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ルナ VS ファランクスII

 土煙を上げて着地したルナ。

 この位置関係なら、敵の偵察部隊が光学迷彩で潜伏していたエピメテウスの探知範囲に踏み込んでいるのは、誰の目にも明らかだ。


 敵の指揮官は、間違いなく混乱しているはず。

 突如現れたこの狼型の機体は、母艦であるエピメテウスを守るために出撃してきたのか。

 それとも、この先にあるレジスタンスの秘密基地を庇おうとしているのか。


───もしも。

 基地の位置が全く別で、これが偶然の遭遇戦だとしたら。

 下手にこの機体を深追いすれば、別方向からレジスタンスの伏兵に背後を突かれるリスクが生じる。

 警戒を強めるほどに、敵の思考は泥沼にハマっていく。


((……ま、そんな小難しいことは、どうでもいいんだけどね!))


 シャオはコックピットの中で、ニヤリと野性的な笑みを深めた。

 敵の心理や盤面のコントロールは、ゲイルや参謀のギンに任せておけばいい。


『あーっ、スッキリする! ずっとウズウズしてたんだから!』


 本国での防衛任務ばかりで、普段は新兵の教官や暇人をやらされていたエースパイロット。

 その細い身体の中には、暴れたくて仕方がないという鬱憤が、たっぷりと溜まっていたのだ。


 ルナは着地の勢いを殺すことなく、横方向へと猛烈なダッシュを開始する。

 同時に、右腕に構えたE粒子サブマシンガンの引き金を引いた。


 けたたましい発射音と共に、無数の光弾が荒野を薙ぎ払うように飛んでいく。


 そのうちの数発が、向かって右側にいた軽装ファランクスの脚部を容赦なく貫いた。

 ガクンとバランスを崩し、敵機が片膝をつく。


 機動力を優先して防御面積を減らし、シールドを小型化した弊害。

 弱点が、早くも露呈した形だ。


 だが、ノヴァ・ドミニオンの正規兵も黙ってはいない。

 すぐさま、中央に陣取るファランクスIIから反撃の火線が伸びた。

 腰部に増設された二門のリニアキャノン。

 高初速の徹甲弾が、ルナの進行方向を正確に先読みして迫ってくる。


『甘いっての!』


 シャオは操縦桿を強く握り込み、アニムスキャナーに鋭い意思を叩きつける。

 直後、ルナの左腕に装備されたマルチプルユニットから、凶悪な鉤爪が射出された。


 ガガンッ!

 伸びたアンカーワイヤーの先で、鉤爪が硬い岩盤に深く突き刺さる。


 シャオはそれを支点にして、ワイヤーを猛烈な勢いで巻き上げた。

 リニアキャノンの砲弾が虚しく地面を抉り、激しい土煙を上げる。

 その真横を、ルナの機体は振り子の要領で鋭く弧を描き、物理法則を無視したような軌道で急旋回を果たした。


 猛烈な遠心力とGを、超人の身体能力で、強引にねじ伏せる。

 土煙を突き破り、弾丸のような速度で距離を詰めるルナ。


 軽装ファランクスのパイロットが、モニター越しの異変に気がついた時には。

 狼の顔を持つ漆黒の機体が、すでに護衛機の目の前まで肉薄していた。



『……!?』


 ルナは、鋭い金属音と共に右腕のマルチプルユニットを振り上げた。

 三本の鋭利な鉤爪から、さらに青白い光の刃が勢いよく伸びる。

 プラズマリアクターから供給された高密度のE粒子が、巨大な光の爪を形成していた。


「そぉらっ!」


 シャオの気合と共に、巨大な光の爪が振り下ろされる。

 軽装ファランクスは慌てて小型シールドを構えた。

 だが、ルナの放つ爪の軌道は、まるで生き物のように不気味に揺らめく。

 シールドの防御範囲を滑るようにすり抜け、光の刃が胴体に深く食い込んだ。


 直撃!

 分厚い装甲が、スパスパと豆腐のように切り刻まれていく。

 一機目のファランクスは、反撃の暇すら与えられず、なます切りとなって崩れ落ちた。


 直後、隊長機であるファランクスIIから、怒り狂ったようなリニアキャノンの砲撃が飛んでくる。


「おおっと!」


 シャオは機体を限界まで倒し、爆発の衝撃を利用して、機体を後方へ弾き飛ばした。

 火線をすれすれで回避し、速やかに巨大な岩陰へと身を隠す。


((あぶなっ……。やっぱり、ファランクスは火力が段違いだね))


 シャオは小さく息を吐き、視界に映る敵影を睨みつけた。

 敵は重量級の最新鋭機。

 まともに撃ち合えば、装甲の薄いルナではひとたまりもない。

 焦りは禁物だ。

 野生の勘が、冷静に立ち回るよう警告している。


 ルナは岩壁を蹴り、地形の起伏に隠れながら移動を再開した。

 向かう先は、なんとゲイルたちが潜むレジスタンス基地の方向だった。


 普通なら、敵を隠れ家から引き離すように動くのが定石だ。

 だが、シャオはあえて基地へ近寄るルートを選んだ。


───罠か? それとも偶然か?


 追撃する敵の指揮官は、間違いなくそう疑念を抱くはずだ。

 シャオ自身は、そんな複雑な戦術を計算して動いているわけではない。

 ただ、敵が一番嫌がる動きを、野生の勘で無意識に選んでいるだけだ。

 それが結果として、見事な心理的駆け引きを生み出していた。


 岩山を縫うように進むルナの背後まで、二機目の軽装ファランクスが追いついてくる。

 シャオは振り返りざま、左腕のマルチプルユニットからアンカーワイヤーを射出した。


 ガキンッ!

 鋭い金属音。

 敵機は即座にシールドを突き出し、飛来した鉤爪を強引に弾き飛ばした。


「引っかかったね!」


 シャオはニヤリと笑う。

 弾かれたのは、想定内。

 それは単なる陽動だ。


 敵の意識が正面のワイヤーに向いた瞬間、ルナは脚部粒子開放機を全開にして大地を蹴った。


 ズドンッ! という爆発音と共に、漆黒の狼が空高く跳躍!

 完全に死角となる頭上を取り、ルナは右腕のE粒子サブマシンガンを構えた。


「これで、二機目ッ!」


 シャオの叫びと同時に、光の弾幕が雨のように降り注ぐ。

 頭上からの奇襲に対応できなかった二機目は、装甲の薄い背中や肩口にサブマシンガンの直撃を無数に浴びた。


 内部の動力回路がショートし、轟音と共に二機目の軽装ファランクスが爆散!

 吹き荒れる熱風と黒煙を切り裂き。

 ルナは静かに荒野へと降り立った。


 もうもうと立ち込める砂埃が、ゆっくりと晴れていく。

 その向こう側に立つのは、分厚い大盾と荷電粒子砲を構えた巨体。


 残るは、隊長機であるファランクスII。

 シャオは操縦桿を握り直し、モニター越しの強敵と真っ向から向かい合った。


「……」


 ルナのツインアイが捉える視界は、恐ろしいほどに澄み渡っていた。


 風が砂を巻く音。

 大地を踏みしめる重み。

 機体の隅々まで、シャオの五感と完全に繋がっている。


((すごい……。ルナが、自分の手足みたいに動く!))


 それは、エリシオンの誇るプラズマリアクターと次世代型アニムスキャナーがもたらす、絶対的な機体性能。

 そして何より、エピメテウスの若きメカニック班長、プラムたちが完璧な調整を施してくれた証拠だった。

 血沸き肉躍るような高揚感が、シャオの全身を駆け巡る。

 負ける気など、微塵もしない。


 だが、向かい合う敵の隊長もまた、一切の油断を見せてはいなかった。

 ファランクスIIは、分厚い大盾を前に突き出し、重心を深く落とす。


 この機体は、これまでの量産機とは一線を画す最新鋭機。

 重量級コマンドスーツ『ファランクス』を、さらに極限まで強化したバケモノだ。


 オービターの三倍という莫大な建造費が注ぎ込まれた装甲と出力は、エリシオンのプラズマリアクター搭載機と比べても、決して劣るものではないはずだ。


 加えて、コックピットに座る隊長自身もまた、ただの人間ではなかった。

 ノヴァ・ドミニオンの軍内部でも、一握りの適合者のみが受けられる高レベルの強化手術。

 肉体と神経を極限まで改造された、人を超え、超人となるための禁忌の術を施されているのだ。


 両者の間に、ヒリつくような緊張が走る。


 動いたのは、ファランクスIIだ!

 隊長はあろうことか、手にした巨大な荷電粒子砲を、ルナの目の前へと力任せに投げ捨てたのだ。


((えっ……!? 一番強い武器を、捨てた!?))


 シャオが目を丸くした、その直後。

 ファランクスIIの腰部に増設されたリニアキャノンが、火を噴いた。

 放たれた高初速の徹甲弾が、空宙を舞う自らの荷電粒子砲を正確に撃ち抜く。


 ズドォォォォンッ!!


 砲身内部に圧縮されていた残存粒子が、弾丸の衝撃で大誘爆を起こした。

 青白い業火が荒野で弾け、強烈な閃光と爆煙がルナの視界を真っ白に染め上げる。


((くっ……! 目眩ましか!))


 反射的にメインカメラの輝度を落とすルナ。

 ファランクスIIは、その一瞬の隙を絶対に見逃しはしない!


 ファランクスⅡは突進!

 轟音を置き去りにするような猛烈なスピードで、爆煙を突き破る。


 視界を奪われた漆黒の狼へ向け、分厚い大盾を構えたままの、必殺の突撃が迫っていた。


 シールドチャージだ。


 重量級の質量に、大盾を覆うE粒子コートのエネルギーを乗せた、広範囲の近接攻撃。

 視界を奪われた状態では、回避する隙などない。

 漆黒のルナに、分厚い大盾がまともに直撃!


((やったか……!?))


 コックピットの中で。

 隊長は勝利を確信、しかけた。


 だが、

 直後に強烈な違和感が、全身を突き抜ける。

 感触がおかしい。

 分厚い装甲を叩き潰したはずの、確かな重みがない。


 躱せなかったのではない。

 ルナは、あえて直撃を受けたのだ。


「もらったぁッ!」


 シャオの快活な声が弾けた。

 ルナは盾が接触する寸前、機体をわずかに傾けていた。

 大盾の破壊力を、正面から受け止めるのを避けていた。


 そして、衝突の凄まじいエネルギーを、機体自身の『回転』へと変換したのだ。

 見よ! ベーゴマじみて激しく横回転する漆黒の狼!


 遠心力に、脚部粒子開放機の爆発的な推力が上乗せされる。

 ルナの強靭な脚が、ファランクスIIの左腕へ深々と叩き込まれた。


 メキィィィッ!


 硬質な装甲が悲鳴を上げ、ファランクスIIの左腕が、巨大な盾ごと根元から吹き飛んだ。


((なっ……!?))


 隊長は驚愕に目を見張る。

 だが、さすがは強化手術を受けた超人だ。

 即座にスラスターを吹かし、体勢を崩しながらも後方へと大きく離脱!


 機体が半壊するような突然の事態。

 それでも、隊長の対応は恐ろしいほどに早かった。


 ズザザザッ!

 距離を取ったファランクスIIが、残された右手でバックパックから実体剣を引き抜く。

 刀身にE粒子コートを纏わせた片手剣だ。


 一方のルナも、回転の勢いを殺して静かに着地していた。

 両腕のマルチプルユニットから、再び凶悪な光の鉤爪が伸びる。


 荒野に風が吹き抜け、土煙を運んでいく。

 二機は鋭く向かい合った。

 シャオの瞳にも、超人たる隊長の瞳にも、もはや一切の油断はない。


「これで、決めるッ!」


 シャオが気合と共に叫ぶ。

 二機は同時に大地を蹴り、互いの喉首を狙って猛然と突進した。


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