ウェイバーの全力:すべてを断ち切る刃
『チィッ! 邪魔しやがって!』
ガロは舌打ちし、急反転してダフネの弾幕を躱す。
ここで、決定的な差が生まれた。
ゲイルとギゼラは、互いの役割を完全に信頼して動いている。
ダフネが確実に背後を守ってくれると信じているからこそ、ウェイバーは一切の回避行動をとらず、無防備な背中を晒して突撃できるのだ。
対するノヴァ・ドミニオンの陣営は、どうだ。
指令室のウリエンと、狂気のパイロットであるガロ。
二人は同じ軍に属しながらも、互いを全く信用していなかった。
『役立たずの鳥め! ええい、迎撃しろ!』
ウリエンはガロの援護などハナから期待せず、アラクネの全砲門を上空のウェイバーへと向けた。
ガロもまた、己の命を懸けてまで王族の乗る要塞を庇う気など毛頭ない。
連携の差が、エリシオン有利に傾いていく。。
アラクネの八本の脚から、極太の荷電粒子砲と徹甲弾が放たれる。
空を覆い尽くすほどの、絶対的な弾幕。
だが、ギゼラは凶暴な笑みを深めた。
「ウェイバーの火力を、ナメんじゃないよッ!」
カシャ───ッ
ギゼラは操縦桿の奥にある、赤いカバーのついたスイッチを跳ね上げる。
機体の安全装置。
大型プラズマリアクターの、リミッター解除だ。
『リミッター解除。出力、120%へ増大。臨界点まで、カウント開始』
無機質な電子音と共に、ウェイバーの巨体が、まばゆい光に包まれた。
ゴォオオオ───
機体から溢れ出した青白い粒子の奔流が、巨大な球体となってウェイバーを覆い尽くす。
「な、何事だ!?」
「て、敵エネルギー反応増大! 凄まじいパワーです!」
「出力……振り切れました、計測不能!」
アラクネ内部では、オペレーターたちの悲鳴と、ウリエンの焦る声が響いていた。
何をする気なのかは分からない。
しかし、それが致命的な攻撃なのは間違いない!
「くそっ、とにかく叩き落とせ! 攻撃させるな!」
アラクネから放たれた砲撃の雨が、その光の球体に触れた瞬間、ジュワッと音を立てて弾き飛ばされていく。
圧倒的なエネルギーの密度が、物理法則すらも捻じ曲げていた。
「これで、おしまいだぁぁぁッ!!」
ギゼラが吠える。
ウェイバーは右手に構えた巨大なE粒子キャノンの銃口を、真っ直ぐに空へと突き向けた。
キャノンの砲口から、青白い光が溢れ出す。
だが、それは砲弾として射出されるのではない。
限界を突破した超高密度のE粒子が、空中で力場によって固定され、巨大な『刀身』を形成し始めたのだ。
光の刃が、天を衝くように伸びていく。
十メートル、三十メートル、五十メートル……。
最終的に形成されたのは、全長百メートルにも及ぶ、規格外の巨大な光の刀!
『バ、バカな……! そんな出力が、あるはずが……ッ!』
アラクネの指令室で、ウリエンの顔が恐怖に引きつる。
「消し飛べぇぇぇッ!!」
ギゼラの雄叫びと共に、ウェイバーがその巨大な光の刀を、天から地へと力任せに振り下ろした。
───ズバァァァァァァァァァンッ!!!
荒野が、真っ二つに割れた。
百メートルの光の刃は、アラクネの強固な装甲を豆腐のように切り裂き───
───要塞の巨体を、頭頂部から完全に一刀両断!
切断面から、ドロドロに融解した金属と、限界を超えたリアクターの業火が噴き出す。
直後。
大地を揺るがすような、規格外の大爆発が巻き起こった。
天高く立ち昇る、真っ赤な火柱。
ノヴァ・ドミニオンが誇る拠点防衛用機動要塞アラクネは、その威容を完全に砕かれ、荒野の塵と消えたのだった。
「───死んだか」
その圧倒的な光景をダフネのカメラアイ越しに見つめながら、ゲイルの意識は一瞬だけ過去へと飛んだ。
………
……
…
――出撃前。エリシオン本国の、薄暗く小さな一室。
そこには、ホログラムで投影された作戦参謀ギンの姿があった。
『調査の結果が出たよ、ゲイル』
ギンはいつもの柔らかな笑みを消し、静かな声で告げた。
『シグマ帝国の中枢に入り込み、国を裏から乗っ取った男。 そして、君たち三本槍の頭上に、核ミサイルを落とすよう命じた黒幕……』
投影された空中に、淡い青髪を持つ青年の顔写真が浮かび上がる。
『ウリエン・ノヴァ。ノヴァ・ドミニオンの王族だ』
「ウリ……エン」
その名を聞いた時、ゲイルの胸の奥底で、冷たく黒い炎が燃え上がった。
だが、怒りに身を任せて暴走するようなことはない。
ゲイルはどこまでも冷徹な戦術家だった。
「俺自身の腕で、直接仇を討ちたい……などという感傷はない」
ゲイルはホログラムのギンを真っ直ぐに見据え、淡々と口にした。
「最終的に、ウリエンが殺せればそれでいい。誰の手によるものかは問わない」
『合理的だね。その冷たさ、嫌いじゃないよ』
ギンは満足げに頷き、ホログラムの映像がフッと消えた。
――回想が終わる。
………
……
…
熱気が立ち込めるダフネのコックピット。
ゲイルの視線が、計器盤の隅に貼られた一枚の写真へと向けられた。
そこには、かつての『シグマ帝国三本槍』が揃っていた。
照れたように笑うルシアと、豪快に肩を組んでくるドレッド。
背景には、戦闘空母ヴァーミリオンのクルーたちが、誇らしげに並んでいる。
もう二度と戻らない、かけがえのない日々。
理不尽な核の炎によって奪われた、大切な部下たち。
((……これで、終わりだ))
ウリエン・ノヴァは死んだ。
ギゼラのウェイバーが放った百メートルの光の刃によって、機動要塞ごと、チリ一つ残さず消し炭になったのだ。
復讐は、果たされた。
しかし。
ゲイルの研ぎ澄まされた戦術眼は、今の戦況に強烈な違和感を覚えていた。
((なぜ、仕留めに来ない?))
ダフネはオーバーヒート寸前で、満足に動けない状態だ。
空には、ノヴァの狂犬であるガロ・ルージャンが、無傷のシームルグに乗って滞空している。
隙だらけのダフネを上空から撃ち抜くことなど、造作もないはずだ。
味方の要塞が落とされたことに驚愕して、動きが止まっているのか?
呆然と立ち尽くしているのか?
((……馬鹿な))
ゲイルは即座にその考えを否定した。
あのガロという男は、骨の髄まで狂った戦闘狂だ。
味方がやられようと、王族が死のうと、そんなことで手を止めるような甘い男ではない。
むしろ、好敵手が強大な力を見せたのなら、歓喜して襲いかかってくるはずだ。
それなのに、なぜ撃ってこない?
静かすぎる。
ゲイルは背筋に冷たい汗が這うのを感じ、メインカメラを急いで上空へと向けた。
――同時刻。
リープランド国境沿いの戦場。
シャオは全身の毛が逆立つような、おぞましい寒気に襲われていた。
((な……なに、これ……っ!?))
プラズマリアクターの熱気で満たされているはずのコックピット。
それなのに、心臓を直接氷の刃で撫でられたような、絶望的な悪寒が止まらない。
野生の勘が、けたたましい警鐘を鳴らして危険を知らせている。
「……」
荒野で激しく刃を交えていたクロトもまた、ピタリと動きを止めていた。
灰色のカーバンクルが、ガンブレードを下ろす。
無表情なパイロットは、まるで何かに引き寄せられるように、遥か上空へと視線を向けていた。
「……始まったか」
「なんだよ……このイヤな感じ……!」
一方、バグラザード要塞の上空。
百メートルの光の刃でアラクネを両断したばかりのウェイバー。
そののコックピットの中で、ギゼラは呼吸が止まりそうになっていた。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ!」
リミッターを解除し、限界を超えた出力を絞り出した反動。
ウェイバーは完全に沈黙し、空中でピクリとも動かすことができない。
だが、ギゼラの息を詰まらせているのは、機体の不調だけではなかった。
天の頂から降り注ぐ、圧倒的な『死』の気配。
地上でオーバーヒート寸前のダフネ。
ゲイルもまた、早鐘のように打ち鳴らされる、自身の心臓の鼓動を感じていた。
戦士の直感が、最悪の事態を告げている。
全員の視線の先。
遥か上空へと、一機の機体が一直線に上昇していた。
白い炎を噴き出し、天を衝くような勢いで飛翔する人鳥型のフレーム。
ガロ・ルージャンの駆る、『シームルグ』だ。
『ククク……ハハハハハッ!!』
狂気に満ちた哄笑が、ノヴァ・ドミニオンの専用通信回線に響き渡る。
ガロは、シームルグのメインモニターに一つのパネルを開いていた。
『準備はできているな?』
ガロの問いかけに、パネルの向こうの相手が静かに頷く。
『はい、ガロ様。いつでも実行可能です』
ノヴァのメイド服に身を包んだ巨乳のバイオロイド、ベロニカ。
感情の抜け落ちた平坦な声が、通信越しに淡々と答えた。
ベロニカのいる場所。
そこは、青い空が宇宙の暗黒へと溶け込んでいく境界線――成層圏だ。
極寒の虚空に、浮かぶのは、ノヴァ・ドミニオンの宇宙用量産機『オービター』。
だが、恐るべきはその機体ではない。
オービターの頭上を覆い尽くすように鎮座する、巨大な兵器の威容。
ただの砲身ではない。
オービターの2倍の長さの砲身、付け根には巨大な球状の根幹システム。
規格外の質量と絶望を孕んだ、黒鋼の塊。
極秘裏に開発され、王族であるウリエンが封印していたはずの悪魔の兵器。
新兵器、N-DFC-99『ヘリオス』。
『ククク……ウリエンの坊ちゃんは、本当に戦いってもんが分かってねえ。
あんな生ぬるい指揮と出し惜しみじゃ、いずれヤツらに喉笛を噛みちぎられて終わりだ』
ガロはシームルグを限界まで急上昇させながら、歓喜に顔を歪めた。




