孤児院の真相
((エリシオン本国の地下庭園に引きこもってる、あの銀髪のガキしかいないじゃないか))
その存在は、エリシオンの中でも指揮官クラスや一部のエースパイロットしか知らない、最高レベルの機密だ。
「じいさん……あんた、アイツと繋がってるのか」
ギゼラは声を潜めた。
ヴァイスマンは表情を変えず、ただ静かに頷いた。
そして、傍らに控えていたエマへと視線を向ける。
「エマ。少し、席を外してくれんか。
ここからは、大人の内緒話じゃ」
「はい、院長先生。
ギゼラさん、何かあったらすぐ呼んでくださいね」
エマは素直に一礼すると、静かに部屋を出て行った。
ガチャン。
扉が閉まる音が響く。
部屋には、アナログ時計の秒針の音だけが残された。
「さて、どこから話したものかの」
「まずは、一つ聞かせておくれよ」
ギゼラは痛む体を少しだけ動かし、ヴァイスマンを真っ直ぐに見据えた。
「なんでアタシが、その『重要人物』なんだ?
アタシはただのパイロットだ。
国を動かす政治家でも、王族でもないんだよ」
その問いに、ヴァイスマンは小さく息を吐いた。
「お前さん自身がどう思っていようと、エリシオンの上層部……いや、『あの少年』の計算では、お前は替えの効かない最重要資産なのじゃ」
「資産……?」
「そうじゃ。
プラズマリアクターを完全に制御し、ウェイバー・ザ・スカイホエールを乗りこなせる、エースパイロット。
おヌシとあの機体を合わせた戦力は、通常機体の一個大隊に相当する」
ヴァイスマンは片眼鏡の位置を直し、淡々と事実を告げる。
「おヌシ一人を失えば、エリシオンの防衛線は大きく後退し、結果として数千、数万の命と莫大な資源が失われる。
それに比べれば、戦場になるかもしれない辺境の地に、こうして地下シェルターを一つや二つ掘っておく費用など、安いものだ……そう計算したのじゃよ」
「ハッ……!」
ギゼラは思わず吹き出した。
いかにも、あの血の通っていない作戦参謀が考えそうなことだ。
「人の命を、天秤の分銅か何かと勘違いしてやがる。
相変わらず、腹の立つくらい合理的なクソガキだね」
「じゃが、その合理性のおかげで、お前は今ここで生きておる」
「……耳が痛いね」
ギゼラはベッドの背もたれに体を預けた。
確かに、アイツの冷徹な計算がなければ、ギゼラはウェイバーと共に放射能の炎に焼かれて死んでいた。
「それで? じいさんは、いつからアイツとグルなんだい?」
ギゼラが水を向けると、ヴァイスマンは深く皺の刻まれた目を細めた。
まるで、遠い昔の景色を思い返すように。
「あれは……今から50年前のことじゃった」
50年前。
その言葉に、ギゼラは眉をひそめる。
作戦参謀の年齢は、見た目通りならせいぜい10代半ばから後半だ。
50年前など、生まれているはずがない。
「当時のわしは、まだ若く、愚かな理想に燃える慈善家じゃった。
戦火で身寄りを失った子供たちを集め、なんとか食わせていこうと、必死に駆け回っておった」
ヴァイスマンは懐かしむように語る。
「じゃが、現実は残酷じゃ。
資金は底を突き、明日のパンすら買えなくなった。
子供たちが次々と飢えや病で死んでいくのを、わしはただ、見ていることしかできなかった……」
老人の声に、深い後悔の念が滲む。
「そんな絶望のどん底にあったある日。
わしの元に『一人の少年』が訪ねてきたのじゃ」
「……まさか」
「そう、おヌシの知る通りじゃ。
銀色の髪をした、透き通るような目を持つ10代の少年じゃよ」
ギゼラは言葉を失った。
50年前の時点で、すでに10代の姿だったというのか。
それなら、今のアイツは一体いくつだというのだ。
「少年は、わしに途方もない額の資金と、最新の設備を提供すると申し出た。
飢えた子供たちを、一人残らず救ってやると」
「その見返りが……烈火や兎歌たちを、エリシオンの軍に引き渡すことだったんだね」
ギゼラの問いに、ヴァイスマンは重々しく頷いた。
「……いかにも。
金と設備と引き換えに、身寄りのない子供を受け入れ、その中から『特定の素質』……。
すなわち、『ネクスター』の力を持つ者を見出し、戦場へと送り出す。
それが、わしとあの少年が交わした、『悪魔の契約』じゃ」
ヴァイスマンの手が、車椅子の肘掛けを強く握りしめる。
「わしは、子供の命を、金で売ったのじゃよ。
世界を救うためだの、人類の未来のためだのと。
綺麗な言葉で、自分を誤魔化しながらな」
部屋の中に、重い沈黙が落ちた。
烈火も、兎歌も、シャオも。
あの陽気で力強い若者たちは皆、この老人の手によって、最初から戦場で殺し合いをするために育てられていたのだ。
「……じいさん」
ギゼラは口を開きかけたが、かけるべき言葉が見つからなかった。
責めることは簡単だ。
だが、ヴァイスマンが契約を拒んでいれば、烈火たちはスラムの片隅で飢え死にしていたかもしれない。
正解など、どこにもないのだ。
「それから50年……わしは何度も少年に会い、報告を重ねてきた。
じゃが、少年の姿は、50年前から何一つ変わっておらん」
ヴァイスマンは、ギゼラを真っ直ぐに見つめた。
「あの少年は、時を止めたまま生き続けておる。
ギンという名のあの少年が、不老不死の化け物であるということを……。
この世界で知っておるのは、おそらく、わし一人だけじゃろう」
「不老不死……。まるで、おとぎ話じゃないか」
ギゼラは深い溜息をつき、天井を仰ぎ見た。
だが、その荒唐無稽な話を笑い飛ばす気にはなれなかった。
今のエリシオンの異常な技術力、そしてこのシェルターの存在を考えれば。
むしろ、辻褄が合ってしまうのだ。
「世界の歯車が狂い始めたのは、はるか昔のことじゃ」
ヴァイスマンの遠くを見るような瞳が、過去の記憶を映し出す。
「かつて、ギンと、一人の研究者の女が袂を分かち、太平洋上に『ノヴァ・ドミニオン』という未知の国家が誕生した。
……わしがギンと契約し、あの孤児院を建てたのは、その少し後のことじゃ。およそ50年前にな」
「……50年前」
「ああ。そして『東武連邦』と『シグマ帝国』という、2つの勢力が産声を上げ。
それから10年と経たずに、世界規模の大戦が勃発した。
連邦と帝国は『コマンドスーツ』という新たな兵器の発明によって、一気に巨大国家へと成り上がったのじゃ」
巨大国家の誕生。そして、終わりのない侵略戦争。
ギゼラもまた、その戦火の中で多くを失ってきた一人だ。
「大国が世界中に侵略の手を伸ばし、数え切れないほどの街が焼かれた。
……烈火や兎歌、シャオといった子供たちが生まれたのは、まさにその業火の中じゃった」
ヴァイスマンは目を閉じ、ゆっくりと語り続ける。
50年前、ギンの資金提供によって建てられた孤児院は、見かけはとても綺麗で、立派な施設だった。
戦火で家も親も失った子供たちにとって、そこはまさに天国のような場所だったのだ。
清潔なベッド、温かいスープ。そして、中庭に響き渡る無邪気な笑い声。
若き日のヴァイスマンは、その笑顔を見るたびに、自らに言い聞かせていた。
自分の選択は、間違ってない、と。
「中でも、烈火とシャオの二人は特別じゃった。
あいつらは幼い頃から常識外れの身体能力を持つ『超人』でな。
顔を合わせれば、いつも取っ組み合いのケンカばかりしておったよ」
ヴァイスマンの口元に、微かな笑みが浮かぶ。
「木に登っては枝をへし折り、駆けっこをすれば大人の倍の速度で走る。
……それをいつもオロオロしながら止めていたのが、兎歌じゃ」
((あの、引っ込み思案なウサギちゃんが、ねぇ……))
ギゼラの脳裏に、プロメテウスの格納庫でいつも烈火の背中に隠れるようにしていた兎歌の姿が浮かぶ。
「兎歌は当時から発育が良くてな。
子供でありながら、すでに服を押し上げるほどの豊満な胸を持っておった。
ケンカを止めるために二人の間に割って入るたび、烈火のやつが鼻の下を伸ばして大人しくなるのがお約束じゃった」
「ハハッ。 アイツの巨乳好きは、そんなガキの頃から筋金入りだったってわけかい」
ギゼラは痛みを堪えながら、小さく吹き出した。
「シャオも、本当は烈火のことが好きじゃったんじゃよ」
「へえ。あの気の強いお転婆娘がねぇ」
「ああ。
じゃが、シャオは烈火の目が常に兎歌に向いていること、そして兎歌が烈火に依存していることに気づいておった。
だから、自ら身を引いたのじゃ」
ヴァイスマンは、夕暮れの中庭でシャオが口にした言葉を、今でもはっきりと覚えている。
『アタシはあいつより、もっとケンカの強い、とびっきりの男を彼氏にするから! あんなバカ、くれてやるよ!』
そう言って、シャオは涙を拭いながら笑っていた。
のちに、エリシオンの防衛隊でゴウ・ギデオンという規格外の怪力男と出会い、その願いを見事に叶えることになるとは、当時のヴァイスマンは知る由もなかったが。
「……賑やかで、微笑ましい日々じゃった。
じゃが、その平和は『偽り』でしかなかった」
ヴァイスマンの声が、急に重く、低く沈んだ。
ある年齢に達すると、ネクスターや超人の素質を持つ子供たちは、孤児院を去らなければならない。
『特別な学校へ進学する』という名目で、エリシオン軍の迎えの車に乗せられるのだ。
「黒塗りの車に乗り込む子供たちは皆、新しい生活への希望に胸を膨らませて、満面の笑顔でわしに手を振っておった」
ヴァイスマンのシワだらけの手が、微かに震えている。
「『院長先生、今までありがとう!』『立派な大人になるからね!』
……そう言って旅立っていく子供たちを、わしは笑顔で見送った。
彼らが向かう先が、血みどろの戦場だとも知らずにな……!」
痛切な懺悔だった。
孤児院を維持するためとはいえ、子供たちを兵器のパーツとして売り飛ばしていた事実。
無垢な笑顔を向けられるたび、ヴァイスマンの心は刃物で抉られるような罪悪感に苛まれていたのだ。
「……じいさん」
ギゼラは、言葉を失った。
豪快に笑い、酒を飲み、敵陣に突っ込んでいくプロメテウス隊の若者たち。
彼らの背負っているものの重さと、この老人が抱え続けてきた、50年という年月。
「あんたも……重い十字架を背負って生きてきたんだねぇ」
ギゼラは静かに呟いた。
自分もまた、戦場で夫を失い、復讐と金のためにエリシオンの軍門に下った身だ。
他人の業を笑うことなど、誰にもできない。
「後悔してもしきれんよ。
じゃが……それでも、人類を存続させるためには、これしか道がなかったのじゃ」
ヴァイスマンは深く息を吐き出し、右目の片眼鏡を静かに外した。
「じゃが、その平和な箱庭すらも、永遠には続かなかったのじゃ」
片眼鏡を握りしめたヴァイスマンの手が、微かに震える。
「あの日、戦火がわしの孤児院にまで及んだ。……空襲じゃった」




