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悪魔の閃光

 極秘裏に開発され、王族であるウリエンが封印していたはずの悪魔の兵器。

 新兵器、N-DFC-99『ヘリオス』。



『ククク……ウリエンの坊ちゃんは、本当に戦いってもんが分かってねえ。

 あんな生ぬるい指揮と出し惜しみじゃ、いずれヤツらに喉笛を噛みちぎられて終わりだ』


 ガロはシームルグを限界まで急上昇させながら、歓喜に顔を歪めた。


 ウリエンでは勝てない。

 だからこそ、この最高火力の悪魔を裏で手配していたのだ。

 群がる敵も、使えない味方も、煩わしい盤面ごとまとめて吹き飛ばすために。


『掃除は済んでいるな、ベロニカ』

『はい。防衛部隊および関係者は、すべて排除完了しております』


 成層圏に浮かぶオービターの周囲には、おびただしい数の機体の残骸と、ノヴァ・ドミニオン兵士たちの凍りついた死体が無数に漂っていた。


 パーヴェル・ペトロフが用意した、凶悪な無人兵器群の仕業だ。

 ベロニカが命令通りに操り、ヘリオスを守護していた者たちを皆殺しにしたのだ。

 血の海に浮かぶ絶対の死角で、メイド服のバイオロイドは淡々とコンソールを操作する。


 N-DFC-99『ヘリオス』。

 それは、指向性核融合砲。

 端的に言えば、水素爆弾の爆発エネルギーを球体ではなく、一筋の閃光に収束させて撃ち出すという、常軌を逸した破壊兵器である。


『システム・オンライン。N-DFC-99、最終セーフティ解除』


 冷たく無機質な電子音声が、通信回線とオービターのコックピットに響き渡る。


『プラズマ点火。融合炉心、臨界点へと移行します』


 巨大な黒鋼の砲身が、不気味な脈動を始めた。

 砲口の奥底で、小さな太陽が産声を上げるように、圧倒的な光と熱がドロドロと渦を巻き始める。


『エネルギー圧縮開始。充填率、八十パーセント。九十。百……百二十』

『ハッハー! いいぞ、限界までぶち込め!』


 ガロの狂笑が、真空の空に響く。


『目標座標、固定。照準、地上戦域中心部』


 電子音声が、無慈悲なカウントダウンを開始した。


『三、二、一』


 地上のゲイルが。

 空で硬直するギゼラが。

 遠く離れた荒野のシャオが。

 そして、灰色の機体に乗るクロトが、見上げた空の先。


 天の頂で、暗黒の宇宙を背景に、あり得ないほど巨大な光が弾けた。


『───発射(ファイア)


 一筋の閃光。

 いや、それは光などという生易しいものではない。

 水爆の業火を、そのまま真っ直ぐに束ねた、純粋な破壊の奔流だ。


 大気が一瞬で蒸発し、分厚い雲が巨大な円形にくり抜かれて消滅する。

 音すらも置き去りにした白光の柱が、逃げ惑う時間など一切与えず、無数の命がひしめく戦場の中心へと一直線に堕ちていく。



 天から降り注いだ一筋の閃光。

 超高温のプラズマ流体が、戦場の中心へと突き刺さった。


 その瞬間、世界から一切の『音』が消え失せた。


((あ……))


 オーバーヒート寸前のダフネのコックピットで。

 ゲイル・タイガーは、迫り来る圧倒的な白光を見つめ、息を呑んだ。


 フラッシュバックする、忌まわしい記憶。

 かつてシグマ帝国に裏切られ、三本槍の頭上に落とされた、核ミサイルの炎。

 部下であるドレッドが、ルシアが、一瞬にして理不尽な光に呑まれて消えていった、あの日の光景。


((あの時と、同じ……。また、抗うことすらできずに、すべてが消えるのか……?))


 心の奥底から湧き上がる、凍りつくような絶望。

 だが、ゲイルは奥歯を強く噛み締め、その弱音を怒りの炎で焼き尽くした。


「───否ッ!!」


 コックピットに響き渡るのは、ゲイルの魂の底からの絶叫。


「断じて違う! あの時とは違うッ! 

 今の俺のこの手には、最強の兵器がある!」


 ダフネに積まれた、エリシオンの叡智の結晶。

 プラズマリアクター。


 ゲイルは操縦桿を握り潰さんばかりの力を込め、アニムスキャナーを通じて精神のすべてを機体へと叩きつけた。


「今度は、絶対にやらせやしないッ!!」


 ゲイルの決死の咆哮に応え、オーバーヒートで沈黙しかけていたダフネの装甲が、眩いばかりの『金色』に輝き始めた!


 限界を突破した機体の覚醒。

 金色のオーラがプラズマの暴風を押し返し、背後に展開していたエピメテウスと、その周辺のエリシオン部隊を覆い隠す巨大な防壁となる。


 そして、白光が大地を打ち据えた。


 指向性核融合砲『ヘリオス』の着弾。

 凄まじい熱量と爆発が、荒野を根こそぎえぐり取る。

 同時に発生した強烈な電磁パルス(EMP)が、戦場を不可視の津波となって駆け抜けた。


「ぐわぁぁぁぁッ!?」


 ダフネの覚醒した盾により、エピメテウスや周辺部隊は、プラズマの直撃と即座の蒸発こそ免れた。

 だが、天変地異のような爆風とEMPまでは防ぎきれない。

 機体の電子機器が次々とショートして火花を吹き、ダフネを含むすべての機体が、木の葉のように空高く吹き飛ばされていく。


「くっ……防ぎきれんか!!」


 覚醒してもなお、プラズマの奔流は強い。

 だが───


『ゲイル!』


 そこへ割り込んだのは、紫の影!

 ギゼラの愛機、ウェイバーだ。


『出力最大! 護って見せなァ!』


 ギゼラはプラズマリアクターのもたらす全てのエネルギーを、シールドに回した。


 オーバーヒート? 機体の限界?

 そんなことは、知らないね!


『よせ! 無茶だ!』

「出来るかどうかじゃない、やるんだよ!」


 三つの光が、激突する。

 一瞬、眼下でルナがイノセントを両脇に抱え、飛んでいくのが見えた。


 プラズマ流体が大地をドロドロに溶かし、あらゆる物質を原子レベルで分解する。

 空を覆っていた分厚い雲は吹き飛び、代わりに大量の窒素酸化物が発生した。

 大気は不気味に変色し、この世の終わりを思わせる、毒々しい赤色に染まり上がっていく。


 後に硫酸の雨を降らせるであろう赤い空の下。

 何もかもが消し飛んだ。

 敵も、味方も。機動要塞も、量産機も。


 凄まじい破壊の嵐が過ぎ去った後。

 そこにはただ、高熱でドロドロに溶け、やがて冷えて固まった『ガラスの大地』だけが広がっていた。

 生き残りは、誰一人としていない。

 絶対的な死の静寂だけが、赤く染まった世界を支配していた。


 ………

 ……

 …


 翌日。

 赤茶けた空の下、見渡す限りのガラスの大地を、数人の人影が歩いていた。


 分厚い防護スーツに身を包んだ、状況確認部隊の兵士たちだ。

 手にしたガイガーカウンターが、ひっきりなしにカリカリと乾いた音を立てている。


『ひどい有様だな……。要塞バグラザードの影も形もねえ』

『おい、計測器の数値がおかしいぞ。どんどん上がっていく……ッ!』


 ピピッ、ピピピピッ、ピーーーッ!


 ガイガーカウンターの警告音が、突如としてけたたましい悲鳴へと変わった。

 防護スーツのバイザー越しに、兵士の顔が恐怖に引きつる。


『な、なんだこの反応は!? ナトリウム24、マンガン54……さらにコバルト60だと!?』


 ヘリオスの放った超高温のプラズマ流体と核融合反応。

 それは、ただ大地を焼き払っただけではない。

 土壌を構成する物質そのものを変質させ、致死レベルの放射性物質を大量に生成していたのだ。


『ダメだ、退避しろ! ここは人間が立ち入っていい場所じゃねえッ!』


 隊長が怒鳴り、引き返そうと踵を返す。

 だが、気付いた時にはもう遅かった。


『がっ……あ……』


 最後尾を歩いていた兵士が、崩れ落ちるように膝をつく。

 分厚い防護スーツなど意味をなさない。

 致死量の強力なガンマ線が、兵士たちの細胞を容赦なく破壊していた。


『おい、しっかりしろ! ぐぁッ……!?』


 助け起こそうとした隊長もまた、激しい吐血と共にガラスの大地へと倒れ伏す。

 ドサリ。ドサリ。

 赤い空の下、兵士たちは次々に絶命していった。


 ピー、ピピーッ、ピー……。

 ガイガーカウンターの絶望的な電子音だけが、空しく響いていた。


 ………

 ……

 …


 ――場面は転換する。


((……う……ん……))


 ギゼラ・シュトルムは、重い瞼をゆっくりと押し上げた。

 ひどく気分が悪い。

 頭が割れるように痛み、全身の骨が軋むようだ。


((生きて……るのか、アタシ……))


 ウェイバーでリミッターを解除し、アラクネを両断した……その後の記憶が曖昧だ。

 空から恐ろしい光が降ってきて、凄まじい衝撃に機体ごと吹き飛ばされたような気がする。


 ギゼラは痛む体を庇いながら、ゆっくりと上体を起こした。


 チクタク、チクタク……。


 規則的な音が耳に届く。

 視線を巡らせると、そこはウェイバーのコックピットではなく、薄暗く古臭い部屋だった。

 色褪せた壁紙。

 壁に掛けられた、アナログな振り子時計。

 そして、部屋の隅の木馬の上には、埃の積もったテディベアがポツンと置かれている。


((なんだよ、ここ……。天国にしちゃあ、随分とカビ臭いじゃないか))


 ギゼラは額を押さえながら、警戒するように周囲を見渡した。

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