ができるというのか。


 だが、そんなギゼラの心中を見透かしたように、ヴァイスマンはニヤリと笑みを浮かべた。


「エマ。入ってきなさい」


 ヴァイスマンが声を掛けると、すぐに重厚な扉が開いた。

 心配そうな顔をしたエマが、小走りでベッドへと近づいてくる。


「ギゼラさん、お加減はどうですか? 気分は悪くありませんか?」

「ああ、大丈夫さ。少し体は重いけど、頭の芯はハッキリしてきたよ」


 ギゼラは痛みを堪えながら、薄く微笑んだ。

 ナノマシンが急速に細胞を修復しているせいか、先程までの耐え難い吐き気は嘘のように引いている。


「エマ、もう一台の車椅子を。ギゼラを外へ案内する」


 ヴァイスマンの指示に、エマは一瞬だけ躊躇した。


「でも、院長先生。ギゼラさんはまだ安静に――」

「構わん。この者の目には、まだ戦う意志が宿っておる。

 それなら、見せておかねばならんものがあるのじゃ」


 ヴァイスマンは静かに、だが強い眼差しでギゼラを見据えた。

 その言葉に押されるように、エマは部屋の隅から電動車椅子を運んできた。


 エマの肩を借りて、ギゼラはゆっくりとベッドから降りる。

 まだ足元がおぼつかなかったが、なんとか車椅子に腰を下ろすことができた。


「それじゃあ、ご案内しますね」


 エマが車椅子を押し、ヴァイスマンが先導する形で、三人は部屋を出た。

 薄暗い個室を抜けた先。

 重い金属の扉の向こうに広がっていた光景に、ギゼラは思わず息を呑んだ。


「こいつは……」


 そこは、ただの「防空壕」などと呼べるような代物ではなかった。

 見上げるほどに高い天井。

 サッカーコートがいくつも入りそうな、巨大な地下空間。


 煌々と照らされた照明の下、無数の資材が積み上げられ、整備用のクレーンやガントリーが規則正しく並んでいる。

 プロメテウスの格納庫を思わせる、巨大な空っぽのドックがそこにあった。


「驚いたじゃろう。

 ここは、50年かけて拡張され続けてきた『シェルター』の心臓部じゃ」


 ヴァイスマンの声が、広い空間に反響する。


 通路を、箱型の無人運搬機が滑るように行き交っている。

 そして何よりギゼラを驚かせたのは、この巨大な空間を満たしている「活気」だった。


「おーい、エマ! そっちの客人は目ぇ覚ましたのか?」

「安静にしてなきゃ駄目だぞー!」


 ドックの片隅や通路のあちこちで、作業服を着た若者たちが手を振り、声を掛けてくる。

 皆、十代から二十代前半の、ヴァイスマンの孤児院を卒業した子供たちだ。

 彼らは緊張感のない様子で談笑し、中には携帯食料をかじりながらカードゲームに興じている者もいる。


「……まるで、秘密基地じゃないか」


 ギゼラは呆れたように呟いた。

 地上では悪魔のような閃光が大地をガラスに変え、赤い硫酸の空が広がっているというのに。

 この地下深くには、平和で活気に満ちた、もう一つの「箱庭」が存在していた。


「地上の農場や売店で働いていた子たちも、今は全員ここに避難しています」


 車椅子を押しながら、エマは誇らしげに説明する。


「このシェルターは、院長先生の指示で、岩盤を溶かして毎日少しずつ広げられてきたんです。

 自律型の採掘ロボットが、今もさらに深い層へと居住区画を拡張し続けています」


「食料プラントや浄水設備、発電リアクターまで完備しておる。

 地上から完全に孤立しても、数十年はここで生活できるだけの物資があるのじゃ」


 ヴァイスマンの言葉に、ギゼラは再び戦慄を覚えた。

 これが、エリシオンの作戦参謀……ギンという不老不死の怪物が、五十年かけて準備してきた「保険」。

 人類を存続させるための、真の箱庭。


「……なるほどね。

 あんたの言った通り、エリシオンの中枢は、最初から最悪の事態を想定してたってわけだ」


 ギゼラは巨大なドックを見上げながら、大きく息を吐き出した。


「でも、ドックは空っぽじゃないか。アタシが生き残ったところで、機体がなけりゃただのお荷物だよ」


 愛機ウェイバー・ザ・スカイホエールは、放射能に汚染された渓谷に置き去りにされている。

 戦うための剣も盾も持たない自分が、どうやってこの絶望的な戦況を覆せるというのか。


 その時だった。


『ビービービー! シャッターが開きます。付近の人は離れてください』


「……ん?」


 突然鳴り響く電子音声。

 ギゼラは目を細めた。

 シャッターの向こうから現れたのは、厚い鉛の装甲で覆われた、見上げるほどに巨大な無人回収車両だった。


 キャタピラが重々しい音を立ててドック内に進入し、中央の整備デッキで停止する。

 プシューッ、と排気音が響き、車両の荷台を覆っていた耐放射線カバーが、左右にゆっくりと開いていく。


「な……っ!」


 カバーの奥に鎮座していたものを見て、ギゼラは言葉を失った。


 それは、見慣れた青い装甲の残骸。

 熱で焼け焦げ、あちこちがひしゃげているが、その形状をギゼラが見間違えるはずがない。


「ウェイバーの……背部ユニット……?」


 無人車両が危険地帯から回収してきたもの。

 それは、大破したウェイバー・ザ・スカイホエールの背中から乱暴に引き剥がされた、巨大な機関部だった。


「ウェイバー本体は、すでに機体構造が崩壊しており、回収不可能じゃった。

 ……じゃが、これだけは無傷で残っておったのじゃ」


 ヴァイスマンが静かに告げる。

 ガントリークレーンが動き出し、その巨大な機関部を慎重に吊り上げる。


 ギゼラの瞳に、クレーンに吊り上げられたソレの姿が鮮明に映った。


 鋼鉄の隙間から、淡い光を漏らす巨大なキューブ。


 それは、エリシオンの技術の結晶。

 圧倒的な出力を誇り、ギゼラの豪快な戦いを支え続けてきた、心臓部。


「……プラズマリアクター」


 ギゼラは、震える声でその名を呼んだ。

 機体は失われた。 だが、命の火はまだ消えていなかったのだ。


「最重要資産であるおヌシと、そして……切り札たるプラズマリアクター。

 この二つが揃っておるなら、まだ戦いは終わらん」


 ヴァイスマンは、ニヤリと力強い笑みを浮かべた。


「……いいね。これさえありゃあ、機体はまた作れる」


 ギゼラの呟きに呼応するように、プラズマリアクターが低く唸った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ