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暗躍するガロ・ルージャン

 荒野に風が吹き抜け、土煙を運んでいく。

 二機は鋭く向かい合った。

 シャオの瞳にも、超人たる隊長の瞳にも、もはや一切の油断はない。


「これで、決めるッ!」


 シャオが気合と共に叫ぶ。

 二機は同時に大地を蹴り、互いの喉首を狙って猛然と突進した。


 ファランクスIIの腰部で、リニアキャノンが火を噴く。

 至近距離からの徹甲弾。

 だが、ルナは野生の獣のように姿勢を低く沈め、弾丸を紙一重で回避する。

 そのまま地面を這うような低い軌道で、敵の懐へと潜り込んだ。


 一瞬の交錯。


 振り下ろされたファランクスIIの片手剣が、空を斬る。

 その真横を、漆黒の狼が疾風のようにすり抜けた。


 斬───ッ!!


 ルナが背後に着地した瞬間、ファランクスIIは膝をつき……

 激しく爆散!!


 交錯の刹那。

 ルナの放った光の鉤爪が、ファランクスIIの胴体に深く食い込み、中枢であるリアクターを完全に引き裂いていたのだ。


 燃え盛る炎と黒煙を背に、ルナはゆっくりと立ち上がる。

 圧倒的な力を持つはずの最新鋭機は、原型をとどめない鉄屑へと成り果てていた。


 ………

 ……

 …


 ――場面は転換する。


 かつてシグマ帝国が誇った巨大な軍事要塞、『バグラザード』。

 現在はノヴァ・ドミニオンが接収し、前線基地として運用しているこの要塞の無骨な通路にて。


 二人の男が、冷たい鋼鉄の壁にもたれかかっていた。


 灰色の髪を持つ青年───

 クロト・アスク。

 そして、元東武連邦の最強パイロットであり、現在はノヴァに与する野心家。

 ガロ・ルージャンだ。


「先行隊が消えた。ガロ、どう見る?」


 クロトは、感情の読めない平坦な声で尋ねる。

 視線の先には、壁面のモニターに映し出された渓谷地帯のマップがあった。

 つい先ほど、三つの味方識別信号が完全にロストしたばかりだ。


 ガロは腕を組み、喉の奥でくっくと笑った。


「このルートでぶつかったんなら、西のリープランド方面へ向かう途中、手ごろな獲物を狩った……と考えるだろうよ」


 リープランド。

 そこは、かつてシグマ帝国の属国だったが、現在はエリシオンの傘下に入っている小国家だ。


 エリシオンの増援部隊がそこへ向かう道すがら、偶然ノヴァの偵察部隊と出くわして交戦した。

 マップ上の位置関係だけを見れば、そう判断するのが最も自然だ。


「……普通ならな」


 ガロは、獣のような獰猛な笑みを深めた。

 クロトは無言のまま、怪訝そうに片眉を上げる。


((普通じゃないというのか。この男には、別の裏が見えている……))


 クロトの視線を受け、ガロは壁から背中を離し、楽しげに肩をすくめた。


「恐らく、レジスタンス基地の居場所を特定させないための、巧妙な偽装工作だ」

「偽装工作?」

「ああ。偶然エリシオンの部隊が通りかかったように見せかけて、俺たちの目を逸らそうって魂胆さ」


 ガロはモニターのマップを指差す。

 その指先は、信号が消えた地点のすぐ近く、荒涼とした岩場を叩いていた。


「基地が全く別の場所にあるという可能性が残れば、俺たちも警戒して全戦力を向けられなくなる。

 そうすれば、レジスタンスは無傷でやり過ごせるってわけだ」


 疑心暗鬼を誘い、大部隊を分散させる。

 いかにも、あの忌々しいエリシオンの参謀や、知恵の回る指揮官が考えそうなことだ。


「なるほどな。頭の回るネズミが紛れ込んでいるらしい」


 クロトが、冷たい声で呟く。


「だが、ネズミの浅知恵だ。

 偽装と見抜かれた時点で、この作戦は無意味になる。

 正面から焼けばお仕舞いだ」


 破滅的なクロトの思考は、どこまでもシンプルだった。

 圧倒的な暴力で盤面ごと叩き割れば、小細工など意味をなさない。


 ガロはニヤリと笑い、クロトの肩を叩いた。


「違いねえ。だが、バレても問題ないんだろうよ。

 この場合、エリシオンが乱入する可能性が発生するからな」


 野心家の瞳の奥に、血湧き肉躍るような戦いの予感が燃え上がっている。

 ガロは、格上の相手や、予測不能な強敵との殺し合いを何よりも好むのだ。


「そういやぁ、ウリエンの坊主は、こういうのに気づくのかねぇ」


 ガロと問いかけに、クロトは首を振った。


「ウリエンは不機嫌になっている。おそらく、各地の戦況は芳しくないのだろう」


 ノヴァ・ドミニオンの幹部であり、心理戦を得意とするウリエン・ノヴァ。

 常に余裕ぶった態度を崩さないあの男が苛立っているということは、作戦が思い通りに進んでいない証拠だ。


 ガロは深く頷き、忌々しげに鼻を鳴らした。


「ああ。エリシオン加盟国の連中が、予想以上にしぶとい抵抗を見せているからな。

 ……原因は、あの忌々しい機体の特性だ」

「……なるほど、スキャナーの差か」


 クロトは片眉を上げ、納得したように呟く。


 エリシオンの量産型コマンドスーツ『イノセント』。

 現在、タンドリアやリープランドといった加盟国各国に順次配備されている機体だ。

 プラズマリアクターこそ搭載していないものの、扱いやすいスタンダードなフレームに、次世代型のアニムスキャナーを組み込んでいる。


 次世代型アニムスキャナーは、パイロットの思考をタイムラグなしで機体へ伝達する。


「つまり、パイロットの腕前が、良くも悪くもダイレクトに戦闘力へと反映されるということ。そうだな?」

「そういうことだ」


 ガロは喉の奥で、楽しげに笑い声を漏らした。


「平凡な兵士が乗りゃあ、ただのカカシだが……

 数が足りず、各国のトップエースに優先して配備されている今の状況じゃ、話が変わってくる。

 イノセントは途端に、手に負えない凶悪な牙を剥くんだよ」


 ガロの脳裏に、かつての死闘が蘇る。

 毒ガスが充満する廃校の島で、クロトの駆る『カーバンクル』と共に、エリシオンの増援部隊と交戦した時のことだ。


((あの時も、イノセントだ。だが、撃墜できたのはたった一機。明らかに雑兵じゃねえ強さだった……))


 単なる量産機と侮れば、確実に寝首を掻かれる。


「おかげで、雑魚の掃討にすら、こちらは想定以上の戦力を割かれるハメになってやがる」


 ガロは肩をすくめ、あきれたように吐き捨てた。

 ノヴァの誇る重量級のファランクス部隊でさえ、エースが乗るイノセントを相手にすれば無傷では済まない。

 各地の戦線でチクチクと戦力を削られ、全体的な進行速度が鈍っているのが現状だった。


 と、クロトは壁から背を離した。

 聞くべきことは聞いた、これ以上の用はない。


「作戦が決まったら呼んでくれ」


 クロトは短く言い残すと、足音もなく薄暗い通路の奥へと消えていった。

 破滅のにおいを纏う灰色の背中を見送り、ガロは小さく肩をすくめる。


「いいねぇ。いい感じだ……」


 そして、自身にあてがわれた豪華な私室へ戻る……

 ことはせず、人気のない区画にある、使われていない空き室へと足を向けた。


 キイィィ……

 錆びついた重い扉を開けると、そこには一人の女が静かに待機していた。


「お待ちしておりました、ガロ様」


 ノヴァ・ドミニオンのメイド服に身を包んだ女。

 ベロニカだ。

 衣服の上からでもはっきりとわかる見事な巨乳が、深々とした一礼に合わせて重そうにたわむ。


「ああ、待たせたな」


 ガロは軽く手を上げながら、室内へ足を踏み入れた。


((こいつは恐らく、ノヴァの連中が無数に作り出しているバイオロイドの一体だ))


 恭しく頭を下げるベロニカを見下ろし、ガロの脳内に冷酷な推測が巡る。

 人間離れした従順さと、精巧な作り。

 試作品か、あるいは余り品を、監視役も兼ねてガロの身の回りの世話にあてがってきたのだろう。


((コイツは、命令に決して逆らわねぇ))


 理不尽に殴りつけられようと、欲望の赴くままに組み敷かれようと、ただの人形のように一切の抵抗を見せないのだ。

 そのことを、ガロはすでに身をもって確認済みだった。


 ノヴァが用意した、絶対服従の監視人形。

 だが、ノヴァの連中の目論見には、致命的な穴が開いていた。


((ちょっとした手違いで……こいつの密告機能は死んでるんだよなァ))


 もちろん、ただの手違いではない。

 同じくノヴァに引き抜かれた科学者───パーヴェル・ペトロフが裏で密かに手を回している。

 ベロニカの脳内に組み込まれていたノヴァへの情報送信機能を、完全に停止させていたのだ。


 つまり、この空き室でベロニカを前に何を話し、誰と何を企もうと、ノヴァの中枢には一切筒抜けにならない。

 監視の目は、完全に盲目となっていた。


「クックッ……ハハハッ」


 ガロは喉の奥で、低く笑い声を漏らした。

 飼い犬のふりをしながら、いつでも首輪を引きちぎり、飼い主の喉笛を噛みちぎる準備はできている。


 底知れぬ野心家の腹の奥底で、黒い炎が静かに、そして熱く燃え上がっていた。


「ご報告します」


 ベロニカはガロから命じられていた調査結果を報告し始めた。

 その声は平坦で、感情が読めない。

 いや、感情がない。


「極秘開発区画にて、新兵器の存在を確認いたしました。

 コードネームは『N-DFC-99ヘリオス』。

 直訳すれば、直核融合砲となります」


「ほう。で、実戦投入はいつだ?」


「本体はすでに完成しており、いつでも運用可能な状態です。しかし……」


 ベロニカはそこで一拍置き、言葉を続けた。


「幹部であるウリエン様の強い反対により、最大出力であるクラスAのヘリオスは、現在稼働を凍結されています」


 ガロは口角を吊り上げ、肉食獣のように凶悪な牙を剥き出しにした。


((……これだ!))


 歓喜に震えるガロの脳内。

 そこでは、すでにこの戦争の大局がハッキリと見えていた。

 ノヴァ・ドミニオンは、圧倒的な科学力を誇っている。

 だが、エリシオンとの間には、プラズマリアクターの保有数という絶対的な戦力差があった。


 加えて、血筋ばかりを誇るノヴァの王族たちの、致命的なまでの慢心。

 そして何より、エリシオンにいる『赤いアイツ』の存在だ。


((規格外の赤い獣。ヤツがいる限り、ノヴァはすでに負け戦も同然……だが))


 しかし、星を焼くような威力を持つであろうこの新兵器さえ、手に入れることができれば。

 負け確の盤面を、跡形もなくひっくり返すことができる。


「ククッ……最高じゃねえか」


 ガロは手を伸ばし、ベロニカの細い腰を強引に抱き寄せた。

 メイド服越しに、はち切れんばかりの巨乳を荒々しく鷲掴みにする。


「あっ……んっ……」


 絶対服従のバイオロイドの唇から、生々しい喘ぎ声が漏れた。

 いくら精神を弄られていようと、肉体的な反射までは消し去れない。


 ガロは指先で柔らかな膨らみを乱暴に弄びながら、ベロニカの白い耳元へと顔を寄せた。


「よくやった。次は、この命令を実行しろ。いいな?」


 囁かれた極秘の指令。

 その内容は冷たい鋼鉄の空き室に溶け込み、誰の耳にも届くことはなかった。


 暗躍する野心家の毒牙は、確実にノヴァの中枢へと向かって伸びていた。


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